【2】放課後の保健室、霧吹きと深呼吸

◇シチュエーション:放課後、体調不良を口実に保健室で部活をサボる小夏。そこに聴き手が現れる。

〈SE:開く保健室のドア〉

〈SE:セミの鳴き声:ここから〉

〈SE:閉まる保健室のドア〉

〈SE:足音、床〉

〈SE:ベッドを囲むカーテンを開ける〉

〈SE:ベッドを囲むカーテンを閉める〉

(ベッドにいる小夏に聴き手が近づきカーテンの内に入る。マイク位置⑨)

⑨「えっ、嘘、驚いた」

⑨「まさか、君が保健室に来てくれるなんて」

⑨「まあ、座って」

⑨「そこにイスがあるから」

〈SE:椅子に座る〉

⑨「もう放課後なのによく残ってたね」

⑨「それも保健室の先生がいない絶妙なタイミングで来てくれた」

⑨「具合が悪いっていうのはもちろん嘘」

⑨「サボるための口実」

⑨「一応私だって、心配してくれた友達には悪いと思ってるよ」

⑨「だからちょっと早めには戻るつもり」

⑨「君といられないのは残念だけど」

(声音にやる気はないが挑発するように)

⑨「とか、言ってみたりして」

(ベッドに寝ていた小夏が上体を起こす)

〈SE:衣擦れ〉

⑨「ところで」

⑨「君って、まだ私のこと疑ってるでしょ」

⑨「そんなにサボってるくせに、本当に県大会なんか行けるのかって」

⑨「チッチッチ」

⑨「君もまだまだ甘いね」

⑨「どんなことでも、大事なのはメリハリだよ」

⑨「さっきまで私はグラウンドで部活を一生懸命やってました」

⑨「だから体操服のままだし、前髪をピンで留めています」

⑨「つまり集中モードだったわけです」

⑨「これから言えるのは、集中すべきときは集中してガッとやる」

⑨「気を抜くときはダラッと気を抜くってこと」

⑨「よくないのは、集中しなければいけないのにダラダラして中途半端になっちゃったり、反対に休憩時間なのに身体が緊張しっぱなしで固くなっちゃうこと」

⑨「私だって部活をやるときははちゃんとやってる」

⑨「今年の目標はもちろん自己ベスト更新」

⑨「そしてインターハイに出場すること」

⑨「去年はあと一歩のところだった」

⑨「本当に悔しくて、わんわん泣いた」

⑨「だから、勝つための努力は絶対に惜しまない」

⑨「そのためにはサボることも必要なの」

⑨「むっ」

⑨「その顔、折角、熱弁してあげたのにまだ疑ってるね」

(聴き手の耳元に近づきながら。マイク位置⑨から⑧を経由し⑦へ)

〈SE:衣擦れ:ここから〉

⑨→⑦「そんな君にはサボり同盟を結ぶ者として……」

〈SE:衣擦れ:ここまで〉

⑦「きょ・う・い・く、が必要だね」

(聴き手から離れ、ベッドに戻る。マイク位置⑨)

〈SE:衣擦れ〉

⑨「どうしたの?」

⑨「こっちに来て」

⑨「私の隣、ベッドに腰かけていいから」

⑨「ほら早く」

〈SE:パイプベッドの軋み〉

(聴き手、ベッドに腰かけ小夏を背にする。マイク位置⑫)

⑫「ムフフッ」

⑫「私に背を向けて、まんまと引っ掛かったね」

〈SE:聴き手左側から霧吹き〉

⑫「あははっ、びっくりした?」

⑫「これは霧吹き」

⑫「保健室の観葉植物のために置いてあったやつ」

⑫「どう? 気持ちいいでしょ?」

⑫「お気に召した?」

⑫「フフッ、じゃ、もう一回」

〈SE:聴き手右側から霧吹き〉

⑫「いい反応」

⑫「ほら、まだまだ」

〈SE:聴き手左側から霧吹き〉×3

⑫「あはは、楽しい」

⑫「まさかこんなに簡単に引っ掛かるなんてね」

⑫「これにて終了――って隙あり」

〈SE:聴き手右側から霧吹き〉×2

⑫「ははっ、油断してたでしょ」

⑫「隙だらけだよ」

⑫「もう一回いっとく?」

⑫「ん、ごめん、冗談」

⑫「もうやらない」

⑫「今度は代わりに君がかけて」

⑫「ん……? 自分だけいい思いして私にはしてくれないの?」

⑫「はい、霧吹き」

⑫「こっち向いて、早くかけて」

(聴き手、小夏の方を向く。マイク位置⑨)

