難度、三・「黒い孔」時が戻る
俺は困惑していた。
目を覚ますと、警察署から知らない場所の外に居たのだ。
───────何が起きた?
風間と訓練をしていたはずの自分自身が、突然記憶が飛んで今この場にいる。
このような事象が引き起こるのは、アイツが能力を使ったからだ。
「………宮下、状況を説明してくれ」
そう告げると、視界の外から彼女の声がする。
「はい」
【
両手の指先で触れた対象を、3時間前の状態に戻す能力。
例外対策部の唯一の回復役だ。
恐らく俺は、大怪我を負って【
しかし、宮下の能力はあくまで戻すだけであり治している訳では無い。
おそらく全身を対象に能力を発動した為、脳内まで巻き戻ったのだ。
今の俺は3時間分の記憶を完全に失っている。
とにかく、状況を把握しよう。
「現在は難度 三、八王子上空に空いた黒い孔の探索任務の最中です」
探索任務…となれば、危険度はそんなに高くは無いはず。
なのに何故【
「現場に現着から6分後、能力者が介入。恐らくその黒い孔から現れた者かと思われます」
「俺はソイツにやられたん?」
「はい。現在は風間くんが戦闘中です」
マジか、マズイな。俺が負けた相手と戦闘してまだ生き残っているのか?
敵の能力と特徴を聞いておこう。
「能力の概要は?」
「不明です。半径200メートルほどに出入り不可、不可視の障壁を築き、空中に浮かび、高速で移動していました」
「特徴は?」
「中世労働者のような服装、貴族のような言葉使い。足が長く、年齢は若々しく見える40~50代。茶髪のアップバングの男です」
…なるほど、よくわからん。変人って事しか分からんぞ。
空飛んで、外に出れんくして、高速移動?
高速移動は身体強化がヤバいとして、空飛ぶんと出入り不可空間はよくわからんな…
「とりあえず、本部に連絡はしたか?」
「いえ、出来ていません。あらゆる電波が遮断されています」
「うーん、なるほどなぁ…原因の予測は着いとるか?」
そういうと、宮下は考え込んで立ち上がる。
そのまま少し歩くと、俺のすぐ後ろで手を着いた。
「恐らく、コレかと」
「…ははぁ、なるほどなぁ」
宮下の手は、無に触れて止まっていた。
不可視の防壁…なるほど。俺はひとつの考えが頭を過ぎり、石を手に取った。
「……物は試しやな」
手に取った石を放り投げてみる。カツン!と音が鳴って、「無」に弾き返された。
「うーん」
俺は宮下に振り向き、手を伸ばす。そして彼女の肩に手を置くと質問をした
「…ちょい頑張れるか?」
「え?」
******************
「久しぶりやなあ、地獄から戻ってきたで」
悪態を着く牧場を見て、デリップは強く動揺していた。
「貴様は最初に……なぜ生きている!?」
確かに、あんな吹っ飛び方をしていて身体強化もする暇がなかったはずだ。
「運が良かったわ。時間の女神様が味方してくれたんやろなぁ」
「ッ…!」
2人が互いに戦闘態勢をとる。まずい、今この状態で巻き込まれたら本当に死ぬ。
俺は立ち上がると、グチャグチャの右腕を抱えて走り始めた。
「……ほな始めよか。さっきの分、まだ返しきれてへんからな」
「受け取り拒否だ、痴れ者め…!」
特大の爆発音が響き渡る。互いが戦闘を開始した合図だ。
双方が目にも止まらぬ速度で動き回り、周囲の建物が崩れていく。
衝撃による振動、ヒビ入る地面。
周囲を気にして居ない戦い方に、俺はビビり散らかしながら逃げつつ、後方を確認する。
「マジか…」
そこには、俺が死にかけて一撃を入れたデリップと互角に戦う牧場の姿があった。
*****************
右から来た拳を右手で弾く。次手、左足でのハイキックを左腕で受け止める。
そうして出来た隙に、鳩尾へ右のストレートを叩き込んだ。
「ごァ…!?」
「2回目、やな。返済まで後10回は付き合ってもらうで」
苦しむデリップへ、牧場はニヤリと笑う。
牧場がその状態で次手を繰り出そうと近づいて、蹴りを顔面へ向けたその時。
デリップの姿が、消えた。
「速っ!?」
慌てて振り向く。しかし、そこには既に右フックを放つデリップの姿があった。
「うっ!」
装備によって守られた頬へ、拳が直撃する。
薄い装甲など易々と貫通する強い衝撃が牧場を襲った。
「ぐぁっ…!?」
