第4話 針ヶ瀬レジャーランド女児失踪事件

 夕方のニュースで話題になってたね。


 見た人いるかな。針ヶ瀬レジャーランド取り壊しのニュース。


 まだあったんだ、って思った人がほとんどだと思う……むしろ今だと知らない人の方が多いのかな。もう閉園してから30年くらい経ってるもんね。


 営業していたのは昭和51年から平成4年の17年間。なんてことない地方の遊園地だけど、規模はそれなりだったから、記憶にある人もいると思う。


 ただ行ったことない人でも、この事件は聞いたことある人もいるんじゃないかな。


 針ヶ瀬レジャーランド女児失踪事件。


 繁忙期の遊園地で人がごったがえしていた園内で、当時8歳の女児「置田あゆかちゃん」が失踪。誘拐されたとみられている事件だ。


 遊園地でいなくなったあゆかちゃんは今も見つかっておらず、「日本 未解決事件」で検索するといくつかのサイトでその詳細が書かれてる。


 簡単に情報がまとまってる記事があったからコピペするね↓



 


◯平成3年10月2日。小学2年生の置田あゆかちゃん(8)は父母と共に3人で針ヶ瀬レジャーランドに来園。


◯13時過ぎ。中央広場のフードコートにて、あゆかちゃんは「ゲームコーナーを見に行く」と言い残し、食事中の両親の元を離れる。

 

◯13時13分ごろ。ゲームコーナーの男性従業員が、景品を見ていたあゆかちゃんと会話。


◯13時18分ごろ。メリーゴーランド横で風船を配っていた女性従業員が、あゆかちゃんらしき女児に風船を手渡す。


◯13時28分ごろ。食事を終えた両親がゲームコーナーに向かうもあゆかちゃんの姿がない。

 トイレや周辺を探しても見つからず、迷子センターへ連絡。


◯14時ごろ。園内放送をするも情報はなく、従業員数名があゆかちゃんの捜索を開始。


◯15時30分ごろ。レジャーランドから警察へ通報。

 閉園時間を早め、警察と共に従業員が総出で捜索するも手がかりなし。


◯16時30分ごろ。周辺道路に検問が敷かれるも、手がかりなし。


 


 当時は今ほど監視カメラが多い時代ではなく、あゆかちゃんの足取りを掴むのは難航した。


 テーマパークのメインゲートにのみ3台のカメラがあったが、警察が調べるも、ゲートを出ていくあゆかちゃんの姿は映っていなかった。

 

 地元警察は誘拐事件として捜査本部を設置。犯人は従業員の通用口などから連れ去った線で捜査。

 

 しかしろくな手がかりも見つからないまま30年以上が経ち、あゆかちゃんの両親は今も娘の帰りを待ち続けている。


 あの事件は当時すごく話題になった。人がごったがえしている上に、出入り口の限られる遊園地であゆかちゃんはどこへ姿を消したのか。怪事件みたいな扱いで、ワイドショーでは有識者とかいう人たちがいろんな見解を話してた。ただそれも、直後に政治家の汚職が話題になったりとかで、すぐニュースから消えちゃったんだけどさ。


 ——それで、なんで私が今さらこの話を始めたかっていうとね。久しぶりに当時の写真や映像をニュースで見たりして、やっぱり私……黙ってちゃいけないって思ったの。



 事件のことで私は知っていることがある。


 あゆかちゃんがいなくなったあの日、私は針ヶ瀬レジャーランドに来ていた。


 そこで、おそらく失踪直前のあゆかちゃんを見たのよ。





 

 平成3年10月2日。当時の私は5歳。


 私が“見た“っていう現場は、メリーゴーランドの横の広場だった。クレープ屋さんが出ていたり、着ぐるみが風船を配っていたりして、広場はとても賑やかだった。


 私は何をしてたかっていうと、両親と一緒にメリーゴーランドの行列に並んでた。なかなか順番が回ってこないから退屈で、なんとなく広場の方を見ていたのね。



 

 すると一人の女の子が目に留まった。くすんだ白いワンピースを着た女の子。

 髪を腰くらいまで伸ばしていて、顔は前髪で隠れて見えない。



 

 ただ何かをじっと見ているような感じだった。みんながザワザワと動く中、その子だけ時が止まったように動かずただ一点を見てた。そんな様子が周囲の景色から浮いてて、なんとなく気になったのね。


 まあ私もずっと見てるわけじゃないんだけど、目をひかれるっていうかさ。気がつくと女の子の姿を追っていた。


 最初はただ立ってただけの女の子なんだけど、途中でいる場所が変わった。ずっとそこにいたらその方が変だからそれはいいんだけど、でもやっぱり違和感があった。


 だってここは遊園地なのに、遊具を見るでもなければ、スナック類を見てるわけでもない。じゃあ彼女はここに何しにきて、何をじっと見ているのだろうって。



 

 けどそんな疑問も、見てたら途中で気づいた。


 白い服の女の子は、ある別の女の子の後について歩いていたの。


 そしてその距離はだんだんと近づいている。


 後からニュースで見て知ったけど、服装とかからして……後をつけられているその子があゆかちゃんだった。



 

 最初は姉妹か何かかと思った。でもあゆかちゃんは全く後ろの子を気にかけていない。じゃあ他人かっていえば、それも違和感があった。背中にピッタリくっついて歩いているのに、あゆかちゃんは何も言わないどころか、気づいている様子もない。あゆかちゃんは着ぐるみが配っている風船に夢中になってるみたいだったけど、それにしたっておかしい。


 じゃあ後ろのあの子は誰?

