難度、三・「黒い孔」時は動く
「うわああああああああぁ!!!」
上空、訳2000メートルに放り出された俺は驚きのあまり、大声を上げる。
これが当たり前なのかと2人に顔を向けると、牧場が大きく叫んでいた。
「ノセさーーーーん!ミスってるううぅぅぅぅぅ…」
やっぱミスなんじゃねえかコレ!!!
牧場は俺よりも早く、下へと落下して言った。
どうする!?地面に激突するまで残り数十秒。俺は全身で空気抵抗を受けるべく、思いっきり体を大の字に広げる。
「よし、大丈夫。出来る、出来る、出来る…!」
そのまま落ち着いて、身体強化を全力で廻す。
身体強化をすれば肉体強度も上がる。熱が周り、体に力が迸る。よし、コレでどうにかなるはずだ。
そのまま下を向いていると、空間に真っ黒な「孔」が見えた。
俺たちよりも下にはあるが、横に立つ商業施設よりも高い位置。
そこに、ブラックホールのように向こう側を移さない真っ黒な球が在った。
しかも、かなりデカい。直径でも60mくらいはある。
「マジか…!?」
あまりのデカさに俺は戦慄する。コレを探索すんのか…
そんな事を考えている場合では無い。風の音が強くなり始め、地面が迫っている。
だが音速は超えていない。さっきくらいの強化をすれば、音速レベルの衝撃にも耐えられるはずだ。…理論上は。
よし、着地体制。痛くない、痛くない、痛くない、痛くない!!!
ドカァン!!!と爆発する音が三連で鳴り、3人が警察によって封鎖された道路へと着地する。
「っでぇ!!」
俺は着地時、突き指をしてしまったのか激痛が走った。ジンジンとする指が痛みを与え続けている。
空を見上げると、あまりにもデカい黒い玉が空を覆い尽くしている。
「ノセさんの転送、偶にこうなるんや。気ぃつけや」
牧場はそう言うと、警察手帳を取りだして驚く警官達に身分を証明しに行った。
すると、宮下と呼ばれた人物が俺に歩み寄る。
「私、
そういう彼女はやはり美しい。現代の高校三年生ほどの先輩感ある美女だ。
「よろしく、お願いします…ってて……」
そうやって少し照れて指が曲がる。同時に痛みが走った。
「指、どうしたの?」
彼女は俺の指を差し、心配する。俺は心配させないように少し笑って返した。
「着地ミスって突き指しちゃって…」
「嘘、見せて!」
そう言うと、驚いたような顔をして俺に駆け寄る。俺の指に両手を添えると、力を込めるような仕草をした。
「何して…!?」
宮下の手が発光したと思ったその瞬間、再度突き指した時の痛みが走る。いででででででで!?
「……ごめんね、ちょっとだけ我慢してね…」
「いだっ、ぇっ、いってぇ!?」
「大丈夫だから、ね?あと少し…」
何があと少しなんだ!?と声を荒らげようとしたその時、スッと痛みが引いていく。
「…え!?」
痛みなどまるで無かったかのような、嘘みたいな治り方。大男に襲われ、病院で目覚めたあの時と全く同じだ。
「…私の能力なの。『
時間遡及…!なるほど、道理で重宝される訳だ。
彼女がいれば怪我も治し放題。だが、本人が時間遡及すれば怪我し放題の無敵マンになりそうなものだが…
「ごめんね、戦闘ではあまり役立てないから…」
「…え?いや、俺の能力も…」
謙遜はいい。能力は化け物クラスに強いのだから、今の俺よりも圧倒的に強いはずだ。
「ううん、私のコレ、燃費が悪くてさ。回数制限があるんだ」
へ?その中の貴重な1回を俺に使ったんですか?しかも突き指如きに!?
