間章 寂しい夜を温めて
信じて
病院のベッドの上、誰もいない病室でひとり寂しく外を眺める。
あの事件の後、俺…風間 優斗は何とか生き延びた。戦闘中、失血による意識混濁と気絶を起こしてしまったが、何とか生き延びていた。
『宮下ちゃん、少年が…!』
が、その後が大変だった。
その俺を見つけ出した一ノ瀬が宮下に治してもらおうと急行。
しかし、【
『ごめんなさい、翼さん…限界です』
そんな訳で彼女の体内に残されたのは残り1.4回分となってしまった。
宮下のキャパシティがギリギリの状態になり、俺は右腕のみを、牧場はボコボコの全身を治す事で限界を超えてしまったのだ。
俺は右腕以外の全身が軽度から重度の筋断裂を起こしており、暫くはマトモに動けないらしい。
「はァ………」
まさか、今の自分がここまで弱いとは思っていなかった。
デリップを相手取って、視界を奪い、様々なハンデを課した上で逃げることしか出来なかった。
「いっ…て」
深く傷つけられた舌に、激痛が走る。
これも意外と傷が深く、暫くはマトモに話せもしないと告げられた。
「……………………」
自らの弱さに吐き気がする。
何が、『時間を稼ぐ』だ。何も稼げていない。
たまたま牧場が来て、奇跡的に一ノ瀬が到着したから助かっただけだ。
「………………………………クソ」
「どうしたの?」
突如、少女の声が聞こえた。
この病室は個室。一ノ瀬の計らいによってvipにぶち込まれたから、誰もいないはず。
ならどうして声が聞こえる?もしやココ、格安のヤベぇ部屋なんじゃ……!
恐る恐る視線を下に移す。すると、そこにはベットの近くにしゃがんだ女が居た。
「うおおおおおおおおおお!?いっっでぇ!」
叫んだからか、舌がいつにも増して痛む。
驚きと痛覚に喘ぐ咆哮が、病室に響き渡った。
「あはは、変なの」
高校生…くらいだろうか。同年代ぐらいの印象を受ける、患者衣に身を包んだ少女は、こちらを見て笑っていた。
「こっいの、せいうら…」
こっちのセリフだ、と言いたかったのだが舌が痛すぎてマトモに喋れない。
畜生、なんなんだよコイツ…!
「アタシ、
自ら自己紹介をしたのは好印象だ。
名乗る前に自分から、というのが出来ている人間は意外と少ない。
だがしかし。
ズキズキと痛む舌を指さし、上を向いて喉に指でバツ印をつける。
『今は、喋れない』のジェスチャーだ。伝わるといいが…
「ああ、舌を怪我してるんだ。痛そう」
コクコクと頷くと、彼女はニコニコと笑う。
「ね、アタシ暇なんだ。遊んでよ」
そう言って、ポケットからトランプとUNOを取り出す。
「どっちがいい?アタシはトランプ」
「………………………………」
俺は急に変なやつが絡んできたと戸惑っていると、上村は耐えきれなかったのか喋り始めた。
「じゃ、トランプね」
コイツ勝手に決めたぞ。
ベット備え付けのテーブルを勝手に引き出し、シャッフルをして勝手に配り始める。
「まずはババ抜きからでしょ」
まずは?まずはって言ったかコイツ。何を何個やるつもりなんだよ。
……いや、やらなくてもこの女は恐らく永遠とここに居る。
しょうがない、やるか…
「………………………………」
ジョーカーは手札の中には無いな、よし。
配られたカードを、ペアによって選別する。揃ったペアをテーブルの上へ。
コレも、コレも、コレも、コレも…あれ、コレも。ん?コレもか。
……………………ん????
