第5話 知らない間に届く手紙(1/2)★★

 ある日のことです。私は友達のユカから奇妙な相談を受けました。


「知らない間に脅迫状が届く。どうしよう。怖い」


 そう書かれたメッセージの次には、写真が添付されていました。


 それは三つ折りにされた便箋の画像。

 内容はこのようなものでした。



 

“お前が私を殺した”

 



 この文章のほかには何も書かれていません。差出人の名前もなし。


 もちろん人を殺すような友達ではないので、イタズラじゃないの? と尋ねました。ユカも最初はそう思ったと言います。


 ただ彼女が言うには、手紙は3〜4日おきに何度も届くらしいのです。


 全く同じ文章で。

 執拗さすら感じるやり口に、ユカは恐怖を覚えました。


 警察に相談は? 私が尋ねると、それはとっくにやったといいます。しかし危害を加える等の内容はないため、事件として扱うことはできないということでした。


 確かにこの文章。肝心要のところがよくわかりません。


 誰が誰を殺したのかということ。


 意味がわからないぶん、ただただ気味が悪いね……。私がそう話すと、ユカは「それも気味悪いけど、一番はそこじゃなくて」と言いました。


「知らない間に届くの。この手紙」


「? 手紙なんて普通、知らない間に届くものでしょ?」


「違うの。玄関先の監視カメラに、誰も映っていないの。


 誰も投函していないのに、この手紙はいつの間にか宅配ボックスの中に入っているのよ」







「——そこで神社でお勤めのKさんのところへ、ご相談を持ってきました」


 そんなことを言いながら、知り合いの保育士は手紙の画像を映すタブレットを俺の前に置いた。


「……。

 この間も話しましたが、俺は神主の見習いなんですが」


「はい。誰も出してないのに手紙が入っている……こんなの霊の仕業に決まってるじゃないですか!

 Kさんの得意分野ですよね」


 得意分野……。呟きながらため息をつく自分に気がついた。


 確かに俺は世間で言うところの霊感というヤツがある。しかし世の中の不思議を何でも解決しようってたぐいの人間ではない。


 この保育士は前にも一度、俺に相談を持ちかけたあった。それがたまたまうまく解決したものだから、今回もそのノリでやってきたのかもしれない。


 しかし今回のケースは明らかに別物だろ。やんわりとそう伝えるも、相変わらず耳を貸す様子はなく話は進んだ。


「警察が捜査してくれないものだから、友達のユカは自分で玄関先に監視カメラをつけました。1回目の手紙を受け取った直後です。


 翌日になって、試しに監視カメラを確認するも不審な人物は映っていません。手紙もその時はなかったそうです。


 しかし2日後、ユカが宅配ボックスを開けると、通販で注文した荷物と一緒に手紙が入っていました。


 急いでカメラを確認するも、荷物を配達した配達員の他に、ボックスに近づく人間はいなかったそうです。


 もちろん、配達員が荷物の他に何かを入れている様子はありませんでした。その映像は私も一緒に確認しています」


 その現象はこのとき限りでは終わらない。4日後に、また同じく宅配ボックスから荷物と共に手紙が発見された。そしてやはり、手紙を投函している人物は映っていない。

 

 だから霊の仕業。

 保育士の中ではそうなっているようだ。


「どうですか、Kさん。これって除霊とかで何とかなるやつですか?」


「除霊って……霊はこんなことしないでしょう。生きている人間の仕業ですよ」


「え。でも生きている人間なら、監視カメラに映らず手紙を入れることなんてできなくないですか?」


「できますよ。そういうタイミングが一つだけあります。


 ご友人——ユカさんが監視カメラの内容を確認している最中ですよ」


 あ、と保育士が目を丸くして声を上げる。


 手紙の画像と同じフォルダに収められたいくつかの画像。その中の一枚に監視カメラがあった。


 通販サイトで検索をかけると、安価で売れ筋のものらしく、同じものはすぐに見つかった。記録媒体はSDカードと記されている。

 

 つまり録画した映像を確認するためには、一時的にSDカードを抜かなくてはならない。その間の宅配ボックスは監視の目から外れていることになる。

 

 要はユカさんが映像の確認のためSDカードを抜いたタイミングを見計らって、手紙が投函されただけのこと。方法自体は単純なものだ。

 

