再・強襲

 人は生まれながらにして平等だという。でも、俺は違うと思うんだ。


「はァ…困るよ。今の俺はそんなに馴染んでないから出力落ちてるのに」


 そう言いながら、俺のを払い除けた男はケホケホと咳をする。

 俺の最大出力だった。俺の射程圏内にある光を掻き集めて放った最大出力だったんだ。あれを耐えられる奴なんて、一ノ瀬を除いている訳が無いのに。


 人は平等で、成長するタイミングが違うだけ。

 努力で覆せると信じていたのに!


「どうして…」


 絶望の縁から、声が零れていた。俺はそれなりに強くなったハズだ。組織内でも、3~4を争うほどには強かったハズなんだ。

 たとえ一ノ瀬や佐伯さえきに勝てないとしても手くらいなら届くと自負していた。なのに、コイツは、どうして!


「どうして?ぷっ、くく…はは…」


 目の前の男は何がおかしくなったのだろうか。息を吹き出して身体を震わせると、次第に美しい顔面を歪めてゲラゲラと笑い始める。


「馬鹿だなァ、お前!」


 急に口調が変わったその男を見て、俺は恐ろしくなった。コイツは人なんかじゃない。瞳の奥に宿る冷たさが牙のようにすら感じるコイツは…


「バケモノ。…とでも言いたいのか?」


 冷たく射抜いたその視線で、バケモノは俺を見据える。どうして、俺の言いたいことがわかった。


「いいさ、言われ慣れてる。ここに至るまでに」


 はァ…と大きくため息を着くと、再度気持ちの悪い笑みを浮かべてバケモノは話し始めた。


「………お前さ。勘違いしてんだよ」


 ニタニタと笑うバケモノは俺へ手を伸ばす。ゆっくり、ゆっくりとこちらへと向かって歩き出した。

 …嫌だ、死にたくなんかない。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!こんな人の領分をはずれた化物に。追いつけるはずのないバケモノに、殺される!


 そんなの嫌だ!!!


「こんなモノ持って、人の領分で生きていける訳ないだろ?」


「嫌だあああああああ!!!」


 俺は恐怖のまま走り出す。振り返った時には俺の身体を光が飲み込





 ******************


「少年、ウチ来ない?」


「は?」


 素っ頓狂な提案に俺は困惑する。ウチに来い…というのは、この一ノ瀬翼の家に来いと言う意味ではないだろう。

 少なからず、コイツの裏には何某かの組織がある。規模はわからないが、そこに呼ばれているのか。


「いやね、ウチ警察なんよ」


 おおう、想像以上にデカい組織が出てきた。ちょっと待ってくれ。そんな勢いで公開していい情報じゃない。


「と言っても捜査とかはしないよ。人の手に負えない化け物を鎮圧するための制圧部隊って感じ。定義上警察ってだけだね」


 いや、それに高校生を誘うのはどうなんだ。という話をしたい。

 つまるところ先程のような大男みたいな奴との連戦をしなければならないという事だろう。倫理観どうなってるんだこの国は。


「そんなモンで、能力使える奴集めてるんだよね。ただまあコレが人手不足でさぁ。大抵の能力者は悪用しやがるし、死亡率は高いし」


 死亡率は高いし?死亡率は高いって言ったかアイツ。いや何回も言うけど倫理観どうなってんだお前のとこの組織は。


「少年さ、来てくれない?てか来てよ。シロの能力者はできるだけ欲しいんだよね。私の休暇のために来てよ」


 違う、お前の倫理観どうなって─────いやもういいや、疲れた。力を善政に使える人間なんて大抵がイカれてるんだ。何言ったってしょうがない。


「頼むよぉ〜少ね─────────」


 一ノ瀬がベットへ縋り着いて懇願を始めようとした、まさにその瞬間だった。


 爆発、振動、轟音。その全てが訪れると同時に、横にある壁が大きな音を立てて崩れる。


「ォ、ァァ…アァァァァァァァ!」


 崩れた壁の先に居るのは、黒い髪を長く伸ばした大きな人間。口からは唾液を垂れ流し、目は虚ろ。

 そんな顔面には似つかわしくない、その体格は間違いなく「あの大男」だった。


「なっ…!」


 だがおかしい。あの男は一ノ瀬が腕を千切り落として居たはずだ。にも関わらず、

 再生系の奇跡なのか?それにしては身体能力が人間を辞めすぎているような気さえするが。

 しかしそれ以上に気になることは、何故ヤツが今此処にいるのか、ということだ。

 捕まえたのではないのか!?


