第16話 スマホ

外は暑く、まさしく夏といった感じだった。現実世界でも七月と真夏だったのでそこまで違和感はないが、ゲームでも暑さに耐えなきゃいけないのは少し辛い。

集合時間まで一時間近くあるしまだ誰もいないと思ったが、外に一人だけいた。

心絵こころえ音祢おとね。絵がうまく、将来はイラストレーターになりたいらしい。

心絵さんは、こちらに気づくと、軽く頭を下げてきた。


「早いな。まだ一時間もあるのに」


「せっかくだし、この世界を描こうと思って」


心絵さんの持つノートには、この村の風景が書かれていた。


「相変わらずうまいな」


「いや、まだまだ。こんなんじゃイラストレーターになれない」


心絵さんの絵をほめると、必ずと言っていいほどこの言葉が返ってくる。イラストレーターの世界が厳しいことは全くイラストの知識のない俺でも知っている。だから本人も自信がないのだろう。


「ん?二人ともおはよ」


寮の入り口から声がした。見てみるとそこには海野うみのがいた。


「海野、おはよ」


海野うみの宅也たくや。食事量が心配になるほど少なく、給食は一皿食い切ることの方が少なかった。故に体が細く、運動も苦手だ。


「二人とも早いね」


「ま、暇だしな」


「絵描きたかったし」


「へぇ、まぁスマホのバッテリーも無駄にできないしね」


海野は中学生の時からどこか可愛げがあり、双川とはまた別の方向で顔が良かった。高校では彼女ができたとかできてないとか言われてたりする。


「そういえば海野。お前彼女できたってマジか?」


俺は思い切って聞いてみることにした。


「うん。まぁ、いるにはいる」


「なんだよいるにはいるって」


「いや、まぁ、いろいろ大変なんよ」


「大変って何が?」


心絵さんが、ペンを止めて聞いてきた。


「なんか、彼女の束縛がひどくてね」


「ひどいってどんなもん?」


「異性と少し話しただけで怒られる」


「うわまじか…」


「そりゃきつい」


俺と心絵さんは思わず頭を抱えた。


「別れようとは思わんの?」


「思ったけど、彼女が僕のこと愛してくれてるのは確かだし、振ったらかわいそうだから」


「お前、いい奴だな」


「うん、その良さで苦労していくタイプのいい奴だよ」


「え?どういうこと?」


海野は首を傾げた。


そのあとも三人で話しており、時間がたつにつれ人が増えていき、八時ちょうどにはみんなが出てきた。


「じゃあ、みんな来たところですし、これからについて話し合いましょう」


街遊さんがそういった。このように話し合いになったら司会は必須だ。元・3-Dで視界は誰が適任ですかと言われたら街遊さん以外いないだろう。


「では、これからについて何か意見のある人はいますか?」


そういうと、まず速水の手が上がった。


「この世界で冒険者するってなったら、レベリングと戦闘慣れは必須だと思う。現世に戻るためにはラスボス倒さないといけないみたいだし、そのあたりをなんとかしないといけないと思う」


確かに、速水の言うとおりだ。今俺たちの中で一番レベルが高いのは、城の中で兵隊狩りをしていた双川と速水だが、その二人ですらまだ7レベだ。このゲームは上限が100のようだし、レベルを上げて戦闘力を底上げしないといけない。また、レベルだけ上がっても肝心の人間が戦闘になれてなかったら意味がない。この世界でのゲームオーバーがどういった意味を持つのかわからないが、十中八九死を現すことはみんな勘づいている。ラスボスを倒すためにも、生き残るためにも、レベリングと戦闘慣れは全員に課せられた急務だろう。


「ほかに何かある方は?」


街遊さんがそういうと、今度は夜桜よざくらさんが手を挙げた。

夜桜よざくら星霜せいそう。家が定食屋をやっており、料理がうまい。将来は家の定食屋を継ぎたいらしい。


「今の私たち、この世界だと一文無しだから金を稼がないといけない。多分、餓死の概念くらいはあるだろうし、金がないから今日の朝ご飯が食べられなくてもう腹ペコよ」


「あ、朝飯なら夜のうちに俺と速水と暁でクエストクリアしてきて報酬でパン買ってきたから、一人一枚食っていいぞ」


「え?ほんとに?」


「三人とも。ナイス」


そう言いながらみんなが双川からパンを受け取ってる。


「海野、お前食わないのか?」


俺は、人ごみから離れている海野に声をかけた。


「うん。僕、腹減ってないから」


「そうか」


ほんとこいつ、飯食わないな…


「じゃあ、とりあえず今日は各々レベリングと戦闘になれることってことでいい?」


パンを食べながら街遊さんが言った。


「あ、ちょっと待って」


そう言いながら零唐が手を挙げた。


「ちょっと、みんなこれ自分のスマホにぶっ刺してくれない?」


そう言いながら零唐は近くにいた矢部にUSBメモリを渡してきた。


「ごめん俺のスマホライトニングだから無理」


「え?」


一瞬、あたりの時間が止まったような気がした。


「ち、ちょっと待ってて」


そう言いながら零唐は自身の部屋までダッシュで行ったかと思うと、すぐに戻ってきた。


「これ、変換機。これ使えばささると思う…」


息を切らしながら説明している姿は正直どこか怖かった。


「わ、わかった」


矢部は少し引きながらスマホに変換機を付けたUSBを刺した。


「これ、ダウンロードしていいやつ?」


「いいやつ」


そうして三十秒前後立ったタイミングで。


「うわすげぇ!」


矢部が少し大きな声を上げた。


「矢部、どうしたんだ?」


「アンテナ立った!」


「え?」


「は?」


「ま?」


この世界では電波がなく、スマホは時計や目覚まし代わりといった感じだった。そんな環境がしばらく続くと思っていたのでこれはかなり革命的だ。


「完全に現世と同じ通りとはいかないが、グループチャットとか電話はできる」


「零唐、まじでナイス」


「じゃあ、USBのやつダウンロードした人からクエスト受けてレベルアップしながら戦闘になれること。くれぐれもゲームオーバーしないように。夜の六時にはここにまた集合で」


街遊さんがそう言って、ダウンロードが終わった人からその場を後にしていった。

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