第2話 亜空間案内人

亜空間と呼ばれる場所に足を踏み入れた俺は、その異質な風景に圧倒されていた。そこは、現世ともあの世とも異なる不思議な空間だった。視界の全てが歪んでいて、地面は不規則に波打ち、空には光の断片が浮かんでいる。時折、遠くで雷鳴のような音が響き、空間全体が震えるようだった。


「ここが亜空間だ。成仏できない魂たちが集まる場所さ。」


案内人がそう言いながら先を歩いていく。彼の姿もどこか曖昧で、霧の中に溶け込んでいるように見えた。俺はその後を追いかけながら、周囲を警戒する。しかし、案内人が持つ何か特別な力のおかげなのか、異形の存在たちは俺たちに近づいてこなかった。


「成仏できない魂たち…あれは何なんだ?」


俺は不安を押し殺して尋ねた。案内人は立ち止まり、遠くを見つめた。


「彼らはこの亜空間に囚われた存在だ。生前の未練や執着が強すぎて、現世にもあの世にも行けず、この場所に縛られている。ある者は過去を忘れ、ただの亡霊となり、ある者はその力を増して、異形の姿に変わる。」


案内人が指差す先には、半透明な影が蠢いていた。彼らは人間の形を保っていたが、顔は歪み、瞳には生気がない。中には巨大な手足や異常に長い首を持つ者もおり、その姿を見ただけで、胸が締め付けられるような恐怖を感じた。


「彼らは、二度と成仏することはできないのか?」


俺はそう尋ねながら、彼らの末路を想像し、自分が同じ運命を辿るのではないかと不安になった。案内人は少し沈黙した後、静かに答えた。


「成仏できる可能性は、ゼロではない。しかし、彼らが抱える未練や執着は尋常ではない。だからこそ、普通の方法では解消できず、この亜空間に囚われてしまった。君も、この場所に長く居続ければ、いずれは彼らのようになってしまうかもしれない。」


その言葉に、冷たい汗が背中を伝った。俺がここに来たのは、成仏するためだった。なのに、このままでは自分も成仏できず、異形の存在になってしまうかもしれないという恐怖が、心を支配し始めた。


「俺も…彼らのようになるのか?」


震える声でそう呟くと、案内人は俺の顔をじっと見つめ、首を振った。


「まだ間に合う。君には希望がある。成仏する方法は確かに存在する。だが、それを手に入れるためには、この亜空間で自分自身と向き合わなければならない。」


「自分自身と向き合う…?」


案内人の言葉に、俺は疑問を感じた。成仏するためには、ただ未練を解消すればいいのではないのか?しかし、彼の言葉には何か深い意味があるように思えた。


「この亜空間は、君の心の奥底を映し出す鏡のようなものだ。ここで君が見るもの、感じるものは、すべて君自身の内面と繋がっている。君が本当に成仏したいと願うなら、自分が何を求めているのか、何を恐れているのかを見つめ直さなければならない。」


案内人はそう言いながら、再び歩き始めた。俺も彼の後に続きながら、心の中で自分に問いかけた。


俺は本当に成仏したいのか?もしそうだとして、俺が抱えている未練とは一体何なのか?


生前の記憶が曖昧になりつつある中で、その問いに答えるのは容易ではなかった。だが、何かが俺の胸の奥で引っかかっているような気がした。それが何なのかは分からないが、それを見つけ出さなければならないという直感だけはあった。


亜空間の道はどこまでも続いているように見えた。案内人と共に進む中で、次々と異形の存在たちが現れるが、彼らは俺たちに危害を加えようとはしなかった。ただ、彼らの哀れな姿が俺の心を苦しめる。


やがて、案内人が立ち止まった。目の前には、他の場所とは明らかに異なる景色が広がっていた。暗闇の中に、一筋の光が差し込んでおり、その先には巨大な門がそびえ立っていた。門は重々しく、圧倒的な存在感を放っている。


「ここが君の試練の場所だ。この門を通り抜ければ、君の心の奥底にある真実が明らかになるだろう。しかし、それを受け入れる覚悟がなければ、門は決して開かない。」


案内人の言葉に、俺は一瞬戸惑った。門を通り抜けることで、俺が本当に成仏できるのかどうかは分からない。しかし、このままでは何も変わらないことも確かだった。


「覚悟…か。」


俺は自分の心を探りながら、門の前に立った。重々しい空気が俺を包み込む中で、手を伸ばし、門に触れる。


その瞬間、強烈な光が俺を包み込み、全てが真っ白になった。目を閉じ、光の中に吸い込まれていく感覚を覚えながら、俺はただ、自分自身に問い続けた。


俺が成仏したい理由とは?そして、この門の向こうに待っている真実とは何なのか?


目の前が再び暗闇に包まれた時、俺は自分がどこにいるのか分からなかった。ただ、重い沈黙が俺を押し潰すように広がっていた。


「ここが…俺の真実の場所なのか?」


呟いた言葉は、虚しく空間に吸い込まれていった。

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