君の瞳に
身体強化を全身に廻す。それに対応するべく肉色の化け物が、左手の触手を伸ばした。
ムチのようにしならせ、空中で空気を叩く音を鳴らしながらコチラに向かわせてくる。
「……っ!」
バァン!と音がして、地面に触手が叩きつけられた。同時に湿った土を抉りとり、陥没させる。
「「「左手使えないんでしょ。それでホントに、私を殺せると思う?」」」
伸ばした触手を戻しながら、俺に問いかけた。
俺がそれに答える事は無い。一切言葉を交わすことなく、俺は殴り掛かる。
「…フッ!」
「「「ぐっ…!」」」
深く肉に抉り込む音がして、右の拳が肉色の体に直撃する。
肉色の化け物は呻き声を上げて、ギョロと目玉を動かした。
「「「容赦、ないんだね…!」」」
この草木の中、普段ならアドバンテージになる身体がデカさは、逆に身動きが取りづらくなる。
それを活かして止まることなく動き続けた。
「「「そこ!!」」」
右手の刃が、背後にいたはずの俺に降りかかる。
俺は咄嗟に後ろに飛び退いて、何とか回避に成功するが目の前にあった樹木に突き刺さって途中から真っ二つになっている。
異常な切れ味だ、当たれば死ぬな。
「「「さすが、戦い慣れてるね」」」
……そうでもない、人生で3回目の能力者バトルさ。なんて答えたくても、俺には出来ない。
きっと会話をすれば躊躇してしまう。殺す事に抵抗を覚えてしまう。
殺すんだ。自分を、彼女を。一刻も早く、被害が出ないように…!
「「「でも、手加減してるでしょ」」」
肉色の化け物が持つ瞳の1つが、俺を見据える。
ギョロりと動いて、俺の心を見透かした。
「「「すこし躊躇いがあるよね。だって拳も殺すって伝わってこないよ」」」
そう言って、彼女は両手を広げる。その状態で上を向いて声を出した。
「「「だから、友達として貴方に最後の贈り物をあげる」」」
……何を、するつもりだ。
いや違う。俺はわかっている。彼女がする事は、直感的に悟っている。
止めないと、早く止めさせないと!!
「……やめろ」
「「「私を、殺さないといけなくするね」」」
「やめろーーーーーッ!!!」
次の瞬間、肉の化け物は赤い霧のような物を全身から散布した。ブシュー、と音を立てて全身からソレが散らされる。
「「「私の能力を載せた血の霧。コレがあと1時間もあれば、風を無視して日本全国に広まる」」」
彼女は俺の顔面をしっかりと捉え、自分が起こす惨劇の説明を始めた。
肉の化け物の筈なのに、顔に彼女の笑顔が浮かんでいるように見えた。
「「「日本全土に広まったと同時に、私は能力を全力で展開する。1日もあればきっと、バタバタ人が死ぬよ」」」
なんて事を。こんなことをすれば、俺は彼女を本当に殺さざるを得なくなる。
ああ、畜生。俺は、どうしてこんな事を……
「「「私は風間を知りたい。知った上で殺したい」」」
ビキビキと動く彼女の筋肉が、全身を震わせて完全な戦闘態勢へ入る。
「「「だから、全力で殺してよ。風間」」」
そんな気遣いが出来るのなら、俺を思う心があるのなら。
どうして、殺意になんか飲まれてしまったんだ。人を殺そうとなんてしてしまったんだよ…!