「アイツ、捕まえたんじゃないんですか!?」


「それが取り逃しちゃって………」


 取り逃したァ!?あの、腕まで千切って気絶寸前の状態まで持ち込んだ相手を!?


「何してるんですか、本当に!!」


「いやほんと少年のおっしゃる通りで…」


 こんな会話をしている間も、目の前の大男は唸って俺を殺そうと画策している。

 今は近くに一ノ瀬がいるから手を出してこようとしないのか、躊躇っているように見えた。


「ぅ、ぐ、ウうぅ…」


 …いや、そんな事を考えている暇では無い。奴は唸って止まっているが、今にも襲ってきたっておかしくない。逃げなければ死ぬ。体にムチを打ってでも逃げなければ。

 ベットから起き上がり、足のコンディションを確認。そこで違和感に気づく。

 。それどころか肉体に傷跡ひとつない。完全に治っていた。

 それに驚いて困惑していると、一ノ瀬が立ち上がり口を開く。


「逃がしといて何だけどさ、あの子、知り合い?」


「そんな訳ないでしょ。見てわかりません?」


「ま、そうだろうね。…走れるかい?」


 そう言って、一ノ瀬は重心を低く落とす。明らかな戦闘態勢であるその様子をみてか、大男も一瞬たじろいだ。


「隙を作る。その内に外に出ろ」


「無茶言わないで下さいよ。何処に逃げろっていうんすか?」


 事実、ここで逃げたとしても逃げ切れるか怪しい。どんなに速く駆け出しても、俺の1秒がヤツの1秒で叩き潰される未来しか見えないが。


「…とにかく大丈夫。外には少年を監視している私の仲間がいる。彼女に保護して貰ってくれ」


 サラッと凄いことを言いやがった。だが、今は彼女の言葉を信じるしかない。とにかく真っ直ぐに、出口へと走る。

 それだけに集中。逃げる、生き延びる。今は、これだけしかない。


「走れェ!!!」

「ゴオオオオオオオォッ!!!」


 一ノ瀬が叫ぶ、同時に大男の咆哮が響き渡った。それを合図に思いっきり出口へと走る。


「がアアアァァ!!」


 大男は驚異的な反応速度で腕を振り下ろす。俺の頭上で掌が炸裂するまさにその瞬間だった。

 いつの間にか、大男の背後へと周っていた一ノ瀬が回し蹴りを喰らわせる。


「残念!」


「グが…!?」


 一ノ瀬の蹴りは、人ならば軽く死ぬであろう音をたて、大男が崩れ落ちる。それを尻目に、俺は病室から走り出した。


「…!」


 外には阿鼻叫喚の地獄が広がる。おそらくあの大男が暴れた影響だろうか。怪我をしたであろう一般人が悲鳴をあげ、看護師はおっかなびっくりで対応している。


「…ごめん」


 俺のせいだ。こんなに巻き込むつもりはなかった。伝わらないとしても、形だけの謝罪を口にする。そうすれば、俺の心が救われる───

 いや、やめろ。そうやって能書き垂れるのはもう辞めたんだろ。

 一心不乱に走れ。今は、生き延びるために。


 *********************


「さて、デカくん。遊ぼっか」


「ぐ、う、はぁ…」


 …少年は逃げ延びれただろうか。妨害は出来るとしても、ここには一般人がいるから…『捻る』『潰す』『吹き飛ばす』は使えないな。…ああ、『引き伸ばす』もダメか。

 外の人への危険性も考慮して高出力の技は使えない。となれば、さっきみたいに『位置変え』しか使えないなぁ。身体能力差はほぼ互角で、状況は最悪。能力には制限アリ…と。ふむ、なるほど。


「縛りプレイ、意外と嫌いじゃないんだよね」


「…グ、ウゥ」


 デカ男くんはこちらに怖気付いたのか、向こう側から仕掛けてはこない。それじゃ、こっちから始めさせて貰おう。

 踏み込み、相手の間合いに一気に詰め寄る。そのまま拳を振り上げ…、相手がガードしようと手を前にした所で、『位置変え』を起動。


「種も仕掛けもありません、ってね!」


 後頭部付近に移動し、そのまま足を頭へ振り抜く。クリティカルヒット!うーん、これが気持ちいい。


「がァ…!」


 デカ男くんはよろめく。このまま外に────


「たすけて…!」


「ッ…!?」


 か細い声が聞こえる。ぶち抜かれた壁から廊下を見れば、軽傷を負った子供がいる。

 だが、目を引くのはその下の瓦礫群。血溜まりの広がるソレは、そこに何があったかを妄想させるに容易い。


「がァァァァァッ!」


 デカ男くんの咆哮が響く。まずい、あの子を殺るつもりか!?


