「例外対策部」
「…うーん、そろそろかなあ」
綺麗に整えられた白い手を覗き込んで、ポツリと呟いた。
「何がですか?」
暗い夜道の中、車に揺られてマネージャーが問い返してくる。
「ん?ファンの数」
私は独り言への返答を繰り出す。
今のファン数なら、東京ドームを埋め尽くすことだって出来るはずだ。
「ああ、ドームの事ですか?」
マネージャーは夢を語る。私はその言葉を聞いて、にこやかに微笑んだ。
「そうそう」
マネージャーとロケ車の中で語り合う。それは、2年前から大切にしてきた大事な時間だ。
アイドルとして外に出て、プロデューサーやマネージャーと駆け抜けた日々は、楽しいと感じれた時間だ。
「ようやく、目的が果たせそうだからさ」
「ええ、今やTVに引っ張りだこですから。ドームも近いですよ」
「はは…」
だからこそ、悲しい。何度も何度も挫けて、その度に支えられたから。
本当に、本当に、本当に…………
*******************
「…任意同行なんスよね?」
「任意同行やねぇ」
「じゃなんでバチクソ拘束されてんすかね」
「そら能力使われたら危ないからやろ」
「任意同行なんスよね?」
「任意同行やねぇ」
「同意してないんすけど」
「首と体が別になりたかったら断っても良かったんやけど…」
「任意同行なんスよね!?」
「任意同行やねぇ」
少し運転の荒いパトカーの中、俺は腕に付けられた、あまりにもゴツ過ぎる手錠を揺らして答える。恐らく一定以下の能力を制限するなにかが組まれているのだろう。一切能力が機能しない。
「…ま、そんな固くならんでや。一応、初見の能力者は拘束する決まりなんやわ」
「とは言えやり過ぎな気も…」
「えー?
最低値が低すぎるわ。-∞と0を比較するなよ。と言いたいがグッと堪える。運転している警察官たちは死ぬほど警戒しているのか空気がピリついているし、メチャクチャ手が震えているのが見えた。こんな中下手にツッコミとかやってられん。
───まあ、8割くらいで死にそうだよな。
「あ、着いたで」
そういう目の前には、都内でもかなりデカい署。拘留所じゃないのか…?という疑問を抱きつつもパトカーから降りる。
「地下4階に着いたらソレ外したるから。まあそこまでの辛抱や。頼むから暴れんでな?」
指先でクルクルと鍵を回しながら、牧場は俺に懇願する。表情か、「面倒臭いから辞めてくれ」というのがヒシヒシと伝わる。
間違っても、「死人が出るから」などという理由ではないのは、顔を見ただけで分かるほどの自信が滲み出ていた。
*******************
ここは、拘留所のある一室。
一般的に利用されている拘留所ではなく、その下に広がる大きな地下。
ソレは拘留所というには余りにも広く、最早「地下監獄」と呼ぶに相応しい。
「やあやあ、デカ男くん?」
その一室へ、放送が入る。その軽薄な声は一ノ瀬の物だった。
「…………」
部屋の中にいる、巨大な体躯の男は身を震わせる。しかし、口を開くことは無い。
「アレ、デカ男くん?聞いてるぅ?」
「…………。」
ビジョンの向こう側に写った大男は、彼を襲った時とはまるで違う。縮こまったようにして動かない。
それ自体が、自らが出来る最大限の意思表示と言わんばかりの目線でカメラを見つめていた。
「…ダメだね、コリャ。とりあえずは少年の言葉を元に今後を考えよう」
一ノ瀬はそう言って、マイク付きヘッドセットを職員へと渡す。
「…少年にだけ反応するバーサーカー、かぁ。全くどういう事なんだか」
彼女は気難しそうな顔をし、頭をポリポリと搔いては外へと歩いていった。
******************
「ハイ、おてて出してぇ」
「…ん」
ガチ、と音がする。カシャシャシャ…と心地のいい鉄の連続音がなると、卵が割れるみたいに手錠が外れた。
「はァ、しんどかった…」
「ははは、そりゃ申し訳ないわ」
