難度、四*「人形の宴」

 指定された位置に辿り着くと、その場には牧場が10人ほどの人に囲まれていた。


「え…!?」


 驚いたのは、囲んでいる人々の多様性だ。

 老若男女問わず、小さな子供ですら彼を取り囲んでいる。

 違和感があるのはその瞳だ。虚ろで、影が差した表情で、ビー玉のような瞳をしていた。


「風間か!?」


 中心にいる牧場が声を上げると同時に、正面の中年男性を蹴散らしてコチラに走ってくる。

 隣で立ち止まると、構えを取ったまま俺に語り始めた。


「いきなりで悪いな、情報共有すんで。この人らは操られた一般人や。何モンか知らんが人を操って一斉に暴れさせ始めよった!」

「な…はぁ!?」


 一般人、つまり能力者ではない通常の人間。ソレを操って暴徒と化させたのか。

 範囲はわからないが、俺が見た限りではこの通りだけでも20人近くがフラフラとおかしな動きをしている。


「上からの命令は不殺の一辺倒や。殺さず、障害などもギリギリ残さんレベルで気絶を狙うしかないんや」


 気絶?操られているのなら、気絶した所で動きそうな物だが。

 俺はその疑問をそのまま口から出した。


「どう見ても無気力で操られてるのに、殴られて気絶するんですか?」

「ああ、どういう訳かな。しかもその癖して、硬さとパワーならそこらの能力者並や。訳分からんでホンマ!」


 能力者並?関西の人は誇張好きだから、ある態度下に見積って格闘家くらいにしておこう。

 それでも十分面倒だな。この人数の格闘家は正直捌き切れるか怪しい──────


「っ、牧場さん!来ます!!」


 正面の老人が走り出したのを見て、思考よりも先に牧場に伝える。

 それに反応していた牧場は、既に前に出て迎撃をしながら声を出した。


「迎撃や、殺すなよ!」


 辺りに居た20人が、後に続くよう一斉に襲い掛かる。

 殴る直前まで力の入らない四肢の動き方は、ゾンビとかそういったものに近い。


「風間ァ、そっち行ったぞ!」


 正面、主婦のような女性からの拳が俺に向かって飛びかかってきた。

 俺は両手でガードを固めて、その拳を受け止めようとする。

 拳が両腕に到達すると同時に、鉄塊がのしかかった様な衝撃に仰け反った。


「ぐぅっ…!?」


 重い…!

 軽く身体強化した体でも、軽く後ろに弾かれる程度だ。

「能力者クラス」というのは、どうやら誇張したわけでは無いらしい。


「俺は15人までなら能力でどうにか出来る!5人をどうにか沈めてや!」


 逆に15人はどうにか出来るのか。この人すごいな…とは思いつつも、どうにか意識を奪うレベルを模索する。

 俺の能力で、意識を【奪う】とか出来たら良いんだけどな…


「………ん?」


 攻撃を交わしながら俺の中で閃きが走る。

 そういえば、「外部パーツ」扱いの物は奪えて、五感は奪えてるよな。

 視神経を伝達する情報が「外部パーツ」なら、脳の中にある意識を司る電気信号とかがあれば、


「【奪え】!!」


 思いつきで意識を奪わんと、正面にいた主婦に向かって能力を発動する。

 同時に、主婦の体がカクンと沈み込んで全身の力が抜けていった。


「ッしゃァ!」


 上手くいった、そう思った瞬間だった。

 意識を失って倒れ込みそうな主婦は、突如として意識を取り戻し、片足を踏み出して倒れるのを防いだのだ。


「嘘ォ!?」


 奪ったものを奪い返された、という感覚は無い。

 恐らく信号を生み出す機関自体を奪えている訳では無いため、復旧したのだろう。

 メカニズム的には「てんかん」って奴に近いのかもしれない。

 クソ、行けると思ったのに…!と、目の前に目をこらす。


「あ、あら…?ここ何処かしら…?」


 目の前の主婦が、自意識を取り戻していた。

 待て待て待て、どういう事だ。なんで意識を取り戻したら自我が戻ってくるんだよ。

 いや、そんな事はどうでも良い。とにかく、意識を取り戻したのなら彼女を連れて後退しないと巻き込まれる!