手札が、無くなった。
ということは当然、相手の手札はジョーカー1枚な訳で…………
勝負、アリ。
「「…………………………ンフッ」」
部屋に静寂が訪れる。突然現れた奇跡に、俺たちは笑いを堪えていた。
しかし、上村の決壊によって静寂は破られる。
「あっはははははは!何コレ!?どんな奇跡!?」
俺も吊られて笑う。舌が先程よりズキズキと痛むが、それを超えてくる笑いが込み上げてきた。
が、それも長くは続かなかった。
静かに扉が開けられて、中に看護師が入ってくる。
「風間さん、夕食…………ああっ!?」
「あっ、やば」
上村は見つかった、と言わんばかりに逃げようとする。しかし唯一の出口は看護師によって塞がれている。
逃げあぐねた上村を、逃がさんとばかりに看護師は素早く夕飯のプレートを俺の机に置く。
「上村さん、他人の病室に行くのはダメだとあれほど…!」
「はーい、すみませんでしたー」
そう言って看護師に連れて行かれる。しかし、出口の間際、彼女は振り返って一言。
「また来るね」
そう呟いた。
『また来るね』、か。懲りろよ。
思いつつも、俺は今日の飯に手をつける。
米に、焼きジャケ。牛乳に野菜スープにポトフ。そしてラップに包まれた蒸しパン。
舌を刺激しないように、塩っけの抑えられた優しさのある味だ。さして不味くは無い。
強いて言うならコッテリとしたラーメンが食いたくなる。口寂しい…とでも言うのか。
俺は全ての病院食を食べ終わると、デザートとして蒸しパンのラップを取り外して食べ始めた。
…………この蒸しパン、うめェな!?
しっとり、モチモチの食感。
抹茶パウダーが練り込まれた仄かな甘みが口の中でじんわりと広がる。
モチモチだから幾らでも咀嚼できるし、噛めば噛むほど甘みが拡がって美味い。
舌に残るしつこい甘味は、着いてきた牛乳で流し込む。
病院食のオーパーツだろこんなの。美味すぎる。
初日にして満足感が凄まじい食事だった。
俺は幸福に包まれていると、先程の看護師が戻ってくる。
「風間さん、夕食の……あれっ、もう食べたんですか?」
俺は頷く。皿を下げて欲しい、とジェスチャーするとそれを察した看護師はこちらに歩み寄った。
「すみませんね、さっきは…」
さっき?あぁ、上村の事か。別に気にはしていない。そういう風にジェスチャーを送ると、彼女はホッとしたように言葉を続けた。
「彼女は…もう8年近く入院しているんです。身体が衰弱していく原因不明の何かにかかっているんですよ」
未知のウイルスということだろうか。
だとしたら普通に考えてほっぽり出すのはマズイのでは?
「ああ、安心してください。身体からウイルスなども検出されてないんです。それに、感染もしてませんからね」
なるほど…微妙に衰弱していく。けど原因はわからない。変な病気だな。
看護師は事情を聞くと、噂好きなのかペラペラと喋り始めた。
入院する前から既に衰弱し続けており、感染はしないこと。
あらゆる臓器などの身体検査による数値が、歳の平均を少しずつ下回り続けていること。
そして、このまま行けば確実に24歳…あと、7年で衰弱死すること。
「…あの子が遊ぼうと脱走すると、どうもね。止め辛くって」
なるほど、脱走自体はもはや見逃しているのか。
その上で、見つかってなければ不自然な場面だけ先程のように連れ戻しているのだろう。
10歳から入院しているのだ。そういう心遣いをするのも分かる。
「あの子、また来ると思うんです。……あの、もし良かったら……相手を…」
はっはぁ、なるほどね。それを言いたくてここまでペラペラと喋ったのか。
なるほどねぇ、確かに俺は体だけなら健康体だ。傷だらけすぎて入院している、と言うだけで。
下手な感染症持ちに接触させるよりかは、確かに俺の所に来た方が良いだろう。
俺は指でOKマークを作ると、快諾した。
「ほんとですか?ありがとうございます…」
まあ、俺も退院するまで3週間は暇だからな。暇つぶしにちょうどいい。
******************
宣言通り、彼女は次の日も来た。
「今日はねぇ、UNOしない?」
きっと、取り戻すことの出来ない7年間を俺と共に取り戻したかったのかもしれない。