〈SE:衣擦れ〉

〈SE:霧吹き〉

⑨「きゃっ! 冷たいっ!」

⑨「でも気持ちぃいいー」

⑨「ほら、もっと顔にちょーだい」

〈SE:霧吹き:ここから〉

⑨「いー感じ」

⑨「恵みの雨だー」

⑨「はーっ、生き返る」

〈SE:霧吹き:ここまで〉

⑨「あらら、君のせいでびちょびちょ」

⑨「ほら、体操着まで濡れちゃった」

⑨「胸の辺りが透けて……」

⑨「ん? どうして目線逸らしてるの?」

(にやにやし聴き手が逸らした視線を追いながら。マイク位置⑨から②へ)

〈SE:衣擦れ〉

⑨→②「ど・う・し・て・か・な~?」

②「はぁ……もう、ちゃんと見て」

(聴き手視線を戻す。マイク位置⑨)

⑨「黒い布が透けてるけど、これは陸上競技のユニフォーム」

⑨「この前の放課後はユニフォーム着てたでしょ」

(小声で)

⑨「それに私、黒なんてつける勇気ないし……」

⑨「えっ、いや、何でもない……」

(誤魔化しつつ揶揄うように近づく。マイク位置①)

〈SE:衣擦れ〉

①「それにしても、君はなにを下に着てると考えていたのかなぁ?」

(聴き手右側に回り込みながら。マイク位置①から⑦へ)

〈SE:衣擦れ〉

①→⑦「君ってスケベさんなんだねぇ」

(聴き手右側から左側へ回り込みながら。マイク位置⑦から③へ)

〈SE:衣擦れ〉

⑦→③「ん~?」

(聴き手左側から右側へ回り込みながら。マイク位置③から⑦へ)

〈SE:衣擦れ〉

③→⑦「ん~?」

(聴き手から離れ、ベッドに戻るながら。マイク位置⑦から⑧を経由し⑨へ)

〈SE:衣擦れ〉

⑨「なんて、ちょっと揶揄ったりして」

⑨「ふぅ、涼しくはなったけど、はしゃぎ過ぎだね、私たち」

⑨「でも、楽しかった」

⑨「君も楽しかったでしょ?」

⑨「それじゃ、そろそろ部活に戻って――」

〈SE:開く保健室のドア〉

〈SE:閉まる保健室のドア〉

(聴き手に近づく。マイク位置③)

〈SE:衣擦れ〉

(囁き声:ここから)

③「しっ、静かに」

〈SE:足音、床:ここから〉

③「誰か保健室に入ってきた」

③「誰だろう?」

③「さすがに二人でベッドにいたら疑われちゃうかも」

③「私たちがサボり同盟を結ぶ者同士だって」

③「バレたら私たちの同盟が破綻しちゃうかもね」

(聴き手の左側から右側へ回り込んで。マイク位置⑦)

⑦「それとも、もっと違うことを疑われちゃったりして」

⑦「君は嫌?」

⑦「……やっぱり君って反応薄い」

⑦「もしかして君は、私がここで声を上げなきゃならないようなこと、したいの?」

⑦「ふ~ん……君ってやっぱりスケべさんだ」

〈SE:近づく足音、床〉

⑦「あ、こっちに来る」

⑦「息止めて」

(息を吸って、止める)

⑦「すっうぅぅ…………」

(囁き声:ここまで)

〈SE:遠ざかる足音、床〉

〈SE:開く保健室のドア〉

〈SE:閉まる保健室のドア〉

(大きく息を吐き出す)

⑦「はぁぁあぁ――――」

(聴き手から離れる。マイク位置⑫)

