黒い・、Disappearance
一ノ瀬 翼という女が居る。
唯我独尊、傍若無人、最強無比。
この3つが似合う女は、この地球上に置いて彼女しか存在しない。
一ノ瀬 翼。
彼女の持つ能力は【
指定した空間に対して、自由な操作をする事が可能という力。
その自由度は、他の能力の比ではない。
発動条件は「その場所を把握していること」。目視である必要がなく、座標などの情報でよい。
ある程度把握した想像でも可能だ。
指定した空間に対して、空間を歪める形でその能力を行使する。
壊す、引き伸ばす、圧縮する、止める、入れ替える、亜空間を作成する…
指定した空間には何を行使する事も可能で、何を引き起こしても世界から「補填」が行われる。
彼女の能力による矛盾で、世界が滅びることは無い。彼女の力に、世界が合わせるのだ。
無論、それに見合った代償として彼女の能力は燃費がとにかく悪い。
彼女と同じ行使の仕方をすれば、間違いなく並の能力者は1日に3回使えるか否かというところだった。
しかし残念な事に、彼女の体内エネルギーは底をつくということを知らぬ噴水であった。
神が一晩の酔いに任せてで造られた女。
それが、一ノ瀬 翼という女なのだ。
彼女という存在が能力者において頂点であった。
百戦錬磨、無敗の戦績を誇る彼女は、3つの事件を除いて全ての戦闘に勝利している。
────────だからこそ危険視された。
最初に上は、ルールで縛った。
『難度六以下の戦場にて、一ノ瀬 翼の出撃を禁ずる』
『一ノ瀬 翼は能力者3人分と換算し、特例を除き宮下 薫との同じ例外案件への出撃を禁ずる』
『宮下 薫に危険が迫る、または難度五以上への変更が急遽行われた場合、状況の制圧の為上記の物は無効とする』
次に、仲間で縛った。
『一ノ瀬翼がこちらの不利益になると判断した行為を行った場合、即座に能力者につけた爆弾を起爆する』
例外対策部の人員には、例外なく発信機が着けられている。
腕時計型であり、対策部外で少しでもパルスを感知出来なくなった瞬間に警察署長へ警告が飛ぶ爆弾でもあるのだ。
無論、最終的な起爆は警察署長及び、能力者管理を担う国家機関に委ねられている。
能力者の身体強化を前提として作成されたこの爆弾は、能力発動を阻害した上で周辺一帯ごと纏めて吹き飛ばすレベルの爆発が起きる。
そんなことが起きれば、間違いなく惨事を引き起こすのは免れない。
だからこそ、能力を持っていながら正しき行いに注力する異常性を利用し、互いに監視させ、御する。周囲の一般市民を殺さない為に。
一ノ瀬 翼は、それを覆してしまった。
彼女は1度だけ、命令を無視して爆弾を起爆させたことがある。
彼女は起動よりも先に、自らを海底へ転位させ周囲の被害を皆無にした上で、無傷で帰還したのだ。
彼女に対して、全ての脅しは皆無に等しい。
故に、それ以外の人間が一ノ瀬 翼を御するためのブレーキにすることを上層部は選んだのだ。
最後に、人で縛った。
彼女に助けられた人間を、警察が総力を上げて全員住所を特定し、感謝状を書かせ続けている。
本人の気まぐれが、なるべく正の方向へと傾き続けるように細心の注意が払われていた。
彼女の肉体を縛る事はできない。チンパンジーが人に首枷をつけられないのと同じ道理である。
彼女は強すぎるが故、上は精神に枷をかけるしかなかった。
幾重にも枷を付け、それでも御せない女に祈るしか無くなったのだ。
人々は感謝しております。だから、裏切らないで下さい────と。
*****************
カウントダウンが始まった。
残り、29.4秒。
双方その姿が、一瞬のうちに消失する。
互いが瞬間移動と高速移動で足取りを辿られぬように動き始めた。
目にも止まらぬ早さでの位置替えと高速移動による打撃の応酬。
防がれては蹴られ、殴っては防いで繰り返す。
その時は圧縮されて1秒にも満たない。
残り、28.6秒。
身体強化と能力による強化、その2つを最大限引き出しても、デリップは一ノ瀬にマトモな攻撃を通せていなかった。
─────────この女、硬すぎる。
デリップは採算を度外視した身体強化を起動。
再生する肉体を超加速させ、限界を超えた肉体強化を可能にした。
「『
彼は1人つぶやき、光に並びそうな速度で動き回る。
視界に入る物は、景色としての情報は処理されなくなっていき、周囲が引き伸びていくような光景を目の当たりにして彼は動いていた。
