世界で人気の『歌姫』
▽経歴
突如として、インターネット上に現れた歌姫。
素顔を公開しており、ブロンドの長髪と青色の瞳からハーフではないか?と推察されている。
彼女の代表曲である『
その優しさと激しさの双方を感じさせる歌声が人気の根幹であり、あらゆる楽曲に合わせて声音を変化させる彼女の声は聴く人を魅了した。
現在に至るまで彼女の経歴は一切が伏せられており、年齢や卒業アルバムといった過去を匂わせる物が一切出ていないミステリアス性も彼女の人気のひとつだろう。
主な情報発信源はYouTubeであり、チャンネルの登録者数は1億まで秒読みとなっている。
(追記)
今年(2024)夏、ドームライブ開催予定
「……………アニメかよ」
俺は家の部屋で、ARIAの経歴項目wikiを見てはつぶやく。
とてもコレが、デビューして半年の歌手が持つ経歴には見えない。
しかもコレだけ多忙で、TVにまで出ている歌姫が騒動を作るとは考えられん。
仮に作ったとて、今週末にライブを開催する奴がそんな騒動を起こす訳が無いだろう。
やめだ、やめ。そんな訳が………
『すみません、急いでますから…』
彼女と出会った日を思い返し、俺は
何度風呂に入っても、何度擦っても消えない真っ黒なマーキングが、その手には刻まれていた。
「……ま、そんな事する訳ねぇよな」
そう考えた瞬間だった。脳の中の傷が、俺の頭を駆け抜けていく。
『『『殺すね、風間。私の為に』』』
………そうだ、俺は聡いわけでは無い。俺の主観で全てを決めるのは危険な事だ。
あの時、あれ以上の被害者を出さずに済んだのは奇跡に等しい。
だとしたら、今の俺がすべき事は上に相談する事だ。正体不明の洗脳能力者、その情報を1つでも増やすべきなんだ。
「ま、やるだけやるかな…」
俺は右手を握り込むと、実験をしに外の町へと繰り出した。
********************
「……つまり、君はARIAという歌手が能力者であり首謀者だと言いたいのかね」
静かな隊長室。その中で放たれる佐伯の圧に押されつつも俺は進言した。
「そうです。この右手のマークが…」
そう言いかけた瞬間、過去の記憶が掘り起こされて、牧場の声で俺に囁く。
『ほォ〜ん。で?その模様ってのは何処にあるん?』
────あっ。
しまった。コレ他人には見えてねぇんだ、忘れてた!
だが、同時に尚更疑惑が確信に変わった。
マークがついている人間同士がそのマークを視認できるのであれば、確実にコレは能力者によるものだ。
「…見えてないっすけど、ここにあるんですよ。黒色の…幾何学模様みたいなのが」
「…幾何学模様、か。ここに書いてみてくれ」
佐伯は資料を1枚裏返し、ボールペンを放り投げてくる。
俺はそれを受け取ると、芯を出して紙にマークを描き始めた。
全体を囲む円を描き、その後その中に幾つかの円をなるべく規則的に書き込む。
円が重なり合い、中心に*のようなマークが浮かび上がるように配置すると俺はペンを置いた。
「…こんな、感じっす」
「フム、成程。…沙也加」
佐伯はそれを見ると、端に座っていた沙也加ちゃんに目配せをする。
彼女は目を伏せて首を横に降ると、佐伯はそれを見て話し始めた。
「…まあ、こんな物をすぐに書き込めるとは思えん。わかった、コチラで話を進めておく」
……………………ん?
俺は佐伯の言ったことに違和感を感じ、頭を傾げた。幾何学模様についても最初から知らなかったような物言いは、まるで初耳のような…
「この話、聞いてないんですか?」
俺は疑問を呈すると、佐伯は深く考え込んでいたからかワンテンポ遅れて返答する。
「…ん?あぁ、初耳だ」
「そうですか、失礼します」
俺は隊長室から外に出ると、足早に訓練室へと向かった。
ヨシ、シバこう。あの牧場とかいうやつ確実にシバいて殺そう。
何が『そんな顔すんなよ。変な模様に痺れねぇ…一応上に報告は上げとくで』だよ!!
