始まりの、終わり
ステップ、ワンツー。
「ここまでね」
私は出口で控えていたマネージャーから水を受け取ると、一気に飲み干す。
「よし…」
ドームライブまで、あと一月。それまでに整えなきゃね。
*******************
2週間ぶりに来た校舎の窓から外を眺める。
青空の向こう側を眺めて、空を飛ぶカラスに目を引かれながら過去に思いを馳せた。
…考えれば激動の3日間だった。彩乃から逃げ、大男から逃げ、気絶して、警察行って、訳分からん部隊に入れられて。
───あれっ、ロクな事してなくないか。
「おい、風間!聞いてるのか!?」
「うぉ」
聞きなれた叫び声で現実へと戻る。
そう、バスケ部1年リーダーの綾乃の叫び声。3日ぶりに聞くと日常に戻ったって感じがするんだな…
「うぉ、じゃない。お前な、連絡くらい返せよ。心配しただろうが!」
コイツはコイツで意外と健気な奴なのかもしれない。
まあバスケ部では俺のことも穏便に済ませているらしいし、こういう役割が似合う奴なのだろう。
「いやあ、スマンかった。ちと事件に巻き込まれてな…はは…」
「警察に面倒見てもらったんだろ?ったく…俺がどれだけ心配したか…」
「まぁそんなに怒んなって。…ほら、コレやるよ」
そう言って、俺は上着のポケットから1枚のチケットを取り出す。
「なんだ────って!?お前コレ、
ARIAとは、優しさと激しさを兼ね備えた歌声が魅力の女性シンガー。「
俺が取りだしたのは、そのドームライブの関係者席チケット。
普通じゃまず手に入らない代物だ。
「まあ、ちょっとしたツテがあってな。やるよソレ」
「え、いいの?ホントに!?」
綾乃がこんなに喜ぶのにも訳がある。というのもコイツ、ARIAのデビュー当時から推しているガチファンなのだ。
気持ちはわからんでもない。故にそれを利用させてもらった。
俺は手を合わせて綾乃に話しかける。
「まあソレでチャラにしてくれよ、な?」
「いいっての!許しちゃうってこんくらい!」
綾乃は満面の笑みを浮かべて、ライブチケットを抱きしめていた。
一ノ瀬から「興味無いからあげる」と押し付けられた時はどうしたものかと悩んだが、渡して正解だったな。
にしても、なぜ一ノ瀬が関係者席チケットを持っていたんだか…
「ま、いいか」
「…何がだ?」
「いや、こっちの話」
ま、いいか。気にしなくても。別にアイツがどこからチケットを取り出そうと「一ノ瀬さんだしな」で片付く。
アイツはそれぐらい何してるか分からないヤツだ。
「さて…と」
俺は今日も部活をサボる。この後の事に怯えながら、警察署に向かうのだ。
*******************
「どうしたァ!立ちや風間ァ!」
「む、無理ですぅ」
「無理やない立つんや、早く立てェ!!」
警察署内。大勢の監視者の元、訓練所にて能力を行使した戦闘訓練を行う…という名目の元、牧場に一方的にボコられ続けていた。
「身体強化なんて能力者からしたら基本のキやぞ!なんで能力使えて身体強化出来んねん!」
「知りませんよ、そんなの!」
奇跡を行使する際に使用するエネルギーを身体に流すと、身体能力が爆発的に増加する…らしい。
どうにも実感出来た事はないが、彼らは出来ているから事実なのだろう。
そんなもの、実感するほどの経験がほとんど無かったから全くもってわからん。
「はァ…ちと休憩や。1時間休んでこい」
「…ウス」
能力者にとっては、奇跡を行使するよりも先に勝手に出来るようになっている事だそうだ。
体にエネルギーを流す、という行為が能力の行使に繋がる。
その「体にエネルギーを流す」という行為が、身体強化の起動条件だそうだ。
つまり俺のやっている事は、材料の揃ったカレーが、調理工程をスッ飛ばして完成しているのと同じらしい。
「だからってボコんなくてもいいだろ…」
つまり、能力者にとっては基本中の基本。
無意識下で身についており、意図的に制御出来ないというのはよくある話だが「全くできない」というのは初めてらしかった。
その為、身体強化を教えるというのは牧場曰く
『無意識で呼吸する方法を教えろ』
と言っているようなもので、不可能に近いとの事。
チーン!と音が鳴って、エレベーターが止まる。
『1階です』という機械のような女性の声と共に、目の前の扉が開いた。
「……時計、つけなきゃな」
呟いてはエレベーターから降りて、ポケットから腕時計を身につける。
腕に着けたGPS付きのソレを翳すと、ゲートが開いて外に出られるようになった。
同時に、パシュと空気が抜けるような音がして腕時計が多少窮屈に締まる。
警察による能力者管理の処置だそうだ。寝る時すら外せないので普通に邪魔。…が、つけてないと見た目からは想像も出来ないトンデモ大爆発を起こすらしいので付けるしかない。
「さ〜て、晩飯っと…」
悲しい現実から目を逸らして、時刻は19:30。俺は財布の小遣いを確認する。
うーん、2950円。金がない、牛丼にしよう。でも最近の牛丼って高ぇんだよなァ。昔はあんなに安かったってのに。
思考をくだらない事に割いたからかもしれない。前を見ておらず、帽子にサングラスをかけた女性と正面衝突した。
「ぐおっ」
女性は急いでいたようで、意外と勢いが着いていた為か、互いに尻もちを着いてしまった。
「す、すみまぜん…」
アザだらけの上から激突され、想像以上に後を引く痛みを堪えて謝罪をする。
「いえ、お気になさらず」
差し伸べた手を女性が取った瞬間だった。
───脳に向けて、バチッと痺れが走る。
手から迸った閃光が脳裏で弾けて拒絶された…といえば解るだろうか。
ともかく、不思議な感覚だ。
「…!?」
女性は驚いたような顔をする。そりゃそうだ、あんなに特殊な静電気が来たら、そんな顔にもなるだろう。
「…どうか、されましたか?」
「い、いえ。お気になさらず」
そそくさと逃げようとする彼女の手を、強く握りしめた。それは、何となくから来た行動かもしれない。
「きゃあっ!」
急に手を握られ、引っ張られた衝撃で彼女の体制が崩れる。そして、サングラスが落ちた。
「ん?」
サングラスの落ちたその顔は、どこかで見覚えのある顔。
いや、見覚えがあるどころか最近のテレビで何回も見ている。なんだったら今日の放課後の会話でも出てきた、その歌姫の名前は────
「────────
その言葉を呟いた時、全てが凍りついた。
彼女は視線を泳がせてから、声を絞り出す。
「すみません、急いでるので」
ARIAは俺の手を振り切ると、急いで走り出した。…なんだったんだ、あの人。
掌に、再度ピリッとした感触が走った。脳に届くほどでは無いが、再度不思議な感覚に俺は掌を覗き込む。
「なんだ、こりゃ…」
そこには、小さな幾何学模様が刻まれていた。
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