第43話 販売開始
俺は有る事に気付いてしまった。
「ガラス瓶がないなら、自分で作ればいいじゃない?」
ガラスの主成分って、シリカだよね。シリカが含まれるのは珪砂……土魔法で操作できるじゃん。流石に集めるのは魔法でも難しいが成型なら出来る。
「今度は珪砂か、シリカが欲しいんだけど、伝手を持ってない?」
困った時のニコラスさん。最近暴走加減が落ち着いてきたので凄く話しやすい。
錬金術師が乾燥剤も作っているからシリカに心当たりがないかと尋ねてみた。
「けいしゃ? シリカ?」
こっちだと名前が違う可能性を忘れてた。
ガラス製品を作りたいので、その材料を欲しいと伝えると思い当たるものが有ったので教えてくれた。
「グラスシードだな。商会ギルドで少量なら購入できるよ。大量購入になると利権も絡んで難しいと思うが……」
「そんなに要らないから大丈夫です。最上級シャンプーの容器にするからだけだから」
「そうか。1回の購入量なら100個くらいは作れるから掴みの本数としては良いんじゃないか。というか、水晶から成分を〈抽出〉した物を使ってはダメなのかい? そっちの方が溶かして固めるよりも透明度が高かった気がするが?」
目から鱗が落ちるとはこの事だった。
魔法のある世界だから特定の成分だけを抽出する事も不純物を取り除く事も簡単なのを忘れていた。
さらに言えば、水晶は魔法でも使われるのでそこら辺の店にも置かれているのだ。
早速、リアとチロルに瓶作成の為に水晶を集めて欲しいと頼みに行った。
「将来的には貴族用と一般用で瓶を分けたかったので良いと思います」
ガラス工房に注文している瓶は全て同じ形状で、シャンプーの詰め替えの為に商会を訪れた際に交換する事を考えていた様だ。
「もう商会登録は済ませているから何時でもシャンプーを売りに出せるよ。でもね……」
何やら2人の雰囲気が暗い。トラブルが起きた様だ。
「ガラス工房から……瓶の納品が遅れると連絡が有りました」
なんでもガラスシードが入手できる鉱山に魔物が住み着いたらしく、材料不足で納品が滞っているそうだ。
「鉱山はここから近い所?」
行ける距離なら俺が狩ってこようかと提案すると。
「残念ながら遠いですね。往復1ヶ月は掛かるかと……」
聞いた地名に心当たりはなく、行った事はないので転移で行くのは無理そうだ。
住み着いた魔物は数が多いだけの低ランクでも狩れる猿系なだけに残念だった。
「それじゃあ、水晶……この際、崩れていても大丈夫だから色んな色の水晶を集めて貰っていい? 初回限定として特別な瓶を作ろうと思うんだ」
初回限定の瓶という事にすれば、統一された瓶でも問題ないはずだ。
「分かりました」
「直ぐにでも買って持っていくよ」
彼女たちは仕事は早かった。数時間後には樽一杯に詰められた水晶の山を持ってきた。
「屑水晶でも良いとの事なので簡単に集まりました。これだけで十分でしょうか?」
「コレだけ有れば失敗しても大丈夫だね。ありがとう。では早速ーー」
数枚のスクロールを広げた。何故なら一部知らない魔法が有るからだ。値段がバカ高ので出来れば使いたくないが、今あるスキルでは無理なので仕方がない。
「スクロール、励起。〈変形〉〈均一化〉」
まずは〈変形〉を使用して屑水晶を一塊にし、〈均一化〉で色を分散し一色にした。色の成分が違うからどうなるかと思ったが、粒子レベルで分散するので見た目は淡い紫水晶になった。
「〈成型〉」
本来なら塊からシリカだけを〈抽出〉して透明の瓶を作る所だが、色付きなのでそのまま瓶の形に成型する。
「出来た。色合いは悪くないけど透明度は流石に無いな」
一色じゃないので当然ながら透明度はそこまで得られなかった。
「そうだ。少し残した水晶を〈粉砕〉〈粉砕〉〈粉砕〉。うん、良い感じだ」
