難度、三・「黒い孔」時を稼ぐ

「では保有者。小手調べだ」

 

 視界からデリップが消える。だが、身体強化をした今なら追えないほどの速度じゃない。

 迫ってきた拳を思いっきりバックステップをして避ける。


「うわっ…!?」


 想定よりも物凄い勢いで下がった俺は、ブレーキをかけながら壁にぶつかる。


「………!?」


 向こうも想定外の事が起こったのか、戸惑っているようだった。


「……見えたか。私の動きが」

「どうだか?ほら、来いよ」


 とにかく、どうにかして時間を稼げ。あの時大男の件みたいに、一ノ瀬が来ることが俺の勝利条件だ。

 それに、俺の能力のルールにも気づかれていない。

 奴は視界を塞ぐタイプの能力だと思っている故、「奪われた」「取り返そう」という思考に至って居ないのかも知れない。実際、何故か返却されていないし。…舐めプだろうか。

 とにかく、充分に逃げ切れる余地はある。奴がどれだけ強かろうとやって見やるさ


「むゥん!!」


「…っ!」


 とはいえ、怖いものは怖い。加速した拳が凄まじい速度で迫るのは流石に死期を悟る。

 だが避けれないほどでは無い。身体強化さえあればどうにかなる範疇だ。

 先程から殴る瞬間に態々減速しているので、最悪見えなくなっても反射でどうにか出来そうだ。


「やはり、見えているな?私の動きが」


 冗談言うなよ、そっちこそ見えてねぇ癖に見えてんだろが。こっちのセリフなんだよ。

 と、言いたいが動揺を悟られてはならない。俺は冷や汗を垂らしつつも、余裕な顔をして無言の返答をする。


「なるほど、なるほど…保有者めが。忌々しい…」


 なるほど、地雷を踏んだようだ。随分とプライドが高いように見える。

 身体強化を途切れさせないように、俺は意識を割いて走り出した。


「ふっ…!」


 俺は商業施設の屋上まで、ジャンプで登る。

 ともかく逃げ回れ。今は生き延びて、周囲に被害を出さないことを最優先にしなくては…!


「逃がさんぞ」


 振り返ると、いつの間にか後ろにデリップが迫っていた。


「ここで貴様を滅してやろう!光栄に思うがいい!」


 デリップは身体強化した視界ですら追えなくなるほどの速度を出して動き回る。

 マジかよ、アレ全力じゃなかったのか!?


「終わりだ」


 突如、ブレーキを踏んだデリップがアッパーカットを決めんとする体制で俺に迫る。

 アッパーがデリップから放たれるその間際。


「っ!!」


 俺は思いっきり体を仰け反らせ両膝を地面に着く。今までの加速を使い、ヤツの無駄に長い又の下を両膝スライディングで通り抜けた。


 俺がいた箇所を、音速を超えた拳が通り抜け破裂音が響き渡る。


「「…………………」」


 その瞬間、時が止まった。

 あまりにもマヌケすぎるその光景に、互いが思うところあり止まってしまったのだ。


「ンっふ」


 やべ、笑いが─────


「貴様は、苦しませて殺してやろう」


 ────これは全面的に俺が悪い!!