「そこの人!早くこっちに!!」


 俺は主婦に手招きをして大きく叫ぶ。主婦は戸惑っているのか、アワアワとして辺りを見渡す。

 その真後ろだ。老人が拳を振り上げて、主婦の人に襲い掛かる。


「見境無しかよ…!」


 身体強化を廻し、思いっきり踏み込んで地面を蹴りあげる。

 驚異的な加速から生み出される質量でのタックルで老人を吹き飛ばすと、主婦の人に語り掛りかけた。


「逃げてください!後ろの方に警察が待機しています。その人たちに保護を!」


 そう言って、俺が通ってきた道の方を指さす。

 その後方には、逃げ惑ってきた人達を保護している警察たちが陣取っているのだ。


「あ、あの、ありがとう、ございます…!」

「礼なら要りませんから、警察の人から『例外の事情聴取』って言っといてください!」

「れ、例外の…?」

「例外の事情聴取!お願いしますよ!」


 先程から言っている、『例外の事情聴取』とは、例外案件に関わった被害者等に対する事情聴取のことを指す。

 簡単に言えば、『例外案件で色々と聞いておきたい為、戦闘中に帰られたら困る』という警官達へのお達しだ。


「わ、わかりました…!」


 そう言って主婦は後ろに向かって走り出した。ソレを見届けると、俺はタックルで吹き飛ばした老人に対して叫んだ。


「【奪え】!」

「…ぉ、お?…え?」


 老人は一瞬意識を失い、戸惑い始める。

 よし、【意識を奪う】のは上手くいっている様だ。

 俺の力は、例外対策部の人と比較してもかなり燃費が良い。何度使っても疲弊しない程には燃費が良いが、その分効果がカスだ。

 しかし、【意識を奪う】ということに関しては確実に、「今使ったな…」という感覚がある。

 大した違いはないが、バカみてぇに連射は出来ないだろう。1000人に向かってやれ、と言われたらチョット難しい。


「…ミスったな」


 とは言え、後先考えて使うべきだった。

 若い男から順に意識を奪って、逃げれる奴から逃がすべきだった。

 守る戦い方の経験値が少なすぎたな…クソ。

 とりあえず成功はしたんだ、牧場に報告して負担を軽減しよう。


「牧場さん、その老人保護して下さい!」

「なんでや!?お前がせぇ!」

「能力で洗脳の解除が出来たからです!援護お願いします!」

「ようやった援護すんで!」


 美しき掌返し。世間とはこうあるべきだな。

 牧場は老人を抱きかかえると、そのまま後方に向かって去っていった。

 俺は正面にいる中年男性に狙いを定めると、大きく声を上げる


「【奪え】!」


 さて、あと17人。どうにかやってやろうじゃねえか…!


 **************


「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」


 あれから16人に向けて意識を奪ったが、とてつもない疲労感が押し寄せていた。

 良く考えれば、今まで身体強化と能力の同時使用を殆どやってこなかったし、能力を使いながら身体強化を廻すのが物凄く神経を使う。


「ふぅーっ、ふぅーっ…よし…」


 体の中に流れてる血液を用途別に血管の中で分けているイメージで、本当にしんどい。

 身体強化を解こうもんなら、目の前のゾンビに襲われてオシャカになってしまうのが本当に面倒だ。よくこんな事平気な顔してやってるな、例外対策部のやつら…


「っ…【奪────────」


 その時だ。老婆が開いた掌に見覚えのあるマークが刻まれていた。

 十円玉程のサイズの幾何学模様。俺の掌にも刻まれているものと全く一緒だった。


「な…!?」


 唯一違うのは、その幾何学模様が発光しているという点だ。

 俺は右の掌に刻まれた模様に視線を落とす。間違いなく、俺の模様は真っ黒のままだった。


「…【奪え】!」


 老婆の意識が途切れる。俺は崩れると同時に老婆の左手を掴んで掌を覗き込んだ。


「………ない」


 ない、さっきまであったハズの幾何学模様が消えている。

 右手か?いや、右手にも無いな。となれば、


「マジかよ」


 間違いない、コレはマーキングだ。

 態々マーキングを付けるほどの能力だ。付近に能力者は居ないだろうし、見境なしに襲うのも簡易的な命令しか与えていないからだろう。

 となれば────────


「あたたたたた、痛い、痛い」


 目の前の老婆の悲鳴で俺は現実に復帰する。

 腕を捻り上げる状態から手を離し、謝罪の言葉を口にする。


「す、すみません!」

「なんなんだい、本当に…」

「あ…その、えと…」

「ん?どこだいココは。あたしゃ、もうボケちまったかね…」


 穏やかな見た目に反して、言動が中々にファンキーな婆さんだ。


「おお、終わったか風間!」


 先程の小学生を送り届けた牧場が俺の元に駆けつける。すると、助けた老婆が突然牧場に食ってかかった。


「なんだいアンタ。こいつの知り合いかい!?」

「そうやけど…どうかしました?」

「コイツ、突然腕を捻ってきたんだよ。どういう教育してんだい!?」


 メチャクチャ絡まれてる。

 牧場はこういう時理屈をこねるタイプなので、これは長続きしそうだなぁ、なんて考えていたが牧場はアッサリと謝った。


「ああ成程。すんませんした、よく言い聞かせとくんで…」

「ゴメンで住んだら警察は要らん!ったくぅ…」

「あ、その警察に用事があるけん一緒に来てくれんか?」

「あァ!?なんかあるのかい?」

「その警察なんだよね、俺達」

「尚更どういう教育してんだい!!!」


 ブチ切れながらも老婆はちゃんとついて行く。その後ろ姿を見送りながら、俺は掌の幾何学模様に視線を落とした。

 が本当にマーキングで能力に関連する物ならば俺は既に能力による攻撃を受けている。

 その場合、容疑者は間違いなく───────


「────────ARIAアリア


 世界的人気の歌姫が、この惨状を引き起こした事になる。

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