第3話 亜空間真実扉
強烈な光に包まれた後、俺が気がつくと、そこは暗闇の中だった。耳鳴りが収まり、静寂が訪れると、俺はゆっくりと目を開けた。周囲を見渡すと、どこまでも続く闇が広がっている。まるで世界の終わりに立たされたような感覚が、俺の心に不安をもたらした。
「ここは…どこだ?」
声に出しても、返事はない。案内人もいない。俺は一人で、この無限の闇の中に放り出されたのだ。
再び静寂が俺を包み込む。その時、目の前に微かな光が現れた。光は小さく、儚げに揺らめいているが、それでもこの暗闇の中では唯一の希望だった。俺はその光に向かって歩き始めた。
「これは…俺の心の中なのか?」
案内人の言葉を思い出しながら、俺は慎重に進んでいった。足元には何も感じないが、何か見えない力が俺を導いているようだった。やがて、光が徐々に大きくなり、その輪郭がはっきりと見えてきた。
それは扉だった。古びた木製の扉で、重厚な作りをしている。扉には錆びた鉄の装飾が施されており、その中央には奇妙な紋章が刻まれている。
「これが…俺の真実を知るための扉か。」
俺は扉の前に立ち、手を伸ばした。冷たい感触が手のひらに伝わり、心の奥底にある恐怖がじわりと浮かび上がる。扉の向こうに何が待っているのかは分からない。しかし、これを開かなければ前には進めない。覚悟を決めた俺は、扉の取っ手をゆっくりと回した。
ギィィィィ…と音を立てて、扉がゆっくりと開かれる。中から漏れ出す光が、俺の顔を照らす。恐る恐る中を覗き込むと、そこには不思議な光景が広がっていた。
それは、俺の生前の記憶だった。
「ここは…俺の過去?」
俺は戸惑いながらも、その光景に足を踏み入れた。そこは、俺が生きていた頃の街並みが広がっている。見覚えのある建物や道、そして人々が行き交う姿が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇ってきた。
「こんなにも…懐かしい。」
心の奥底にしまい込んでいた感情が、次々と溢れ出してくる。俺は一人でこの街を歩き始めた。誰も俺に気づくことはなく、まるで俺が存在しないかのように、みんなが日常を過ごしている。
やがて、目の前に一軒の家が現れた。それは俺が住んでいた家だった。見覚えのある扉や窓、そして庭の花壇まで、全てがそのままだった。
「俺の家…」
懐かしさと同時に、胸に痛みが走る。家の中からは、笑い声が聞こえてきた。それは俺の家族の声だった。俺は戸惑いながらも、家の中に入ることにした。
「おかえり、遅かったじゃない。」
リビングに入ると、そこには俺の母親がいた。優しい笑顔で俺を迎えてくれるその姿に、俺は思わず涙がこぼれそうになる。しかし、すぐに彼女は俺を認識していないことに気づいた。
「ねぇ、早くご飯にしましょう。お兄ちゃんも帰ってくるし。」
彼女は俺の方を見ずに、誰かに話しかけていた。俺がそこにいることには全く気づいていない。そう、これは俺が既に死んでいるという現実を突きつけてくるのだ。
俺はその場に立ち尽くし、ただ家族のやり取りを見守るしかなかった。父親が帰宅し、弟も加わり、家族は夕食を囲んで笑い合っている。まるで俺がいなくても何も変わらないかのように。
「俺が…死んだ後も、みんなこうして普通に暮らしているんだな。」
その事実に、俺は胸が締め付けられる思いだった。俺が存在しないこの家族の風景は、俺にとっては耐え難いものだった。
「俺は…成仏したいのか?本当に?」
再び自問する。成仏するということは、この家族の中から俺が完全に消えることを意味する。俺がいなくても、家族はこうして幸せに暮らしているのだ。俺が成仏することで、何も変わらない。そんなことを考えると、俺は果たして成仏するべきなのかどうか、迷いが生じてきた。
「君が成仏する理由は、ただ消えることではない。」
突然、背後から声がした。驚いて振り返ると、そこには案内人が立っていた。彼は静かな表情で俺を見つめている。
「君が成仏することで、君の魂は安らぎを得る。そして、それは君が現世に残してきた未練を解消することでもある。君が消えた後も、家族は君のことを忘れない。だが、君がこのまま残り続ければ、君の未練が彼らにも影響を与えるだろう。」
「俺の未練が…家族に?」
案内人の言葉に、俺は思わず反応した。俺がこの世に留まり続けることで、家族に何か悪影響が及ぶというのか?
「そうだ。成仏できない魂がこの世に留まり続ければ、その未練や執着が周囲に影響を与える。君の家族にとって、君の存在が重荷となり、彼らの幸福が歪んでしまうかもしれない。」
案内人の言葉は、俺の心に深く刺さった。家族の幸せを願っていたはずの俺が、逆に彼らに悪影響を与えるかもしれないという現実。そんなことを考えると、俺はこのままでいいのかと強く疑問を抱くようになった。
「俺は…本当に家族の幸せを願っているのか?それとも、俺自身の未練を優先しているのか?」
再び自問する。家族が幸せであることが俺にとっての最優先事項だと思っていたが、その幸せが俺の存在によって歪む可能性があると知ると、俺はどうすればいいのか分からなくなった。
「君が成仏することで、家族は君を完全に失うわけではない。彼らの記憶の中で君は生き続ける。そして、君もまた新たな道を歩むことができるんだ。」
案内人は穏やかにそう語りかけた。その言葉に、俺は少しずつ心が落ち着いていくのを感じた。成仏することは、決して終わりではなく、新たな始まりなのかもしれない。
「俺は…成仏するべきなのか。」
俺はそう呟きながら、家族の様子を見つめた。彼らが笑顔で過ごしているその姿を見て、俺は少しずつ覚悟を固めていった。
「君が決断することだ。だが、君が成仏することで、君自身も家族も幸せを見つけることができると信じている。」
案内人の言葉に、俺は深く頷いた。そして、再び扉に向き直り、手を伸ばした。扉の向こうにあるものは、俺がこれまで避けてきた真実であり、それを受け入れることで初めて前に進むことができる。
「俺は…成仏する。」
決意を固めた俺は、扉を開けた。その瞬間、眩い光が溢れ出し、俺の視界を一瞬にして白に染めた。
「ありがとう。」
その言葉が俺の口から自然と零れ落ちた。感謝の気持ちと共に、俺の心は次第に軽くなっていく。そして、光の中で俺はゆっくりと目を閉じた。
成仏するということ。それは、自分自身を解放し、未練を断ち切ること。そして、新たな道を歩むための第一歩なのだと、俺はようやく理解した。
そして、光の中で俺の意識は静かに消えていった。
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