失望させないで

「え?」


 俺は震える。突然現れた情報を、処理しきれなかったのだ。


『そこは警察上層部ウチと繋がっている病院でね。主に我々の治療、及び研究所になっている訳だ』


 彼はつらつらと情報を語る。その声は、既に決定事項を話す時のソレだ。


『だが、ソコは何故かあらゆる病死の割合が他に比べて7年前から年々上がっている』

「…!」


 佐伯は衝撃的な話を口走る。

 だが確かに、この病院は病死した場面に遭遇するのが妙に多かった。


『そんな訳だ。一応体裁上は切り札を預ける病院として不味いって事で、調査が入った』


 待ってくれ、頼む、この病院には上村も居る。この場所を戦場に変えるのは……。

 いや、例外対策部がそんな事をする訳が無い。

 なら、一体何故?


『そして調査の結果、の中に1人能力者がいる事が判明した』




「……………………………は?」




 俺の動揺を気にすること無く、佐伯は言葉を紡ぐ。その様相は、、と言いたいようだった。


は無自覚だったようでな。そのおかげで、血液などの検査、及び実験から推察した結果彼女の能力が推定で判明した』


 ……………そういう、事、か。


『付けられた能力名称は、【悪化ゼパル】。自身の血液を媒介とした、常時発動型の周囲の抗体や再生を阻害する能力だ』


 やめろ、嘘だ、やめてくれ。

 俺は極端にバカじゃないし、察せられる能力が死んでいる訳じゃない。

 


『能力者の名は、……………上村 春』


 嘘だと言って欲しかった。

 冗談だと、何かの間違いだと。

 俺が戻るための試験で、見抜けなきゃいけない嘘とかそんなムチャクチャなことでもいい。

 頼むよ。

 なんで誰も、嘘だと言ってくれないんだ。


『その上、指数関数的に能力は成長している。制御出来ず、異常に成長する能力に犯され、自らも衰弱しているようだ』


 ああ、嫌だ。聞きたくない。

 その先に言いたい事の予測は着く。頼む、話さないでくれ。お願いだ。


『能力の出力は年々上がり、範囲も広がり続けている。制御出来ないのなら性質上、我々としても抱えることが出来ない』


 頼む、それ以上口を開かないでくれ。


『結論を言おう。3年後には日本を半分覆い尽くす程の範囲になるという計算が出た』


 嫌だ、嘘だ、嫌だ!!!