訓練室のドアを開け、息を吸い込んで叫んだ。
「牧場ァァァァァァァァァァァァッ!!!」
その声量に驚いたのか、その場にいた数名がビクッとして俺の方を振り返る。
その一番奥で、牧場は休憩しながらスマホをいじっていた。
訓練室に入り込んだと同時に身体強化を全力で廻し、ワンステップで距離を詰めると拳を握る
「死ねェ!!!」
「うおっ、危な」
不意打ちに反応した牧場がサラッと回避し、俺の拳がブォン!と空を切る。クソが、外したかよ。
「おう、上司に向かって呼び捨てと暴言とは何事や。後輩」
「なーにが上司だ!上に報告あげるって嘘つきやがってェ!」
「は?何の話や」
「覚えてすらねぇのか!?『一応上に報告は上げとくで』とかダッセェ声で言ってたろうが!」
そう言うと、牧場の顔がムニャムニャと悩んだ後に頭の上から電球を出してそうな顔をして輝かせた。
「あぁ!あったな、そんな話。忘れとったわ!」
「こ、このカス…!」
危ない、手が出るところだった。
このまま手を出していたら返り血塗れになるところだったぜ…相手が。
「…ともかく、今回の事件でなんかあったんか?」
「模様が操られた人にもあったんですよ」
牧場の顔が険しくなる。その上で、俺に問い返してきた。
「…何?」
ようやく話を聞く気になった牧場に対して、俺は話を続ける。
「俺のマークは真っ黒だけど、アイツらのは光ってましたよ。多分これマーキングか何かだと…」
その瞬間、俺の右腕を掴んで掌を凝視した。
じっくりと見て、やはり何も見えていないのか手を離した。
「……
「…?」
「確認や。間違いないんやな?」
「ええ、まあ」
牧場は深く考え込むと、訓練室の出口に向かって歩いていく。
「ちょ、どこ行くんすか!?」
「ちょい考え事や、暫く帰らん!」
そう言い残して訓練室から出ていった。まるで何かに気づいたかのように、足早に歩いていく。
その日以降、牧場は姿を消した。
****************
「…牧場さん、何処に行ったんだろ」
あれから2日、俺は例外対策部の廊下を歩きながら呟く。牧場はあれ以来、例外対策部に顔を出していない。
「言い過ぎたかねぇ…」
そんなことを考えていると、正面から聞き馴染んだ声が響く。
「お、少年。久しぶり!」
正面には一ノ瀬が立っていた。あー、面倒な人に見つかった最悪だ。
一ノ瀬は、その強さ故にクソほど厄介なフォロワーが多数いる。
この前は砧とか言う人に死ぬほど面倒臭い絡まれ方をした為、なるべく関わらないようにしたのだが…
「なんか浮かない顔してるね」
「ええ、おかけ様で」
「え?どゆことよ」
うん、厄災には厄災たる自覚なしって奴だろう。どれだけ避けても直面するものなのだ。
半ば諦めていると、記憶の片隅にしまい込まれていた情報が閃く。
『私興味ないから少年にあげる』
『なんスか、コレ』
『なんか人気のアーティストのライブチケット。興味無いんだよね、そーゆーの』
『は、はぁ…。じゃあ貰いますね』
そういえば、俺が綾乃に渡した関係者チケットは一ノ瀬から貰った物だった。
ARIAの事に興味が無いのに、何故ARIAのライブチケットを持っていたのか。
今考えれば少し不可解だ。
もしソレが何かしらの前段階で、既に一ノ瀬が洗脳できる状態になっていれば、それは考えうる限り最悪の状況だと予測し、俺は確認作業に入る。
「すんません、一ノ瀬さん。コレ見えますか?」
そう言って右手を広げて、目前に突き出す。
一ノ瀬は俺の手をじーっと覗き込んでは考え、答えを出した。
「………数字の5?」
「ちがいます。掌の中に変なマーク見えます?」
「いや?別に。キレーな手だとは思うけど…」
…安心はしたが、何故か一々引っかかる物言いだな。この人、なんでこんなに俺に好感度が高いんだろうか。
「…え、見えた方がよかった?運命の相手には見える的なやつ?」
「はァ…そんな所です」
「見える見える、超見える。ニコちゃんマークだよね?」
違えよ。怖えよ。もう無視していよな?いくら上司とは言えコレは恐怖を感じるわ。
…あ、ダメだ。もう1個聞きたいんだった。
「そういえば、あのチケットは何処から貰ったんですか?」
「チケット?あーあの…アーティストのやつか」
一ノ瀬は何処で手に入れたのか解らないのか、唸るように考える。
そして、思い出したのか大声を上げた。
「あ、思い出した!家に来てたんだよ!」
「家?」
「そうそう。Amazonとかで買い物するんだけど、受け取り先にしてんだよね。その時に来てたんだ」
家を宅配ボックスにしてるのか、この人は。どんな金銭感覚してんだよ。という疑問は置いておいて、俺は質問を続ける。
「
「いや?少年にチケット渡してから調べたけど知らない人だったよ」
「は?じゃなんでチケット貰ったんです?」
「さあ?人助けした人がくれたんじゃない?」
「わざわざ住所教えてるんですか?」
「いやぁ…?そんな事した覚えないや」
これで明確になった。やはり、
明確にどう言った能力かは解らないが、恐らく接触がキーになっているはずだ。
一ノ瀬をライブに招いて、マーキングをするつもりだったのだろう。
「で、少年。それがどうかしたのかな」
「……それは、その。ええと…」
俺は事の顛末を説明する。ARIAによってマーキングが成されたかも知れない事。前回の一般人洗脳事件と関係がある事。そして、牧場が帰ってこないこと。
全てを説明して、一ノた。彼女の顔は何かを考えた後、すぐいつも通りに戻った。
「まぁ、牧場に関しては大丈夫。アイツに任せていいと思うよ」
「は?」
「君は昔の牧場を知らないからね。心配なのはわかるけどさ」
一ノ瀬はメガネをかけるようなポーズをして俺にドヤ顔を向けた
「彼、ウチで1番に真面目なんだぜ」
………それは流石に嘘だと思うんだが…。
反論をしようと頭で思ったその時、けたたましくサイレンが鳴り響いた。
『例外案件発生、繰り返す。例外案件────』
このサイレンを聞くのは2回目だ。
俺は一ノ瀬と顔を示し合わせると、作戦室に走り出した。
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