「それに、私には使えないって制約があるの。だから、前には出れないんだよね」
ああ〜なるほど、道理で重宝されすぎる訳だ。
自分に使えず、燃費が悪い分高出力…と。
なるほど、身体強化すら躊躇うほどの燃費となれば確かに使い勝手は良い方では無い。
その分、居るだけで安心出来る要素にはなりそうだが。
「…だから、ごめんなさい。私、今回は役立てないわ」
「いやいや!マジ助かったすよ、指とか。謝んないで下さい!」
見た目のクールビューティに反して、かなり自己肯定感が低い人だな…なんて思ったりもした。
なんだろう、支えたいと思うこの感情は。
ええい、やめろ!気持ち悪い!
「おう、話は通したで〜…って、何しとんのや?」
俺の指を握る形で宮下はシュンとしている。傍から見れば訳の分から無い光景であることは間違いない。
「あ、いや。何もしていませんよ?」
「…ホンマか?宮下傷つけたら上のモンも黙っとらんから気ぃつけな?」
ひぇっ…この人警察全体に認知されるほど凄い人なのかよ…
「まぁええわ。とりあえず今後の予定が決まったで」
彼はそう言って、俺達の前に立つ。そして、腕を組み声高らかに宣言した
「耐久決定!!!」
「は?」
よくわからない宣言に俺は戸惑いが隠しきれない。何?耐久って。
「いやー、昨日ね?なんか宇宙専門の人とかが来て、ワープゲートなんじゃないかって結論になったんやって」
…なるほど。この国の専門の人は優秀なようだ。
記憶にある漫画とかでは「わかりませぇん」としか言わずに能力者の引き立て役でしかなかったが。
「そんなモンやから、なんか出てくるかもしれんって事でさ。俺らで3人、8時間ずつ監視しつつ周囲を見て気づいたら報告って流れな訳。OK?」
はぁ、なるほど。とは言え、24時間たって何も出てこないならもう何も出てこない気もするが。
………ん?24時間監視?
「え、俺学校あるんすけど…?」
「大丈夫や。お前の通ってた高校は昔、俺が通ってた高校や。単位の方は警察側の圧力でどうにかなっとる」
すげぇ、目の前に先輩がいるのに素直に尊敬できない。なんという職権乱用。
やはり警察は闇の組織。誰かコイツ捕まえて…って警察だった。
「てなわけや。12:00~20:00、20:00~4:00、4:00~12:00のスケジュール決めんで。ジャンケンや」
「あの、私、能力回復の関係で夜は寝ないと…」
「ほな12:00~20:00やな。風間は希望あるか?」
ねぇよ。ほかの時間帯、全部微妙に地獄じゃねえか。強いて言うなら20:00~4:00が良いか?
「ないんか?ほな4:00~12:00で…」
「20:00~4:00!20:00~4:00でお願いします!!」
「おー、わかった。ほな俺が4:00~12:00やな」
あぶねぇ、こちとら早朝には起きれん。深夜帯ならまあ何とかなるだろう。
「ほな今は11:52か。…ちと早いけど、宮下、行けるか?」
「大丈夫です。行けます」
「よし、ほな探索を──────────」
牧場が、そう言いかけたその時だった。
「フム、少し寝すぎた様だな」
俺を含めた3人の中心に、1人の男が居た。
違和感すらなく、風景のひとつとして溶け込むようにその男は現れた。
「────────ッ!?」
気づいて、俺たちは咄嗟に距離をとる。同時に宮下は目を離さないように離脱体制に入った。
「………ほォ、栄えたな。世界も」
そう呟く男は、40~50代のように見えるが、世間一般ではイケおじと呼ばれる部類だ。
逆三角形をした綺麗な体で、肉体は盛り上がっている。
そして最も違和感を感じるのは、言動に反して中世の労働者のような格好をしているのだ。
白を基調としたシャツの上から、安物の皮でできた上着。ダボッとしたズボンが、ピカピカの状態で全身に揃えられていた。
男はこちらが視界にすら入っていないのか、全体を見て回っている
