GRAND ANCHOR

冴山 有事

0章 Ask,and it will be given to you

風間 優斗という名の、俺。

「なんなんだよ…俺、お前に何かしたかよ…」


「いや?していないよ」


 後退りながら男は逃げ続ける。怪物を目の当たりにしたかのような恐怖を浮かべて、男は逃げ惑った。


「じ、じゃあ何でだよ。なんで俺の家族も…!」


「…まあ、そういう使命だからさ。諦めてくれ」


『怪物』は微笑んだ。「別に君に恨みがある訳では無い」と、そう言いたげなように。


「諦められるかよ…!」


「だろうね。でも仕方ないんだ」


「くっ…そおおおおおぉ!!」


 男は何処からか取り出したナイフを投げつける。『怪物』の表皮につき刺さらんと飛んでいき、触れたその瞬間に───────


「な…んだよ。それ…」


 。まるで小石でも当たったかのように、刃の部分が傷をつける事すらなく弾かれた。

『怪物』はナイフを拾い上げ、残念そうに呟く。


「…ま、運が悪かったんだよ」


 指に力を込め、ナイフから金属の悲鳴が鳴る。

 バキ、と指がめり込むと亀裂が入り、ナイフが光る粒子になって砕け散った。


「何なんだよ、何なんだよおま─────」


 *********************


「きりーつ、れーい」

「「「ありがとうございました」」」」


 帰りのSHRが終わり、俺はバッグに手を伸ばす。そのまま持ち上げて帰ろうとすると、後ろから声をかけられる。


「おい、風間かざま!部活は!?」


 風間…風間 優斗かざま ゆうと。ああ、俺の事を呼んでいるのか。俺の名前を呼ぶ奴が後ろから話かけてきている。

 振り返れば、バスケ部1年リーダーの綾乃あやのがいる。「見つかってしまった…」という落胆と「そりゃ同クラだからな」という1種の諦めを感じながら俺は声を出した。


「悪ィ、今日用事あってな」


「ソレ、昨日も言ってたじゃねえか!それに、事前に保護者から連絡ないしは証明をだな…!」


 そう言いながら綾乃は俺の前へと入り込む。俺をどうしても行かせたくないという気持ちが伝わってくる。

 勝手に休んだから先輩からコッテリ絞られたのだろうか?