 

 そんな疑問を持ちながら、私は改めて女の子をよく見た。それで初めて気づいたことがあった。


 後ろの女の子は裸足だった。

 

 遊園地で裸足が普通じゃないことは、当時5歳の私にだってわかる。

 

「ねえ……あのお姉ちゃん変だよね?」


 私はそう言って、一緒に並んでいる両親の服の裾を引っ張った。すると母は私の指した方向を見て「何が変なのよ。普通の子じゃない」と言った。


 ちがう、風船をもらってる子じゃなくてその後ろの……。私がそう続けようとするも、ちょうどそのタイミングで


「お待たせしました。チケット拝見しますね」


と、係員のお兄さんが人のいい笑顔を私に向けた。

 

「ほら行かなきゃ。乗りたいお馬さんがなくなっちゃうぞ」

 

 父に手を引かれてメリーゴーランドに向かう私。けど私はメリーゴーランドよりもあの女の子が気になって仕方がなかった。


 またがった馬の上からさっきの場所へ視線を送る。


 白い服の女の子がいるのはあゆかちゃんのすぐ後ろ。

 首筋に前髪が触れるような距離に迫っている。


 こんなのおかしい。

 

「ねえ、後ろ——!」


 私はあゆかちゃんに向かって声をあげた。しかしそれをかき消すかのように、メリーゴーランドが動き出すブザーが鳴った。


 ゆっくりと馬が回転を始める。

 そのタイミングだった。


 後ろの女の子の腕が、あゆかちゃんに向かって伸びた。



 

 文字通り伸びたの。

 身長くらいの長さに。



 


「ひっ……!」


 悲鳴を飲み込むように、両手で口を押さえた。


 思わずポールから手を離してバランスを崩す私。後ろに乗っていた父が「おっと危ない。気をつけなきゃ」と言って笑ったがそれどころじゃなかった。


「ねえ今、あそこでお姉ちゃんが……」


 さっき見た異様な光景を伝えようとするも、馬の回転が始まってあゆかちゃんたちは視界から消えていた。


 私は内心で「早くさっきの場所に戻って」と繰り返した。


 あの長い腕。抱きつこうとした? 首を絞めようとした?


 わからないけど、いい予感はしなかった。


 緩やかに加速する馬が再びスタートの位置へと差しかかる。

 

 しかしいなかった。

 後ろの女の子も。あゆかちゃんも。


 周りに遮蔽しゃへい物なんてないのにどこにも。


 人混みに紛れた……って言いたいでしょ?


 でもありえる? 人混みに消えることが、二人同時になんて。

 

 あっけに取られる私を見て「どうかした?」と父が尋ねたが、私はうまく答えられなかった。


 見間違いだって言われそうな気がしたし、実際私もそう思いたかった。


 それからメリーゴーランドを降りて、予定ではまだ遊ぶはずだったんだけど、私が唖然とした感じになっちゃって。両親が心配して3時には帰ることになった。

 

 あゆかちゃんのことは、家に帰ってから見た臨時ニュースで知った。


 両親は「さっきまでいた遊園地じゃない」「もしかしてうちの子も危なかった?」なんて言いながらも、どこか他人事のような感じでテレビ画面を見ていた。


 そんな中で私だけが険しい顔をしていた。


 ——そして私は意を決して口を開いた。

 「あゆかちゃんを見た」と。


 後ろから腕の長い女の子がけていた、と。

 

 見た光景をそのまま伝えた。


 懸命に喋る私の話に、両親は息を呑んで耳を傾けていた。しかし最終的には「そんなはずはない」「疲れているし、怖いニュースを見たからそう思ったんだろう」と結論づけ、私を寝室へ連れていった。


 今でもあの光景は鮮明に覚えてる。だから間違いなんてない。

 

 けど当時は5歳だったし、両親にそう言われたら納得するしかなかった。


 それから時間も経って、私もだんだんと思い違いだったんじゃないかと思うようになった。


 けど最近……レジャーランド取り壊しで、当時の事件を振り返る特集が組まれたじゃない。

 その中であゆかちゃんの映像が流れたの。


 撮影日時は事件の日の午前中。あゆかちゃんが両親と一緒にメインゲートから入場する、不鮮明な防犯カメラの映像だった。


 そこに映っていたあゆかちゃんの格好は、私の記憶にある服装とやっぱり一致してた。

 

 ただ、今更それが何かの手がかりになるわけない。そう思って見ていた。


 しかし。


 映像が途切れるその瞬間、私は画面のはじに見てしまった。



 


 両親と手を繋ぐあゆかちゃんを見つめる、白い服の女の子の背中を。



 

 

 ——あの日あの時の光景がフラッシュバックし、私は一人リビングで奇声をあげた。


 あゆかちゃんへ伸ばされた長い腕。


 やっぱりあれは、連れていかれる瞬間だったってこと?

 

 ……。

 信じたくないけど……あれって幽霊だったのかな。

  

 もし幽霊の仕業なら、まだあゆかちゃんは針ヶ瀬レジャーランドにいるかもしれないってこと?


 廃墟になった遊園地のどこかに。


 ——取り壊しが決まって、子供の頃に見てしまったあの光景が気になってしまった。このままレジャーランドの解体がされたら、私のモヤモヤは一生消えないんじゃないかと思ってる。

 

 けど警察が信じてくれるわけない。だからここで告白したの。

 このSNSを読んだ方、どなたか信じてくれる人はいませんか?




 


 SNS上にそんな投稿がなされ、一部の界隈ではプチ炎上して話題となった。

 以下は反応の一部を抜粋。

 

 

「今も警察や家族が必死に探しているのに不謹慎」

「創作としては面白い」

「白い服の女の子なら俺も針ヶ瀬レジャーランドで見たわ」

「すぐ逃てればね、、どうしても赤い風船が欲しかったのカな」

「はいはい、承認欲求乙」


 

 今日に至るまで、あゆかちゃんの行方はわかっていない。

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