「返済分が増えたな、愚民」
口の中で仄かに鉄の味がする。内頬が切れてしまったのか、血液がじんわりと滲んでいた。
それを唾と一緒に吐き出すと、ニヤッと笑って牧場は言い返す。
「長期プランで返す予定やからな」
それを聞くデリップは、心底呆れて汚いものを見るような目線で見下した。
「愚かな民と同じ言い草だな」
「言ってろ!」
再度、同時に高速機動に移る。
しかしデリップの方が遥かに早い。
牧場がデリップに身体強化の倍率で負けている、というよりは完全に常軌を逸した速度をデリップが出し続けている。
彼は思考の中で、常に考え続けていた。
─────『速すぎる。なんの能力だ?』と。
音速を超え、光速にも達さんともするその速さは正しく人間の範疇を超えている。
彼が見た最速、
それを遥かに凌駕する速度で、デリップは縦横無尽に、それでいて自由に動いていた。
彼女以上の速さで動くなら、それは能力によるものである。と彼の中では定義される。
身体強化は肉体強度や動体視力をも強化する。
しかし、倍率が高ければ高いほど消費する体内エネルギーも増大するのだ。
にも関わらず、デリップはガス欠になる所か先程よりも出力を上げて加速している。
牧場の中で、ひとつの仮説が更に現実味を帯びていく。
高速機動の中で地面に落ちていた手頃な石を数個拾うと、1つを右手に持って投げつけた。
「っらァ!」
ゴ、と音が鳴って石が直線上に飛ぶ。
マッハで飛んだ石は、直線的に追いかけてきていたデリップの進行ルートに重なる。
「…遅いな」
そうやって避けるデリップの回避ルートを潰すように、立て続けに石を投げ続ける。
────────が、しかし。
「この程度を避けれんとでも?」
軽々しく、それでいて優雅に、のらりくらりと躱されてしまった。
その状態で向かってくるデリップに対して牧場は前身し、思いっきり拳を振り上げる。
デリップはそれに対する応酬として、同時に拳を突き出した。
「おらぁ!!」
「フン!!」
互いの拳がぶつかり合う。爆発のような衝撃と音が響き渡り、道路が捲れ上がる。
拳の押し合いは決着が着くことなく、バチィン!と双方が弾き出された。
「ぐっ…!」
「ぬゥ」
25メートル程の距離が空いた状態になり、互いに様子を見るように話し始める。
その状況で、牧場が仕掛けた。
「アンタ、能力の割に弱いなァ!?」
「何?」
彼には、ここまでの情報で確信があった。
故に、心理戦を仕掛ける。
「アンタの能力、『時間加速』やろ?しかも自他共に対象のやつ」
「…………ほォ、聴いてやろうでは無いか」
『能力の秘匿性』。
能力者同士が殺しあった際、能力の詳細を知っているか知っていないかには天と地ほどの差がある。
「アンタ、さっきから速度の割にはヌルヌル動いとるよなァ」
「……………………。」
例えば、牧場の能力。
【
彼の能力は
『1度自身が触れた場所に、触れた時の最大4倍の衝撃を与える』というもの。
触れてから発動するまでの時間が長いほど火力が増大し、15分程で最大火力になる。
短時間で発動すれば、相手の予想してない瞬間に打撃を加えて態勢を崩す事が出来、15分で発動すれば、自身の最大火力の4倍を叩き込める。
逆に言えば、触れて、時間が経たねばならない。
触れて即発動、だとダメージになるレベルの打撃は発生しない。
そもそも触れられないような相手には能力が機能せず、一方的にやられてしまう。
「出してる速度の割に、ブレーキの効き方が異常にエエよなぁ?」
「………………それで?」
弱点を理解しているか、否かでは対策の立て方が変わってくるのだ。
「ブレーキの効き方の割に、地面にそれほどダメージが入っとらん。アンタのブレーキのやり方なら足が地面にめり込んどらんと筋が通らんやろ」
「………………続けろ」
だからこそ、能力者は能力を秘匿したがる。
逆に言えば、暴くことが出来れば相手の大幅な弱体化が狙えるのだ。
「しかも、殴る時にはご丁寧に減速までしてくれるわなァ。目にも止まらん速さで動くのに、殴る時は目で捉えられるんやもん」
「………………………して?」
「アンタの能力、発動中の触れたモンに対して、任意の倍率での時間加速させられるんやろ?」
────しかし、牧場の目的はそこには無い。