 ******************


「牧場、牧場!聞こえるか、牧場!?」


 たった一つ、八王子に突入したと同時に、シグナルが完全にロストした班へ佐伯は呼びかける。

 しかし、やはり返答は無い。


「ねえ、やっぱり何かあったんだよ。私が出ないと…!」


 一ノ瀬は先程から貧乏揺すりが止まっていない。はやる気持ちは抑えられず、早く戦場に出せと強く訴えかけていた。


「ルールで人員はコレ以上投入出来ないんだ!」

「でも!」

「お前が身勝手な行動をすれば、俺たちのコレが爆ぜるんだぞ!?」


 そう言う佐伯は、自身の左手首に付けられた腕時計を指さす。それは、能力者達に対する最終処置のことを指していた。


「でも佐伯!」

「でも、じゃないんだよ!向こう側からの申請がない限り、俺達にはどうする事も出来ないんだ!」

「っ……!」

「お前の気持ちは痛い程解る!能力者なかまをコレ以上失いたくないのは俺も同じだ!だが3人のために全員を失いたくないんだよ!」


 それを言われた一ノ瀬は、力なく椅子に倒れ込んだ。佐伯の言うことに、何も言い返せなくなってしまった。


「少年、生き延びろよ…!」


 彼女は祈る事しか出来ない。

 それが今、彼女にできる精一杯なのだから。


 *******************


 地面が何度も爆発するような衝撃と、悲鳴が上がる。

 俺は建物を蹴り上げ、ピンボールのように跳ね回って回避を続けている。


「待て、悪かったって!そんなに怒ることねぇだろ!?」

「『悪かった』と?なに、気にしなくても良い。気にせず死ね。そして滅べ」


 有り得ないくらいキレてる。

 確かに股下抜けて相手が鼻で笑ったら俺でもキレる自信があるのだが、相手のプライドが高くてより強烈な物になっている。


「本当に、マジで悪かったって!必死だったんだよ、避けるのに!」

「ほォ、必死に避けてあの煽りか。貴様の才能は素晴らしいな。来世では私の道化師になれ」


 ああダメだ、相当頭に来てるわコレ。

 だがまぁ都合が良い。このまま俺に引き寄せて、何とか逃げ切ってやる。

 それにしても、もう6分は待っているハズだ。一ノ瀬の「飛ばすやつ」で来ているなら、そろそろ到着していてもおかしくない。


 ────宮下さんに、何かあったのか!?


 いや、コイツが出てくると同時に孔は塞がった。

 ヤツがそこから出てきたと考えるのが妥当で、それ以上の戦力の追加はない。

 最初から潜んでいた?連携をして?デリップの性格から考えても有り得ない。この傲慢ちきな性格から連携など来るはずもない。


 考えうる可能性はひとつ。


 奴の能力で、電波を妨害している。

 おそらくそれ自体は副次的な物で、ここから出られない仕組みを構築し、それが電波も妨害している…と考えるべきだろう。


 ────────詰みでは?


 真面目に詰んでいる。

 牧場や一ノ瀬無しにコレを倒す算段が思いつかない。どうするんだコレ。

 こちらの能力は使用によるヒントを与えてしまっているのに、相手の能力は解らない。

 こんなの、どうしたら…………!?


「上の空とは随分余裕だな?」

「しまっ─────」


 咄嗟に全力のエネルギーを込めてガードを固める。身体が軋んで悲鳴を上げた。

 この状態で動けば身体が消し飛ぶ、というレベルの身体強化。


「ぬゥん!!」


 その上から、奴の拳が襲いかかった。

 めり込むような衝撃。自身の中身へと響く様な、そんな苦しみが俺を襲う。


「ご…へ、っ…!?」

「先程よりは硬いな?さほど差異は無いが」


 そのまま殴り抜かれる。

 俺は10メートルほど吹き飛んで、すぐ近くにあった建物に激突した。

 外壁が大きく崩れ、パラパラと上から降り注ぐ。


「っ…ふっ…こ…」


 背中に強い衝撃が来て上手く息ができない。目の前がチカチカと眩んで、暗転しそうになっている。

 マズ、イ。ここで、意識を、失う…訳には…


「…なんだ、先程までのは虚勢だったのか?」


 俺を見下すように、デリップは歩いて迫る。

 ───────クソ、ったれ…!

 俺は思いっきり舌を噛む。

 血の味が口いっぱいに広がって、命の危機を感じた意識が呼び起こされた。その状態で、フラフラと俺は無理やり立ち上がる。


「視界を元に戻せ。そうすれば命だけは見逃してやる」

「っ、うるせぇよ…」


 俺は覚束無い足元で戦闘態勢をとる。おそらく頭に傷を負ったのだろう。上から、ドロっと血が垂れてきた。

 宮下は大丈夫なのか、いや、牧場は死んでないのか…?


