難度、三・「黒い孔」distortion
ブチ、という感覚があった。
実際に触覚として来た訳では無い。ただ、内側…脳裏の感覚の中でそういう物が響いた様な、そんな程度のもの。
巻き戻していた対象が消えていくという初めて味わう感覚。
「っ…出来た!?」
余りに壮大な、他人の能力の産物に干渉するという行為。
それ自体可能かどうか怪しいラインだった。まさか出来るとは思っていなかったが。
「…あ、そうだ!」
私は牧場に言われたことを思い出す。咄嗟にイヤホンを耳に押し込んで、マイクをONにした。
「チャンネル変更、本部に接続!」
『変更 カンリョウ』
「宮下より本部へ、難度変更申請!聞こえますか!?難度変更申請!難度を三から十へ、一ノ瀬さんを出して下さい!!」
私は叫ぶ。とにかく時間が無いのだと強く叫ぶ。
頼む、繋がってくれと祈りながら。
その祈りは、帰ってきた言葉にて成就された。
『──────ちら例外対策部、本部』
ハッとする。良かった、届いた。
『申請受理。繰り返す、申請受理。直ちに一ノ瀬を出撃させる。周囲の一般市民を避難させろ』
涙が溢れてしまった。よくわからず、感極まってしまった。理由はわからない。でも、とても嬉しかったから。
私は歓喜を全て込めて叫ぶ。
「了解!」
******************
「…牧場、大丈夫?」
意識を失った牧場が応えることはない。
一ノ瀬は脈を確認する。首筋に当てられたその手には、トクントクンと確かな手応えがあった。
「…宮下ちゃん任せだな」
一ノ瀬は牧場を抱えると、再度消える。
2秒程で戻ってくると、手に抱えていた牧場は何処かに居なくなっていた。
「よし、周辺に市民は…多分居ないよね」
小声で呟く。その状態で周囲を見渡して確認が取れると、目の前の男を睨みつけた。
「4秒以内に謝ったら許したげるよ。謝罪は?」
デリップはそれを聞いて、挑発する。
「誰が保有者なんぞに」
「そっか。なら腕は要らないよね」
破裂音がして一ノ瀬が消える。
それは前回のようにその場から消える瞬間移動ではなく、残像を残した高速移動。
再度彼女が現れたのは、デリップの少し離れた背後だった。
その手には、何かが2本掴まれている。
「……な、に?」
デリップは驚いた。ソレは、己の腕だったから。
自らにくっついていたハズの物が突如として喪失され、見ず知らずの他人の腕の中に収められた。
「ぐぉ、お、ぉお、ぉ!?」
「人でなしでも痛いモンは痛いよね。ほら、謝っちゃおうよ。楽になるから」
腕を放り投げ、一ノ瀬はニヒルに笑った。
「まあ、もう許さないけどさ」
再度、残像を残して加速する。
目にも止まらぬ速さでのラッシュが、デリップに襲いかかった。
それに加え、短距離の瞬間移動によるフェイントが入り続ける。
「ぐぅ…っ」
時間加速を起動。その状態でラッシュを回避し、距離を取った。
「何のつもりだ!?」
しかし、追いかけてこない。
彼女のスピードなら、腕を失った状態のデリップに追い付く事など容易のはず。
それなのに、傍観を決め込んでいた。
「え、何かするから距離とったんでしょ?ほら、早くやんなよ」
「舐めるな!私は【オリジン】だぞ!?」
オリジン、彼は確かにそう名乗った。
しかし一ノ瀬は言葉を返す。
「知らねぇよ、とっととヤれ」
デリップは髪を振り乱し、ブチギレる。
「っ……後悔しろ、愚民がァァァァ!!!」
デリップが叫ぶ。
ズリュ、ズリュリュと気色の悪い音が鳴った。
そして、もがれた筈の両方の腕が傷口から生え出し始める。
「我が前に、死は無力よ」
デリップはニタリと笑い、血液まみれの腕をニギニギと動かす。
その様相を見た一ノ瀬は──────
「うーわ、キモぉ…」
汚物を見る目線で、全力で見下していた。
そんな事を気にもせず、デリップは惚れ惚れとする視線で自身の腕を見つめる。
「【オリジン】たる我々の特権。我々は人に非ず!死など超越した不死性だよ」
一方、一ノ瀬はオエッ、というジェスチャーをしながら手を振り払う。
「あー…要するにクソキモくなる代償に死ななくなるのね。わかった、わかったから見せんな」
「美しさに嫉妬するのはわからんでもないがな」
「キッショ…」
その腕の生え方は一ノ瀬のキャパを超えているのか、見えないように手で隠しながらデリップへと問いかける。
「んで?アンタがさっきから言う【オリジン】ってなんなのよ」