「……フム、鉄の塊が動いている。速いな…化学の進歩も目覚しいものだ」
その様相を見た牧場は声を張り、正体を探る。
「何者だ!?」
「…ん?ああ、少し待て。この世界は良い。目に焼き付けておかねばならん。」
お前など眼中に無い、そう言いたげなその態度は、牧場の激情を煽った。
「ッ…答えろ!何者だと聞いて──────」
気づいた時には、男は牧場の目の前に飛び、手で口を塞いでいた。
「待てといっている。私は急かされるのが嫌いなのだ」
あまりの速さに、誰も気付けなかった。牧場ですら目で追えなかったらしい。
「まあ待て。5分でいい、待てるな?」
「………待たなかったら?」
「障害は全て消すだけだろう。当たり前だ」
「………………………全員、待機だ」
格が違う。こんなにも差を感じたことが、かつてあっただろうか。
動けば死ぬ。動けば殺られる。そんな焦燥感の中、俺達は呼吸だけを繰り返して戦闘態勢を取り続けた。
それを嘲笑うように、男はスゥッと空へ登って世界を見渡す。
じっくり、じっくりと見渡して5分。男はゆっくりと降りてきた。
「良く待った。褒美を遣わす。…ああ、私が何者か。だったな」
そう言って、男は名乗りを始める。
「私の名は、【デリップ】。王の勅命により、この世界を滅ぼさんとする物だ」
「「ッ!!」」
俺と牧場は息を飲む。
デリップ、と名乗った男のソレが、決して冗談などでは無いと悟ったからだ。
奴には、それを実現させるほどの実力がある。
「フム、成程…貴様からは『奇跡』の一欠片を感じるな」
俺たちを見回すと、デリップはニタリと笑った。
「正さねばなァ、歪みは」
デリップが視界から消える。牧場に急接近すると、拳を思いっきり溜めた状態で視界に現れた。
「速────────」
「1人目」
爆発のような音がして、牧場が宙に舞う。物凄い勢いで商業施設に激突して貫通すると、あっという間に見えなくなった。
「…呆気ないな、この時代の奇跡持ちはこんなモノなのか?」
そう言いながら歩くデリップの上空にある孔は、どんどんと閉じていく。
俺は呆気に取られていた意識を呼び戻して、イヤホンを押え思い切り叫んだ。
「ッ…牧場さァん!!!」
『ビビッ…ザッ、ザー』
返答は、無い。帰ってくるのは砂嵐のような音だけだ。
「さて、次は貴様だな?」
そう言ってデリップは宮下を指さす。マズイ、今宮下が殺られるのは本当にマズイ。
牧場が今どうなっているか解らないのに、回復を失うのは本当にダメだ!
俺は咄嗟に腕をのばし、デリップに向けて思いっきり叫ぶ。
「【奪え】!」
そう叫ぶと同時に、デリップの姿が再度消える。
だが、速度の暴力は誰にも振るわれる事無く止まった。
「…………何が起きている?」
デリップは戸惑ったように周囲を見渡す。
だが、今の奴には何も見えていない。
目の前が1寸先すら真っ暗闇のはずだ。
俺は驚いて止まっている宮下に大きく声をかける。
「宮下さん、はやく逃げろ!一ノ瀬さんにも連絡を!」
「…わかったわ!」
そう言って宮下は走り出す。俺はそれを見届けて、デリップに向き直った。
見えていないはずのデリップの顔は、こちらを捉えて言葉を発した。
「…目の前に誰かいるな。貴様か?何をした」
マジか、視界を奪ったのに視えてやがる。いや、動揺しては行けない。今宮下を逃せるのは俺だけだ。
「美しい世界に目でも潰れたんじゃねえか?」
「ほう、大した物言いだ。目なんぞ無くとも殺れると見せてやろう」
そう言って、デリップは戦闘態勢に入る。それを見た俺も全身に身体強化を廻した。
「…………来い!!!」
全身を使って叫ぶ。
全力で宮下を逃がして、一ノ瀬を待つ。それが今回の勝利条件だ。
───────生き延びてやるよ。この程度!
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