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
身体強化を許容上限いっぱい、全力で廻して襲い掛かる。ズキリと左手が痛むが気にしない。
進化した、最適化された体で能力が起動したら病床に伏した人々は間違いなく即死する。全国に広まる1時間より前に、彼女を────────
「殺す!!」
決意を固めるように、拳を携えて叫んだ。
そのまま思いっきり前に向かって突き出した。拳は先程よりも深々と突き刺さった。
「「「ぐ…!?」」」
ボゴン!!と音を立てて、肉色の怪物が吹っ飛ぶ。そのまま樹木を折りながら、自然の中へと消えていった。
追撃を、と前に向かって飛んで自然の中へと踏み込んでいく。
入った瞬間に目の前から触手が迫り、うねって俺を叩こうとしてきた。
「「「そう簡単に死ねないよね!!」」」
「…っ」
左右に体を走らせ、1本1本を回避する。
上から迫る最後の1本を思いっきり掴むと、全力で握りつぶした。
「「「ぎゃぁああああ!!」」」
悲鳴が上がり触手が怯む。その隙に両手で1本ずつ掴んで、思いっきり握りつぶした。
「「「ぁがぁあ、ぁぃがぁぉぉお!!」」」
訳の分からない言葉のような音と、呻き声を肉色の化け物は上げる。
残る幾本かの触手を2本掴むと、思いっきり力を込め引き寄せた。
「…っ!!」
手を離し、こちらに近づいてきた肉色の化け物へ拳を叩き込む。
「「「ぅ…!」」」
後ろに飛ぶ化け物へ一跳ねで追いついて蹴りを入れる。
能力で最適化されたとはいえ、大元は殺しあったことの無い少女なのだ。
行ける、このままなら殺れ───────
「「「ぉぉoooおoOO尾O緒OOO!!!!」」」
突如、化け物が理性を失ったか大きな咆哮を叫んだ。鼓膜をつんざくほどの大きな叫びは、ビリビリと空気を震わせる。
「「「GYaァァAア!!」」」
右腕の大きな刃を振り回し、周囲へ無差別に攻撃を開始する。
その様相は、少なくとも人の心を感じるものでは無かった。
「自我が…!?」
能力に取って代わられたのか。
最適化された彼女の肉体は、精神すらも奪われたというのか。
「ふざけんな…!!!」
俺は接近して、肩を掴むと思いっきり山から直線上に踏み出して飛び出す。
空中に放り出された俺達は、自由落下しながら接近戦を開始した。
「返せよ、返せ!!上村にその体を返せ!!」
「「「ggaooOoooォォoo!!!」」」
「…!しまっ──────」
残った触手が俺の体に巻き付き、俺の体を絡めとる。その状態で肉色の化け物は回転すると、思いっきり地面に向けて投擲した。
「がぁっ!!」
地面に思いっきり激突して陥没する。その上から、落下する化け物が迫っていた。
右手の刃を向けると、思いっきり振り下ろさんと全力で構えている。
避けようと立ち上がろうとしたその瞬間、左指から激痛が走った。
「うっ…!」
顔を歪めたその一瞬、既にそこは化け物の間合いだった。
悪あがきとして、右手に力を込めて思いっきり突き出す。…死ぬ訳には、いかないんだ!!
「うおおおおああああああああッ!!!」
刃が振り下ろされるよりも先に、俺の拳が刃の側面へと当たって折れる。
怪物はバランスが崩れ、横から与えられた衝撃で少し離れた場所に転がった。
その隙に立ち上がると、俺は全開の身体強化を回して怪物を蹴りあげる。
「っらァ!!!」
空中に飛び上がった怪物を全開で飛び跳ね、追いかけると俺は思いっきり手を伸ばした。
「…捕えた!!!」
「「「guuuuぅぅuuu…!?」」」
追いついた先で怪物の首根っこを掴むと、先程のお返しと言わんばかりに振り回して山の中に叩きつけた。
少し標高の低い所に着地すると、再度攻撃を加えんと叩きつけた場所へと走る。
しかし目的地の先、その自然の先から触手が伸びた。
「またかよ…!」
先程とは明らかに違う触手の練度。
木々をすり抜け、1本1本が自我を持つかのようにうねって伸びる。
伸縮性が自由なのか、避けても避けても追いかけ続けてきた。
「クソ…!」
もっと俺が強ければ、こんな状況にはなっていなかった。
もっと俺が聡ければ、上村の闇にも気付けていた。
もっと俺が早ければ、上村が殺意を抱く前に救えていた。
そんな後悔をしても、もう全ては決まってしまったのだ。
殺すしかないんだ。人を守る、それだけの為に。
「っ…!!」
延びる触手を回避し、少しずつ前へ進む。
生えていたはずの数よりも圧倒的に多い触手の先には、肉が膨れ上がった怪物が触手を操っていた。
その肉は成長を続けようと、延々と膨れ上がり続けている。
「「「ooooぉぉぉぉ」」」
走って触手を避けながらも、俺はその景色を見据えていた。
様相は、苦しんでいるように見える。
それもそのはず。彼女は幾ら進化しようと人の器なのだ。急激に変化をしたら、激痛が伴う。
肉が膨れ上がり、痛みを痛みと思わなくても1つの綻びがあればそこから崩壊する。
道具が最適化させようと、無理に進化させた人間の妥当な末路だ。
「「「
苦しむ肉から、そんな声が聞こえてきた。まさか、自我を取り戻したのか!?