実際、かなりシンドい。持っただけでも少なくとも8kgはありそうなその手錠を、手を覆う形でつけていたのだ。開放感、半端ないというものである。
「ほな、ちゃんとした口上をせないかんね」
牧場は俺の前に立ち塞がる。両手を上げ、オホン!と咳をするとニコやかに語り始めた。
「ようこそ、『例外対策部』へ!」
「…例外?」
突然名乗りを挙げられ、困惑する。その部署の名前も、警察と言うには余りにも素っ頓狂で具体性が無さすぎる名前だ。
「まぁまぁ、その辺は隊長が説明してくれるから。とりあえずまずは隊長の部屋に行こか」
牧場は部屋の奥へと案内する。何故か仕切られ中が見えなくなっているガラス貼りの部屋をノックすると、中から芯のある声が通る。
「入れ」
「ほな失礼しまーす」
ガチャ、と開けられたその部屋の中。恐る恐る入ると、その中にはムキムキマッチョが威圧感を放ちながら座っていた。
「ゥス。失礼します…」
この厳格そうな人が隊長…なのだろうか。スポーツ刈りにした黒髪が逆に威圧感を増させている。
「私は
そう言い、俺に視線を合わせた。つり上がった細い目は、確実に俺を捕える。
「……風間、優斗君。」
「ハイ」
立ち上がり鋭い眼光で俺を見つめる。席から外れ、そのまま俺の前まで来ると─────
「本当に申し訳ない!」
地に、頭をつけた。
───────────────なんで?
「何してんすか!?」
「本当に申し訳ない。ウチの
あぁ、さっきもそんな話していた。どうにも腕を捻り落とした後、一ノ瀬は大男を取り逃したらしい。
…別に気にしてはいない。己が傷つくことなど勘定に入っていないからだ…だが。
「…ソレは、俺に言うことじゃないと思うっすよ」
「わかっている。病院の人々や被害者遺族たちにも同様に謝罪をするつもりだ」
「…まあ、俺は何とも…」
気まずい!!!
というか、取り逃した張本人はヘラヘラしていたし、今ここに居ない。クソ、空気が重すぎる。
「おーい、隊長。ここに来たんはそんな話する為ちゃうでしょ?本題、本題!」
牧場は重い空気をどうにかしようと、手をワタワタとさせて『本題』とやらに入らせようとする
それを見るや否や、飛びつくように佐伯と名乗った男も話を始めた。
「っ…そうだな。本題を話そう。君にいくつか聞きたいことがある」
「ええ、なんでしょう」
「君は、あの大男に見覚えはないか?」
何を聞かれるかと思えばそんなことか。
俺の答えは──────と、答えるその瞬間だった。
「悪いが、この件で嘘はつかせる訳にはいかない。だから…」
佐伯と名乗った隊長は部屋の外に手招きを行った。すると、俺たちの入ってきたドアから少女がが入ってくる。
ショートカットに切りそろえた、小さな女の子だ。完全に小学生…くらいに見えた。
「すまないが、再度真偽を図らせてもらう」
なるほど、あの病室にいた時もこの女の子がいたという訳か。
もうこの際、倫理観云々は置いておこう。前例がある以上、どうせ聞いたところで無駄な気がしてきた。
「君は、あの大男と関わりがあるか?」
「…無いです」
───少女は俺を指さす。
「嘘。2割くらい。なにか思い当たる節がある」
…………………なるほど。大体わかった。
「聞かせてもらおうか」
「…昔、能力の実験してたンすよ。そン時にあんなデカいヤツいたなって」
…少女を見る。彼女は嘘だとは思わなかったのか、なんの反応もしていない。
「実験の内容は?」
「有効範囲と条件。あとは諸々」
「具体的な内容は」
……正直、警察の前では言いたくない。だが言わなければココではマズイ。
「…貴重品を盗んでました」
佐伯は少女に目線を送る。彼女は目を閉じて、審議が終了した。
「はァ…つまり、窃盗が原因だと?」
「そう思ってるだけっす」
「盗んだものは?」
「基本的には能力での自動返却。あとは交番に届けてました」
一応ラインは通っている。嘘も言っていない。だが、コレが法に適しているかといえばNoだ。
「なるほど、交番の遺失物消失はコレが原因か……」