昼食を取った昼過ぎに現れ、夕食で看護師が来るギリギリまでカードやボードゲームで遊んで、看護師と一緒に帰っていく。
彼女といると、つい多く話してしまう。見送ったあとは、ズキズキと舌が痛んでいた。
次の日も来た。
「オセロしよ!」
次の日も来た。
「おっはよー!今日はねぇ、将棋!ルールわかる?私わかんない」
次の日も来た。
「今日はぁ…」
次の日も、次の日も、次の日も、毎日来た。
その頃には舌も治っていて、喋る事が出来るようになっていた。
そうして、1週間と半分がすぎた頃だ。
「風間さん。思ったより治りが速く、このまま行けば今週末には退院出来ます」
別れは、突然現れた。
*******************
俺は診察室を出て、自分の病室に戻るべく車椅子に乗せてもらう。
……どう伝えるべきか、悩んでいた。
直球で伝えるべきか、黙って退院するのも手のひとつ……いや、それはダメだな。
わかっている、入れ込み過ぎた。
彼女はこの先、24歳でその生涯を終えるまでこの病院から出ることは出来ない。
それを、3週間…いや、2週間程度で退院する身で引き受けるべきでは無かったのだ。
わかっている、わかっているんだ。
けど、どうしても助けたかった。断ればなにか俺の根底を揺るがすような気がして。
…俺は、後悔ばかりだ。どうしようもない。
そうやって前を見つめる。
泣きながら一般の病室から出てきた家族がいた。
「………またか」
この病院に来て、2日に1回は見るこの光景。
病魔に侵され、負けてしまった人々の参列。
確かに、死と生の狭間から掬いあげる場である病院といえばよくある光景なのかもしれない。
だが、何度観ても慣れていい光景では無い。
………何時、別れが来るかもわからないのなら、別れは言っておくべきなのかもしれないな。
*******************
「おっはよー!」
「こんにちは、だろ?」
「もう、面倒だなぁ。風間は」
そう言うと、慣れた手つきで備え付けのテーブルを作った。
流れるように見知らぬボードゲームを取り出して、机の上に広げる。
それを見届けると、俺は口を開いた。
「なぁ、上村」
「何?」
「俺、退院するよ。今週末」
そう言うと、彼女の腕がピタリと止まった。
「………なんで?」
「なんでって…体治ったし」
そう言うと、彼女は下を向く。
表情は見えない。だが、ソレが怒っていないと判断するほど俺は鈍感では無い。
「退院、しなくてもいいじゃん」
「…そういう訳にもいかねぇよ。金かかるし…」
「それでも良いでしょ!?退院なんかしなくてもっ…!」
彼女は、俺と離れるのが嫌なのだ。わからんでもない。7年分を取り戻そうと共に語らった同年代の友人を失うとなれば、俺もそうなる。
「見舞いには来るよ。週1…いや、3くらいは…」
「………風間のバカ!!」
彼女は飛び出していってしまった。扉の隙間から覗いていた看護師たちは、あっちゃ〜という顔をしている。
まあ、気持ちはわからんでもない。が、この場で追いかけて退院を長引かせる訳にも行かない。
俺は強くならなければならない。これ以上、時間を浪費する訳にもいかないのだから。
治ったハズの舌が、ズキズキと痛んだ。
*****************
その日の深夜だ。誰かにゆり起こされる。
ゆっくりと目を開けると、そこには初日にきた看護師が居た。
「………上からの、お電話です」
そう言って、1つのスマホを手渡ししてくる。
彼女の目は何かを訴えるかのように、目を震わせていた。
俺はスマホを受け取ると耳に当て、話す。
「もしもし」
『私だ、佐伯だ。久しぶりだね』
電話の向こう側で響く声は、例外対策部の隊長である佐伯。久しく聞く声だった。
「隊長…久しぶりです」
『ああ、そうだね。早速で悪いが、風間に話しておかねばならない事がある』
神妙な面持ちが、画面越しでも想像できるほどの低いトーン。
彼はその状態で、俺を絶望へと叩き落とす。
『君の入院先に、能力者が居る』
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