第30話 青い果実と聖女様

ウォーマリン伯爵の依頼を受けた翌日、朝市で最も安価で手に入りやすい柑橘類を探した。


その結果見つかったのは青い果実"スダーチ"。

うん、すだちですね。酸っぱさが向こうより強いだけで見た目は変わりません。


〈鑑定〉さんによるとすだちよりもビタミンCが豊富と書かれていた。そのため、水運の盛んなこの地域で栽培され始めたのかもしれない。


料金は伯爵持ちなので買えるだけ買い込んで〈アイテムボックス〉に収納した。

もし違っていた場合は俺が買い取ることになるが、時間停止が付いてるし大丈夫だろう。……だぶん。


それから準備が出来たので小舟に乗って街の水路をどんぶら〜こどんぶらこ〜。


昼頃に大河へと辿り着き、大型船に乗り換えて河口の街までどんぶらこ〜どんぶらこ〜。


オヤツでも食べようかと思った頃に、目的地の街へと辿り着いた。


早速、護衛として付けられた騎士さんたちと一緒に隔離病棟へ向かう。


「〈鑑定〉」


状態:皮膚病、内出血、骨折……etc

原因:壊血病


「どうですか、ミヤビ様?」


「予想通り、原因は壊血症ですね。柑橘系を食べれば治りますが、今回は魔法で治しちゃいましょう。再発しない様に柑橘類を食べさせて下さいね」


治っても再発することで有名らしいから、治療経過が目に見える変化を用意する事にした。

柑橘類を食べろと言ってもどれくらい食べれば良いか分からない為、テーブルにスダーチを山積みすることにした。


「〈エリアハイヒール〉!騎士さん、お願いします!!」


騎士さんたちに大きなテーブルを搬入して貰い、〈アイテムボックス〉から1ヶ月分のスダーチを取り出し山積みにした。

市場以外では見ることのない山積みの果実が部屋に有るのでかなり異様な光景に見える。


「えっ、他の部屋にもいるの?」


既に二部屋を回って20人程治療した頃、手持ちのスダーチが切れた。これだけの量では患者に対して全然足りないので、他の柑橘類も集めるようにお願いした。


そもそもスダーチだけを食べるとか飽きる以前に酸っぱ過ぎて俺は無理だ。異世界味覚はおかしいですね。


その後、全ての部屋を回って治療を終えた。経過観察はここのお医者さんたちに任せよう。


まだ船が行き来していたので急ぎ乗り込み、深夜に領都へと帰還した。


「1日で帰ってくるとは思わなかったよ」


「これで大丈夫なのだろうか?」


「あの場にいた人は全て治しました。ですが、継続的に柑橘類は取らないと再発するので注意が必要です。あっ、食べ過ぎも身体に悪いので1日1個を目安にして下さい」


このまま経過観察を続けて2ヶ月間何もなければ、退院することで話がついた。


「帰りにも寄りますので、何か変化があればその時に……」


「分かった。領民を治療してくれてありがとう」


「そう言って貰えると頑張ったかいが有ります」


こうして、伯爵の依頼は無事に終わーー。


「あっ、杖を……杖を弁償して貰えませんか?」


俺は伯爵泣き付いた。何故なら治療で杖が壊れたのだ。今回の報酬に対して、破損した杖の代金では割に合わない。


「明日、我が家にある杖を届けさせよう。受け取るといい」


杖が貰えるなら報酬はいらないと伝えたが、別途支払ってくれるとの事なので有難く受け取ることにした。上級者仕様の杖ならば壊れる心配はないだろう。







Side とある船乗り


「俺はもうダメだ……」


「そんな!? 諦めるな、父ちゃん!船に乗って海原に出るんだろ!? 」


俺は船乗りだ。それが今は病気に犯され、隔離病棟のベッドにいる。

周りにいる同業の奴らも同じ病に犯され、明日を知るぬ身の上だ。


「この病は治らない」


「もう一度、もう一度だ! ハイヒールを受けさえすればっ!!」


確かにハイヒールを受ければ一時的に癒えはするが、時と共に再発する。現に俺は三度受けるも完治していない。


また、ハイヒールによる治療には高位の聖職者に依頼するしかないので金が掛かる。これ以上は我が家の貯金を食い潰す訳にはいかない。


俺は歪に変色した手で息子を撫でながら、もう俺に治療は必要ないと首を振った。


「ーーーっ!!」


息子もそれが分かっているのか、涙を流してくれた。

唯一の救いは、同じ船で生活しない限りこの病気が感染しないことだ。


「俺が……俺が稼ぐ!父ちゃんの代わりに海に出るよ!!」


「ダメだ!海を舐めているのかっ!?」


コイツの決意を否定したくはないが、ダメなものはダメなんだ。

確かに船乗りの技術をある程度教え込んでいるから乗れはする。

しかし、河川に比べて海は倍以上に危険が伴う。まして、歳若い内から出るべき場所ではない。


