第12話 枯井戸の正体(1/2)

 人生が狂った話をしようと思う。多分、今も現在進行形で狂ってる。オカルト、っていうか若干SFじみた話なんだけど、それでもいいって人は聞いてくれ。


 できればアドバイスもほしい。頭がいい人いたら頼む。


 時は俺が小学生の頃に遡る。


 俺の父さんが長野の田舎に別荘を買ったんだ。古民家なんだけどかなり広く、屋敷って言ってもいいと思う。それが不動産屋に安く売り出されていたらしい。

 

 近場に川とかスキー場があったから、毎年夏と冬に1週間くらいずつ滞在してた。


 でも田舎だから、なんも予定がない日はやっぱ暇なわけ。俺は別荘の近くを探検したり、庭でボール遊びをしてたりして時間を潰してたんだけど、あるとき庭の隅にある井戸が気になった。


 ずいぶん深くて底は見えないんだけど、桶のついた縄を降ろしても水は汲めない。いわゆる枯井戸ってやつだ。


 別荘を買った最初の年に、父親から「危ないから近づかないように」って言われた。けど近づくなって言われると近づきたくなるもので、俺はたまに親の目を盗んで井戸をのぞいていた。

 

 あるとき、父親が祭りの手伝いで不在の日があった。定住者ではないが、顔を出しておくと別荘の管理もいろいろ親切にしてくれるって話らしい。


 父が出かけ、母も昼寝してるってことで、俺は庭で一人ボールを蹴っていた。


 そんでたまたまボールが井戸の方へ転がって行ってさ。いつも見てるはずの井戸が、この日は妙に気になったのよ。


 その時はなんでかわからなかった。けど俺はちょっと思い立って、家から懐中電灯を持って井戸へ戻った。

 

 懐中電灯を持った手を井戸へ突っ込むと、中の空気はひんやりしていた。で、スイッチを入れて覗くと、初めて井戸の底らしき場所が見えた。


 ライトで照らすまでは地獄の底まで繋がっているように思えた井戸だけど、照らすと大した深さじゃなかった。底に積もった砂地と雑草が肉眼で見える。


 こんなもんか……ってライトを消そうとした時、俺はあるものに視線を奪われた。


 井戸の底に横穴があるのだ。


 それも縦に長く、かがめば大人でも入れそうな大きさだ。昔はあそこから水が流れてきたのかな、なんて最初は思ったが、水が出ないからって「じゃあ横に掘ろう」って発想にはならない。


 じゃあなんだあの穴。


 もしかして通路?


 そう思うと興味が湧いて、俺はなんとか井戸の底へ降りられないかと考えた。飛び降りるのは厳しいけど、何か道具があれば降りられそうな高さだ。


 そんな俺が目をつけたのは、水を汲むための桶がついている縄だった。


 試しに桶を底まで降ろし、納屋に積まれていた角材を縄に縛りつける。そして下に引っ張ると、うまいこと角材が滑車に引っかかって縄を固定することに成功した。


 懐中電灯を口に咥えて、恐る恐る縄を降りてみる。意外としっかりしていて、これなら戻る時も大丈夫だなって思ったんだけど……。

 

 その時はじめて「あれ?」って思った。

 縄が新しくなっていたことに気づいたのだ。

 

 桶はボロいままだったからすぐに気づかなかったんだけど、くくりつけられた縄だけが真新しいものに変わっている。それが違和感の正体だった。


 けどなんで縄だけ取り替えたんだろう。ずっと使っていない井戸なのに。


 そんなことを考えているうちに、俺は井戸の底にたどり着いた。そして横穴を目にしたら、縄の疑問は吹き飛んでしまった。


 ぽっかり空いた横穴は不気味だけど、それ以上に子供の冒険心をくすぐる何かがあった。俺は宝探しの冒険にでも行く気分で横穴に足を踏み入れた。


 懐中電灯で足元を照らし、壁伝いに進んでいく。「何かお宝が見つかるかも!」って期待する反面、「まあどこかで行き止まりなんだろうな」って冷静な結果も頭の片隅に置いていた。


 けど結果はどっちとも違って、横穴から伸びる空洞はどんどん奥へと続いている。


 一本道だから迷うことはないのだが、戻れなくなったらどうしようって不安を抱き始めた。


 だがもうちょっと進んだら戻ろうって思い始めたタイミングで、ようやく変化が現れた。


 空洞の途中に鉄の扉が出現したのだ。


 ドアノブも、鍵穴らしきものもなかったが、押したら子供の力でもゆっくりと扉は開いた。そして扉の向こうはまた空洞が続いている。


 思わず「なんのための扉?」って疑問が口をついた。しかし向こう側へ通り、扉が閉まった後になってミスったことに気がついた。


 ドアノブがないということは、閉まったドアを引っ張ることができない。

 つまり戻ることができないのだ。


 行きは押せば通れるが、引き返すことはできないという仕組み……それに気づいた時、冷たい汗がこめかみを伝った。


 すでにかなり奥まできてしまっている。鉄の扉の向こう、井戸の外にいる家族まで声が届くとは思えない。


 俺は絶望しかけるも、空洞はまだ先まで続いていることに気がついた。


 もしこれが逆からの侵入を防ぐためのものなら、少なくともどこかに繋がっているはず……。


 祈るような気持ちで、俺はずんずん奥へと進んでいった。そしたら2〜3分くらい歩いた時だったかな。遠くに光が射しているのが見えた。


 俺は泣きそうになりながらダッシュした。空洞の出口を覆っていたのは蔦だったが、かきわけたら簡単に出ることができた。


 そこは切り立った山を少し登ったところで、下に舗装された道路が見える。


 俺は涙を拭うと、その場にへたり込んだ。力が抜けたんだ。助かったと思って。


 けど俺は勘違いしていた。


 洞穴の脱出はゴールじゃなくて、始まりだったんだ。

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