第34話 神聖魔法の可能性

結論から言うと、ノアが怒られることはなかった。それというのもーー


「えっ、誰? はぁっ!? ニコラスなのっ!? あの口煩い腹黒性悪男がこれっ!? この短時間で何があったのよ!! さっきまでいつもの頂点ハゲ野原だったじゃない? それが慈愛に満ちた笑みを浮かべる金髪イケメンって……私は夢でも見ているの?」


ニコラスに髪が生えたことは、ノアがいるのも忘れる程にショックを与えたようだ。

ちなみに一緒に付いてきたシスターたちは考えるのを放棄した。背後に宇宙ネコが見える。


とりあえず、ステラさんを落ち着かせる為に場を設けて色々と説明。


「……この方が神々が仰った"お遣い様"で、"ニュンフェ様の伴侶"で、"聖女"にされた男性でノアの彼ーー」


「ご主人様です!眷属化したので愛の奴隷でもOKです!!」


「そして、俺の髪を生やしてくれた。髪様だ。彼に忠誠を捧げる事にした」


うん、やっぱり『神』が『髪』に聞こえる。


「情報量が多過ぎる……」


ステラさんは顔を覆って上を見上げた。


「…………よし! ミヤビ様、お初にお目に掛かります。十二枢機卿が一人【ステファニー・カレット】と申します。神々より頼られたら可能な範囲で支援して欲しいと言われております。また、生命神イシュタルより神聖魔法の秘奥義の伝授も頼まれています。今後とも良しなに」


ステラさんは頬をパンパンと叩き、状況を飲み込んで冷静さを取り戻した。


「ミヤビです。よろしく」


神聖魔法の秘奥義って彼女は言ったか?

それって、魔法神イシスも知らない魔法って事だよね。話に聞いてたけどめっちゃ気になる。


「ステラ硬い〜。もっと砕けて大丈夫よ。ミヤビさんは気にしないから」


「そう言う貴方は欲望に忠実過ぎです!そんな見せ付ける様に抱き着いたりして!!」


もっと敬いなさい!と怒るステラさん。責任感が強くて、真面目そうな人だ。


「別にイチャイチャしても良いじゃない。豊穣神ーー『私が許可したの』ーーニュンフェ様!?」


「「っ!?」」


机でお菓子を食べていたミュウの様子が変わった。どうやらニュンフェに切り替わったようだ。


ミュウから漏れ出す神気を感じて全てを察し、ステラさんたちは席を立ち、跪いて頭を垂れた。


彼女が飛んで来たので膝に乗せて、抱き締めて撫でる。


『顔を上げて下さい。先程の二人についてですが、私は神界の存在。ミヤビさんが何れ神に至るとはいえ、人の生を知らぬままでいるよりは謳歌した欲しいと望みました。なので、ノアを現世の伴侶の一人として認めました。それに私とノアは相性が良く、身体を貸して貰う事もしばしば有ります』


「まだ維持時間は短いですけどね。それにね、ステラ。私の外も中もぜ〜んぶ知った上で受け入れてくれた方ですから敬ってますよ」


いつもの様に膝に乗せて抱き締めながら言っても説得力ないよ。


「そんな訳で全てをミヤビさんに捧げた身。なので、昇進なんてお断りです」


「しかし、男性とそんなに触れ合っては周囲から何と言われるか……それに席が空席のままというのも問題で……」


「ステラは色々気にし過ぎだ。女同士の戯れだと流せ。それに現実問題として、聖女が男性だったとバレる方が教会的に問題だ。その容姿が不老で変わらない以上、本人の行動か周囲の反応でしかバレる事は少ないと思うが……」