〈SE:衣擦れ〉

⑫「出てってた」

⑫「フフッ、バレなくてよかったね」

⑫「ホント危なかった」

⑫「絶対バレたと思った」

⑫「せっかく霧吹きで涼しくなったのに、何だかまた熱くなってきちゃった」

⑫「緊張したせいで、全然サボった気しない」

⑫「仕方がない」

⑫「私、いい方法知ってるんだ」

⑫「短時間でちゃんとリラックスできる方法」

⑫「なに? その胡散臭いものを見る目?」

⑫「心配しないで」

⑫「部活のコーチに教わったの」

⑫「ホントに効果があるから信じて」

⑫「やるのは、深呼吸」

⑫「難しくないから、私に合わせてやってみて」

⑫「はい、まずは深呼吸の準備から」

⑫「ゆっくりと体の力を抜いて」

⑫「体の上から順番に」

⑫「ゆっくりと」

⑫「まずは肩の力から」

⑫「次は二の腕から指先まで」

⑫「徐々に徐々に」

⑫「焦らなくていいよ」

⑫「私の言葉に追いつけなくても焦らないで」

⑫「ゆーっくり、ゆーっくりと」

⑫「次は胸からお腹」

⑫「いい感じ」

⑫「胸のなかを空っぽにするイメージ」

⑫「それを段々お腹の方に」

⑫「お腹は呼吸でゆっくり上下」

⑫「息を吸うと膨らんで」

⑫「吐くと引っ込む」

⑫「さて、次は太腿」

⑫「太腿は体のなかで一番大きい筋肉だから入念に」

⑫「歩く必要なんてもうなくて、重力に従って根を張るような感じ」

⑫「表と裏、両方の筋肉から力を抜いて」

⑫「その感覚を膝を下って、脛の後ろに」

⑫「足首をもだらん、その先にある足の指にも力は入れないで」

⑫「脱力、脱力、どんどん力を抜いて」

⑫「籠っていた力が全部体から出ていく感じで」

⑫「ほら、もう力は入らない」

(聴き手背後に近づく。マイク位置⑤)

〈SE:衣擦れ〉

⑤「もう、だいぶいい感じ」

⑤「それじゃあ、深呼吸しようか」

⑤「鼻から吸って、口から吐き出す」

⑤「三秒かけて息を吸って、一秒止めて、六秒かけて息を吐くのが目安」

⑤「一呼吸に計十秒」

⑤「これを繰り返すの」

⑤「大丈夫、私に合わせて」

⑤「難しくないから」

⑤「いくよ」

⑤「吸って」

(三秒かけて息を吸う)

⑤「すぅ――――……」

(一秒息を止める)

(六秒かけて息を吐く)

⑤「はぁ――――――――………………」

⑤「もう一回」

(三秒かけて息を吸う)

⑤「すぅ――――……」

(一秒息を止める)

(六秒かけて息を吐く)

⑤「はぁ――――――――………………」

⑤「はい、もう一度」

(三秒かけて息を吸う)

⑤「すぅ――――……」

(一秒息を止める)

(六秒かけて息を吐く)

⑤「はぁ――――――――………………」

⑤「だいぶ、落ち着いてきた?」

⑤「最後にもう一回だけやろうか」

⑤「はい、吸って」

(三秒かけて息を吸う)

⑤「すぅ――――……」

(一秒息を止める)

(六秒かけて息を吐く)

⑤「はぁ――――――――………………」

⑤「はい、これで終わり」

(聴き手から離れる。マイク位置⑫)

〈SE:衣擦れ〉

⑫「ゆっくりと、いつもの呼吸に戻していって」

⑫「焦らずに、ゆっくりと」

(二秒ほど間を空ける)

⑫「どう? リラックスできた?」

⑫「これは、どこでもできるからホントにおすすめ」

⑫「つまり、サボりたいときにいつでもサボれる」

⑫「まさに革命的だね」

⑫「さてと、ゆっくりできたことだし、さすがにそろそろ行こうかな」

⑫「ほら、途中までは一緒に行こ」

〈SE:衣擦れ〉

〈SE:パイプベッドの軋み〉

〈SE:ベッドを囲むカーテンを開ける〉

〈SE:セミの鳴き声:ここまで〉 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る