第42話 嵐の前
「お金がない……」
今日も教会にあるニコラスさんの錬金工房を借りて、せっせとシャンプーと育毛剤を増やしていた俺はオークションのことを思い出した。
急ぎカードの残高を確認すると70万程度しか残っていない。
浪費した内訳は奴隷の購入で半分、彼女たちの服やら何やらを用意して、ここまで減ってしまったようだ。
いや、1000万から70万って浪費し過ぎでしょ!何やってんの俺!!
「えっ、私たちの給与はっ!?」
「主様さえいれば、私はいらないです」
「はいはい、お姉ちゃんは静かにしようね〜」
俺の言葉に反応したのは、一緒に錬金術をしていたエリス、ラピス、ラチア。
シャンプーの良さを知った3人は、積極的に量産へ貢献している。
ちなみに俺は素材作成担当です。
「エリスさん、お兄ちゃんのお財布が乏しいのは仕方ないのでは? だって、お姉ちゃんたちを買ったばかりだから」
「確かにそうだけど……」
「そういえば、エリスは1ヶ月分の給与貰らわなかったのですか?」
奴隷契約時に給与額も決めており、最初の給与は購入費用の一部から支払われるので1ヶ月は無給でも構わない事になっている。
その理由は最初の1ヶ月で相性を確認し、合わない様なら返却する為だ。期間内で有れば、購入費用の半分が返ってくる。
稀に思っていたのと違うからと違反ギリギリの乱雑な扱いをしたり、翌月以降の給与が支払えなくなる者がいるからだ。
そうそう、支配人の男性が感謝していたのもこれが関係する。
実は、俺に"魅了を使った女性"は貴族を魅了して買われては、相性が悪かったと返却される事を繰り返していた様だ。
相手からの訴えはないが、その間に金品を奪っていた可能性まで有るそうで、それを黙る代わりに色々融通してくれたらしい。
「皆の給与分はちゃんと残ってるよ。無いのはオークションで競り勝つ為の資金だけ」
「流石に、それはどうにもなりませんね」
「はいはい、主様が男娼をして稼ぐ!」
「よーし、今日の夜は泣かせてやる!覚悟せいや!」
「ご褒美です!ありがとうございます!」
あっ、ダメだ。ラピスは何を言っても喜んでしまう。
「だって、主様のが逞し過ぎて身体が覚えちゃたんですもの。ここまで入っていたなと思い出すだけで濡れてしまいます///。それに少年モードの主様とするのは悪い事してる気がして最高です!!」
暴走するラピスはラチアが回収して端に追いやった。
「主様、これらを売り出せば早いのでは?」
「さっきニコラスさんに聞いたけど、育毛剤の初公開は話題作りも兼ねてオークションに出すからダメ。シャンプーは入れる容器をガラス工房に依頼したばかりだから、まだ売りに出せないな。壺入りで売っても良いけど、劣化も速くなる。あ〜っ、何処かに潰していいカモはいないかね?盗賊でも貴族でもOKです」
「聖女から出る言葉とは思えない……」
「男の聖女はダメ?」
上目遣いの女の子って最強だと思うんだよね。
身長差の関係でめっちに見れないけど。
「くっ、可愛い……! その可愛い仕草禁止!! なんで、女の子より、女の子してるのよ!!トキメクじゃない」
「これでも父親に比べたらマシだよ。アレは俺から見てもヤバい。向こうは50代でこんな見た目だぞ」
「……ちゃんとした遺伝だったんだ」
「歳を取った主様……いい///」
「いや、歳取らないから。不老だから」
「何処かで暴走するバカが絡んで来ないかな? 教会に突撃しようものなら賠償金を取れるのに」
「そんなのいる訳ーー」
「エリスを出せぇえええーーっ!!」
「………」
「居たな」
「居ましたね」
「エリス。ファイト!」
何処かで聞き付けたのか、例の伯爵家の次期当主君が教会にきたようだ。
「じゃあ、行ってくるね!エリスは絶対ここにいろよ。バレたら危ないからさ」
「凄くいい笑顔。ごめんけど宜しくね」
という訳で意気揚々とお坊ちゃんの所へ行った訳ですよ。
「エリスを買った奴がここに居る筈だ!出せぇええ!」
貴族からの威圧にシスターさん涙目。
流石に護衛さん達は治外法権だと分かっている為か彼を宥めるも一向に治まる気配はない。ここはシスターさんを護る為にも名乗り出てあげよう。
「私だよ。エリスちゃんを買ったのは」
「貴様かぁーっ!」
「それでお貴族様が何の用かな?」
「エリスを今すぐ寄越せ!アレは私のモノだ!!」
「残念ながら買ったのは私だよ。自分のだと言うなら先に買えば良かったのさ」
「てっ、手形が認められてさえいれば私の……」
「ぷぷぷっ、上級貴族様なのに信用が無いんだってね。何れ、降爵するんじゃないの?」
「貴様、我が家を馬鹿にするなぁーっ!!」
沸点が引く過ぎる。軽く挑発しただけで護衛たちが止める間もなく、彼は殴りかかろうと走り出した。
俺は周囲を確認する。この場には彼の護衛だけでなく、礼拝に来た人たちが居て、遠くから衛兵たちも来ている。
〈エアカッター〉
「へっ?」
風魔法で服だけを刻むと、彼は異変を察してその歩みを止めた。
その瞬間、バラバラになる服。生まれたままの姿を周囲に晒した。
「キャーーッ!」
「変態よぉぉーーっ!!」
礼拝者を中心に悲鳴が上がった。
「なっ、違っ!?」
「なっ!? そこのお前! 教会で露出とはどういう了見だ?! 捕らえよ!!」
タイミング良く入ってきた衛兵たちは露出している坊ちゃんを見て、直ぐに護衛ごとは拘束した。
「あの〜っ、正当防衛は成立しますか?」
「教会内の出来事ですし、彼は怪我をしておりませんので問題にはならないでしょう。彼の評判が落ちるのは別として」
「それを聞いて安心しました。私共としては、彼が付け狙う奴隷に近づかない誓約と此度の一件で怖い思いをしましたし、周囲を騒がせてしまいましたので迷惑料を支払って頂きたいです。お願い出来ませんか?」
「「「ハッ、お任せ下さい!」」」
シスターたちとお願いすると衛兵の人たちはカッコいい所を見せようと貴族の坊ちゃんを連行していった。
全裸に衛兵の上着だけ羽織った坊ちゃんは道中めっちゃ笑われていた。
ストーカーした貴方が悪い。ご愁傷さまです。
それから数時間後、近付かないことを記した誓約書と迷惑料を持った従者がやって来た。
「おお、300万。見栄とプライドで凝り固まった上級貴族なだけはあるね」
「相場より貰えたのは問題にしてくれるなって事ですね。私とミュウちゃんが買い物で目を離した隙に騒ぎを起こしちゃダメですよ。めっ」
久しぶりにノアの"めっ"を頂きました。ありがとうごさいます。
「これでエリスの件も資金の件も解決だね!」
従者からしっかりと受け取り、これ以上問題にしないことを伝えて帰って貰ったのでこれ以上騒ぎになる事はないだろう。そうこの時は思っていた。
Side 貴族の令息
「クソッ、クソッ、どいつもこいつも馬鹿にしやがってぇえええっ!!」
部屋の物に当たるも一向に気分は晴れない。
それもこれも留置所まで歩かされる間、野次馬共に心底笑われたからだ。
元を辿れば、売らなかった商人やエリスを渡さない上に笑った聖職者が全て悪い。アイツらいなければこうはならなかった筈だ。
「街に出るぞ!!」
「しかし、当主様より外出を禁止されております」
「おい、誰に指図している!」
「ぐっ!?」
使用人に投げ付けたインク壺が額で破れて飛び散った。
「お前は俺の専属じゃなかったのか!?他の奴ならまだしも貴様の権限は父ではなく、この俺が握っている事を忘れるな!!」
「……申し訳ございません」
「分かったら、さっさと場所を用意しろ。闇市に行く」
「危険です。護衛は付ける事も禁止されています。それでも行かれますか?」
「これでも学園では上位の魔法使いだ。そんな俺に護衛がいるのか? うん?」
「いえ、分かりました。直ぐにご用意致します(もう、成るようになれ)」
多少力があっても、闇市では意味がない。大事なのは言葉巧みに騙そうとする相手を見極める事なのだ。
しかし、何も言っても聞かない主に、使用人は諦めて馬車を用意することにした。
「馬車を出せ!」
闇市に向かって護衛も連れずに馬車を出すが、使用人の誰もが止めようとしない。言っても無駄だと分かっているからだ。
とはいえ、また問題を起こされると困るので、それとなく当主に伝えるのが精々だろう。
「ここから先は進めませんので、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
原則、闇市はスラムの様な場所に有る事が多い。しかしながら、他国とは違って竜王国の王都にはスラムが存在しない。その代わりとなるのが商業区画と住居区画の中間にある城壁沿いのエリアだ。
このエリアは城壁のせいで薄暗く、壁沿いまで家が立ち、近付く程に賃金が安いので低所得者や訳ありが集まってくる。見る者が見れば、彼らがここに集まる様に作られた空間だと分かるだろう。
「いひひ、そこのお兄さん。随分気が立ってる様じゃないか。ちょっと話でも聞かないかい?」
「あん? 薄汚いババアが何の用だ?」
「おやおや、荒れているねぇ〜。何か嫌な事でもあったかい? だったら、スカッとさせる物を買わないかい?」
「俺に声を掛けるとは……良いだろ。お前の言うスカッとさせる物を見せてみろ」
「いひひ、それじゃあコレはどうだい?」
露店の婆さんが取り出したのは、黒い骸骨を象った石を束ねて作られたブレスレット。
「【黒骸のブレスレット】って言って怒りが強い程に魔法を増幅してくれるよ。どうだい? 試してみないかい?」
「ほおっ……」
ブレスレットを受け取り、その腕に通すと彼の身に劇的な変化が起きた。
「おお、内側から魔力が溢れ出てくる! ババア、良くやった!!〈ファイヤーボール〉」
「坊ちゃま何をーー」
"ドッガーン!"
令息が老婆に向かって手を翳し魔法を放つ。ただの火球になる筈だったそれは巨大化し、露店の老婆さんごとその一角を飲み込んで焼き尽くした。
「ファイヤーボール? これが……?」
「素晴らしい!素晴らしいぞ!!何とも素晴らしい物が手に入った!!」
露店は見事なまでに炭となり、直撃した老婆は焼失したのか何も残されていなかった。
振り返ると結果に興奮する主。人を殺めた事を全く気にも止めない様子に使用人は青褪めた。
「ハッ、不味いです。直ぐに逃げましょう。このままでは衛兵が来ます。先日も大規模な魔力行使で捕まった者がいたので警戒している筈です!」
「チッ、二度も連続で捕まるのは面倒だな。まぁ、良い。気分が良いから帰るとしよう」
そう言って、彼らは早足でその場を後にした。
それから少し経って入れ違いで衛兵たちが来たが焼けた跡だけで得るものはなく帰って行った。
そんな姿を上から見ている女がいた。
「どんなに清廉な物で時には逆らえず腐り始める。だから、必要なのだ。大義名分という名の瀉血がね……」
これから起こるであろう騒動に予感させながら彼女は陰へと姿を消した。
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