『私たちもそれを考えて〈隠蔽〉の魔導具で鑑定対策してるので大丈夫ですよ』


「それなら公式では女性として活動して貰いますが宜しいでしょうか?」


「えっ? まぁ、問題ないかな? 言わない限り勘違いされるから。それにノアがずっと付き添ってくれるそうなので、必要な時は彼女の力を借りればいいし」


「よし! なら、ノアは枢機卿になれ」


「えっ?」


『私もそれを伝えたくて代わりました』


「教皇は味方だから枢機卿になれば行動を制限する者はいなくなる。常に聖女に付き添っても文句を言われる事は少なくなる筈だ」


「むむ、確かにそうですが……」


『ニコラスの意見はもっともです。枢機卿の一部はレベルの関係上、与えられる情報が少なく聖女の存在は知っていても性別までは知らない者たちが居ます』


「問題を起こしていないからと言って、清廉潔白な枢機卿ばかりでないですね。今のままなら野心家の枢機卿が干渉する可能性がある」


「う〜〜ん……」


2人の意見は正しい。ミューに聞いてみたが、ノアみたいな高レベルは教会におらず、誰が何処まで知ってか分からないらしい。


「ステラさんの要望にも合うしなってみたら?」


「お前がなるなら俺もなろう。護る力は多い方が良いだろ?」


「……分かりました。成ることにします」


その後、ミューも交えて話し合いが持たれた。


教会の正常化による人事編成は、やはりまだまだ掛かるそうだ。神様たちが思った以上に根深く腐っていた。

そして、終わったタイミングで教会本部に行き、人事発表と同時に行う聖女の公表に参加する事になった。


「ニュンフェ様のお陰で話がはやく済みました。ありがとうございます」


『いえ、別の件もあったので丁度良かったんです』


「別の件?」


『ミヤビが神聖魔法で育毛を成功させたからだよ』


どうやら過去に神聖魔法で育毛を成功させた者はいないのだとか。


『そもそも神聖魔法は誰でも使えるものでなく、神性存在の加護や祝福を得て、初めて使える様になる魔法だから研究が進んでないの。あの勇者たちでもダメだったのが成功したからイシスとか大騒ぎしてるよ。どうやって成功させたの?』


「それは私も知りたい。長年研究してきたが、未だに成功の兆しすら見せなかったんだ」


「とは言われてもねぇ……? やった事はいたって単純だよ。ミューも知ってる"蒼炎"を応用してみたんだ」


俺は分かりやすいように、まずは蒼炎の原理について説明した。


「一般の人は知らないけど、"蒼炎"は神聖魔法〈浄化〉に火の魔力を融合させたものなんだ。だから、他の魔法ならどうなるか試してみた。例えば、風の魔力を混ぜると風に乗って拡散する浄化や回復が使える様になった訳です」


『ミヤビ。それは〈神の息吹《ゴッドブレス》〉っていう魔法だよ。そっか、当たり前過ぎて気付いてなかった。他の属性混ぜることで神聖魔法が昇華してるんだ……。それで今回はどうしたの?』


「毛根から染み込み……細胞内部まで浸透する様に水の魔力と合わせてみた」


『でも、それで出来るのは"聖水"だよね?』


「はい、聖水を振りかけても生えないのは試しています」


「あれ聖水だったのか。浄化じゃないんだ……。っと、それだけじゃない。木の魔力も混ぜてる。聖水で活性化した細胞を増殖させる為にね。どうも一時的に活性化して生えようとするものの、乾いたり拭いたら元に戻るみたいなんだ。効果を得るには活性化してる内に対処しないといけないみたいでさ」


「なんと!? かけた時点で効果が有ったのですか!? ならば、ずっと浸し続ければ……」


「可能性は有ると思うよ? でも、現実的なのは粘性を加えて定着させとくとか? 流石にそこは錬金術師の分野だけど難しーー」


「それなら可能です! ポーション系に粘性を持たせる方法は確立されてます。それを使えば恐らくは……。材料なら自室に有る物で十分です。今すぐにでも試して宜しいでしょうか!!」


どうやら今すぐ試せるらしい。

ステラさんが服を掴んでいないと直ぐ様部屋に駆け込みそうな勢いだ。


『私も結果が気になるので見せて貰って良いですか?』


ミューの意見により実験をする事になった。

粘性を持たせるには、スライムから取れる粘液を使うそうだ。


「この【スライム水】は塗り薬の材料として知られています。このままでも使えますが、不純物をろ過して使う事でポーション系の効果を阻害せずに粘性を持たせる事ができます」