少し残していた水晶を細かい砂になるまで粉砕して空になった樽へと戻す。そこに水を注いで完成した瓶を漬け込んだ。
「〈水流操作〉」
水晶片を含んだ水が流動し、瓶の表面を少しだけ削っていった。
「じゃ〜ん、切子瓶?の完成です」
切子グラスの様な彫刻を施した事で光の入り方が変わり、瓶の透明度が少し上がっていた。
「どうよ。行けそう?」
「素晴らしいです!コレなら中身が空になっても飾れます!!」
「このデザインは良いね。これ単体でも人気になるんじゃないかな。特別価格で売りに出しても良いと思う」
「そうですね。まずはキャロン様にサンプルとして数本手渡し、社交場で布教して貰えば貴族なら確実に買うと思われます」
「でも、それだと一般人は買えないよね? どうにかならない?」
「そうだね……。ボクなら無色透明な同じ瓶を作って一般人用にするかな。本来はそうするつもりだったよね」
「その案を採用!」
今度は無色透明の水晶だけを集めて貰い、同じ要領で瓶を作成した。
その後、奴隷の皆を呼んで瓶詰めを終わらせた。
3日後、王都にあるダエラーグ商会の一部を借りてシャンプーの販売を開始した。
「アズール商会製の【天使のシャンプー】を販売開始します!!」
【アズール商会】とは、シャンプーと育毛剤を卸す場所として作った商会だ。面倒事を回避する為に表向きの店長を俺でなく、ニコラスさんにした。
まぁ、実際の所は俺たちが素材調達から製品の作製まで行っているので、店長代理のリアが店を取り仕切り、副店長のチロルがそれを支える形になる。
"わぁあああーーーっ!!"
開店と同時に貴族の従者と一般客が入り交じって店内に殺到した。
「宣伝は上手くいったみたいだな」
貴族方面の宣伝は、キャロンさんのお茶会でサンプルの成果を披露して貰った。キャロンさんとメイドたちのさらっと靡く髪に女性陣の目は釘付け。注目が集まり話題になったのは言うまでもない。
一般向けの宣伝では、路上でテスターを募り洗髪を行った。1人が終わると口コミで人が集まり、用意していたシャンプーがあっという間に尽きてしまった。
翌日も宣伝の為に準備を始めると口コミを聞いた人たちがテスターに成りたいと集まった。やはりネットなど無いこの世界では口コミが多大な影響力を持っているようだ。
「本日は瓶が初回限定の特別仕様となっております! その為、御一人様一瓶までの販売とさせて頂きます!!」
「貴族向けの特別コースは右手に、一般向けの通常コースは左手にお並び下さい!!」
人は多いが事前に紐で動線を確保した事で混雑を避ける事ができた様だ。
また、貴族関係者対策でリュミエール伯爵家の騎士を数人借りて立たせているのも影響しているかもしれない。
"カラン、カラン♪"
外の行列から鐘の音が2回聞こえてきた。
「通常品の販売本数はここまでとなります!」
これは購入希望者の人数が瓶の本数に達した事を店内に知らせる鐘だ。
2回聞こえたので一般コースが売り切れたらしい。
「貴族仕様でしたらまだ残っております!通常価格の3倍ですが、残り10本!お早めにお求め下さい!!」
一般向けの通常仕様を買えずに悔しがっていた人たちに希望の火が灯った。数人で協力して買うつもりの様だ。
"カラン、カラン、カラン♪"
鐘が3回。貴族コースの売り切れを知らせてきた。
「全ての販売が終了しました。ありがとうございます」
シャンプーは全て売り切る事が出来た。これにて無事に終了とはーー。
「私は子爵家の者である。下賎な平民が買うとは身の程知らずめ!大人しく我が家に譲れ!!」
いかないもので、予想通りの出来事が発生した。
時間に間に合わず、売り切れで買えなかった貴族の従者が、未だに列へ並ぶ平民にイチャモンを付け始めたのだ。
「はい、ストーップ!それ以上続けると御家の評判を下げますよ?」
「なっ、誰にものをーー」
