第8話 廃墟の島(1/2)★★★★
大学を出てすぐの頃な。俺、ちょっとの間だけユーチューバーをやってたんだよ。
仕事に就くのが嫌でさ。当時オススメに出てきた動画のマネごとみたいなことをしてた。
最初は旅動画みたいなやつがメインだった。けどまったりした感じのは再生数が伸びなかった。
やっぱ視聴者も刺激を求めてんのかなって、廃墟とか、心霊スポットみたいなとこも紹介してみたんだよ。
そしたらちょっとずつ視聴者も増えてきてさ。この勢いを止めちゃいけないって思って、ネットで調べたヤバい島に行ってきたのよ。
その島で起きた出来事が想像の100倍ヤバかった。
あの頃の自分への戒めと、注意喚起の意味も込めて話すから、心して聞いてほしい。
俺が行ったのは九州の某県にある島だった。名前は……
軍艦島って知ってる? 世界遺産の。あれと同じで、かつては石炭の採掘で栄えた島だった。
最盛期には6000人以上の人が住んでいて、島には公共施設はもちろん、当時は珍しかった鉄筋コンクリートづくりの団地や、パチンコ店やスナックが並ぶ繁華街まで作られたらしい。
しかし石油が新しいエネルギーとして活用されるようになり、炭鉱は閉山。その跡地や設備をなんとか有効活用しようとするも、バブル崩壊の時期と重なって計画はことごとく頓挫。島民の流出が相次いだ。
その結果、現在の住民は100人ほど。しかし工場や団地、街並みは取り壊されることなく、そのままになっているという。
要は人の居住しているエリアが限られていて、島の大半が廃墟となっている島だというのだ。
一日二便の高速船に乗って入島したとき、港の周辺ではそんな寂れた印象は受けなかった。道路は綺麗だし、自販機なんかも普通に稼働してたりするしね。小さい郵便局とかもあった。
しかし数百メートルも歩くと、だんだん人の息遣いが感じられなくなってきた。家とかアパートは立ち並んでいるが、どうみてもそのほとんどが空き家なんだ。
人間より家の方が多い。
あれは今まで見たことのない異様な光景だった。
「吊島食料品センター、パチンコ会館玉星、焼肉ランド、ブティックほまれ……」
看板を読み上げながら歩くと、かつては栄えてたんだろうなって感じさせられる。
ただそれも遠い昔のことなんだろう。土産物屋の店先に書かれた“電話・電報あり〼”の文字が、過ぎた年月の長さを教えてくれるようだった。
しかしこれだけ廃れても、まだやってる店があるのを見つけた。
店構えからして、雑貨屋だろうか。ラジオの音が漏れて聞こえる。
半開きになったガラス戸の奥には、店主らしきおっちゃんが酒を飲んでいるのが見えた。
「——ごめんくださーい!」
俺は元気よく店に飛び込んだ。動画のためにギアを上げたってのもそうだけど、ようやく島民らしき人に会えたからマジでテンションが上がっていた。
おっちゃんは「おう、いらっしゃい兄ちゃん」とスルメを齧りながら返事をした。
「客なんて珍しいね。兄ちゃん、観光かい?」
「そんな感じっすねー。
あ、今スマホでカメラ回してるんだけどいいっすか。俺、動画投稿とかやってまして」
「カメラの仕事かい? いいぞ、撮れ撮れ。面白いもんがあるわけじゃねえけどもよ」
酒が入っているからなのか、もともと陽気な人だからなのか、気のいい返事が返ってきた。
これはいけるぞってなって、俺はこの島の見どころについて聞いてみることに。
もちろん心霊系ユーチューバーの俺にとっての見どころは、つまりそういう場所なんだけど。
「なんかオバケとか出る場所知ってます? あ、これお土産です。お近づきのしるしに!」
こういった交渉のために地元から持ってきた酒を渡すと、おっちゃんは「お、気がきくね」とニコニコして喋り始めた。
「お化けねえ……。この島じゃお化けなんか珍しくもなんともねえよ。
住人みたいなもんだわな」
「え、マジで言ってます? どこ行けば見られますか!?」
「ここの裏手の団地なんかちょうどいいんじゃねえかな。
確かまだ住んでる人間もいるし、港も近いしな」
——そういった意味で、島の奥の廃棄場や神社、岬のあたりはおすすめしないと言われた。
悲鳴が誰にも届かんから。
助けが来んから、と。
そうおっちゃんが付け足したとき、ちょっとだけ背筋が冷たくなるのを感じた。
それからおっちゃんにお礼を言って、俺は今夜宿泊する施設へと向かった。さすがに昼間じゃ撮れ高もないだろうから、夜まで時間を潰すことにしたのだ。
この島唯一の宿は区民館と宿泊施設が合わさったような建物だった。6部屋ほど客間の存在が確認できたが、俺の他に泊まっている人はなさそうだった。
そんな建物の玄関に灯りがついたのを見て、俺は再び外へ出た。
通ったのは昼間と同じ道。けど印象はまるで違った。両脇に街灯があるのに、一つも灯りがついていない。
ゴーストタウンという言葉がこれほど似合う光景もないと思った。
何も出ない方が不思議だと思うくらいに。
「——これは期待しちゃうね。情報ありがとな。おっちゃん」
ワクワク半分、強がり半分で俺はそんなことを口にした。
ちょうどおっちゃんの店の前あたりに来ていたが、明かりはついておらず、ガラス戸も閉まっているのが見えた。まだ19時前だが、閉店時間なんてあってないようなものなんだろう。
それから旧街道を進み、脇道を抜けたところで問題の団地を見つけることができた。
6階建ての要塞みたいなコンクリートのマンション群。そんなのが折り重なるみたいに並んでいる。外壁は蔦が生い茂り、いくつかの部屋のガラスも割れていた。
駐輪場には2・3台の朽ちた自転車が放置されている。
その脇には“遊具公園”と書かれた看板が設置されていたが、描かれたウサギの目からは茶色の錆が流れていた。
まだ住んでる人間がいるはずっておっちゃんは言ってたけどさ。なんの冗談だって思った。
見てるだけで足が
その上、地元民のおっちゃんからは「出る」って言うお墨付き。正直もう帰ろうかと思った。
けどここで帰ったら何のために来たのかわからんし……そんな葛藤をしていた矢先。
視界の端に人影が見えた。
さすがに住人を懐中電灯で照らすのはどうかと思って目を凝らす俺。
セーラー服だった。
俺が見たのは、セーラー服を着たヤツがふらふらと歩いてて、建物の影に消えた瞬間だった。
変な言い方するなって思ったでしょ。セーラー服を着たヤツって。
でもそうとしか言いようがなかったんだよ。
だってあれ……人間じゃなかったからね。
セーラー服を着たそいつは、体と頭が首で繋がってなかった。
女の子の頭部が胴体の上に浮かび、地球儀みたいにクルクル回ってたんだよ。
あれ見た瞬間な。胃袋の中身が喉元まで戻ってきたよ。これ以上やめとけって体が拒否したんだろうね。
だけど俺はスマホを掲げて……ヤツの後を追ってしまった。
カメラに収めなきゃ意味ねえだろって、危険を訴える本能にブレーキをかけたんだ。
それだけ再生数を増やすことに取り憑かれてた。でも俺はバカだった。
命より大事なものなんてない。
そんなことも忘れてしまってたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます