第21話 開かずの金庫と赤い布(1/3)★

 開かずの金庫、ってあるじゃないですか。


 鍵を紛失したり、ナンバーを知る人がいなかったりで、長らく中身がわからないままになっている金庫のことです。


 そんな金庫のことで、私は友達からこんな相談を受けました。


「開かずの金庫から何かが出てた。

 これ、なんだと思う?」





 送られてきた写真は、年代物の大きな金庫。

 分厚い扉に挟まれた形で、赤い布のようなものがはみ出していました。




 

 友達がこれを見つけたのは先週の日曜日。

 忘れ物を取りに会社へ立ち寄った時のことでした。


 友達の会社は地方の中小企業で、コメ製品の製造販売をやっています。親族経営で社員の数も20人弱。おまけに休日ですから、職場には他に誰も出勤している人はいません。

 

 当初はすぐに帰るつもりでした。けどデスクを見たら残した仕事が気になってしまい、サービス出勤になっちゃうなとは思いつつも、友達は少し作業をしてから帰ることにしました。


 ただペンのインクが切れていることに気づいた友達は、まずは事務用品を補充しようと保管庫へと向かいました。

 金庫の異変に気づいたのはその時だそうです。


 保管庫のいちばん奥にある金庫。この金庫は会社を創立した50年以上前からあるものらしく、今では開かずの金庫となっています。創立者の孫である現在の社長でさえ鍵のありかは知らず、今は使われていません。


 実際、友達も含めて金庫のことを気にする職員はいませんでした。だって誰も開けられないんですから。


 だからその光景を見た時、思わず友達は「何これ……」と声を漏らしてしまいました。


 金庫の下部からはみ出ている赤い布。

 友達が言うには、洋服や着物の裾のように見えたそうです。


 友達はひどく動揺しました。金庫は何十年も開かずのままだったと聞かされていましたし、先週の金曜日までは布なんか出ていなかったはずなのです。こんな目立つ色なら他の職員だって見逃すはずがありません。


 友達は怖くて布や金庫に触ることはできなかったものの、代わりにその光景を写真に収めました。次の出勤で上司に報告するためです。


 しかし翌日。出勤してみると、保管庫の金庫から布は消えていました。


 ゾッとした友達は早く誰かに話したくてたまらなくなりました。けど普段より早く家を出たのもあって、まだ他に出社している職員はいません。


 ただ早番のパートさんが直後に出勤したため、挨拶よりも先に写真を見せると「え、なにこれ布? なんか気持ち悪い」「いつの写真? だってあれ開かないんでしょ?」とにわかに盛り上がりました。


 そうしているうちに専務が出勤したので、友達はパートさんと写真を見せに行きました。


 専務は開口一番「そんなはずは……」と眉をひそめました。専務は創業時からいる唯一の社員で、そんな彼は「創立して数年後に鍵はなくなった。ダイヤルの番号も当時の社長しか知らない。開くはずがない」と言うのです。


 友達は専務を連れて保管庫へ向かいました。しかし金庫はいつもとなんら変わらず、そこに鎮座しています。

 専務が金庫のレバーを下に引きましたが、カチカチ、と固い音が響くだけで動く様子はありません。

 

「——。写真は確かに不思議だが、あまり大騒ぎをせんように」


 そう注意して専務は保管庫を出て行きました。


 そこにあるのはやっぱり開かない、いつも通りの金庫。

 保管庫にひとり残された友達は、自分の見間違いだったんじゃないかとさえ思えてきました。


 しかしスマホの写真には確かに金庫からはみ出る布が写っています。


 あれは一体なんだったのか。

 なぜ今は元に戻っているのか。


 キツネにつままれたような思いで、友達はじっと金庫の扉を見つめました。



 




「——っていう写真なんですけど、やっぱりこれは心霊現象に違いないですよね。

 神主をされているKさんとしてはどう思いますか?」


 そこまで一気にしゃべってオレンジジュースに口をつける保育士に、俺はいつものごとくため息まじりで返した。


「……。

 本当にいつも言っているんですが、俺は神社のバイトですよ」


「でもめっちゃ頭いいし、霊感もバキバキじゃないですか。

 だからKさんならいつものように、サクッと疑問を解決してくださるかと思いまして」


 らんらんと輝く視線を俺に向ける保育士。悪意はないがすごい目力と圧力だ。


 こんな調子で、俺はこの保育士から「日常のフシギ」を定期的に持ち込まれている。過去数回はたまたま解決したものだから、今回もそのノリでやってきたのだろう。


「あ、でも今回は友達の会社の社長が

 