残り、28.5秒。
しかし、相手は一ノ瀬 翼である。
その速度は、一瞬にして止められた。
バギィ、と音を立てて不自然に肉体が止まる。
周囲一帯、その部分だけが切り取られて時が止まったような世の理に反した止まり方。
残り、28.4秒。
襲い来る
デリップは可能な範囲に対し能力を発動。
「ぐっ、『
ドーム状に覆っていた体積を、自らの周囲に太く、短い筒状になるように形成。
デリップは知っていた。能力同士が同じ物体に作用した時、その物体に対する処理は矛盾なく行われるよう対消滅するというルールを。
「ッ…!?」
直後、能力範囲外の景色が壊れた。
ガラスが砕け散るかのように、空間が裂けたのだ。あの場に居たら肉体が割れていたかもしれないという想像が、デリップに冷や汗をかかせる。
その想像に身を馳せてしまい、一ノ瀬を目で追うことを忘れていた。
最強は、その隙を見逃さない。
残り、28.1秒。
一ノ瀬が、消えた。
捉えられなくなってしまった。
空間置換による瞬間移動を繰り返しているため、物理的な予測が役に立たない。
先刻までの微細なエネルギー感知で移動先をある程度把握していたのとは訳が違う。
完全に、感知による目視が効かなくなった。
「っ…何処だ!?」
加速した時の中、強化された動体視力を使って探し回る。
「そこか!」
目視で捉える。しかし、彼にとってはそれ以上の収穫があった。
コンマ1秒以下の転移ともなれば、脳の処理が追いつかない。
故に、ある程度パターン化した動きをループさせ続けることによって、処理を簡略化している。
つまり、一ノ瀬は視線に入った中心部のその先に転移し続けていた。
「捉えた…!」
デリップは拳を握りしめ、視線がこちらを向くのを待ち続ける。
瞬間、視線がこちらに向いた。
3連続の転移をして接近する一ノ瀬。
4回目、デリップと彼女の間合いに入るその時。
「良い余興であった」
彼は勝利を確信し、拳を振り抜く。
その攻撃は当たることなく、空を切り裂いた。
「考えなよ、普通に。私がそんな単純な訳ないじゃん」
背後に位置変えにて飛んでいた一ノ瀬が囁く。
彼女の握りしめた拳から感じるのは、本来脱却したはずの「死」のイメージ。
喰らえば終わる。喰らえば死ぬ。デリップの本能が強く叫んでいた。
だが、彼はその程度では終われない。
彼の、【オリジン】としてのプライドが、それを許さない。
「だからこそだ──────!」
先程空振った拳は、出力が0の拳。
振り向いて一ノ瀬を視界で捉えたその時には、既に用意が整っていた。
今度は違う。全て込めた、確実に殺して奪うための、200%の─────────
「ぬゥン!!!」
──────一閃。
撃ち抜いたその拳は、誰にも当たることは無かった。
「残念」
残り、27.4秒。
【
それを、デリップは最後まで勘違いをしていた。能力の条件が「目視である」と。
視界の外に行くはずがないと思っていた。
彼の警戒する360度の中に、上は含まれていなかったのだ。
「殺せないならさ、封印だよね」
一ノ瀬の掌に赤い火花が散る。その手で、上空からデリップの頭を思いっきりひっ叩いた。
「はい、ゲームセット」
彼女の赤い火花が消えると同時に、デリップの体が何も無い所へ吸い込まれていく。
「『亜空間転移』。次元の狭間にサヨナラ〜って事で」
手をフリフリと降って、一ノ瀬は煽る。
しかしデリップは聞いていない。自分が負けたという事を噛み締めているような様相だった。
「……………そうか。負けたか」
彼は手を握りしめ、諦めに入った。
無念、と言いたげなその表情は遠いところを見つめている。
「まあ、それなりに楽しかったよ。久しぶりに手こずったし」
彼女は殺せない相手を面倒だとは感じていたが、それ以上に楽しいと感じていた。
2年ぶりの苦戦。それは大いに彼女を楽しませたのだ。
「じゃあね。ええと…【オリジン】さん?」
それを言った彼女を、彼は鼻で笑う。
「フハッ、デリップだ」
「あ、そう。じゃあね」
火花の勢いが増し、デリップが急速に飲み込まれていく。
「私は!!」
負け際の狭間、彼は大声を上げた。
興味がなさそうに走り去る一ノ瀬の背中を見つめて、最後の一言を放つ。
「私は、戻ってくるぞ」
不穏なことを言い残して空間の狭間へと消えていった。
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