第15話 いちばん奥のシャワー室★
バイト先で起きた話ね。
大学1年の頃に、地元の市民プールでバイトをしてたの。
バイトの内容は監視員と掃除。基本的にはプールサイドの椅子に座ってて、たまに更衣室とかトイレの掃除をするような感じ。
最初に「あれ?」って思ったのは、トイレ掃除を終えて更衣室を通った時のことだった。
うちのプールにはトイレが何箇所かあるんだけど、いちばん利用されているのが更衣室に併設されてるトイレだった。だから利用時間内にも掃除の時間が一回あったんだけど、そこへ行くには更衣室を通る必要があった。
で、うちの更衣室にはシャワールームが併設されてる。プールの隣がトレーニングルームになってるから、そこで汗をかいた人が使うためのものだった。
あれ? って思ったのはそのシャワールームのこと。
いちばん奥にあるシャワールームのカーテンが閉まっていたの。
うちのシャワールームは利用する際にカーテンを閉められるようになっている。つまりカーテンが閉まっているのは「使用中」って意味なのね。
けどシャワールームはしんとしていて、水の音がぜんぜん聞こえてこない。
シャワーを使い終わった人が間違えて閉めたのかな。そう思って私はカーテンの閉まっているシャワールームへ向かった。
閉まっているカーテンの前に立ってもやっぱり人の気配はしない。それでも一応「ご利用中ですか」と声をかけるも返事はない。
それでカーテンに手をかけたんだけど、その時たまたま気がついた。
カーテンの下に黒いネイルを塗った足が見えたのだ。
「あ……失礼しました!」
私はカーテンから手を離し、慌ててその場を立ち去った。
びっくりした。いるなら返事してよね。そんなふうに文句を言いながら掃除道具の倉庫へ向かった。
けどその途中でなんかおかしくない? って思った。
シャワールームで水も出さずに何をしてたんだろう。
さらに言えば足の爪がこっちを向いてたってことは、中からこっちを向いてたってこと?
——。変な客。
私はちょっと不気味だなと思いながらも、それ以上深く考えることはなかった。
しかしある日の夜。不気味だなって私の感覚は“恐怖“へと変貌した。
あの日は夕方からラストまでのシフトだった。
最後の利用者がフロントを通ったのを見て、私は更衣室の点検へと向かった。
ロッカーの鍵は全て刺さっているか。忘れ物は残っていないか。点検を進めていき、最後に見るのがシャワールームだった。
シャワールームの入り口に立ち入って……私は思わずギョッとした。
いちばん奥のシャワールームがまた閉まっているのだ。
お客さんはみんな帰ったはず。じゃあなんでカーテンが閉まってるわけ?
普通に考えれば、誰かが間違えてカーテンを閉めて帰っただけ……なんだけど、私はあの時の光景がよぎってついカーテンの下を見た。
黒いネイルの指。
あの時のお客さんと同じだ。いや——
本当に客?
「だ、誰なの。いるなら出てきてよ!」
パニックになった私は叫んだ。およそバイト店員にふさわしくない言い方だったけど、そんなの気にしてられなかった。
そしたらカーテンの横の隙間から、爪の黒い指が出てきた。
カーテンの上から下までびっしり埋め尽くすほどの、無数の指。
それがカーテンを開けるような仕草を見せたところで——私は転げるようにシャワー室から走り去った。
文字じゃ書き表せないような私の悲鳴を聞いた先輩と社員さんが「ど、どうしたどうした!?」って更衣室に駆け込んできて、私はガタガタ震える指をシャワー室へ向けた。
何も喋れなくなってる私を見て、二人はごくりと唾を飲んでシャワー室を見に行った。
いちばん奥のカーテンは開いていて。
シャワー室には誰もいなかったという。
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