今回は実験なので、3本のポーションを作成した。


1.回復 + 水魔力 + 土魔力 + 粘性

2.回復 + 水魔力 + 土魔力

3.回復 + 水魔力 + 粘性


聖水(回復 + 水魔力)ぶっかけが効果ないことは判明しているので除外した。

あとは実験対象になってくれる人だけだ。


「ミヤビ様の役に立つ人材を連れて来ます」


教会を飛び出したニコラスさんは3人の男性を連れて帰ってきた。皆一様に禿げている。


「おい、ニコラス!! 本当に俺の髪も戻るのだろうな!?」


ガタイが良くてリーダー格のような男性がそわそわしながら尋ねた。


「俺が証拠だ。今は市販化出来るかの実験が必要なんだ協力してくれ。報酬はーー」


お願い出来ませんか?と目で合図してきたので返事をする。


「私が貴方の髪を生やします」


「君は……?」


「俺の髪様だ、公式発表はしていないが、我が教会の聖女となる御方だ。私の髪は彼女に生やして貰った」


「おおっ! 聖女程の神聖魔法なら可能かもしれないと言ったお前の可能性が当たったのか!!」


「いや、神聖魔法だけではダメだった……。でも、方向性は間違いで無かったとこの子が教えてくれたよ。それでは始めよう。コレを頭皮にしっかりと塗り込み時間経過を見よう」


「お前たち、失敗しても髪を生やしてもらえる。死ぬことは無いから安心しろ」


「「へい」」


2人はリーダーさんの部下みたいだ。

ニコラスさんが渡したポーションからリーダーさんが1番を使い、2人が残りを使い少し待つ。

その間に話してみたがリーダーさんは商会ギルドの会長さんで、2人はやっぱり部下なのだとか。片方は役に付きらしいが、立場に関係なく禿げ仲間として仲良くしているそうだ。


「おっ? ……痒いっ!? 頭が痒いぞっ!?」


5分もしない内に効果が現れ始めた。


「我慢だ、エドガー! 拭いたら効果が消える可能性がある。そうだ! 鏡を見るんだ!!」


「あっ、ああっ……俺の髪がぁ……」


鏡に映る生え始めた髪を見て、エドガーは涙を流した。部下の方を確認すると効果は出ていない。


それから乾燥するまで時間をおいて確認した。

粘性の無い方は何も起こらず、有る方を付けた部下も一部だけ生やして復活の兆しが見えた。


「やはり粘性は必要な様ですね」


「これは商品化出来そう? エクストラ……じゃ無かった。〈ヘアリペア〉」


前回は"エクストラヒール"と唱えたけど、実際は違うので新しい魔法名が必要となり、これに決まった。

今回はそんなに髪が残って無かったのでセミロングくらいで止めた。


「これくらいなら散髪しやすいでしょ」


「いえ、切りません!」


「「「縛れば大丈夫です!」」」


ハンカチで髪を縛った後、3人は涙を流して喜んだ。


「このレベルの魔法液を作れる者は教会でも限られていますが、この場にいる者たちなら商品化は可能です」


「なら、教会からという事で売りに出そう。そんで製法は俺たちが独占する。そうすれば、教会という強い後ろ盾と利益をゲット! 教会トップ陣の製作だから製法を吐かされる心配もなし! さらに商会ギルドの会長さ〜ん♪ 値段交渉は色付けてくれるよね?」


「おっ、おおっ!? 夢にまで見たポーションだから出せるだけの金は出したいが、製作費用と納品量がまだ分からないから何ともな……?」


「そこはニコラスさんに任せようと思います」


「私ですか?」


「錬金術師時代に交渉とかしてるでしょ? この中で一番材料費に詳しいし、権謀術数渦巻く教会でも登り詰めた実力が有るから適任だと思って」


「分かりました。お任せ下さい、髪よ」


という事で、交渉はニコラスさんに任せた。

商品名は魔法名をそのままに【ヘアリペア】として販売するそうだ。

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