「「「そkoに、いruの?」」」
間違いない、上村が喋っている。だが自我は拮抗している状態だ。
重なった声の断片が、1部だけ上村になっている状況。
迂闊に足を止めれば殺されてしまう。
「「「oねgai、waたしwo」」」
彼女は、今にも泣きそうな声で喋る。しかし能力が暴走していっているなか、膨れ上がった肉を抑え込めなくなっていく。
「「「ko、koこ、こ」」」
膨れ上がる肉に押しつぶされていく最後の間際で、彼女は願った。
「「「ころsiて」」」
それは、殺意に溺れ力に支配された彼女が、耐えきれずに零した言葉だった。
「………【奪え】」
俺が奪うと、肉の以上成長が一瞬にして止まってビキビキと戻っていく。それを見て、俺は走り出した。
膨らんだ肉は少しずつ縮小し、3メートルではなく少女の形へと纏まっていく。
怪物と成り果てた少女の身体は今、死の間際に元の姿を取り戻したのだ。
「【奪え】」
再度力を使い、俺は折れて地面に落ちた怪物の右手に着いていた刃を手に取った。
1度身体から離れたパーツは、手術などで接合するまで外部パーツ扱いになり「肉体は奪えない」のルール適用外になる。
「さよなら、上村」
呟く。激痛に気絶をし、目を閉じた彼女の身体が俺の手によって貫かれた。
身体強化のない体に刃を突き刺し、肋骨を壊し通り、心臓を刺し貫いた。
ビチャビチャと血が溢れて止まらない。彼女は間違いなく、死が確定した。
「………かざま」
「…上、村…?」
幸か不幸か。彼女は死の間際に、手放した意識を取り戻して口を開いた。
「ありが、と」
己の血に濡れた体で、感謝を垂れ流したのだ。その瞬間、俺の抑えていた涙がまた流れ出す。
「違う、違うんだ。感謝なんか、しないでくれ」
俺は血に濡れた手を、彼女の頬に添えて俺は呟く。俺が悪いんだ。俺が、俺が全部。だから感謝なんかしないでくれ。
「ごめん、ねぇ。私、嫌な人だった、よねぇ」
「違う。お前は優しい明るい奴だ。嫌なんかじゃない」
「そう、かなぁ」
「そうだ。だから、俺を怨んでくれ。世界のためにお前を殺した、俺を怨め」
そう言うと、彼女は太陽のような笑顔をゆっくりと浮かべて笑った。
「友達、でしょ?」
俺はその言葉を聞いて、何も声が出なくなってしまった。嗚咽と涙が溢れて、身体から止まらない。
「うれ、しいな」
彼女が言葉を喋る度に、俺の心が抉られていく。人生の準備時間を全て病院で過ごし、自らの力で死へのカウントダウンをされた彼女の全ての言葉が、今ここで絞り出されているのだ。
「私、死ぬ時、独りだと、思ってた」
涙を流して、ぐちゃぐちゃになった声を腹の底から絞り出して応答する。
「独りじゃない、傍にいる。お前が死んでも、死ぬまで顔を出すよ」
そう言うと、太陽のような笑顔をより1層煌めかせて呟いた。
「ほんと?」
「ああ、ほんとだ」
俺はメチャクチャな顔を無理やり笑顔にして言葉を返す。
会話のラリーは、流れ出る血液が彼女から生を奪うその時までつづいていく。
「私ね、風間と会えて、楽しかった」
「…だろうな」
「お母さんと、もっと話したかった」
「そうか」
「お父さんと、もっと遊びたかった」
「っ…そうか」
「犬とか、飼ってみたかった」
「…………そうか」
「友達の家、泊まりたかった」
「………」
「でも私ね、人、殺しちゃった」
「…知ってる」
「人の幸せが、憎かった」
「…そうだな」
「それでも、最後にお願いが出来た」
「……なんだ?」
「自分勝手だけどね、それでもね」
「うん」
「来世も、風間と一緒に、居たいなぁ」
「………きっと、なれるよ」
「ほんと?」
「ああ」
「幸せ、だ…………な────────」
上村は事切れ手がダラりと地面に落ちた。その先から彼女の身体から流れ出た血が地面に落ちる。湿った地面に吸い込まれていく。
彼女の生きた証は、いずれ消えゆく木の葉にしか残らなかった。
「っ…ぅっ…、っ…、う…うぅ…あっ…っぐ…ぅ…っ」
俺は彼女の死体を抱え、涙が枯れ果てるまで泣き続けた。
*******************
「お疲れ、風間」
彼女を抱えて下山すると、そこには1台のバンが止まっていた。
どこから聞き付けたのか、山の入口には砧が立っている。
時刻は14時だと言うのに、人通りが全くない。…例外対策部が何かしたのだろう。
「…どうやって来た」
「君、腕時計のこと忘れてるだろ」
