見つけて、傍に
「…
俺は目の前に現れた男に名前の確認をとる。全体的に気だるげで、覇気を感じない…と言った男だった。
「ああ、
なるほど、何故一ノ瀬が俺の名前を出して会話をしているのかという所は一旦置いておいて、俺は言葉を紡ぐ。
「では砧さん。取引しませんか?」
「………………取引?」
それを聞いた瞬間、砧と名乗った男の口元が歪んだ。ダウナーな雰囲気から一転。退屈を覆すかの如くの笑み。
マジか、よかったよ。食いついた。
*****************
「はっ…かっ…っ…でぇ…」
痛みのあまり過呼吸になる。
在らぬ方向へと折れ曲がった5本の左手指が、激痛を訴えて止まない。
前みたいに一線を超えた痛みじゃない。だからこそ、「痛い」というのがジワジワとくる。
そんな最中、砧は俺に笑いかけた。
「取引は成立だな」
「っ…ぐ…あり、がとうございます…」
見た目より異常に広かった駐車場の空間が歪み、変形していく。
というより、上から見た時相応の広さへと戻って行った。
「風間!」
上村が駆け寄ってくる。バカ、逃げろって言ったのに…
「大丈夫…って、その指…!」
ドン引きする上村を砧は一瞥する。ジロジロと上から下まで見て、首を傾げた。
「…?まあいい。行くぞ、赤池」
赤池に手を仰ぐような合図をして、砧は俺達から離れていく。
「ほ、本当に行くんですか?」
赤池は不安そうに砧に問いかける。しかし、砧の気分が変わることはない。
「そういう契約だ。まあ、大丈夫だろ」
砧は歩きざまに振り返る。そして、俺に対して言葉を放つ。
「22時だ。それ迄に終わらせろよ」
皮肉たらしく笑みを浮かべると、手を振ってその場から去って行った。
「っ…行くぞ、上村」
「え?…大丈夫なの?」
「見逃してもらえるんだ。早く逃げるぞ」
「え、ちょっと風間!」
俺は春の手を引いて、砧達とは反対方向に歩き出した。
駅の付近に止まっていたタクシーを呼び止め、ドアを開けて貰う。
「お客さん、何処まで?」
「城山までお願いします」
「え、山ぁ!?」
行き先を告げると上村は驚いた声を上げる。そういえば行き先を教えていなかったっけ。
…まあ時間はなかったし、仕方ない。
「ねぇ、私体弱いんだけど…」
「そこしか無いんだ。悪い」
「……分かったわよ」
タクシーは俺たちを載せて走り出す。タクシーの中は、重い沈黙が支配していた。
「ねえ、風間」
「なんだ」
「どうやって……見逃してもらったの?」
俺は少し黙る。少し考えてから、左手を覗き込んでから解答を出した。
「ケジメをつけてきた」
「ケジメ!?警察なんでしょ、あの人たち!」
上村は俺の言葉を聞いて激昂する。その状態を受け止めて、俺は静かに頷いた。
「そうだ」
「そんなヤクザみたいな事してるの!?」
「…俺から提案したんだよ」
「それに私を捕まえるってどういう事なの?私何も説明されてないのに…!」
何も説明していないのは、能力者のことを伏せておきたかったからだ。
『昨日は悪かった。だけど…それでも、俺に着いてきてくれ!』
『何、なんの事?』
『お前を捕まえると、警察から連絡があった。俺と一緒に逃げてくれ』
『え、え!?どういう………』
それらを伏せた上で、無茶苦茶な説得をしたのに着いてきたのは、やはり彼女が───────
「……………。」
そこまで考えて、気分が悪くなった。やめよう。目的地に着くまでは考えたくない。
「でも登山かあ。久しぶりだなあ〜」
彼女はウキウキとしていた。きっと学校の遠足で行った遠い過去を思い出して居るのだろう。
この笑顔が、遅くとも7年後には失われると考えると……
ああ、クソ。変なことばっか考えてネガティブになっている。
やめろ、やめよう。こんな事ばっか考えたくないんだよ。せめて目的の時間まで………
「楽しみだね、風間!」
「………そうだな」
にこやかに笑う彼女の顔を見て、少し気分が浮ついた。
きっと彼女も、力さえ無ければな…。
****************
「説明してください。砧さん」
赤池と名乗った男が、砧に問いかける。その言葉を聞いて砧は答えた。
「大丈夫だ。アイツは一ノ瀬さんのお気に入りだからな」
「ソレ何なんですか?いつも言ってますよね」
その言葉を聞くと、砧は首を傾げる。その顔は何故分からないんだ?と言わんばかりの物だ。
「あの人のお気に入りはな、大概頭のネジがぶっ飛んでんだよ」
「それが何なんですか」
赤池はどうしても納得がいかないようだ。事実、目の前にあった殺害対象を見逃すのは反逆にすら値する。
自らの命が脅かされる現状で、上司に従わなければならない現状を呪ってすらいた。
それでも砧はヘラヘラと笑って答える。
「お前も見ただろ?自分で自分の指を使い物にならなくしたアレを」
「だから、何が言いたいんです?」
砧の口角が釣り上がる。その顔は、狂気じみた盲信を感じる程の、恐ろしい笑顔だった。
「帰ってくるよ、アイツは。英雄の心を持っているから」
「………そうですか」
よく分からない物言いに、赤池は一瞬だけ反論をしようと考える。
しかしそれ以上に、砧の触れてはいけない狂気に触れて黙ってしまった。
時計の針は、12時を指そうとしていた。
******************
「つっっっっっかれたぁぁぁぁぁ…」
上村は大声を出して、道中にあるベンチに座り込む。八王子城跡ということもあり、多少は観光地化されては居たが、それでも道とは思えぬ勾配の登山であった。
「お前背中にいただけじゃねえかよ」
俺は突っ込む。
身体強化でおぶってここまで来たのだ。
なんだ疲れたって。お前背中に居ただけじゃねえか。
頂上はまだ先にある…が、正直もうココで良いだろう。
平日だからか、人気も少ない。その上ココで止まっている人も居ないしな。
「………上村」
俺は彼女に歩み寄る。ここからの話は、誰よりも俺がしたくない。
「な、何?そんな顔して」
困ったように顔を赤らめて、上村は目をそらす。そうだよな、そういう反応だよな、普通は。
力なんてこの世界に無ければきっと、世界は美しいままで居られたんだ。
上村だって普通の女の子の筈なんだ。ああ、クソ、畜生。
「聞きたいことがあるんだ」
「何よもう。勿体ぶっちゃって…」
1歩を踏み出す。確実に、それは俺の間合いの中に入っていた。
そして、地獄への更なる1歩を口から踏み出した。
「お前、能力を制御出来てるよな」
口から出した言葉で、長い沈黙が訪れた。
彼女が赤らめていた顔はゆっくりと普段の顔に戻っていき、俯いて影がさす。
そして、ぎこち無い笑顔を浮かべてコチラに笑いかけた。
「バレてたんだ、残念」
キッカケは佐伯に能力を説明されてからだった。
無差別に範囲内で抗体や回復を阻害するというのなら、入院してもっとも関わる俺が悪化せず回復していたのはオカシイ事に気づいた。
その上で、悪化する原因に気がついても俺をその病院に入院させ続けた佐伯の目論見もあるとも気づいたのだ。
〈なぜ最も接触している俺が、能力の影響を受けていないのか?〉
それが、例外対策部が…否、警察が知りたかった情報なのだろうと。
「…………っ、そうか」
そう考えてからだった。全てのことが、ドミノ倒しのように繋がってひとつの答えを出す。
それは、「上村春は能力を制御できる」という結論だった。
その上で、どうしても解らない事があった。俺は疑問を1つずつ声に出す。
「力に気づいたのは何時だ?」
「……4年前、かな」
4年前、中学生頃か。成長する能力の範囲が成長期に応じて、更に異常成長して急激に広がったのだろう。
自分が広がったような変な感覚を感じてから、内側に気づいたのかもしれない。
そこまで結論付けてから、俺は最大の疑問を口に出す。
「どうして、能力を収めなかったんだ?」
あれだけ明るい彼女が、人を殺す能力を制御出来て尚、人を殺そうとしたその理由。それが知りたかったのだ。
その言葉を聞いて、上村の顔は再度影が差す。自然に覆われた影のせいで、その表情は見えなかった。
「許せなかったんだ」
だが、その言葉からは確かな怒りが感じ取れた。
普段にこやかな顔を見せ続けた彼女からは想像も出来ないほどに増悪に満ちたその声が、俺の耳を通り抜けていく。
「私は家族に見捨てられたのに、どうして周りが幸せなんだろうって」
…考えれば、毎日のように昼から晩まで俺の部屋に来ていた彼女に家族が来ているからと帰る日は1度も無かった。
朝に来ているのだろうと勝手に納得していたが、そもそも来てすら居なかったのか。
「お母さんも、お父さんも凄いお仕事してるんだよ。だから入院する前の日にね、言われたんだ」
上村の拳が、1層力強く握り締められていく。その言葉が、俺に悟らせた。
ああ、コイツが感じているのは怒りなんかじゃないんだ、と。
「『これ以上、手間をかけさせないでくれ』って。信じられる?その時小学生なんだよ、私」
根底にあるのは、どうしようもなく解消出来ない深い殺意なんだ。
どうして俺はもっと早く気づかなかったのだろうと、俺は心の底で嘆く。
それを表に出さないように、俺は顔を崩さず問いかけた。
「だから、他人の幸せが憎くなったのか?」
そう言うと、上村は再度明るい笑顔を登らせた顔を俺に向ける。
「そうだよ。私が苦しいのに、周りが心配されてチヤホヤされるのが…どうしてもね」
「……それは間違っているぞ」
「わかってるよ、そのくらい」
ダメだ。相手は悪を悪と知った上で、悪を行使する人間だ。
説得は出来ない。そういう相手は、何人か見てきたが、その全てを説得出来なかった。
「……扱えるなら、どうして自分を弱らせてるのを止められなかったんだ?」
俺は説得を辞め、次の質問に移る。相手からすれば話を逸らしたと思われるだろう。
それでも、時間は限られている。知りたいことを知った上で、俺は事を成さねばならない。
「扱えるなら、自分を弱らせるのを止める事くらい……」
そこまで言ったところだった。彼女は自分の声を遮るように、言葉を紡ぐ。
「弱ってるんじゃないんだ」
「は?」
能力の弱っているのでは無いのなら、彼女の抗体が弱っていっているのは何故?
「私の体、変わろうとしてるんだよ」
「な…!?」
「能力に最適化した体に進化しようとしてるんだよ。……いつからかは、忘れちゃったけど」
彼女の口から出たのは、最悪の答えだった。
異常成長した力は彼女の体を、自らの為に最適化しようとしていたのだ。
「だから、能力を使って体を弱らせたの。そしたら身体が変わろうとしなくなったんだ」
力が人を自らに最適化する。
そんな事があるのか。
そんな事があっていいのか。
どんなに力が強大でも、力は力であり、道具で在るべきなのだ。
道具が自らを活かすために主人たる人を無理矢理変えるのは、許されたことではない。
そんな残酷な現実に俺は目の前が暗くなる。
「………最後に、聞きたい」
「なあに?」
俺は流れ落ちる涙を無理矢理せき止め、震える声で問いかけた。
「人殺しを、辞めるつもりは、無いんだな」
彼女は太陽よりも明るい笑顔を崩す事無く、影の差す場所で即答した。
「うん」
大粒の涙が、俺の頬からこぼれ落ちる。
「……俺は、お前を殺さなくちゃならない」
「それが仕事なんだね」
「そうだ。俺は例外対策部の風間 優斗だから」
「…そっか」
彼女はまた俯いた。理解してほしい、なんて微塵も思っていなかったのだろう。
それでも、唯一の友として拒絶された彼女の傷はきっと俺には理解が出来ない。
「私も、死ぬ訳にはいかないんだ。
彼女の身体が、ビクンと震える。まるで内側から跳ね上がったような不思議な挙動が、彼女を包んでいく。
「さよなら、風間」
ボコボコボコ、と音を立てて彼女の肉体が膨らんでいく。
進化が、始まったのだ。
「やめろ、やめるんだ上村!!」
叫んだ声は、膨らむ肉の音に掻き消された。もう彼女の耳には説得が届くことはない。
風船のように膨らんで、大きくなった後に内側へと圧縮されていく。
その肉が、まるで人の形をしたような、3mほどの巨体に収まった。
血管は浮き出て、筋肉が丸出し。
右手は刃のように変化し、左手は触手のように何本にも別れていた。頭には360度が見えるように、4つ目玉が配置されている。
上村が立っていた場所には、ダビデ像のような筋肉を付けた肉色の化け物が立っていた。
口のような機構を顔面から開いて、何重にも重なった声のような上村の音を、化け物が奏でた。
「「「殺すね、風間。私の為に」」」
溢れた涙が止まらない。
コレを乗り越えても、もう上村が帰ってくる事は無いと直感して俺は苦しむ。
それでも、俺はこの世界に生きる人を守るために戦わなくてはならない。
それを考えた瞬間、涙は収まった。そうだ。その為に私情は要らないのだ。
全部捨てて、軽くなった背中に全部背負って行く。それが俺の生きる意味で──────
「…死んでくれ、上村。世界の為に」
それが、父が遺した言伝なのだから。
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