ソレを聞くと、上機嫌になったデリップは意気揚々と応える。
「ほほう、教えてやろう。我々【オリジン】は、王から授かりし命と使命を遂行する、気高き一族なのだ」
「へぇ、『我々』って事はひとりじゃないんだ」
「無論!私を含め、崇高な使命を抱えた民は7人居る」
「つまり、アンタみたいなのが後6人…やばっ、吐き気がしてきた」
ただ会話している訳では無い。
上機嫌になれば饒舌になる、という特性を理解していた一ノ瀬は、最大限情報を引き出していた。
同時に、彼女の中で別の考えが膨らんでいた。
────殺せないならどうやって殺るかな。
と。
男の言うことが事実であるならば、あの自信過剰な状態から見ても、肉の1片でも残せばそこから再生するのでは無いだろうか。
「うーん…ちょっと面倒かなぁ」
一ノ瀬は額に手を当て、本気で面倒くさそうにする。
「まあ、いいや」
彼女の中では採算が取れた。
再度、構えをとる。
「ほォ、まだ聞かなくてよいのか?」
その様相を見て、得意げに語っていたデリップも構えを取った。
「あんま興味ないしね」
「……………小娘が」
イラついたようにデリップは首を鳴らす。
コキコキと鳴らしている状態を見た一ノ瀬が、仕掛けた。
「今年で27なんだけど、小娘とは嬉しい…」
突如、背後に一ノ瀬が現れる。
デリップの反応がワンテンポ遅れ、振り返った顔面がガラ空きの状態で差し出された。
そこに、拳を最速で放つ。
「なァ!!!」
「ぐぁッ!?」
クリーンヒット。
デリップの視界が白黒と変わり、深くダメージを残す。
「くっ…」
「ダメじゃないか、戦闘中に余所見なんてさぁ」
一ノ瀬は煽りに煽る。激情を煽れば単調な動きになると踏んで、煽り散らかす。
感情に載せて態度がコロコロと変わるこの男を乗せてしまえば勝てる、そう思って。
「余所見も…何も。見えて…ないのだがな…」
が、当の本人は見えていない。
それどころか、本来であれば暗闇でも体の輪郭から燃え上がるように見えている体内エネルギーを捉える瞳は、一ノ瀬の強大すぎるエネルギーで覆い尽くされ機能を失っている。
「そっか。はい2発目ェ!!」
「がぁっ…!?」
今、彼は空気の流れと微細に感じる圧だけでモノを捉えていた。
「ほら、3、4、5ォ!追加オーダー分でェす!」
「グブッ!」
しかし悲しきかな。相手は
2発目は頭に。3、4、5と顔面、鳩尾、腹へ容赦のない一撃が飛んでいく。
そんな機能不全の状態で抵抗できる訳もなく、為す術なくボコボコにされていた。
容赦なきラッシュ。それはデリップを血塗れにしていく。
────しかし、殴る側にも違和感があった。
「………なんかキミ、再生速度上がってない?」
延々と砂が流れ出るようなサンドバッグを殴り続けているような感覚。
手応えがあるのに、効いている様な気がしない。
顔面は歪み、砕けていてもおかしくない手応えが何度も帰ってきた。
だが、それでもデリップの顔面は元の形状を維持している。
無論、血液はついている。だがそれだけだ。
それ以上何も存在していない。傷も、アザも、何もかも。
「えぇ…このレベルなの?再生って…」
殴った傍から傷が消えていく。
肉は裂けても繋がり、骨は砕けても接合され、流させた血液は無限に装填され続ける。
ソレは時間操作と言うには不自然な自己治癒で、身体能力と言うには人を逸脱しすぎていた。
「言ったであろう。人に非ずと」
血を拭い、ビチャと地面に払い伏せる。
デリップは答えた。
【オリジン】とはそういう物である、と。
確実に、一ノ瀬翼の眼を見据えて。
「やはり目とは良い。この世界を映す、最も美しい鏡だよ」
言葉を発し、上機嫌になるデリップ。
彼は視界を完全に取り戻していた。
一ノ瀬は相対的に表情が曇る。
何故ならば、ソレは少年────、風間優斗の意識消失を意味する。
「まずはあの保有者を殺すとしよう。いや、視界が戻った…となれば失血で死んだ可能性が高いか」
それが、失血による死なのか意識不明なのか。
どちらにせよ一ノ瀬が風間を助けるための時間はあまり残されていない。
風間 優斗が生きていることを確認し、意気揚々と自らが力を振るえると奢った結果がコレだと、運命より叩きつけられた。
「ごめん、事情が変わっちゃった」
故に、これが彼女が取れる最善の方法。
「30秒以内で片すね」
即決、即殺。
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