第22話 開かずの金庫と赤い布(2/3)★
問題の金庫がある会社は、隣県の山間部にあった。
保育士から電話を受けた友人は事情を聞くと、すぐ社長にアポイントをとってくれ、翌日に俺と保育士は会社を訪問することになった。
「なんとか約束は取り付けることができましたが、社長は『呪いなんてあるわけない、適当に相手をして追い返せ』みたいなことを言っていて……。
もしかしたら失礼な発言などがあるかもしれません。
ごめんなさい、せっかく足を運んでいただくのに」
保育士の友人は友人はハンドルを握りながら、申し訳なさそうに頭を下げた。
保育士が「でも訪問OKは出たんですよね?」と尋ねると、「社長はその、若い子の頼みだけは比較的聞いてくださるので」とまたまた申し訳なさそうに返した。友人も話を聞いて怖くなったのか、必死に頼み込んだようだ。
駐車場に車を停めると、俺たちはそのまま社長室へと通された。
出されたお茶に口をつけて10分ほど待つと、30代半ばほどの小太りの男が社長室へ姿を見せた。
「いやあ、待たせてすまない。なにぶん忙しいものでね。
今日は金庫の呪い? とかいうのを調べにきたそうだね。職員の噂で聞いたよ。
まあなんであれ、早めに済ませてもらいたいものだね」
社長の反応はおおむね友人から聞いていた通りのものだった。反応からして呪いのことなど全く信じていないらしい。
こんな調子で解決まで協力を得られるんだろうか。
そんな不安を抱えていた矢先のことだった。
「はじめまして、社長さん。お会いできて嬉しいですぅ」
いつも聞き慣れた声よりワントーン高い保育士の声が響いた。
「SNSで話題になった“おもち丸”って、この会社が作ってるんですよね。私、ファンなんですよ!
あのお菓子って社長さんが考えたんですかぁ?」
「ん、まあ、そうだな。キミ、うちの商品を知っているのかね?」
「はい。いつも食べてます! あんなお菓子を思いつくなんて、社長さんってアイデアマンなんですね♪」
畳み掛ける保育士に、社長の頬は露骨に緩んでいる。そんな様子を俺と友人はぽかんと口を開けて見守っていた。
「それで私、いま大学生なんですけどぉ。
こんな素敵な社長さんがいるなら、ここに就職してみたいなあなんて思ったり?」
「そ、そうか? まあゆっくり見ていきなさい! 職場見学のつもりでな!
あとで案内の者をよこそう」
そう言い残すと、社長は上機嫌で部屋から出ていった。
「——ふぅ。これでやりたい放題ですねKさん」
「は、はぁ」
なんかけっこう怖いものを見た気がしたが、とりあえず切り替えて部屋の中を見渡してみる。
12畳ほどの室内。社長のデスクにはバインダーに挟まれた決済待ちの書類が並んでいる。
背後には二枚の写真が額に入れて飾ってあった。名前とともに、初代・二代目……という表記がある。ということは、さっきの社長は三代目のようだ。
社長近影の下には数枚の集合写真が飾られていた。創業時から10年おきくらいに撮影されている。
最初は6人しか写っていなかったことから、ささやかながら業績を伸ばしてきたのが見て取れた。
そして部屋の角には外に通じる勝手口があった。扉を見て「社長室に直通ってセキュリティ的にどうなんだ」と思ったが、あの社長のことだ。すぐ出れて便利くらいにしか思っていないのだろう。
そんなことを考えながらキョロキョロしている、再び社長室の扉が開いた。
姿を見せたのは70は近そうなお爺さんで、友人は「せ、専務」とソファを立った。
「専務が案内をされるのですか? それなら私が……」
「いいや、ここは会社の中。いろいろあるでな。
わしが責任をもって案内しよう」
専務は年寄りながら、さっきの社長と比べてセキュリティの意識はしっかりしているようだ。
まず案内をされたのは問題の保管庫だった。片側には背丈の高いスチール棚が並び、事務用品やファイルなどが収められている。もう片側には使わなくなったであろう備品の数々や段ボール。
そして一番奥には古びた金庫があった。
「何か感じますか? Kさん」
