第29話 ネオベネチア
パーズ男爵領の街を後にした俺たちはウォーマリン伯爵領へと入り、そこでシリウスさんたちと別行動を開始した。
全ては商人たちが悪い。
あの後追いをしていた商人たち。彼らは護衛を減らす為に俺たちの後を付いてきてたのだが、襲撃時には既に姿がなかったからもう来ないものだと思っていた。
しかし、襲撃が終わったタイミングを狙って合流すべく調整していたようで、男爵領出発時に追い付かれてしまったのだ。
罪人の身バレ対策に最寄りの街を迂回して領都へ行く計画を提案しようとしていたらしいシリウスさんは青筋を浮かべている。
「アイツら……帰ったらどうしてやろうか?」
彼らの目的地は交易の盛んなウォーマリン伯爵領の領都【ネオベネチア】の様だからそこまでは確実に付いてくる。
「……仕方ない。私たちは商人がいるから正規ルートで最寄りの街に行く事にする。君たちには罪人たちを連れて迂回し、領都【ネオベネチア】を目指してくれないか?」
とはいえ、檻が無くなれば商人たちに怪しまれるので〈土魔法〉で檻を作って入れ替えた。
俺たちの代わりは最寄りの街にて一時的に雇う事で誤魔化すようだ。
そんな訳で、長い長い迂回を終えた俺たちは領都【ネオベネチア】へと到着した。
道中、魔物との遭遇は有れど、男爵領からの追撃される事はなかった。
「ふう〜っ、ここまで来ればもう安心。子爵たちを〈アイテムボックス〉に入れる事がなくて良かったよぉ〜」
最悪、一時的にでもアイテムボックスに収納する事を考えた。
「はっ? アイテムボックスに生物が入れるのか?」
もう日常となりかけている石の収納トレーニングをしていたダルクさんが声を掛けてきた。
「以前も良いましたが、スキルによる〈収納〉と魔法による〈アイテムボックス〉は違います。魔法は自分で空間を設定出来るので生物も収納可能です。尤も入れた結果、死ぬかもしれませんが……」
ウルフで試した時は短時間で衰弱していたので、人ならどうなることやら?
「ははっ、アイツら命拾いしたな!」
「あっ、伯爵の騎士さんがいるにゃ!」
門の近くでこちらへ手を振る騎士がいた。その胸元にはリュミエール伯爵家の紋章が輝いている。
「お疲れ様です。冒険者の皆様方。門番には話を通して有ります。伯爵様は大通り進んだ所にある"渚の海猫亭"に宿泊していますので、罪人たちもそこへお願いします」
騎士さんの話通り、門番のチェックはあっさりと終わり中に入れた。
「おおっ、綺麗な街ですね!」
白造りの建物としっかりとした石畳。所々に大きな水路が流れて荷物を載せた小舟が行き来していた。
「ミヤビは【ネオベネチア】は初めてか?」
「はい。大きな水路が多いですね」
「この街は水路で栄えて街だからさ。領都の隣に大きな河川があって海とも繋がっている。王都の隣というのもあって、この国の公園拠点なのさ」
「……なのに、伯爵領なんですか?」
ダンジョン都市【メルディン】でも思ったがそういった重要拠点を伯爵家に任せるのは珍しい気がする。
「そりゃあ、あれだ。この国のトップは何よ?」
「竜でしたね」
「そう。長命種故に代替りも上の数が増える事も少ないからな。だから、伯爵家って言っても実際は侯爵や辺境伯と同じってのが何人かいる。ここもそうだし、リュミエール伯爵もそうだな」
