弱者
「ぉ…ぁ…?」
大男は、自らが投擲しようとしたポールが消失したことに戸惑っている。
「こんな重いもの良く捩じ切れたな、オイ」
俺は捻り切られたポールを地面に放り投げる。
見た目に反して中身はスカスカで見た目の割には軽い…とは言え鉄の塊な事には変わらない。
【奪った】瞬間に肩が外れるかと思ったぞ。
「…さて、どうするかな」
先程使ったのは、俺の【奪う】力。
読んで字の如く、発動すれば対象の物を奪うという力だ。
対象がどこに居ようが、俺の視界に居なくとも何時でも、発動すれば奪える。
それだけなら強かったのだが、厄介な事に条件がある。
1つ目は、「対象の物が対象者に所有権が帰属しているのを、俺が認知している」こと。
難しい言い方をしたが、要は1度は奪う物を視認しなければならないという話だ。
2つ目は、「対象者の肉体は奪えない」こと。
対象の身体を奪う事は出来ないし、その延長で「1部だけ奪う」と言ったことも不可能。
しかし、どういう訳か「感覚」に関しては外部パーツ扱いで、五感を奪う事は可能。
3つ目は、「返却を望まれれば強制的に返還される」という事。
正直これが1番厄介だ。
俺から奪い返そうとすると強制的に返却される。その上、1度奪ったものは日を跨がないともう一度奪えない。
今重要なのは、コレでどうやって戦うかだ。
武器を奪って肉弾戦…が出来れば良かったのだが、本体はクソ雑魚なのに変わりは無い。
目の前でポールを奪われたのに反応してないのを見ると、人間より知能は低そうに見える。
……やるだけ、やってみるか。
「こっちだよバーカ!」
俺は走り出す。
特定距離以上を離さずに、拳が届きそうで届かないギリギリを維持しながら走り続ける。
「がぁッ、がァァ!!」
予測通り、大男は拳を振り回して俺を追いかけ始めた。
何度も地面に打ち付けてはクレーターを地面に描き続ける。
間違いなく直撃すれば死ぬ。後ろで響き続ける轟音と振動が俺の心臓を速くするには十分すぎる恐怖だった。
「ほらどうした、当ててみろ!」
それでも、煽るというスタンスは崩さない。
なるべくイラつかせ、コチラに集中させ続けて誘導する為だ。
先程みたいに大量の一般市民を巻き込まれたらたまったものでは無い。
しかし、それは十分に俺が死にうる選択肢。
拳が地面の近くに直撃し、破片が俺の肌を切り裂いていく。
「っ…!」
一瞬走った痛覚に顔を歪めるが、足を止めることは無い。というか止めたら拳の餌食になる。
この先にある住宅街を真っ直ぐ行けば、無駄に広くて人がいない自然公園まで誘導できるはずだ。
なるべく早く、迅速に誘導しなくては。
「ぉぉぉぉァァァァ!!」
声にならない咆哮。同時に、大男が次第に加速を始める。
それでもお世辞にも「速い」とは言えない速度。
「ほらほら、もっと早く動けよノロマ!」
小石を後ろに投げつけて、興味がなるべく俺に向くようにヘイトを引き続ける。
「グァアアァァァァァ!!」
チクチクされて更にキレたのか、一際大きな声を叫んで速度を上げる。
なんだ、結構早いじゃないか。その速度を最初から出せていれば良かったのに。
「残念、到着だ」
振り返って、悪辣な笑みを浮かべる。
中へと入り込んだのは目的地である自然公園。
時刻は18時30分過ぎ。日も落ち初め、子供達は既に帰宅していて閑散としている。
自然公園ということもあり、深めの森が公園を深く覆い尽くしている為、落ち始めた西日でも十分な暗闇を作り出していた。
「グウゥゥゥゥゥゥ…」
誘い込まれた、とでも思っているのか大男は悔しそうな顔を浮かべた。
先程から思ってはいたが、この大男は随分と情緒が幼い。
目的が目の前にあれば成そうと奮い立ち、煽られれば激情を立て、追えないと判れば投擲に入る。
「…ガキみたいだな」
感情の抑えが効かない、幼稚な子供。
それに強い体躯を与えたかのようなアンバランスな獣が、俺を全力で殺しに来ているのだ。
「ォォォォォォォ!!!」
罠は無い、と踏んだのか大男は襲いかかる。
畜生、考えている暇もない。なんで殺されかけなきゃならないってんだ!?