保育士の質問に「どう、ですかね」と歯切れの悪い返事を返す俺。
写真で見たときは何も感じなかった。しかし実物を前にすると、はっきり“感じる”とも“感じない”とも思える微妙な感覚になった。
呪物が中にあるならもっと気持ちが悪くなったりするもんだが、少なくともそこまでではない。保育士には「死人が出るかも」と大袈裟なことを言ったが、この部屋に危険な感じはあまりしなかった。
「——この金庫はいつから開かずの金庫だったのですか」
俺の質問をうけ、保育士の友人は専務に視線を送った。専務はヒゲに手を当てながら「わしが21か22の頃までは鍵があったかの」と記憶をたぐるように答えた。
「鍵は社長室にかかっておった。しかしある時から鍵がなくなってしまっての。
ただ図体の割に扱いづらいから、たいしたものは入れておらんと先先代は言っとった」
それで当時の社長も社員も必死になって鍵を探すことはなく、金庫はそれから何十年も開かずのまま放置となったそうだ。
「捨てようとか考えなかったんですか?」
保育士の質問には友人が反応し「金庫って扉が開けられないと捨てられないんですよ」と答えた。
「廃棄物処理法でそうなってるみたいで……。
あ、でも先月、隣町でテレビ局の収録があったんですよ。知ってますか? ほら、開かずの金庫を開けようって企画」
「見たことある! 結局たいしたものが入ってないやつでしょ!?」
ちょっと失礼な保育士の反応に困ったような笑顔を浮かべながら、友人は「それだと思います」と続けた。
「その時に、うちの金庫も開けてもらえば捨てられるね、って職場で話題になって。
それを聞いた社長も少し乗り気になったのですが、結局捨てるのは有料だってことで、応募は迷っているみたいでした。応募したところで来てくれるかはわからないのでしょうけれど」
——二人の話を聞きながら、テレビスタッフはこんな地方にも足を運んでいるんだなと思った。
それがこの職場で話題になったのが先月のことか。
……。
「専務、もう一つお尋ねしたいことがあります」
俺の問いに専務は黙って頷いた。
「この金庫の中身のこと、先先代の社長は何か話していませんでしたか」
「ふむ。それはさっきも言ったように、たいしたものは入れておらんとしか」
「では、ダイヤル番号は?」
「それも、誰も教えてもらっとらんと言っていたの」
専務の言葉を受けて、俺は再び金庫に視線を戻す。
たいしたものは入れていないと言い、鍵を探そうとしなかった先先代。その一方でダイヤルの番号を誰にも話さなかった……
……そんなはずあるか?
俺がおもむろに金庫に触れる。すると専務は「ははは。呪われんようにしなさいよ」と笑った。
その時だ。
俺はこの金庫に抱いた“違和感の正体”に気がついた。
そして同時に、あの布がなんなのかという正体も。
「ありがとうございます、専務。
もう一度、社長とお話させていただけますでしょうか。そうしたら帰ります」
俺の発言に「ちょ、どうしたんですかKさん急に」と慌てる保育士。そんな彼女の疑問には答えずに、そのまま専務の後について社長室へと戻る。
「社長を呼んで参ります。お待ちを」
専務が部屋を後にしてようやく俺は「あれを見てくれ」と、一枚の写真を指さした。
社長近影の下にある集合写真。その一枚目には創業当時の6人が写っている。
「——ずいぶん昔の写真、ですよね。カラーだけど女の人は和装だし。
それが何か」
そこまで言うと、保育士と友人、二人の表情が凍りついた。
二人とも気づいたようだ。
いちばん端の女性が着ている着物の帯。
それが金庫から出ていたあの布と同じ柄だということに。
「——実際に見て関係ないと判断したら、このことは黙っているつもりでしたが」
この会社を訪ねるにあたり、俺は事前に調べた新聞記事のコピーを二人に見せた。
「48年前にこの村で一人の女性が失踪しています。
名前は
この会社の創業メンバーのうちの一人です」
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