あぁ、だから、シリウスさんが俺の情報を知ってたのか。
「見えたな。アレが"渚の海猫亭"だ」
白木をふんだに使い石の建物に挟まれていても違和感を感じさせる事のない美しい宿だった。
「どう見ても高級宿なんですが……」
「あぁ、高いぞ。伯爵持ちじゃなければ泊まろうと思わない位にな」
宿の外にも騎士たちが待機していたので檻を引き続き、シリウスさんに会いに行く。
「くんくん……匂い大丈夫だよね?」
「ミヤビたちが毎晩風呂を用意してくれたから大丈夫だろ?」
少人数での移動なので色々解禁した。その中の1つがお風呂だ。やはり日本としてはお風呂にずっと入れないの辛かった。
「くん……大丈夫です。今日もいい匂いです」
『いい匂い。いい匂い』
「……それ本当に大丈夫?」
ノアとミュウの意見を素直に信じられない。
「大丈夫にゃ。ミヤビの匂いは人に分からないにゃ。(……ノアとミュウの匂いがしっかりと染み付いてるにゃ)」
何故か目を逸らされたけど、ミリーの承認を得たなら大丈夫だろう。
「シリウス様。冒険者の皆さんをお連れしました」
騎士の案内で宿泊している部屋に通された。
再開したシリウスさんは少し疲れが見えるものの元気そうだ。
「皆、無事に到着しました。問題も起きていません。ミヤビがやらかしたくらいです。楽しい移動でしたよ」
「ちょっ!?」
ダルクがニヤニヤしながら移動中の思い出を伯爵に報告する。
まずは、お風呂事件。
異世界定番の〈土魔法〉による囲いと浴槽を作成。野営中なのにお風呂を満喫。
「極楽ーーえっ?」
「これがミヤビ……ごくり」
「ノア……あんなの入るのにゃ?」
「一度経験したら抜け出せなくなります」
「うわぁああああっ!?」
ノア公認で女性陣に覗かれた。どうやら自慢したかったらしい。これも一種のラキスケなのか?
「どうした、ミヤーー何でロロアたちが居るんだ?」
「覗きか? 一緒に入れば良いだろ?」
俺の悲鳴に駆けつけたダルクさんたちは事情と性別を聞いて爆笑してた。
次にボア爆散事件。
晩飯の獲物を探してボアに遭遇。狩ろうとメイスを一振。身体強化と棍棒術の熟練度が高くなっており、ボアが爆散した。
「ボア肉ゲットォオオオ!」
「プギャーーーボンッ!!」
「へっ? 爆散した?」
ショックのあまり、ふらふらと野営地へと帰還。
「あっ、アンデット!!」
「はっ? ーー死ぬ死ぬ死ぬっ!?」
肉片塗れの俺はアンデットに間違われて、ロロアさんから集中砲火を浴びました。
その後〈ターンアンデット〉の為に呼ばれたノアのお陰で助かりました。
「……あ〜っ、うん。そっちは何も問題はなかったんだね」
これを聞いて何もなかったと言うシリウスさんがすごいです。
今度はシリウスさんたちの番で代わり、その話を聞くと疲れている意味も分かった。
「こっちはトラブルに見舞われたよ……」
彼らが最寄りの街に着いた時、罪人たちの逃亡未遂が起きた。未遂というのは、ダミーの檻に仕掛けた罠に敵が掛かったからだ。
どうやら後追いしていた商人の中に奴らの仲間が混じっていたらしい。
「罠って何を仕掛けたんだ?」
「電気ショック」
垂れ幕を避けて檻に触ると電流で痺れて動けなくなるようにしておいた。
そんな訳で罪人が追加です。どんどん罪人が増えてますね。王都に着くまで何人なることやら?