 “呪いが解けて金庫が開くなら報酬を出してもいい”


 って言ってるらしいですよ? 笑いながら」


「別に呪いのせいで扉が開かないわけじゃないでしょう。冗談のつもりなんですよ。


 ……。

 まあ呪われていること自体はその通りなんですが」


「え!?」

 

 俺の言葉に表情が固まる保育士。


 タブレットを指しながら、俺は写真から感じたものを説明した。


「まずこの金庫は普通の金庫だと思います。ダイヤルを順番に合わせて、鍵を差し込めばロックが解除される仕組みのようですね。

 力づくではまず開けられないでしょうが、テレビでやっているような業者を呼べば開けることができるかもしれません。


 しかしこの布は違う。何かはわかりませんがきわめて強烈な呪いを感じます。


 呪物と言って差し支えがないほどに。

 ご友人が触らなかったのは賢明だったと言えるでしょう」


 言葉を失う保育士を尻目に、布の部分の画像を拡大してみる。

 

 赤色の下地にくすんだオレンジ色の線。

 画像では生地の質感まではわからないが……保育士の友人が言うように、着物の柄と言われればそうにも見える。


 これが画像越しにもわかるほど、とんでもない邪気を発しているのだ。

 

 霊感がない人間にも嫌な感じはしただろう。一人でこれに遭遇してしまったのは気の毒でしかない。


 ただこの布が呪物であるとしたら気になることがある。


「フォルダにもう一枚、写真がありましたよね。そちらをもう一度拝見してもいいですか」

 

「あ……はい。今開きますね」


 保育士が我に帰ったようにタブレットを操作すると、2枚目の画像が映し出された。


 同じく保管庫にある金庫の写真。こちらは月曜日、友人が専務に報告した直後に撮った写真だそうだ。もちろん布は出ていない。


 なぜこんな写真を撮ったのか。保育士の友人いわく「幻が写真に写ってしまったんじゃないか」的なことを疑ったらしい。


 もう一度写真を撮ったらそこに布が写っているのでは? そう思って撮ったものの、まあそんなことはなかったというわけだ。


「もしかして霊感のあるKさんには何かが見えるんですか?」


「いいえ。こちらの写真は何も感じません。

 でもそれがおかしな点の一つです」


「? 何も感じないのにですか?」

 

 保育士の疑問に、俺はさっき布がはみ出ていた箇所を指さした。


「さっきの言った通り、1枚目の写真に写っていた布は強烈な呪いを発していました。もしこれが金庫の中にあるのなら、2枚目の写真からも違和感を覚えるのが普通なんです。

 

 しかしなぜか2枚目の写真からは何も感じない」


「じゃあはみ出ていた布は……月曜までの間に金庫の外に出てどこかへ行ったってことですか?


 それめっちゃ怖いじゃないですか!!!」


「違います。

 誰かが取り出したと考える方が自然でしょう」


 へ? と拍子抜けしたような顔をする保育士に、俺は2枚の画像を拡大して並べた。


 そこには大写しになったダイヤルのつまみが映し出されている。金属製のダイヤルには漢数字で「一二三四……」と刻まれており、それを特定の順番で合わせることで鍵を差し込めるようになる仕組みのようだ。

 

 保育士は2枚の画像と睨めっこをしたのちに「あれ?」と目を細めた。


「1枚目と2枚目の金庫……ダイヤルの数字が変わっている?」


 保育士の指摘に、俺は頷いて返した。


 布の出ている一枚目の写真は、ダイヤルの上部が十六の位置にある。

 しかし二枚目の写真は二十二と三の間に合わさっていた。


「え? あの、Kさん。これってつまり、誰かがダイヤルに触ったってことですか?

 友達が布を見た日曜日から、翌日の月曜日までの間に」


「ええ。ですがこの金庫が本当に開かずの金庫なら、誰かがダイヤルを触る理由なんてありません。


 この金庫は開けられる。

 その前提なら、布は勝手に出ていったというよりも、誰かが回収した可能性が高いと考えるべきでしょう」 


 俺の意図することが伝わったのだろう。保育士が唾を飲む音が聞こえてきた気がした。


 そう。この金庫は開かずの金庫ではない。

 “開かないと思わされている金庫“なのだ。


 この扉が開いてはまずい事情をもつ何者かによって。

 

「——いや、今は誰が扉を開けたかということよりも、べらぼうに危険な布の方をどうにかするのが先でしょう。


 いますぐご友人に連絡をとってください。

 あのレベルの呪物が職場のどこかにあるとすれば、死ぬのが一人や二人じゃ済まないかもしれません」

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