『そのため、彼女は最優先殺害対象とし───』


 ああ…なんで…………。

 どうして、どうしてこんな事に。


『拉致の後、安楽死させるという結論が出た』

「ッ…!」


 一滴の黒いインクを垂らされたように、絶望が広がっていく。

 もう、どうしようもない。相手は警察で、例外対策部で、俺より強い奴らしか居ない。


『すまないな。我々も、こんな事になると思っていなかった』


 その言葉に、俺はカチンと来てしまった。


「っ…なんでっ」


 ストレスを口にする。

 わかっている。こんな事をしても、結果が変わらない事くらい。

 向こう側にいる佐伯が、心の底から申し訳なさそうにしているのもわかっている。


「なんでっ、憎まれ役の1つもしてくれないんだよ!」


 ─────でも、それを冷静に受け止められる程、俺は大人じゃない。


「何が『思わなかった』だ!?誰も思ってねぇよ、そんな事っ…」


 そんな子供の叫びを、佐伯は黙って聞き続けていた。ずっと、黙って、罵声を浴び続けていた。


「殺すから黙って見てろって言うんだろ!?抵抗するなって…っ、クソ、クソ!」


 そして、最後まで聞き届けたかのように佐伯は語り始めた。


『………その通りだ。風間』

「なっ!?」

『君に、抵抗するなと伝える為の電話だ』

「ふざけ………」

『ふざけてなど居ない。君の接触と裏切りの可能性が示唆され、難度 五に指定されたんだ!』


 矢継ぎ早に反論される。大事になったのは、お前のせいだと言いたいのだろう。


『わかるか!?君のせいで、君のいる場所に、5人の能力者が派遣されるんだ!』


 能力者5人、それを撃退出来ると思うな。だから抵抗するなと言いたいのか。


 ……ああ、最もだ。そんな事は出来ない。

 けれど、それ以上に俺は全ての言葉を信じることが出来ない。


『…すまないな、風間。例外対策部はこんな事ばかりだよ』


 悔しいのはわかる。だから、頼む。抵抗しないでくれと、言葉の裏から俺は読み取った。

 だからって、納得はできない。


『決行日は、君の退院日だ。その日に君が裏切れば、君も殺処分対象になる。くれぐれも…注意してくれ』


 そう言って、佐伯は電話を切った。


 ******************


 考え事が多く、眠れなかった。

 クラクラとする頭で思考し、考える。

 俺の退院日、つまり…明日だ。


 脳をスキャンするような技術を持つ組織が、人の形を留めた「安楽死」など提供してくるはずが無い。

 血液の一滴でも残ればソレが媒介になって人類に対し牙を剥く可能性がある。

 細胞の1片も残さず消し飛ばす、そんな安楽死を想定しているはずだ。

 痛覚も感じず、苦痛を感じない。それでいて、血液も残さない安楽死。


 どう考えてもマトモな筈が無い。


「………どうするか」


 俺は今、彼女に嫌われている。

 病室に突撃すれば話は簡単なのだが、恐らく大抵の看護師や医者には例外対策部の息がかかっている。

 それに、それを突破したとて……。


 …………いや、ヤメだ。

 まず上村 春を連れ出す。その後など考えない。

 とにかく今はその事に注力するんだ、


「やるだけ、やるか…」


 ルートと場所、位置の把握と時間の決定。

 今の俺に出来る手札を揃える。

 弱者の戦い方って奴だ。

 ──────やってみせるさ。


 ******************


 風間 優斗の退院日、その早朝。

 病院の裏口から入り看護師に案内される者が5人いた。


「……は何処に?」


 リーダー格のような男が、ロングの金髪を揺らして問いかける。


「指示通り、別棟2階に隔離しております」

「わかった。坂本、本部へ連絡できるようにしておけ」


 坂本、と呼ばれた140cm程の少女は、気だるそうに答えた。


「あいあいさぁ。チャンネル変更ぉ、本部に接続ぅ」


 イヤホンを押し込みながら、彼女はダルそうにチャンネル変更を呟いた。

 それを見届けるリーダー格は、残りの3人に指示を出す。


「跡部は1階を、杉下は内庭を。赤池は外周を抑えろ。坂本、お前は部屋の入口だ。いいな?」

「「「了解」」」「りょおかぁい」


 そう言われた全員は、2人を残して散る。

 対策は取られているようだった。

 過剰戦力かもしれない。だが実際、能力者2名を相手にする、というのはこれ程の警備が必要だ。


 片方は能力が割れてる上に、身体強化を身につけたばかりの雑魚。

 もう片方は異常成長して自らをも傷つける無自覚能力者。

 それでいても、対能力者においては相手より多い人数を派遣した上でバックアップを1人つけるのが、上層部の難度の付け方だ。


「ここが、その部屋か?」


 リーダー格が問いかける。看護師は、「そうです」と言いながら頷いた。


「…開けるぞ」


 扉に手をかけ、開けた。

 そこには、小さな個室の奥にベットが1つある。

 ベットは女性一人分の膨らみがあり、誰かが寝ているようだった。


「対象を確認。捕縛する」


 早朝5時、膨らんだベッドをひん剥くと同時に、リーダー格が能力を発動した。


「【繊維操作スパイダー】」


 袖から細い糸のような物が飛びだし、剥かれたベッドの下にある物を拘束していく。

 ギュギュギュ、と人間が死なない程度の限界で締め上げられた。


「捕縛完───────」


 その時だった。誰も見ていなかった、部屋の角隅。その上の方から、

 同時に、ソレが拳を握りしめると大きく叫んだ。


「ッ…らぁっ!!!」


 轟音を立て、壁が吹き飛ぶ。

 その壁から「何か」は飛び出して行った。


「ん?」


 リーダー格は捕縛した物に視線を落とす。

 そこには、患者衣を着せられたマネキンが縛り付けられていた。


「なるほど。坂本、


 リーダー格は指示を出す。それを聞いた坂本は、地面に片手をついて能力を発動した。


「『重力・強ヘヴィ』!」


 ズン、と「何か」を中心として円形範囲に地面が沈み混む。

 突如、自身の体重が100倍に増加したのだ。

 だがはそれを諸共せず進んでいく。それどころか、速度を落とすこと無く突き進んで行った。


「わぁ、すごい」


 坂本は自身の不意打ちに抗った男に簡単の声を漏らす。しかし、リーダー格はそれに対して叱責を入れた。


「何をしている坂本、本部に連絡を入れろ」

「へぁあ。すみませぇん」

「気にするな。私は風間を追う」


 リーダー格は、後を追って走り出す。

 イヤホンでひとしきり指示を出すと、ひとりでに呟いた。


「…やられたな」



 ********************


「っぶねぇ…大丈夫か?」

「う、うん」


 俺は上村 春を抱えて走り出す。

 アブねぇ、これで肺が潰れたとかなってたら本当にどうしようもない。

 まさか重力操作系の能力者が居たとは。全身が突然重くなってビビったが、一蹴りで範囲外まで抜け出せてよかった。


「風間、そこ右!」

「あいよっ…!」


 上村の指示通りに曲がって階段を登り、二階から三階へ。別棟から母屋へ抜ける渡り廊下を走り抜けて母屋の階段を登り四階へ。


 脱出ポイントである突き当たりの廊下まで辿り着くと俺は身体強化を廻す。


「っらぁ!!」


 そのまま、病院の壁を蹴り抜いた。

 轟音が響き、人間大サイズの穴が開く。

 俺はそこに手をかけた。


「いくぞ、舌噛むなよ」


 上村に飛び降りる際の注意を述べた。

 目的は、この突き当たりの先にある駐車場。

 そこに届くように助走をつける。


「えっ、嘘嘘嘘嘘!」


 上村が怯えているが今は大人しくさせる時間は無い。俺は空いた穴から飛び降りた。


「きゃぁぁぁ!!」


 ゴウと空気抵抗を一身に受け、落下する。

 悲鳴をあげる上村とは相対的に、俺は特段何も思う事は無かった。

 突如2000メートルから落下したら人は感覚が麻痺するんだな…覚えておこう。


「着地するぞ!」


 俺は上村に合図をする。そして、再度身体強化を廻した。

 上村が俺に抱きついたのを確認すると、片手を離して建物の壁に思いっきり手を打ち付ける。

 その状態で少しづつ指を壁にめり込ませ、落下の速度を低減させていった。


「っ止まれ…!」


 地面スレスレ、それもギリギリで速度が収まり地面に着地する。


「っ…ぶねぇ……」


「風間、コレ寿命縮むよ」


 俺は安堵感からため息を着くと、未だ心臓が早鐘を打つ上村から苦情が出た。


「……逃げるぞ」

「え、あ、うん」


 俺は上村の手を取って走り始める。とにかく、今は遠くに逃げなければならない。

 会話の暇などないのだ。軽口を叩きたいのは山々だけどな。

 とはいえ、ここまでの計画は順調だ。

 連れ出すのにも成功した。本当に面倒だった。

 先日勝手に部屋を移動させられていた挙句、薬品による昏睡状態になっていた。

 どうにかして起こして、その後2時間による説得の後、なんとか懐柔に成功した。


「………はぁ」


 いかん、思い出すだけで溜め息が。女性って意外と頑固なんだな…知らなかった。


「溜め息ついたら幸せが逃げるよ?」

「そうだな…」


 走りながらも上村の軽口は止まらない。それにしても、随分とデカい駐車場だ。

 どれだけ走っても外に出る気配がない。というか、─────────


「フム、気付くまでは上々。裏切った事が勿体無いほどだ」

「っ…!?」


 そこに落下してくるのは、線の細い男。健康を損なう青白い肌、バサバサで傷んだ白髪。


「私は赤池 一郎あかいけ いちろう。残念だがこの先には行かせない」


 ゆらり、と歩きながら赤池と名乗った男が歩く。身体能力がそもそも低いのか、全体的な動きは遅い。


「さて、殺し合おうか。とは言っても……」


 赤池と名乗った男の隣。その空間が液体のように歪んだ。

 その中から、男が1人現れる。


「私は、何もしない」


 金髪ロン毛の見覚えのある男。

 それは先程糸を操って、こちらの仕掛けた罠に堂々とハマってくれた、リーダー格だった。


「よくやった、赤池」


 ダウナーな感じから見て取れる余裕からしても、気配からしても相当強い。

 というか、全体的に隙がない。さっきの能力を見てしまっているからか、どの角度から攻め入っても拘束される気がする。


「っ…、逃げろ!」


 俺は咄嗟に上村を逃がす。走り出す上村の背中を見送り、2人の前に立ち塞がった。

 その状態をリーダー格は一瞥すると、口を開く。


「一ノ瀬のお気に入りらしいな」

「…はい?」


 出てきた言葉は何故か一ノ瀬の事。理解が出来ずに問い返すと、リーダー格は続けた。


「いや、アレのお気に入りはイカれたのが多い。その割にお前は普通だなと思っただけだ」


 しらねぇよ。なんでそんなジンクスを背負わされなきゃいけないんだ。

 でも、会話の余地はありそうで安心した。

 前回みたいに巫山戯た逃げ方したし、デリップみたいにブチギレていたら本当にどうしようもなかったぞ。

 良かった。駆け引きが出来る相手で。



 ここからは

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