空を飛ぶ理由も、高速で動き回るのも、閉じ込めるのにもどの能力なら一貫性を保てるか検討すらついていない。
あくまで、可能性。それが「時間操作」という結論に導いた。
本人はそれが正解だと思っていないし、理由もある程度荒削りした根拠による肉付けであった。
「発動中に触れてもうたら、自分が加速切るまで相手も加速してまうもんなァ。そら切らなアカンで」
牧場は挑発を続ける。なるべく相手がイラつく様に、大袈裟に体を動かす。
空を指さし、にやけ笑いをしたかのような声色で話を続けた。
「それに、ドーム状に出られんくしてる壁もその能力やな?この場合、0倍とかに空気を加速させてるんかなァ」
「………………………………………」
「空気、とは言えども電波は防げん。となると指定した空間に対して発動しとるんかな?態々空に飛んだらしいからなぁ。そこでやったんやろ」
「………何が目的だ?」
幸か不幸か、牧場のハッタリは当たっていた。
デリップの能力は、『
発動中に触れた対象、もしくは自身の時間の流れを0倍から1000倍まで変更する事が出来る。
また、応用として空間に作用させられる。
可能な範囲は決まっており、その範囲を引き伸ばしてドーム状にする事で、事実的な逃走不可の空間を作ることが出来るのだ。
「人間に対して0倍を使わんのは恐らく能力のキャパシティやな?空間に大してドーム状に切り取るのは可能で、人は無理って不思議やなぁ!」
「何が目的だと聞いている!!」
デリップは自身の能力を9割型看破され、苛立ち始めている。
それを察知した牧場は頭の装備を取り、顔を露わにした。
なるべく悪辣で、見ていて苛立つような、そんな顔を作りながら彼は話す。
「何が目的だって!?」
俺を見ろと言わんばかりの最大表現。
それをして、ニタリと笑った顔を歪めていく。
「わかんねぇかよ!?貴族様はぁ!」
「殺されたいのか貴様ァ!!!」
牧場は殺意を感じる。しかし、同時に考えていた。
ヤツの目線は時々おかしな方向を向く時がある。可能性として、風間が視界を『奪って』いるのではないか?……と。
俺が殺された相手に、身体強化もできない人間が生き残ったのはソレしか考えられない。
五感を幾つか奪って、その上で逃走に徹した。なるほど、弱者らしい素晴らしい戦術だと彼は考えたのだ。
「意外と頭が
同時に、絶望を思い知った。
視界を奪ったその状況下で互角。
視覚がない中、理解不能な探知方法で自分を感知し、高速戦闘を可能にしているのだ。
あの怪我をした風間がいつ気絶して、能力が解けるかも解らない。
それが無くなれば、まず間違いなく勝てない。
「こんなに解り易くしてやってんのに、わかんねぇかよ!?」
牧場は、理解していながらも挑発を続けた。
──────────何故か?
見えていなくとも、わかりやすいように。わからなくとも、想像できるように。
全てを0から積上げて作った、笑い顔からゆっくりと感情を無くす。
そして、なるべく冷たい声で吐き捨てるように言い放った。
「時間稼ぎだよ、ばァか」
ボゴォン!!!と轟音。それと同時に、デリップの腹へ衝撃が炸裂する。
「の、ぅ、ぐ、ぅ…ァ…!?」
発動したのは、牧場の【
最初の追撃の時点で全ては仕込まれていた。
アレから4分。火力に換算して訳1.5倍の全力が再度、デリップの腹で炸裂する。
完全に予想していない、緩んでいた身体に入る全力の一撃。
意識外からの一撃は、意識されている打撃の何倍もの痛みを持つ。
本来肉体は知覚した痛みに対して、無意識下で緩和を行っている。それが一切カットされた一撃が入ったのだ。
純度100パーセントの痛覚。
デリップには、骨で守られていない肉の空間にソレが炸裂した。
「う、うぐ、ぉ、ぉ、おお、ぉ…」
痛みに喘ぐ。完全に想定外だった一撃が予想以上に自信を揺るがす。
デリップの血走った目が真っ赤に染まり、怒りと殺意に塗り替えられた。
「おー、効いとる効いとる。やっぱ痛いもんは痛いか。貴族さんでも」
それを見た牧場はにこやかに挑発を続ける。
「ほな、コレで完済って事でええか?」
「貴゛様゛ァ゛!゛!゛」
牧場に、優雅さなど捨てた獣が襲いかかる。
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