「……それじゃあ、引き続き護衛を頼むよ」
挨拶も終わったので街に散策へ行こうとするとシリウスさんに呼び止められた。
「ミヤビ君。少し時間を貰えないかな? 君の力を借りたいんだ」
事情は話せないらしく、少し困った笑みを浮かべるシリウスさん。
ノアたちも一緒なら問題無いと答えると『むしろ一緒に来て欲しい』と馬車に乗せられて大きな屋敷へと運ばれた。
「なんか、デジャブ……」
「ここはウォーマリン伯爵の……?」
「そうだよ。伯爵が二人に会いたいそうなんだ」
シリウスさんに連れ立って、未だに慣れぬ貴族邸の雰囲気に気圧されながら奥へと進む。
部屋に通されて少し待つと金髪の偉丈夫が入って来た。
「シリウス。手間を掛ける。よくぞ、二人を連れてきてくれた。感謝する」
「カイル。俺たちの仲だ。気にする事はない」
穏やかに会話する二人だが、貴族オーラがヤバい。この空気無理ッス!早く帰りたいです!!
「君が"青の聖女"か。噂はこちらまで流れてきてるが、その容姿なら勘違いするのも無理はないな」
どうやら彼も俺の性別を知っているらしい。
「ノア大司教もよくおいで下さいました」
「ウォーマリン伯爵様。私たちをお呼びした理由をお伺いしても構いせんか?」
「ある病気について、教会で一目置かれる者と神の御使いなら何か知っているのでは無いかと思ってな。陛下には『接触を控えよ』と言われているが、我が領としては死活問題でな」
どうやら交易の要である船乗りを中心に病気が蔓延している様だ。
「罹患者が船乗りに多い事から"船乗り病"と言われ、〈ハイヒール〉で治す事が出来るも1ヶ月もしない内に再発する者が後は絶たないのだ。根本を断たねば意味がない様だ」
初期症状は脱力や関節の鈍痛の頻度が多くなるそうで、進行すると皮膚や粘膜の変色に加えて歯肉の出血とそれに伴うとみられる歯の脱落が起きているそうだ。
「ふむ…… 似た症状がいくつかあるので難しいですね。高位の〈鑑定〉によって名称を把握しない事には……」
「やはりそうなるか。病名まで見れる人物となると……」
「いや、レモン食べれば良くない?」
「「へっ?」」
「俺が鑑定したわけじゃないからはっきり言えないけど、それ壊血病じゃない?」
漫画に出るくらい船乗りさんの病気としては有名だしね。
「ミヤビ君。この病気を知ってのかい?」
「記憶が正しければですがね。ウォーマリン伯爵様にお聞きしたいのですが、船乗りと言っても海洋の人が多くないですか?」
「ああ、そうだな」
「なら、可能性は高いですね。柑橘系を1〜2ヶ月食べさせれば治りますよ。俺が〈鑑定〉しょうか? 病名を見る事は出来ますので」
「……河口の街に隔離病棟がある。そこで彼らを見て貰えないだろうか?」
河口の街って事は、水路を通って大河に行き、そこから行く事になるよね?
「私個人としては問題有りません。しかしながら、私たちはリュミエール伯爵様の護衛依頼中で御座います。往復には時間が掛かる為、伯爵様たちの判断にお任せます」
面倒事は偉い人に投げちゃえの術!!
俺には知らない人の命とシリウスさんの命を天秤に掛けられぬ。
「うわぁ、嫌な判断を任された……」
「シリウスを留め置くか、代わりの護衛が必要という事だな」
「カイル。それがどちらも難しいのさ。今回の護衛依頼は彼のランクアップも兼ねている。また、移送するのは貴族の罪人たちだ」
「……待てば襲撃の可能性が上がって、先に行けば護衛依頼はやり直しという事か?」
「ミュウちゃんの〈転移〉はダメですか? 1日1回なら2人で移動出来る筈では?」
「それも考えたけど長距離移動したことないんだよね」
ぶっつけ本番の〈転移〉は事故りそうで怖い。
「……シリウス。どれだけ人手が増えたら襲撃に耐えられる?」
「ああ、なるほど。襲撃前提で動く訳か。君の部下を護衛に追加するなら……1個分隊でも有れば十分だ」
「分かった。追加の護衛はウチが用意から彼らを借りたい」
伯爵たちの話がついたので、急遽河口にある街へ出張する事になった。
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