……そういえば、そんなモノもあったか。そうか、道理で逃げても無駄な訳だ。頭から完全に抜け落ちていた。
そんな間抜けな俺の耳に、砧の声が届いた
「人払いは済ませてある。その死体をこちらに引き渡してくれ」
俺は、短く即答した。
「断る」
そう言うと、砧の顔が曇る。その状態で問い返してきた。
「契約内容に反するな。お前は、『死体を届ける代わりに、今日の夜まで見逃して欲しい』と言った筈だ」
そう言われても、決意が変わることは無い。俺は再度同じ答えを繰り返した。
「断る」
そう言うと、バンの中に待機していた能力者が4人降りてきて俺を取り囲む。
俺はそれを見据えると、口を開いた。
「赤い霧が日本中に散布されている。アレは、上村 春の血液だ」
「「「「なっ…!?」」」」
5人の内、砧を含めた4人が驚いた。だろうな。2時間ほど前に広まった赤い何かが「血液」とは思うまい。
俺は口を開き、得意の戦い方を展開する。
「俺は彼女の死の間際、1度だけ【
無論、大嘘だ。そもそも能力の譲渡など原則として不可能だ。
しかし、奴らにとってまだ大きな謎であるという要因が真っ赤な嘘をカモフラージュする。
その上、上層部たちも広がった赤い霧の事はある程度目にしているだろう。ならば、保守的な上層部に対してこのブラフは十分に機能する。
「………本部ぅ、聞こえてます?」
チームのうちの1人、小さな女が本部に連絡を取ると、砧に囁いた。
そして、それを聞いた砧は問いかける。
「……要求は?」
その言葉を聞いて、口を開く。俺が要求することは、ただ1つ。
「彼女の火葬と、埋葬だ。それをやれば能力の使用は放棄する」
そう言うと、砧は顔を歪めた。
歪んだ顔は笑顔になり、狂気じみた物へと成り果てていく。
そのまま、俺に言葉を紡いだ。
「許可する。上なんか関係ない。俺がすべての責任を取ろう。その要求、飲んだぞ」
その言葉を聞いて、ズキズキと痛む左手を庇うように彼女を抱え直して頭を下げた。
「ありがとう、ございます」
****************
あれから、1週間が経った。
身体強化を使用できる人間は回復が早いのか、俺の指は9割治ったらしい。
一応、裏切りはしたものの【
正直戻りたくは無いが、戻らなければ殺されるらしいし戻るしかない。
そんなわけで、国が保有している山のテッペンに、ひとつ立つ墓の前に俺は来ていた。
「よ、昨日ぶり」
墓に刻まれた名は、「上村家」。…といっても、ここには彼女しか眠っていない。
俺は約束通り、ココに毎日通っていた。
「今日は天気いいなぁ。風が気持ちいいや」
俺が無理を言って、墓から八王子が見渡せるように整えられた頂上には風が吹き抜ける。
「あ、これ備えモンな。今日は病院の蒸しパン。しかも抹茶味!美味いんだぜ…って、知ってるか」
俺は墓石にラップでガチガチに放送された蒸しパンを置くと、自分の分を懐から出す。
包んだラップを解きながら、会話を続けた。
「その、さ。毎日来るって言ったけど…ごめんな、難しそうなんだ。でも、週一では顔を出すよ。本当にごめん」
届きもしない謝罪を口に出す。それでも、嘘をついたことには変わりないから謝らずに居られなかった。
「空いた日は毎日来るよ。だから────」
そこまで言ったところだった。1羽の真っ白な鳩が、バサバサと飛んできて墓石の上に泊まる。
「…鳩?」
俺と目が合うと、白い鳩はピョンと飛び降りて墓石の下にある地面に綺麗な花を1輪置いた。
その状態でグルグル巻きになった蒸しパンを口に咥えると、何処かに飛び去って行った。
「………あ、ちょっと……!」
目の前の事象に呆気に取られ、抑えるのが遅れてしまった。
「ごめん、備えモン持ってかれちまった…」
俺の分を備えようか迷っていた時、ふと鳩が置いていった花が気になって写真検索で調べる。
「………ネリネ?」
その淡い色をした綺麗な花はネリネと言い、日本には自生しない花らしい。
なんでそんなモノを態々─────────
「はは、そういう事かよ」
頭の中で都合のいい解釈をしてしまった。
もしこれが違ったとしても、俺はずっと信じていたい。
「アイツ、自由にやってんなぁ…」
俺は立ち上がると、包装を解いた蒸しパンを口の中に放り込む。
「……………しょっぺぇ」
あの時と違う味がしたのに、不思議と美味しかった。
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