「ァアアア!」
相手は丸太のような腕を振り回した。
間一髪でそれを避け、そのまま背後にあった森の中へと逃げ込む。
「っぶねぇ!」
ガサガサと森を掻き分け走り始める。
暗闇でよく前が見えないが、ソレは相手も同じ。
念には念を押し、俺は唱える。
「【奪え】」
その一言で、相手の嗅覚を奪った。
もし、視覚以外に頼った索敵方法があるとすれば大抵は嗅覚に寄っている。
とはいえ殴られれば死ぬことは間違いないし、警戒しつつ逃げ回らないと…
「ォォオオオオオオオ!!!」
「なっ!?」
突如、付近が爆発する。
聞いてきた夜目で付近を見ると、そこには大男が地面を撃ち抜いていた。
「なんで見えてんだよ…!」
俺の力が【奪った】のは確認した。
能力で奪ったものが返還される時は、変な感覚があるため気づかないわけが無い。
嗅覚、視覚以外で相手の行動を把握する能力…
「──────聴覚か!」
焦っていたせいで完全に頭から抜けていた。
何が「大抵は嗅覚に寄っている」だよ、シバくぞ過去の俺!
「【奪え】!」
「…がァっ!?」
叫んで聴覚を奪う。よし、コレで良いはずだ。
視覚を奪わないのは、最低限の情報を与えてヤケクソに暴れさせない為。
よし、このまま遠くに逃げてやる。
そう思った瞬間だった。
「ゴォオオオオオオ!!!」
一直線に、大男は俺に向かってくる。
嗅覚と聴覚を奪って、なお向かってくるというのなら、後は何で感じてんだよ!?
「ガァーッ!!」
拳が振り下ろされ、地面が爆発する。
奴は何で感じている!?触覚か?いや、それはない。あれだけ暴れていて、体に当たる枝などで触覚は妨害されているはずだ。
この一撃が目で追っていたのは理解が及ぶ。
しかし、その後もしっかりと奴が俺を捉えているのが体感的に伝わってくる。
「どうなってんだよ!」
視覚、嗅覚、触覚、聴覚。それ以外で、外側の情報を処理する為に何があるってんだ!
味覚で他人の位置が解るかよ、クソ!
まさか、この暗闇の中で見えてるのか!?
でも視覚も塞いだら今度は暴れ始めるぞ、どうする!?
いや、その状態で自然公園の外に出られたらマズイ。仕方ない、このままだと俺が一方的にハンデを負っている状態だ。
「クソっ!」
今は街灯のある方向に逃げて、視界を確保しよう。その状態でまた走って逃げ回るしかない。
なんでこうも上手く行かないんだ。やっぱ慣れない事はするもんじゃ…
「ごァァァ!!」
草木の中から、石礫が飛ぶ。
幸い俺に当たることはなかったが、すぐ側にあったそれなりに大きい樹木がミキミキと音を立てて倒れた。
「…マジかよ!?」
大男は間髪入れずにショットガンの要領で石礫を飛ばしてくる。
俺はとにかく走って回避を試みた。
しかし───────
「ぐあっ!」
突如、激痛が走る。
礫が右足に深々と突き刺さったのだ。
突然のアクシデントで躓き、思いっきり前に倒れ伏す。
「クソっ、クソっ…!」
痛い、マジ痛い。当たったのは足だけなのに、こんなに痛いのかよ!?
体調が万全じゃないから避けられなかった!あークソ!痛い痛い痛い!!何が実験だよ、ふざけんな。ちゃんと寝ろよ過去の俺!
「ゥゥゥゥ…」
唸り声をあげ、森の中から恐怖が現れる。
足を引きずりながら何とか逃げるが、こんな状態で逃げ切れる訳が無い。
やばい、死ぬ…!