 しかし、綾乃には悪いがもうあの部活には心底嫌気が差しているのでもう行きたくないし、今日はマジな急用がある。


 俺はバックを握りしめると、口を開いた。



「そりゃ悪ぅござんした。でも今回はマジな奴でさ。見逃して…よ!」



 言葉と同時に力むと、綾乃の右側に向かって走り出す。コンマ数秒遅れて動き出した綾乃の重心が完全に動いた所で、ロールターンを使って一気に切り返してやった。


「あッ、コラ!」


「悪いね、綾乃!今度一緒に怒られてやっから!」


 廊下を全力疾走て駆け抜ける。

 所々から小さな悲鳴と教員の怒号が響くが気にしない。

 階段を飛び降り、右に曲がって吹き抜けの廊下を走る。別棟の階段を降りて、人でそれなりにごった返す玄関をかき分けるように下駄箱にたどり着き、急いで靴に履き替えた。


「通ります、通りマース、すんませ〜ん」


 飛び出すように校門へ走り、外に出たと同時に振り返る。

 視界に移るのは見知らぬ生徒達。その中に、バスケ部はいなかった。


「うし、帰るか」


 こう迄して全力で逃げたのには理由がある。

 というのも、うちのバスケ部は中堅程度の実力の癖に、あまりに強すぎる縦社会状態なのだ。

 当たり前のようにイジメが横行していて、見えない所での暴力や強奪が耐えない状態である。

 顧問も見て見ぬふりをするし、全体的に腐っていてどうしようもない。

 そんな訳で、バスケ部に入ってから4ヶ月。俺は放課後になると逃走していた。


「悪いね、綾乃」


 聞こえるわけのない謝罪を呟く。

 俺が行かない事で他の奴らはどんな目に合うかはわからない。

 でも、それ以上に俺はバスケ部に居るという事実が気持ち悪くて耐えられなかった。


「……………はァ」


 自らの人間性に少しだけ嫌気がさして、少し溜め息をつく。

 別に無情な訳じゃない。父の教え通りに人助けはしている方だ。

 それ以上に、自分に被る不利益が少しでも上回ると逃げてしまう。

 それが今の、風間 優斗という名の、俺だ。


「はぁあ…」


 聞けば聞くほどクソな人間性に今度は大きく溜め息をついた。

 昔は自らを切り分けてでも人助けをしていた。人々の為に、人々を守れという父の教え通り、周囲の人間を良く助けていた物だ。

 過去に色々あったお陰でしなくなったが。


「………ん?」


 そんな自分の慰めをしていると、目の前に現れた人集りに視線が吸い込まれる。

 異様な光景に考えが途切れた。


「警察?」


 人だかりの先に、パトカーが、それも4台も止まっている。

 事件でもあったのだろうか?周囲はスマホを構えてパシャパシャ取ってるし、警察が忙しなく動いている。

 俺は興味を引かれ、人の集まる中へと歩いていってしまった。


「すんません、通してください、すんません」


 俺も一介の高校生だ。気になったら見に行ってしまう。集まる人ごみを掻き分けて、前へと進んだ。


「うおっ、なんじゃありゃ」


 警察が取り囲んでいたのは、道路に入ったデカめのヒビ。

 それも、何かがその場で爆発したかのような円形で、道路を分断していた。

 しばらく驚きで眺めていると、内側で捜査していた警察が愚痴を零す。


「それにしても、何が起きたらこんなにデカい亀裂が入るんですかね…」


「知るかよ。とりあえず、例外案件かもしれないから無線入れてくる」


「わかりました」


 爆発と例えたが、周囲に被害は一切出ておらず警察達も首を傾げていた。

 強いて言うならそのヒビが道路に入ったのが被害と言うべきか、謎の多そうな事件だ。


「……帰ろ」


 まあ俺には関係ない。というより、警察が解決するべき問題だ。

 一般人である俺がなにかするような場でも無いしな。帰宅だ帰宅。とっとと寝て夜に備えよう。


「ねっむ…」


 は上々。現状、この力のルールもある程度把握出来てきた。

 今日は制限の緩和とか出来るかを試して見るとでもしようか。

 そんな風に考えた、その時だ。

 眠気でフラフラと歩いていたせいか、正面から歩いてくる女の人に肩がぶつかった。


「…ああ。ごめんね」


 相手方もぶつかってから気づいたのか、上の空のような表情で謝罪をする。

 茶髪で革ジャンを着た、大人の女性という表現の似合う人で、つい見とれてしまった。

 俺は呆気に取られた意識を呼び戻すと、謝罪を述べる。


「いえ、こちらこそ────────」


 そう言って立ち去ろうとしたその時だ。

 その女性と、初めて目が合った。彼女の目が俺の顔を捉え、同時に腕を掴まれる。


「少年!何処かで会ったことは?」


っ…!?」


 突如、全体的に華奢な身体からは想像もできないほどの力で腕を握られた。

 痛みで顔が一瞬歪む。だが、それ以上に恐怖したのは視線だった。

 底知れぬ異常性、それを感じる視線を彼女は俺に向けている。


「知りませんよ、貴方のことなんて…!」


 とにかく逃げたくて、掴まれた腕をどうにか振り払おうと振り回した。

 …強えなコイツ!?指を離そうとしてもビクともしねぇ!


「よく見てよ、本当に知らない!?」


 握りしめられた腕がジクジクと痛くなってきた。やばい、血流止まってジンジンしてる。


「知りませんって、離してください!」


 腕と指の隙間に右手をつっこみ、全力で力を入れて無理やり引き剥がした。

 止まっていた血液が流れ始め、指先が痺れ始める。女性は振り払われた手を覗き込んで悲しそうな顔を浮かべた。


「…そう、だよね。ごめん」


 ………なんかすげぇ悪いことした気分だ。別に悪いことはしてないハズなんだが。


「ごめんね、その、変なこと言って」


 そう言って歩き去っていく女性を、少しだけ見送る。その背中が少しだけ小さく見えたような気がした。

 大切な、似ている人でも居たのだろうか。そう言われると良くない態度を取ってしまったかも知れない。


「………そんな事ねぇか」


 一瞬反省しかけたが、あんな馬鹿力で掴まれて良い気分の人間は居ない。

 正しい反応だった、と自分を納得させて俺は歩き始めたその瞬間だ。


 天からのバツだろうか?自分の履いていたスニーカーの靴紐を踏んでコケてしまった。


「ぐおっ…!」


 無論、眠気限界の身体で受身など取れる訳もなく前のめりに倒れる。

 何とか顔を背けて顔面の打ち付けは免れたが、全身に痛みが走った。


「痛っ…てぇ」


 ちくしょう、眠気で力が入らない。

 立ち上がろうとして踏ん張っても力が抜けてしまう。

 あー、やばい。眠気が爆発している。寝転がったせいで体が睡眠と勘違いを始めた。

 このままだ…と救急車とか…を呼ばれかねん。早く…起き上がら…なきゃ…………


 眠気に負けかけた、その時だ。

 グイ、と腕を引っ張られて宙にぶら下げられた。


「うわっ!?」


 本日二回目の腕への痛覚と驚きが俺の目を覚まさせる。

 その見開いた目で、目の前のソレを目にして再度悲鳴をあげる。


「うわぁぁぁぁッ!?」


 目の前にいたのは、2m半もある大男。それが俺の腕を掴んで覗き込んでいた。

 その声に驚いたのか、大男は俺を手放す。


「っ…!」


 降りたと同時に距離をとると、男の全身を上から下へと見た。

 ボロボロのフード付きコートを深く被り、丸太のような腕がついている。

 如何にも、といったパワー系放蕩者の権化が目の前に居た。

 彼は口が上手く動かないのか、小さく口を動かして何かを述べ続けている。


「………ぁ、いょ、…ぅ」


 その目は虚ろで、ビー玉のように反射している。

 アレだ、薬物に手を染めた人間の末路…というのが1番近いかも知れない。

 ヤベェ奴に関わってしまったという後悔を持ちつつも、俺は礼を述べる。


「あ、あの。ありがとうございます…」


 そういった、その時だった。

 男の顔が完全にコチラを捉えた。

 目が合ったというのが正しいのかも知れない。

 今までどこを見ているかもわからないような虚ろな視線が、確実にこちらを覗き込んでいた。


「ぉ、まぇ」


 お前、と言ったのだろうか。

 何を言っているか解らなかった言葉も、確実に聞こえてくる。

 俺は冷や汗をかく。歩いていた熊が、完全にコチラを捕らえた時の恐怖が俺の背を伝った。


「ぉま、ぇ。かぉ」


 …なんだ?

 顔?顔になにかついて───────


「あ、ぁ、ああああああああああああ!!!」


 突如、大男が大声を上げた。

 その咆哮は轟き渡り、ビリビリと空気を震わせ、鼓膜を強く刺激する。


「ぁああ!!」


 同時に、拳を振り上げた。

 それは圧倒的な速度で地面に振り下ろされる。

 轟音を立て、正面の地面が


「は?」


 目の前の事象に俺は飲み込みが遅くなる。

 待て待て待て。いくら力が強いと言って、一般の人間がコンクリートをぶち抜くなんて…


「ぅ、がぁう…」


 …………ヤベェ、逃げなきゃ。完全に狩る時の獣の目をしている。

 逃げなきゃ。動け、動けよ速く!


