第16話 冠水道路で見たモノ

 大雨が降ると思い出すことがある。


 3年くらい前のこと。私の住んでいる街で、道路が冠水するレベルの大雨があった。


 冠水って言っても足首くらいの高さだから、頑張れば外出できなくもないって感じ。私は大学を休んで家にこもってたけど、時々、傘をさした歩行者やゆっくり走る車を窓の外に見かけた。

 

 少なくとも道路の水がひかないと、バイトにも遊びにも行けない。私はスマホをいじりながら「いつまで降るんだろ」って外を見ていた。


 そんな時だ。



 

 冠水した路面から半分だけ顔を出している男が見えた。



 

 ごめん、言い方が難しいんだけど……プールで顔を半分だけ出している人を想像して。それの水溜まりバージョンって感じ。


 でもプールには深さがあるから不自然じゃないわけで、普通、くるぶしほどの冠水じゃ「顔半分だけ出す」なんてことはできないはずでしょ。


 一瞬、見間違いかなって思って目をこすった。けど間違いなくヒトの顔の上半分がそこにあった。

 眉毛の太い短髪の男の顔が、鼻より下の部分を沈めている。人間なら呼吸ができないはずだが、顔はピクリとも動かず道路の向こうを見ていた。


 見間違いの線を諦めた私は、「あれは作り物だ」と自分に言い聞かせた。風も強いし、リアル路線のカカシが飛んできたとか、トラックの荷台からマネキンの首が落ちたとか、ちょっと無理がありそうな説も色々と考えた。


 しかし、どう思い込もうとしても恐怖は消えなかった。かといって外へ確認しにいく勇気はない。


 どうしよう。っていうかあれはどうかすべきモノなの? 関わらない方がいいやつ?


 うるさいくらいに鳴る心臓の音を聞きながら見ていると、ザザザ、と水をかき分けるような音が耳に届いた。


 白いワゴン車が水を跳ねながらこちらに向かっている。


 位置的には運転席からも見えているはずだが、顔の前まで来ても車は全く減速する気配がない。


 あ、く、と思った。


 顔を覆いながらもやっぱり目は離せなくて、指の間から路面を見続けた。


 ワゴンが通り抜け、水飛沫がおさまった時……顔はその場から消えていた。


 よかった、と単純に私は思った。


 そんなわけないけど、アレがもし人間だったら見てられない光景になってたはずだ。


 ふぅ、っと深く息をついて私は背もたれに体重を預けた。なんだかどっと疲れた気がして、しばらくぼーっと天井を見ていた。


 うとうとする中で救急車のサイレンが聞こえた気がしたけど……私はあんまり気にせず、いつの間にか寝ちゃってた。





 

 雨が上がったのは翌日の深夜だった。路面を覆っていた水も朝にはすっかり流れ、私は久しぶりに大学へ行った。


 その大学からの帰り道。駅でたまたま会った中学の同級生と「昨日までの雨すごかったよねー」なんて喋りながら歩いていた。


 昨日の不気味な記憶も薄れ、なんだか気のせいだったような感じもしかけてたんだけど……。

 

 電柱に立てかけてあった看板を見て、私は思わず足を止めた。


 “白いワゴンと電柱の衝突事故

 見た方は以下の番号に連絡をください

 ◯◯警察署“


 ——あの“顔“と、それを踏み潰すように通過した白いワゴンの映像が私の脳裏によぎった。


 立ち止まって看板を凝視する私に、友達は「ああこの事故! ねえ、聞いた?」と友達が興奮気味に話を始めた。


「明け方に散歩してたうちのお母さんが警察に聞かれたんだけどさ。昨日、ワゴン車が電柱にぶつかって運転手が死んじゃったんだって。


 轢き逃げでもないし、普通、こういうのって目撃者とか探さないでしょ。


 でも警察が言うにはおかしなことがあるらしくて……」

 

 おかしなこと? そう聞き返す代わりに喉を鳴らす私に、友達は続けた。




「ぶつかった時にはもう死んでたっぽいんだって。しかも遺体は不自然なくらいびしょ濡れで。


 でも直前まで運転してたはずでしょ?

 一体何があったんだろうね」

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