佐伯は頭を抱えた。おそらく今後の報告書のことについて考えているのだろう。
その間、黙っていた牧場は耳元へ近づいて喋り始めた。
「大胆やねぇ。なんでバレへんようなモンにしなかったん?」
「返却のルールも知りたかったので…」
「【奪う】能力やったっけ?ははぁ、なるほどなぁ」
そんな雑談を交わしていると、佐伯は抱えていた頭を自らでひっぱたき、1つの書類を持ってくる。
「…君には2つの道がある」
────そんな某映画みたいな。
と、言いかけた所でやめておいた。多分そんな空気じゃない。
「ひとつ、能力乱用の責で我々と殺し合うか」
そう言って、指を突き立て俺を指す。まるで望まないとでも言うような表情で。
そして、もう一つの手で書類を机の上に置いた。
「ふたつ、全ての罪をなかったことにして、我々の傘下に入るかだ」
…つまるところ、警察の手で「窃盗を無かったことにする」訳だ。
事実、立証しようにも盗品は本人達が気づいた時点で手元へと返却されている為、奴らには俺の証言以外の大義名分がない。
故に、俺と対立する事は望まないのだろう。
「…殺し合うってのは、今この場ってことすかね」
「無論、能力の乱用は人に在らずという訓が我々にはあるのでな」
「…なるほどなあ…それはァ…厳しそうだな…」
俺はそう言うと、ペンを手に取って机へと向かう。中腰になった状態でサインを書き入れると、佐伯へと突き返した。
「お願いしますね。これから」
佐伯は口角を上げると、書類を受け取る
「ああ、宜しく頼む」
佐伯の手を取ると、周囲から拍手が上がった。
────これ意外と恥ずいな。
*******************
「あのお兄さん、こわい」
薄暗い部屋の中で、少女は言葉を発した。その言葉に目を丸くして佐伯は問い返す。
「…何か分かったのか?
沙也加と呼ばれた少女は、両の手で手遊びを始めながら語った。
「途中から、色がなくなった」
───色。それは彼女の能力。
能力の名は、【
単純に、共感覚に近い力だ。対象に定めた人物が吐いた言葉を、本人も知らない深層心理と比較して真偽を測るのだ。
嘘であれば赤。真実であれば白。
それが煙のようになって、口から出ているように見える。
「…それは、どういう?」
心には矛盾したものがある。
頭では大丈夫と思っていても、心の奥底では危険信号が出ていたりと自覚のない嘘を吐いている事が有るように。
故に彼女の見える世界は、人は常に一定以上赤い煙を吐いているのだ。
「途中からね、けむりが出なくなったの」
灰色の世界の中に現れる、赤と白以外の色を知らぬ彼女にとって口から吐いた言葉に色が無いということはありえない。
だが、彼は言葉を喋っていながらソレが判別が出来なくなった。
真でも嘘でもない言葉。それは、虫と同じく鳴き声を出しているのと同じ事である。
そんなことが人間に出来るのであれば───
「…そうか」
佐伯は少し考え込むと、沙也加の頭に手を置く。
事実を伝えて彼女を脅えさせることの方がリスクだと考えたのだ。
「そういう奴も、世の中には居るのだう」
「……うん」
「さ、もう帰る時間だ。先に家で待っていてくれるかな?」
「…………うん」
沙也加と呼ばれた少女は、不安そうに歩いて外へ出る。
佐伯は護衛のつく外まで見送ると、隊長室へとまた舞い戻って書類を広げた。
「風間 優斗…経歴に問題なし、か」
ファイルに書いてあったのは、異常なまでに捜査された風間 優斗の経歴。
至って普遍的で、「何も無い」とアピールするレベルの一般的な学生生活を送る情報を眺めてはため息を着く。
脳の片隅で揺蕩うのは、沙也加の言葉。
『あのお兄さん、怖い』
薄暗い部屋に1人残った佐伯は椅子に腰かけて呟いた。
「ならば、お前は何者だ…?」
その声は、1人だけの小さな隊長室に響いた。
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