第2話 洋館N(1/2)
大学の頃の話。
大学2年の時、俺は同じゼミの仲間二人とよくつるんでた。名前をAとBって呼ぶことにする。
そのうちの一人のAがいわゆる廃墟マニアってやつで、よく一人で全国の廃墟を見て回っていた。
そんなAが、ある時「ガチの廃墟を見つけた。一緒にどうだ」って俺とBを誘ってきた。
ガチって何だって話なんだけど、どうやらその場所は怪現象が起きる場所らしく、Aにとってはそれが心が躍るポイントだったようだ。
Googleマップとかにも場所は載っていなくて、一部の廃墟マニアしか知らない場所だという。
俺は別に廃墟に興味があるわけじゃなかった。けどヒマだったし、旅行のついでならってことで、俺とBはAの誘いに乗ることにしたんだ。
例の廃墟には、旅行最終日の夜に立ち寄った。
山間の国道から、茂みに隠れた細い脇道へと入る。昼でもよく見ないと見つけられないような道だった。
それから車で3分くらい走ると、少し広い場所に出た。
車を停めて外に出ると、まず橋が見えた。赤く塗られた鉄の一本橋。
微かに水の音が聞こえたから、下は川が流れているんだろう。
そして橋の向こうには洋館があった。
橋の手前の郵便受けに表札があったので……とりあえず家主の頭文字を取って“洋館N“って呼ぶことにする。
それでAの聞いた怪現象はどんなのかって尋ねると、この洋館にある「人形」がヤバいという。
ただどうヤバいかっていうのは曖昧で、所詮は噂話だなって思った。人形っていうのもありがちだし。
それより橋が重さで落ちたりしないだろうな……って照らしたら、見えたものに思わずギョッとした。
橋の中央に日本人形が置かれていたのだ。
俺の声でAとBも気づいたらしく「うぉっ」「何あれマジじゃん」って興奮気味にリアクションをとった。
「いやあ、初っぱなからやってくれるねえ」
とかなんとか言って、Aは嬉しそうに写真をとっている。
俺は「何あれ、さすがに気味悪くないか」って言ってみるものの、Bは「噂話を聞いた誰かがビビらすために置いたんだろ」……なんて感じで、怖がってるのは俺だけみたいだった。
それからAとBは先に橋を渡り始めた。幅が人ひとり分しかないので、洋館のある向こう岸へ渡るには人形を跨いで行くことになる。
「失礼しますよ、っと」なんて言って、AとBはさっさと橋を渡り切ってしまった。それから俺の方を振り返って、「なんともないから早くこいよ」って手招きすんの。
俺はもう一回人形をチラ見してから「やっぱ帰らねえ?」って叫んだ。人形を置いたのは誰かのイタズラ、っていうBの意見に納得してなかったわけじゃない。けど猛烈に嫌な予感がしたのだ。
ここから先はやめとけ。
そう警告されているような気がした。
「なんだよ、その人形がこえーの?」
癪に障る感じでBが言ってきたけど、それでもうやめようってなるならと思い、頷いた。
するとAが「しょーがねーな」って言いながら再び橋を渡り始めた。
そして人形を橋の下に蹴落としたのだ。
——下は川のはずだが、水音は聞こえなかった。まるで奈落の底に落ちたみたいに、人形はただ闇に吸い込まれていった。
「これでいいだろ。ほらもう行くぞ」
そう言ってスタスタと戻っていくA。さすがにBも呆気に取られたようだが、「そこまでやんのはすげえよ」ってAの後ろについていった。
俺はというと、しばらく茫然と橋の下の暗闇を見ていた。しかし二人の声が遠ざかると慌てて橋に足を踏み入れた。あの場所に一人で取り残される方が不安だったからだ。
ただ橋を渡る最中は絶対に下を見ないようにした。
さっきの人形が下から恨めしそうに俺を見上げている……そんな妄想が頭に浮かんだ。
10mくらいの橋だから、渡り切るのに大した時間はかかっていないはず。けど不安のせいかやたら長く感じた。
——振り返ってみれば、あの時が運命の分かれ目だったと思う。
これから払うシャレにならない代償を考えたら、俺は二人の首根っこを掴んででも引き返すべきだったのだ。
正面の玄関は開かなかったが、裏口の扉は鍵が壊れていて中に入ることができた。
その扉は小さな調理場につながっていた。家の台所とは違って、民宿の調理場のような空間だ。中央にアルミの台があって、配線のちぎれた業務用冷蔵庫のようなものが置かれている。
調理場の端にはスイングドアがあって、そこを通ると広めのリビング・ダイニングにつながっていた。10名ほどが掛けられそうな長いテーブルが2つ。奥にはソファと、ブラウン管テレビ。カビが生えて白くなった木製のオルガンもあった。
個人経営のペンションのような内装だなと思った。残留物がやたら残っていることからも、もしかして夜逃げのような形で廃墟になったのかもしれない。
AとBは「へー」とか「ほー」とか言いながら部屋にあるものを眺めていた。特にAなんかは「このオルガンならねーな。なるわけねーか」なんて言いながら鍵盤をツンツン押している。あんな見てるだけで呪われそうなオルガンをよく触れるなって思った。
そんな折だった。色々と見て歩き回っていたBが突然「あれ」って言って足を止めた。
Bの見ている先は半開きの扉だった。おそらく廊下に通じる扉だと思う。「そっちがどうかした?」って俺が尋ねると、Bは顔をしかめながら
「今、なんか通らなかった?」
と言った。
「え、え? 俺たち以外に誰かいるってこと?」
興奮気味に尋ねるAに、Bは「いや、人かどうかはわからんけど」と扉の隙間を見ながら続けた。
「一瞬、影が動いたように見えただけだから……。
ネズミとか? どうだろ、見間違いかも」
「——人間だったらやべーよな。ホームレスとかが住みつく場合もあるわけだし」
Aの相槌を聞きながら、確かにそれが一番危険だなって思った。で、橋の日本人形がそいつによって置かれたものだとすれば、結構な奇人の可能性がある。いきなり襲ってくるとかもあるかもしれない。
それもふまえて「戻ろう」と申し出るも、Bが「いやでも人間だったら、さすがにわかるか」と床板をぎしぎし鳴らした。そしたらAは「ならユーレイってことじゃん?」ってなり、半開きの扉を押した。
扉の向こうは正面玄関と扉が二つ、それと2階へ通じる階段があった。
二つの扉はそれぞれトイレとバスルームで、ボロボロだがそこでは何も起きなかった。
そして2階へ登ろうってなったが、途中でAは「人形がやべーって噂だけどさ。もしかして橋のヤツがそれだったのか?」と口を尖らせた。
「だとしたら拍子抜けだよな。あん時がハイライトだったってことじゃん。
そろそろ何か起きてくんないとねー」
いや何か起きちゃまずいだろ。っていうか、このまま何も起きないまま終わってくれ。
そんなことを思っていた矢先。
先頭を歩いていたAの足が止まった。
どうした? って聞くBに、Aが黙って指を指している。
俺は背中から覗き込むようにして指の先を見た。
懐中電灯に照らされた廊下の真ん中。
橋から落ちたはずの日本人形がこっちを見ていた。
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