「う、うわぁぁぁぁあああああ!!!」


 悲鳴をあげて俺は走り出した。

 このまま家に逃げ込めば、まず確実に俺の住所が無くなる。とにかく、遠くに逃げないと。


「がァァああああア!!!」


 大男が咆哮をあげる。同時にドシドシと地面を踏んで追いかけ始めた。

 速度は高い訳じゃないし、このまま俺が全力で走れるなら逃げられるのだが…


「無理だろ!?」


 そう、無理だ。あれが奴の全力なら逃げ切れるが、どう見てもそんなわけが無い。

 割と長めの足とあのパワーを絡めてその速度なら身体の使い方を知らなすぎる。


「っ…クソ!!」


 流石に一般市民を巻き込んで死なれたら寝覚めが悪すぎる。

 そんなことを思いながら、とにかく距離を取ろうと人気のなさそうな所を目指して走った。


「はっ…はっ…!」


 大男は身体の使い方に慣れていないらしく、全体的な動きがかなりトロい。

 ちょい強めのジョギングでも、段々と距離が出来ていく。


「……あれ?」


 後ろから響く地響きが止まった違和感に振り向く。大男が突如として立ち止まったのだ。

 恐らく、このままだと追いつけないと悟ったのだろう。

 だが、狩ることは諦めてなどいなかった。


「ぉ、がぁ、ぁぁああああ!!」


 大男は近くにあった道路標識を掴み、大声を上げ始める。


「ぁああああああ!!」


 !?

 先端が尖った槍のようになった道路標識を構え、大きく振りかぶった。

 待て、やめろ!まだ周りに人が───────


「あぁあッ!!!」


 大男の投擲。

 視界で捉えることも叶わない流星が、頬を掠めて行く。

 切り裂かれた肌から、血が1滴地面に落ちた。



「きゃあああああ!!」



 同時に、大きな悲鳴が上がった。

 俺はその声に驚いて振り返る。


「あぁっ…!」


 標識が駆け抜けていった射線上。その上に積み重なる、死屍累々。


「あああっ…!」


 人々を貫くどころか抉り抜いて、直線に貫通した先に地獄が広がった。


「父さん、父さん!?」

「みよちゃん、 逃げるよ!」

「あ…あぁ…!」

「おかあさーん、どこぉ!」

「いやぁっ、貴方ァっ!いや、いやあ!!」


 鉄のような匂いが充満する。

 人々が地獄から少しでも距離を取ろうとする中、大男は再度近くにあったポールを手に取っていた。

 また、投げるつもりか!?


『─────私は間違えた』


 今は亡き父の声が脳内で木霊する。

 ちくしょう、なんでこんな時に限って思い出すんだよ。


「ぉお、こ、ろ、ぅ」


 大男は、再度捩じ切ったポールを大きく振りかぶった。

 次避けられたとしても、また大勢が死ぬ。

 避けなくても、大勢が死ぬ。

 どっちも嫌だ。死にたくない、死なせたくない。死んで欲しくない。


『私の間違いを、正して欲しい』


 父の声が走馬灯のように聞こえ続ける。

 寡黙で、何を考えているかも理解が出来ない人だった。

 そんな父が最後に遺した言葉が、脳裏に今でも焼き付いている。


『人を、助け続けてくれ』


 見送るその時は泣きながらその言葉を聴いたが、今思い返せば訳の分からない遺言だ。

 それでも最後の時に差し掛かった今、思い出すのがその言葉ならば。


 きっと、従わないといけないのだろう。


「【】ッ!」



 大きく息を吸い込んで、俺は叫ぶ。

 瞬間、閃光が弾けたような感覚が身体中に響いた。

 身体中の回路が繋がったような、そんな感覚。

 それが終わると同時に、大男に聴こえるよう大きく声を上げる。


「殺すなよッ…それ以上!」


 俺の手の中には、捩じ切られたポールが収められていた。

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