「危ない!」


 私は咄嗟に『位置変え』を使って子供を抱える。そして、再度起動した『位置変え』で距離を取って遠くへ。

 そこで違和感に気づいた。アイツ、こちらを見向きもしていない。それどころか、少年の病室の中に入って─────


「…しまった!」


 考えに至ったと同時に『位置変え』を起動。病室の入口へと飛ぶ。

 病室の中をみても、その時点で既に遅かった。


 ****************


「はッ…はッ…!」


 久しぶりにこんな距離走ったな。流石に自分の病室が6階とは思わなかった。

 都内でもかなり大きめの病院だったのだろう。患者の数も多く、今まで通った道ではあの大男が暴れたであろう痕跡が痛々しく広がっていた。


「…出口は、あっちか!?」


 俺は一直線に出口へ向かう。大男が破壊したであろう自動ドアだったものへ向かう。

 外に出れば、手を振りながら助けを求めれば良いのだろうか。兎にも角にも、とりあえず外に出ることが先決だ。

 俺は壊れた出入口から外へと向かう、その時だ。


「避けろ、少年!!!」


 上空から響く大声。それは紛れもなく、一ノ瀬のものだった。

 走馬灯のように加速する意識で、上を見上げる。振り落ちるのは大きな物体。ソレは、紛れもなくヤツだった。


「ごアアアァァァ!!!!」


 ドォン!と大きな音。大男は着地体制から飛びかかる。目前、1mを切った。


 60.4cm。背後に一ノ瀬が飛び、こちらに手を伸ばす。が、速度的に間に合わない。

 47.2cm。大男の腕が伸び、目前へと迫る。握り潰すつもりか。

 12.1cm。…仕方がない、どうにかするしか…!


 瞬間、大男の体が宙を舞う。右へと大きく飛び、壁へと激突した。


「なっ…!?」


「いやぁ、間に合いましたわ」


 クサイ関西弁の方を向けば、イケメン青年と言った感じの男が立っている。

 その男が声を出すなり、後ろにいた一ノ瀬が大声を上げた。


牧場まきばァ!遅いよ!!」


 そういうと、牧場と呼ばれた男は呆れたように肩を窄めて言い返す。


「ノセさんねぇ、俺さっきまで静岡いたんすよ?無茶言わんといてほしいわ」


 互いに文句を言っているところ申し訳ないが、そんなことを言っている暇じゃない。腕を千切られてなお、この場に馳せ参じたあの男が、この程度で死んでいるはずがないのだ。


「ぐオオオオオッ!!!」


 やはりと言うべきか。奴はすぐに復活し、俺へと一直線に向かってくる。


「あらら。バケモンですやん。ノセさーん!どうにかしてー!」


「ったくぅ…【止まれ】!」


 バギィ、と金属が歪むような音がして大男が不自然に止まる。

 まるで、空中で固定されたかのような歪な止まり方。なにかに抑えられていると言うよりかはその場だけ時が止まっているようだった。

 …スゲェ。としか言い表せない一瞬の攻防。ソレが今目の前で行われたのだ。

 呆気に取られていると、2人はヘラヘラと会話をし始めた。


「あのねぇ、私の有効範囲が広すぎてパンピー居るとどうにもならないんだから。もっと早く来てよ」


「…ほな腕ちぎった相手を逃がすとかいうド失態しないで貰えます?」


「あー!牧場が言っちゃいけないこと言ったァ!少ね〜ん、慰めてぇ!」


 一ノ瀬はそう言って泣き真似をしながら俺に抱きついてきた。牧場、と呼ばれた男はそれを一瞥すると俺の顔を覗き込む


「えーと…君が風間くん…かな?」


「ええ。そうですけど」


「あぁ、俺は牧場 和彦まきば かずひこ言います。よろしく」


 そう差し伸べられた腕を取る。それと同時に、慌ただしく大量のスーツを着た人間と警察が病院へ突入した。

 空中に止まった奴はあっという間に取り押さえられ、警察に連れていかれる。


「早速やけどさ。任意同行してもろてええ?」


「はい?」


「被害者兼ねて容疑者っちゅうわけで。ほないこか」


 あのちょっともう少し説明を─────



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