「なに、私は約束をたがえん」


 さっきから思考が纏まらないんだ。

 頭がぼーっとして何を考えようとしてるか忘れてしまう。

 そんな時に喋りかけてくるなよ、クソが。


「少し黙ってろ、クソ野郎」

「道化らしいな。もはや気に入った」


 何考えてたか忘れちまったじゃねえか。

 身体強化を再度込める。

 ヤツの動きにも目がなれ始めてきた。

 今の俺は、身体強化を制御しきれず直線上に動く事しか出来ない。


 だから、逃げるのはやめよう。

 もう牧場も一ノ瀬にも頼れない。

 だから────────


「せめて道化らしく、華々しく散れ!!」


 ─────────お前を、殺す事にする。

 左上頭上、離れた位置から直線上に拳を振り上げてデリップが襲い来る。

 左手で右の拳を包み、ヤツを目で追いながら構えをとった。

 軋むほどの身体強化、それを再度行う。このまま体を動かせばタダじゃ済まない。


 それでも良い。確実に一撃を入れる。


「────ッ死ぃぃぃねえええええ!!」


 俺は叫んで、一直線に拳を突き出す。

 その様相に驚いたのか、デリップの顔が一瞬で動揺に塗り変わった。


「貴様、何を─────────」


 そのまま、焦りを見せる顔面に拳が炸裂する。

 メキメキと音を立てて、顔面に拳がめり込んでいく。


「ん…の、やろぉおおおおおおおおおお!!!」


 俺の拳が悲鳴をあげている。肩から先がフッ飛びそうだ。それでも、この一撃を確実に当て切る。


「ぬぐゥあぁぁぁぁ!?」


 そのまま、思いっきり殴り抜いた。

 爆発したかのような音が鳴り響いて、デリップが呻き声を上げながら遥か彼方へと吹き飛んでいく。

 何度も転がって、訳100メートル先の道路。


 そこで、


 壁のない、直線上の道路の先でドコォン!と音を立てて磔になったのだ。


「な……え、は?」


 怒りが一瞬にして冷め、動揺が上回った。空中にビタンと張り付いた相手を見て、まず冷静で居られるような人間では無い。

 とりあえず追いかけようと走って腕を振りあげようとした時だ。


「い゛っ…!?」


 異常な激痛が右腕に、

 ぐちゃぐちゃになって、上から潰れて骨が飛び出したナニカが右腕の場所にくっついていた。


「がぁ…っ……う、ぐっ…おぇっ…!」


 激痛と、グロいものを見た吐き気で今まで耐えていた分のダメージが流れ始める。

 血液と混ざった冷や汗が垂れ落ち、口の中に溜まった唾液と血を吐き出した。


 初めて味わう激痛に身を震わせる。

 ナメていた、人間の体の痛覚というのを。

 せいぜい痛くても、骨折には叶わないなどと思っていたのだ。

 痛い、熱い、痒い。その全部がぐちゃぐちゃのナニカから与えられて不快感が凄まじい。


「ふぅっ、ふうっ、ふぅっ…!」


 畜生、痛い!マジかよ、身体強化が限界超えたらこんな事になるのか!?

 奥の方でデリップが起き上がる。マズイ、マズイ、マズイ、マズイ!!

 早く起き上がって追撃をしなきゃ殺られる!はやく、はやく追撃を…!


「よお頑張ったな、風間」


 そう囁いた声が聞こえた。同時に、俺の横を何かが物凄い勢いで駆け抜けていった。


「お返しや、貴族野郎…!」


「ッ貴様!?」


 凄まじい衝撃が響き渡る。ソレが一人の人間の手によって生み出された物だと言われたら信じられないほどの轟音。

 振り抜いた拳がデリップを撃ち抜き、炸裂する。

 今この場に、そんな事を出来る人間は一人しかいない。


「────牧場さん!!」


 俺は、帰ってきたその人の名を呼んでいた。


「すまんな。待たせて」

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