 ただそうなると……話は単純じゃなくなるな。

 俺は手紙の文面に目を落とした。


「ユカさんがいつ映像を確認しているか。そんなことがわかるのは、同居している家族しかいません。

 

 これは家族からユカさんに宛てられた手紙なのですよ」






「家族……ちょ、ちょっと待ってくださいよ」


 手のひらを突き出しながら、保育士は俺の推測に口を挟んだ。


「SDカードのデータを確認した際、その間に手紙が入れられていないか……そんなのユカだって確認しています。

 チェックをした二回とも、その時に手紙は入っていなかったそうですよ」


「それはそうでしょう。映像の確認中に手紙が入れられているとわかれば、差出人の正体はかなり絞られてしまいますから。


 投函したのは、カメラの映像を確認している時。

 発見されるのは、そのしばらくあと。


 そうなるように工夫をしたはずです」


 どういうことですか? 視線で尋ねてくる保育士に、「簡単なトリックですよ」とメモ用紙にペンを走らせた。


「さっきと同じ通販サイトで宅配ボックスも見つけました。ユカさんは通販で売れ筋のものをよく購入するタイプのようですね。


 それはさておき、手紙の入っていた宅配ボックスはこういう形。

 

 ——そもそもなぜなのかという話です。

 手紙なら郵便受けに入れるのが普通でしょう」 


「それは……確かに。

 けどそれが、トリックと何の関係があるんです?」


「構造の問題です。


 このお宅の宅配ボックスは、上部のふたを開けて荷物を入れ、取り出す際は鍵のついた下部の扉を開けるという仕組み。


 投函口と取り出し口の間にはアルミの中板があって、荷物が乗るとその重さでゆっくり傾くようになっています。落下時の衝撃を抑えるためですね。


 ポイントはこの中板です。

 メーカー公式サイトの注意書きにこう書かれています。


 “100グラム未満の荷物が投函された場合、中板が自動で開かない場合があります“」


「——!

 じゃあ封筒は中板の上にずっと乗っていて、他の荷物が投函された時に一緒に落っこちてるってことですか!?」


 ぱん、と両手を叩く保育士に俺は頷いて返した。


 犯人は監視カメラの確認中に、宅配ボックスに手紙を投函している。しかし手紙だけでは軽すぎて中板が動かず、荷物の保管スペースに落ちることはない。


 手紙が発見されるのは他の荷物が投函され、重さで一緒に手紙が保管スペースへと落ちた後。


 投函から発見までの時間差はこうやって作り出されていたわけだ。


「——あれ、でもKさん。手紙を投函している犯人は、どうしてそんなまわりくどいことを?」


「それは投函した本人に聞いてみないことにはなんとも」


「それじゃあ手がかりをつかむためには、もうちょっとユカにいろいろ聞いてみないとですね」


「それもどうでしょうかね」


「何でですか?」

 

 つい曖昧な返答をしてしまい、保育士から突っ込まれてしまった。


 彼女からすれば友人からの相談ということなので、あまり変な形で首を突っ込むのもどうかと思ったけど……。


 もしかしたらこの件。最初の想像より闇が深い話かもしれない。


 腹を括って俺は口を開いた。


「手紙の内容はこうでした。“お前が私を殺した”


 あなたはユカさんのことを『人を殺すような友達ではないので』そう言いましたね。


 それは前提としたいところですが……おそらくユカさんは何かしらの嘘をついていると思います」


 目を見開く保育士。そんな彼女からの質問を待たずに俺は「最初から気になっていました」と続ける。


「最初のメールにあった言い方です。



 

『知らない間に脅迫状が届く。どうしよう。怖い』

 

 


 そう言ってユカさんはあなたに相談をしてきました。

 

 ですが今回の手紙——“お前が私を殺した”


 これが私には脅迫状というより、告発文に見えるんです。


 しかしユカさんはこれを読んで脅迫されていると感じた。


 書かれていることに、何かしらの心当たりがあるということです。


 ——最近、ユカさんのまわりで誰かが亡くなったということは?」


 押し黙る保育士。察するには十分な反応だった。


 しばしの沈黙を挟み、保育士は重苦しく口を開いた。


「おじいさんが亡くなったと聞いています。

 たしか、一年ほど前の話です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る