「っ…来るな!」
近くに落ちた小枝や石を大男に投げつける。効果なんてあるわけもなく、固い肉体に弾かれては地面に落ちた。
「っ…!来るな、来るなァっ!」
その間も、ゆっくりと歩みを進める大男。恐怖に身が竦んで、尻餅を着いた状態で後ずさる。
こんな所で終わるのか?まだやらなきゃならない事が沢山あるはずなのに。
「嫌だ、嫌だ…!」
死ねない、こんな所で死ねない。嫌だ、誰か助けてくれ…!
大男が拳を振り上げ、俺を叩き潰すその瞬間。
閃光が、大男を穿いた。
「うわっ…!?」
爆風が吹き荒れ、土や木の葉を巻き上げる。その中心、に女性が立っていた。
「大丈夫かい?少年」
聞き覚えのある声。それは、ついさっき聞いたばかりの凛としたもの。
「アレ?君はさっきの…」
驚くべきは、その先の情報だ。
先程まで大男が立っていた場所には何も無く、そこから直線上に真っ直ぐ大きな穴が空いていた。木々や草などを、高速で吹き飛んだ大男が貫いて行ったのだろう。
そんなものを見た俺の顔をマジマジと覗き込み、目の前の女性は笑う。
「はは、運命みたいだね」
「…ども」
恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく、微笑んで言うものだから、ものすごく気まずい。
しかし、そんな空間は一瞬の緊張感で破綻することになる。
「ガァァァァァァァァア!!!」
遠くから響いた、大男の咆哮。
あまりにも遠くに飛ばされたのか、それはここまで聞こえてくるには小さなものだった。
しかし、その次の瞬間───────
「ヴァッ!!」
女性の目の前に、突如として大男が現れた。
さっきまでの鈍足は何処へやらと、あまりにも速さに俺は驚いた。
しかし、大男は俺を狙っていない。
攻撃を仕掛けてきた、女性に対して狙いを定めて両手の拳を大きく振り上げている。
「っ…!」
女性を付き飛ばそうと立ち上がるが、右足に走る激痛で倒れる。
ヤバい、死ぬ───────
「大丈夫だよ」
金属のような音がして、振り下ろされた拳が弾き返された。
目の前で起きた事象に納得が行かず、目を丸くしていると女性は続け様に言葉を発する
「【捻れ】」
その言葉を呟いた瞬間、大男の弾き返された両の腕がギリギリと音を立てた。
「グォオオオ…!」
次の瞬間だった。彼の両手に干渉した何かに、抗おうと必死になっていた大男の両腕が、高速で回転して千切れ飛んだ。
「ギャァァァァ!!」
大男は二の腕より先が無くなった両手を目にして悲鳴を上げる。
目の前で起きた事象に理解及ばず、俺は放心状態になった。
「ね、言ったろ?大丈夫だって」
そう言って女性は笑いかける。その後ろで、激痛で気を失った大男が思いっきり地面に倒れた。
ズシン、と音がして地面が揺れる。
「………凄い、ですね」
訳の分からない情景を見せられ、そんなバカみてぇな感想しか出てこなかった。
「ははっ、まあ私強いから…って、何その怪我!?」
自慢げに語ったと思った彼女は、俺の顔から視線を落とすと目を大きく見開いて驚く。
その状態で、俺の体を指さした。
「ソレ、大丈夫なの?」
「…ん?あぁ、この足すか?大丈夫ですよ。しばらく入院することには…」
「いやいや、そっちじゃなくてさ」
俺は指さされたのが足だと思い込んでいたが、彼女が指し示したのは違うものだった様だ。
女性はスマートフォンを取り出すと、懐中電灯の機能をオンにして俺の体を照らす。
「ソレだよ、ソレ」
視線を落とすと、俺の脇腹からはドクドクと血が流れ出ていた。
ああ、なるほど。道理で足だけに被弾した割にこんなにも痛いのか。
そりゃ小石が腹に突き刺さったら痛てぇよなぁ。
「大丈夫じゃないっすね」
「だろ?」
「あ、はい。なんか視界が霞んで────」
「あ、ちょ少年!少年!?」
意識した途端、突然視界がぼんやりと揺らいで落ち始めた。
ヤバい、これ完全に死ぬ。最後に見るのが、変な美人系お姉さんとはな…。
そこまで考えた所で、俺の意識は完全に堕ちた。
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