「子爵家の方がどうされましたか? 私はリュミエール伯爵家の騎士です」
「っ!?」
事前に呼んでいた騎士さんを前面に出す。
子爵の従者は伯爵家の騎士を見て青褪めている。どうやら、この店が誰の後ろ盾を得ているのかを理解した様だ。
「シャンプーの販売は後日再開するそうです。初回限定の瓶入りが欲しければ、倍以上の値段で交渉しては如何でしょう? そういえば、今回の報酬として、店員の皆さんは一本貰ってのでは有りませんか?」
そう言ってこちらに話を振る騎士さん。俺はそれに笑顔で応える。
「ええ、貰いました。しかもこの様に貴族コースの特別品です」
〈アイテムボックス〉から取り出した紫の瓶を子爵の従者へと見せる。
「並んで手に入れられたお客様方を差し置いて正規の値段で売るのは問題ですので、倍の値段で良ければお渡ししますよ」
実はこれも対策の一つだ。
このまま貴族関係者に予備を売ってしまうと難癖つければ売って貰えると勘違いされるし、追い返してしまうとプライドを傷付けられたと問題になる。
そこで、店に無くとも店員なら1人1本持っているので交渉出来る可能性があるとした訳だ。
無論、持っているのは俺の奴隷たちなので帰りの道中に襲われ無いように配慮している。
また、盗み込もうにも帰る先は伯爵邸なので難しいだろう。
「……分かりました。倍の値段で構いませんのでお譲り下さい」
騎士さんに仲介してやり取りを行い、シャンプーの瓶を受け取ると子爵の従者は逃げる様に去って行った。
その後は、他に2件程交渉が行われただけで騒ぎになること無く無事に終わった。
「本日は店先を貸して頂きありがとうございました。問題は起きていませんか?」
「いえいえ、こちらこそ。特に問題は起きていません。むしろ、待ってる間に商品を手に取るお客様が多く、なかなかの売上となりましたよ」
「迷惑になっていないければ幸いです」
「それに今後の事を考えると良い勉強になりました。オークション後に販売する例のアレも同じ様に騒ぎとなるでしょうし」
王都に店がないので、今後はダエラーグ商会に卸し、代理で取り扱って貰う事になっている。
薄毛の悩みは世界共通。育毛剤の騒ぎはシャンプーの比ではないのは目に見えている。
とはいえ、まずは初めての商いが上手く行った事を祝おう。リアたちが宴会の為に宿を貸し切ったそうだ。どれだけ飲んで騒いでも伯爵邸に迷惑を掛けないので賛成だ。
翌朝。朝日と共に目を覚ます。
「よく寝……?」
周りを見ると皆が裸で寝ていた。ほのかに残る夜の匂い。
「あれれ〜〜……?」
思い出すんだ、俺!昨日、何してた?
「そうだ。宴会に呼んだ王都の店長さんが差し入れた酒を飲んで……」
口が軽くなった事で夜の話になり、宴会が終わるや否や未経験組も連れて部屋に入り一線を超えたんだった。
「あっ、おはようござーーううっ!? こっ、腰に力が……!?」
「昨日はいつも以上に凄かったので初めてだと仕方有りませんよ。〈アンチドーテ〉〈ハイヒール〉」
「ノア!」
「ミヤビさんはお酒の飲み過ぎ禁止です。あんな獣みたいに激しくされたら壊れちゃいます。だから、程々ですよ。分かりましたね」
起きたノアからはこんこんと説教された。
その後、皆に謝ると赤らめながら許してくれた。一線を超えたからか、固かった皆の態度が柔らかくなっていた。
その中でも一番変わっていたのはーー。
「アタシのご主人様。しゅきしゅき、大しゅき!」
メルだ。以前よりもボディタッチが増え、俺の身体を求めて誘う様になった。
「彼女の悩みが解消された反動です。もう少しすると落ち着くと思います」
ノアがそう言うならそうなのだろうが、酒の魔力は怖いなと反省した今日この頃であった。
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