嵐の起こり

「いでっ!うっ、ぐぅっ!」


 今日も今日とて俺は牧場にサンドバッグにされている。

 日曜日の朝からこんな事をされるなんて災難でしかない。


「ちょ、タンマ!タンマって…!」


 目にも止まらぬ速さで走り回る牧場にストップを投げかけ続ける。

 しかし、俺の懇願など聞かない無慈悲な腹パンが飛んだ。


「ごべ…」

「戦闘だと敵は待たんで?」


 訓練だって言ってんだろが!ゲロ出すぞお前!?

 うぐぐ…痛てぇよ、痛ってぇ。なんか何時にも増して容赦がない気がする。


「早く身体強化出来るようにならんと、ほら」


 ボコボコにしたら出来るようになるんですかね?

 だとしたら多分もう100回くらい出来るようにってると思うんすけどね。


「ちょ、ちょっと待って下さい。ホントに。トイレ、トイレ行きたい」


 そう言うと、牧場は目の前でビタッ止まった。

 しばらく俺の顔を見つめると、数秒見つめてから話し始める。


「はよ言いわんと。行ってき」

「…うす」


 急いでその場から離れる。パシュ、と音がして訓練室の扉が開いた。


 *********************


「んー…残尿感…」


 でもしない尿を捻り出し、手を洗う。微妙に出してしまった残尿感に気持ち悪さを感じていた。


「いてっ…くそ…」


 腕がズキッと痛んだ。

 目が慣れて反応出来るようになったが、ガードした腕がボコボコになっている。


「はぁ…帰りたいな…」

「どうしたんだい?少年」


 突如、聞き覚えのある女性の声がして振り返る。

 そこには一ノ瀬が立っていた。


「いや、牧場さんが余りに容赦なくて…」

「牧場が?あ〜、なるほどねぇ」


 談笑しつつ笑い合う。その状況に違和感を感じて数秒止まった。


「…………ここ男子トイレですよ!?」


 当たり前のように立っていたから、コッチも当たり前に対応してしまった!

 いやーーっ!!時代が時代だからこそ訴えられるセクハラァーーーッ!!!


「まあまあ、良いじゃないか。少年がトイレ入ってったの見えたし」

「何が良いんですか?ソレ」

「キミにとってもご褒美だろ?」

「何がご褒美なんですか?コレ」

「相変わらず冷たいねえ少年」


 そりゃそうだろ。逆に冷たくされないと思っていたのか?


「で、何があったんだい?」


 そう言う彼女は本気で俺を心配しているようだった。

 ……そういや、この人見た目と態度に反して死ぬ程強いんだったな。聞いてみるか。


「身体強化のコツを知りたくて…」

「ああ、出力が上げれないのか。通りでボコボコにされてたのね」


 出力の上げ方を解説しようとする一ノ瀬に、俺は気まずく声を上げる。


「あ、いや。そもそも出来なくて…」


 すると、一ノ瀬は目を見開いて驚いたように声を上げる。


「ん?出来ない?」


 しばらく考えこむ。顔をコロコロと変化させながら悩み込むと、ひとつの疑問が爆発したのか口を開いた


「じゃ、どうやってデカ男君から逃げてたの?」

「デカ男くん?」


 誰のことだろうか。しかし、一ノ瀬と俺とも関わりのある『デカ(い)男』…。

 俺はひとつの心当たりに思い至る。あの大男か!!!


「あぁ〜〜………えっと……走って?」

「だとしたらキミ、身体強化出来てるだろ?デカ男君はパワーもスピードもあったぞ」


 いや、そうでは無い。むしろ人間的に平均的な速度だったはず。

 どちらかと言えば、最初に出会ったときの大男が、2回目に比べて妙に遅かったのだ。

 今にして思い返しても、フラフラと歩いていたのは限界の状態だったのだろう。


「…一回目の時はそうじゃなかったんすよ。アイツ弱ってたし…」

「弱ってた?弱ってる状態で私から逃げ仰せたのっての?」

「色々おかしくなるっスけど、そうなんすよ」

「君が無自覚なだけで、身体強化できるって方が話通じない?」

「いや、でも走ってる時は遅かったスね…」

「能力使えるのに?」

「そうなんすよ」

「…君、意外と頑固だよねぇ」


 男子トイレの中で言い合いを続ける。

 数少ない性別による区別が許されているこの空間にて、男女が言い合いを続けているこの状況がおかしいのは承知の上だが、これ以上牧場にボコられたくもない。

 聞けるコツは聞いておくべきだ。

 最も、できるようになった後のコツは、今だと余計になりそうなものだが。


「身体能力の使い方、ね。そうだなあ」


 深く考え込み、彼女は頭を回す。捻った頭をじっくり考え込むと一ノ瀬は思いついた。


「うーん…感覚の話だけどね。心臓辺りに魂があるんだよ」

「………………………魂。」

「そうそう、イメージは人魂ね。核が有って、それを中心に燃えてるの」


 彼女はグーにした右手を左手で包み込む。手を動かしながら説明を続けた。


「魂の炎を少し切り分けて、血液に混ぜてるんだよ。それを心臓に送り出してもらう。そんな感覚かな」

「…………………感覚、か」

「いえす。まあ、マジで感覚だからさ。多分わかんないと思────」


 彼女はそう言いのける。そうやって、捻った頭で逸らした視線を俺の方に視線を戻した時だ。


「──────マジ?」


 俺の体から火花が迸る。ヂリヂリと、バチバチと外へと向けて放たれていく。

 そして、それが収まると同時に体全体が打たれた鉄のように熱くなった。

 心の臓から全体へ。体にが流れていく感覚。

 風呂に入った後のような、全身の内側から熱を感じるこの感覚。


「………あざます、一ノ瀬さん」


 俺は礼を述べる。心からの感謝だ。

 しかし一ノ瀬は目を丸くして、『とんでもない!』と言いたげな態度で言葉を出す。


「や、いやいやいや、何もしてないよマジで。感覚で把握するってどんな天才なのさ」

「…そりゃ、どうも」


 だが実際、一ノ瀬のアドバイスは核心を掴むものになった。感謝はしているよ。


「あー、まあいいや。そろそろ戻らないと牧場が怒るんじゃない?」

「…あ、やばっ!」


 俺は走り出そうと振り向く。男子トイレから出ようと外に走り出そうとしたその瞬間だ。


 けたたましいく、サイレンが鳴り響いた。


『例外案件発生、繰り返す。例外案件発生────』


「…!?」


 例外案件…となると、『例外対策部』の出番って訳か。


「仕事みたいだね。行こっか、少年」

「…ウス!」


 そして、始まるのだ。

『例外対策部』としての仕事が。

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