第24話 特別棟の地下講堂

 私の勤め先の小学校に、使ってはならない部屋があります。


 特別棟にある地下講堂。広さは普通の教室2〜3個分ほどで、奥にはステージのような小上がりがあります。


 その部屋は少し奇妙なつくりをしています。まず、昼間でも異様に暗い。地下にあるため窓がないのです。しかも電灯のスイッチが入り口ではなく部屋の奥にあり、そこまでは手探りで進まなくてはなりません。


 さらに部屋の入り口は引き戸ではなく、なぜかその部屋だけシャッターになっています。ハンドルでワイヤーを巻き取って開閉する仕組みになっており、しかもそのハンドルはロープでガチガチに縛られて動かせなくなっています。


 さて、その地下講堂はなぜ使ってはいけないのか。


 いわゆる「いわくつきの部屋」だからだということです。


 電気をつけようと暗い部屋の中を進んでいくと、途中で誰かに肩を叩かれる。ステージの脇にあるエンジ色の幕の下に、モンペのようなズボンを履いた足首が見える。シャッターを開閉するハンドルがひとりでにまわりだし、閉じ込められそうになる……などなど。

 

 飲み会の席で、当時の用務員さんに散々おどかされた覚えがあります。


 それが数年前の話。

 ここからは去年の話になります。


 私は学習発表会の時期を前に、練習の計画を立てていました。本番は体育館で行われるのですが、練習では体育館を交代で使うことになるため、普段は教室で練習をしなくてはなりません。


 ただ広さに限界があるため、どこか別の場所で練習できないか。そこで目をつけたのが地下講堂でした。

 

 用務員さんの話を忘れたわけではありません。ただ赴任して数年間、一度も心霊現象に出くわしたこともなかったので、まあ大丈夫だろうとたかを括っていました。


 当時の用務員さんをはじめ、あの噂を知っている職員はほとんど残っていませんでした。そのため、地下講堂を使いたいという私の軽はずみな要望はすんなりと通ってしまったのです。





 

 ある日の夕方のことです。


 一日の業務にキリをつけた私は、出し物のイメージをもつために地下講堂へと向かいました。


 夕方の6時くらいだったでしょうか。特別棟の鍵を開けたときは西日がさしていたのを覚えています。


 地下へ降りると、昨今の9月とは思えないくらいひんやりとした空気に包まれました。そして暗い。階段を降りた時点で真夜中のように暗く、私は慌ててスマホのライトをつけました。


 廊下の突き当たりに、シャッターが上がりっぱなしの部屋が浮かびます。上部には墨で書かれた「地下講堂」の文字。


 入り口の向こうは、真っ暗というよりもに見えました。ライトで照らしても部屋の奥が見えない。まるで暗闇がぽっかりと口を開けているかのようです。


 私は汗ばんだ手を壁に這わせました。そうしてから電灯のスイッチが部屋の奥にあることを思い出し、この部屋を設計した人間はどういうつもりだったのよ……と、つい不満が口をつきました。


 脇を見ると、入り口のシャッターを開閉するハンドルがありました。ハンドルも、ハンドルを縛り付けているロープもほこりがかぶっており、何年も触った様子がありません。


 この部屋、ちゃんと電気つくのよね。つかないならすぐ帰ろう。

 私はライトの明かりを最大にして部屋に入りました。


 地下講堂にはステージと幕のほかに何もありません。空っぽの空間です。足元に危険はありませんので、本来、ライトは前方を照らして歩くはずです。

 

 でもあの時の私は足元を照らして歩いていました。前方を照らしても何も見えなかったからです。


 いくら他の部屋と比べて広いからといって、奥の壁が全く見えないなんてことがあるでしょうか。


 その時点で違和感はありました。ですが私は引き返すのではなく、むしろ足早に前へと歩を進めました。早く電気をつけて安心したかったのだろうと思います。


 しかし、どれだけ歩いても部屋の奥に辿りつけないのです。

 暗闇の中、無限に続く道を歩かされているみたいに。


 違和感が確信に変わり、私は足を止めました。すると何もない暗闇の中、遠くから音が聞こえてきました。


 サイレンのような音。何か金属を叩くような音。

 人間の息遣いのような音。


 


 照らした床には、こちらを向いた無数の足が浮かび上がっていました。




 ——ライトで姿を照らし、足の主を確認する気にはとてもなりませんでした。私は声にならない声をあげて踵を返しました。


 そして振り返った時、今度は人生最大の悲鳴を上げました。


 入り口のシャッターがゆっくりと降りてきているのです。


 小さく見える出入り口に向かって、私は全速力で走りました。伝わらないと思いますが、室内で50m走を走り切ったくらいの感覚。信じられないくらい遠くに感じました。


 出口にたどり着いた時にはもうほとんどシャッターは降りかかっていて、這いつくばった私の全身が部屋の外に出た瞬間、背中から「がしゃん」とシャッターの閉まる音が聞こえました。 


 汗でびしょびしょになった顔を拭い、私はシャッターを見上げました。そして、そのシャッターが閉まらないようにロープで固められているはずのハンドルへと視線を移しました。


 するとどうでしょうか。

 さっきまで固く結ばれていたロープはほどけ、切れたロープの先端がゆらゆらと揺れています。


 傍には刃の錆びたノコギリが落ちていました。




 誰かのイタズラだって思いますか? できることなら私もそう思いたいです。


 その直後、半泣きで職員室に駆け込んだ私を見て、教頭先生ともう一人の男性の先生が特別棟を見にいってくれました。


 ロープは切れておらず、何の異変も確認されなかったそうです。


 結局、学習発表会の練習に地下講堂を使う計画はたち消えになりました。


 あの学校からは異動になりましたが、私は今でもひとけのない校舎を一人で歩くことができずにいます。

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