第7話 黒い写真
子供の頃に見つけたヤバい写真の話をする。
小学生の頃の話だ。ばあちゃんが92歳で亡くなった。
俺が幼稚園の頃にはすでに認知症が進んでいて、ここ何年かは施設で暮らしていた。だから葬式の後も、ばあちゃんちの片付けをしなきゃって両親は忙しそうだった。
それで中1の姉ちゃんと俺も手伝うことに。久しぶりに入ったばあちゃんちは埃が被っていて、片付けは一日がかりになるだろうって父さんが言った。
俺が頼まれたのは、タンスや引き出しに入っているものをどんどん床に並べていく作業だった。あとで父さんが仕分けをするから、ひとまず見やすいようにしといてくれってことだった。
で、俺が担当したのはばあちゃんの寝室だった。ばあちゃんが施設に移動してから、この部屋は物置になっていて、いちばんモノが多かった。何か掘り出し物がありそうな感じがして、自分からやりたいって志願したんだ。
俺はまず床に置かれた段ボールを廊下に出した。スペースを作ってから、最初に手をつけたのはばあちゃんの化粧台だった。卑しい話だけど、ちょっとした引き出しに現金とか入ってないかなって期待した。いいものを見つけたら小遣いをやるって言われてたので、気合を入れて作業した。
ただまあ化粧台なので、基本的に入っているのは化粧品。外出用のアクセサリーが数点見つかったものの、しまい方からして高級品ではなさそうだった。宝探しのつもりで始めた作業だったが、期待通りにはいかないな——と思い始めた矢先だ。
引き出しの奥に一通の封筒を見つけた。
表には筆で読めない漢字が書かれており、封筒の口はのりで厳重に封がしてある。
もしかしてどこかに渡す予定だったお金? ワクワクした俺はすぐさま封筒の口を指で破った。
けど期待に反して、中から出てきたのは黒い紙だった。
いや、正確には写真。裏側は白くて、“FUJI FILM”って書かれた透かしと数字の印字があったから写真だってわかった。
ただ黒い紙、って表現した通り、何も写っていない。
なんだこの写真。なぜこんなものを封筒に?
なんか不気味な感じがして、写真を封筒に戻そうとした。その時、自分の指に異変があるのに気がついた。
かすかに黒い汚れがついている。それでわかった。
この写真は黒く塗りつぶされたものだと。
思わずゾッとした。けど一方で、黒塗りの下には何が写っていたのか気になる自分もいた。
少し迷ったが、好奇心の方が勝った俺は写真の塗料を削ってみようと考えた。財布から10円玉を持ってきて、写真の角から慎重に擦っていく。
コインを動かしても写真は黒いままで、最初は塗料を削れていないと思った。しかし写真にはちゃんと削りカスっぽい粉が出ていた。続けて作業をしていくが、削りカスは出るが写真は黒いままといいう時間が続く。
——もしかしてこれ、最初っから真っ黒な写真で……それを上から黒く塗ったってこと?
一体なんのために?
そもそも黒い写真が意味わかんないし、それを塗るのはさらに意味不明だ。思わず手が止まったが、俺は再びコインをつまむ手を動かした。どこかに何か写っているはずだと思ったのだ。
その考えは的中し、写真の中央まで削った時に灰色の何かが現れた。
お、何か出てきた! ってことで一気に中央の塗料を削っていく。
出てきたのは、暗闇にぼんやりと立つ女の姿だった。
眼球が溶け出すように黒い涙を流しており、手と足が異様に細い。
この世のものじゃないって一目でわかる風貌をしていた。
変な声を上げながら俺は写真を投げ捨てた。それから全速力で隣の部屋で作業している姉を呼びに行った。
「写真がヤバいんだって!」と説明になってない説明をする俺に、姉は窓を拭きながら「はあ?」って眉をひそめた。それでも俺が強引に手首を引っ張っていくと、「なんなの急に」なんて文句を言いながらも寝室についてきた。
しかし連れてきておきながら、寝室の入り口で俺の足は止まった。
部屋中に黒い足跡がついていたのだ。
それも地面だけじゃない。壁にも天井にもびっしりと。
声になってない悲鳴をあげて尻餅をつく俺。姉は怪訝な顔をしながら部屋を覗き込み、その上で俺に
「何やってんのあんた」
と言ってきた。
「いや足跡!」ってガタガタ震えながら指を指すも、姉はきょとんとした顔。どうやら姉には足跡が見えていないらしい。
まじで俺にとってはあり得ない話だけど、姉ちゃんはその足跡でいっぱいの部屋に入りながら「……写真ってこれのこと?」と、俺が投げ捨てた写真を拾い上げた。いやそれもよく触れるなってビビったが、姉は「何これ、暗闇の写真?」って言うだけ。
「姉ちゃん怖くないんか」って言う俺に、姉は「何も写ってないじゃん」って写真を俺に見せた。
写真からさっきの女が消えていた。
写真から消えた女。部屋を埋め尽くす黒い足跡。
もしかして写真から出てきた?
そう思い至ると同時に、氷のような悪寒が全身を駆け抜けた。
俺はほとんど反射的に姉の手首を引っ張り、強引に寝室の外へと引っ張りだした。
「痛いんだけど! さっきからなんなの、マジでもう!」と、怒りと困惑が混じった声で叫ぶ姉。しかし俺は構わず、力いっぱい襖を閉めた。
あの足跡。たぶん、あいつはまだ部屋の中にいる。
ここから出したらヤバい。本能がそう叫んでいた。
襖を全力で押さえながら「父さんを呼んで!」と命令口調で叫ぶ俺。姉はもはや怒りを通り越したのか「いい加減にしてよね。私、掃除に戻るから」と呆れたように言った。
そうして姉は俺に背を向け、隣の部屋に戻っていった。
姉の歩いた床には、墨のように黒い足跡が残っていた。
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