「じゃあ、諦めろと言うのか!何で、何で父ちゃんがこんな目にっ!!神様はいないーー」


「は〜い、皆さん。治療に来ましたよぉ〜」


女神が来た。正しくは青い法衣を身に纏う少女だった。

彼女は嘆く息子の言葉を遮る形で入って来て杖を構えた。


「〈鑑定〉。ここもやっぱり壊血症だね。〈エリアハイヒール〉」


その子が杖を構えると結晶から回復魔法の光が溢れて部屋を満たし"パリンッ"と結晶が砕け散った。


「「「「「はっ?」」」」」


「おっ……安物だと魔力放出量に耐えられなくて数回で結晶が壊れるのか。知らなかった……。あれ? これは大金を失ったという事では? ……ぐすん。あっ、治療が終わったのでテーブルを搬入して下さい〜」


部屋の外から屈強な男たちがテーブルを運んで来た。


「〈アイテムボックス〉。すだち……すだち……狙って名付けたよね?」


そこへ空間から取り出した大量の青い果実で山を築く。


「は〜い、注目。皆さんの病気は治りました。ただし、再発の恐れが有るので、この"スダーチ"を毎日1個は絶対に食べて下さい」


スダーチ。領都周辺で栽培されている柑橘類でもの凄く酸っぱい。コレを毎日食べろと?


「皆さんの病の原因は、柑橘類に多く含まれる成分をあまり摂取出来なかった事による栄養失調です。後日、他の橘類も用意するそうですが、とりあえずはこれで凌いで下さい」


「えっ? ええっ? 父ちゃんの病気治ったの?」


「うん。治ったよ。それを食べさせれば再発もしないよ」


少女はそう言うと息子の手にスダーチを握らせた。


「分かった!オイラが責任持って食べさせるよ!!」


「!?」


おい、息子よ! 正気かっ!? その酸っぱさを知っているのか!?


「それじゃあ、他の患者がいるから行くね」


言うだけ言って少女は去っていった。


「それじゃあ、父ちゃん。あ〜ん」


「いや、待て!せめて皮を剥くか輪切りにーーんがっ!?」


そのままの状態で口へ無理やり押し付けられた。歯で破けて噴き出る果汁。


「〜〜〜〜〜!?」


「父ちゃん!美味しいだね!!」


違う、違うぞ、息子よ!!酸っぱくて叫びたいんだ!!


その後、興奮した息子を鎮めて我慢しながら平らげた。酸っぱくて食えないという情けない姿を見せたくなかったのだ。


翌日からは様々な柑橘類が食事に出るようになった。知らない物も多く、こんなに種類があったのかと驚いた。


1週間もすれば再発しない事に気付き、元気を取り戻す者が徐々に増えた。それに伴い、医者から運動も解禁された。


「青の聖女に感謝を……」


健康になった者達があの少女の事を"青の聖女"だと崇めていた。

どうやら彼女を護衛していた騎士がうっかりと漏らしたのを聞いたらしい。


「ゴクゴクッ……ぷはぁ〜っ、うめぇ!!」


あの少女の痕跡はココにもある。

どんな柑橘類でも対応できるように飲み物のレシピを置いていった。


「これなら毎日1個はイけるぜ!」


それは果実丸ごと搾った果汁に少量の蜂蜜と砂糖を加え、水で割ったジュースだ。退院したら酒で割っても構わないらしい。


それから2ヶ月後。


「はい、再発は有りません。退院しても大丈夫です」


「本当か!やったな、父ちゃん!!」


「ですが、海の上でも柑橘類を食べる事を忘れない様に」


医者の診察を終え、隔離病棟にいた同業の奴らの全てが退院した。


「彼女には結局お礼を言えなかったな」


それは他の者たちも思った様で記念碑を残してはどうかという話になった。


流石に難しいと思ったが病の治療法を残す意味でもどうかと申請すると、役人を通り越して領主様からの許可が来て皆と驚いた。


だが、同時に安心もした。これで心置き無く作る事ができる。


それから金を出し合って、1ヶ月後には立派な少女の像と記念碑が完成した。


しかし、残念なことに少女の名前を誰も知らなかったの載せる事が出来なかった。


「記念碑に書くタイトルと文言はどうする? 青の聖女だけで良いのか?」


「内容に沿うなら果実を入れたいな」


「果実と言えば、最初のスダーチ山盛りは衝撃的だったぜ」


「「「確かに……!!」」」


「なら、『スダーチと青の聖女様』は?」


「なんか、語呂が悪くないか?」


そして、話し合いの末にこうなった。


『青い果実と聖女様』

高位の回復魔法で人々を癒し、山盛りのスダーチで船乗り病を防いだ。


端に山盛りスダーチの絵が描かれているのが特に最高だった。

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