【短編】: 神に選ばれた【チートスキル】持ちなのに、勇者として認められない!?

笹丸慶司

本編

「はぁっ! 俺が勇者じゃないってどういうことですか!」

 青年は驚きの声を張り上げ、彼を囲んでいる人々もざわめき出した。


 そんな騒がしい群衆の中、杖をついた老人が一歩前に出て口を開く。

 

「『どういうこと』も何も、勇者の剣が抜けなかったのだ。お主には勇者の資格がないと、神から判断されたということじゃな」

 村の村長である老人は、青年の足元を指差した。


 そこには、柄に煌びやかな装飾の施された剣が、刀身を半分ほど埋める形で地面に突き刺さっている。


 今この場では、急速に勢力を伸ばす【新魔王軍】に対抗するため、旧魔王を倒した伝説の勇者が持っていたとされる剣を引き抜ける者を探す、【勇者選定会】が行われている。


 青年【ログマ】は勇者になるため、この選定会に参加していた。


 ログマは天命を受け、勇者となるためにこの村へと来た。

 つまり、勇者となることを世界から確約されていたのだ。しかし、実際は剣が抜けなかった。

 

「そんな……俺が勇者じゃない……」

 ……ありえない。どういうことだ……。そんな疑問ばかりが彼の頭を巡る。


「――ほらほら、剣が抜けなかった者は下がってくれ。さて、最後の挑戦者は……おおっ! 隣国の柔道チャンピオン、ホールド君か。なるほど、彼の強さなら剣が抜けるかもしれんなー」


「ようやく俺の番ですかい?」


 困惑するログマをよそに、村長に名前を呼ばれたガタイの良い男が剣の前に立った。

 男は金髪モヒカンにタンクトップという、ゴロツキのような風貌をしている。


「平和な未来のためにも、頼むぞホールド君。さあ、剣を握ってくれ」


「――任せてくださいよ、村長。新魔王なんて、俺が一本背負いをお見舞いしてやりますよ」

 ホールドは自身の厚い胸板を叩いた後、両手で剣の柄を掴んだ。


「なんとも頼もしい。では、思いっきり剣を引っ張るのだー」

「いくぜ、燃やせ俺の柔道魂! うおおおお――」


「――いや、お前剣いらないだろっ!」

 二人のやり取りに我慢できず、ログマが口を挟んだ。


「な、なんじゃお主。これは勇者を決める神聖な儀式だぞ。おとなしく見ておれ」

 村長は少し顔をしかめてログマを注意する。


「え……。だって、柔道主体の戦闘スタイルで剣って……」


「たとえ柔道が主体でも、勇者かもしれぬであろう。剣はあくまで、抜けるかどうかで勇者の素質を測る指標みたいなものじゃ。剣を使わぬのも、また一興よ」


「それ、もはや剣の必要性ないでしょ。もっとこう、【その剣じゃないと新魔王にダメージを与えられない】とか、そういう制約はないんですか?」


「そんなのワシが知るわけなかろう。ただの村長だぞ」


「じゃあ、『剣が抜けると勇者の素質がある』とかってのは、どうやってわかったんですか?」


「そこは伝統的に、天のお告げとかでそういう感じになっておるのだ」

「え、理由フワフワしてません? 本当なんですか?」


 そうして二人が言い争っていると、ホールドが剣から手を離した。


「すいやせん村長。どうやら俺には、剣が抜けねえみたいです」


「そうか……。ホールド君も剣を抜けなかったか……。では、この場に勇者はいないのだな」

 村長は肩を落としてため息をついた。


 悲しげな村長の様子に、ホールドが再び胸を叩く。

「でも、安心してください村長。たとえ剣がなくても、俺の腕挫十字固で新魔王をギブアップさせますから。寧ろ、武器を頼るなんて俺のポリシーに反します」


「た、頼もしい……」


「いや寝技って……。そもそも新魔王が人型タイプだとも限らないだろっ!」


 ログマの指摘に、ホールドは腕を組んで少し考えた。


「そんなもん、一本背負いから寝技に持ち込むだけよ」


「魔王と対面して、一本背負いできる状況ってなんだよ。多分、尋常じゃない威力の魔法とかで遠距離攻撃されるぞ」


「そんなもん気合よ。気合で魔法なんて打ち消しいてやるぜ。セイッ! ヤアッ!」

 掛け声と共に、正拳突きの型を披露するホールド。


「流石に気合で打ち消すのは無理じゃないか? 型も柔道じゃなくて空手だし」


「なら、攻撃を食らっても、気合と根性で耐えて間合いに入ってやる。セイッ! ヤアッ!」


「あー、そっすか……。まあ、それよりも村長。俺の話を聞いていただけますか?」

 呆れたログマは村長へと話を振った。

 いきなりで驚いたのか、村長の肩がビクリと跳ねる。


「な、なんじゃ?」


「実は俺、勇者になるよう天命を受けたんです」

 真剣な表情で切り出したログマに対し、村長は呆れたように首を振った。


「天命……。あー、そういう感じか……。よくいるのだ、【自分は神から勇者になる使命を受けた】と言って村を訪ねてくる。そういうのを【電波系】というのであろう?」


「違います! 俺をその類と一緒にしないでください」


「じゃがなー。これまでの者たちも指摘すれは、皆『一緒にするな』と同じことを言っておった」

 疑いの目を向ける村長。


 『剣で勇者の指標を測る方が、よっぽど電波じゃねえか!』という出掛かった言葉をログマは飲み込んで、深く深呼吸した。

 

「わかりました。では、神が俺を選んだ証拠をお見せしましょう」


「証拠?」


「この中に、強大な悪しき心を持った者がいます。……貴方ですね」


 剣を囲んでいた群衆の中から、深くフードを被った人物を指差したログマ。

 全員が注目する中、渦中の人物がフードをめくった。


「ほう、視察など退屈だと思っていたが来てみるもんだな」

 フードの下から現れたのは、鬼族を表す立派な角だった。


 ……鬼族。戦闘を好み、血を見ることを生きがいとした、残虐で野蛮な種族とされている。

 周囲の人々は、鬼族を見て悲鳴を上げ、我先にと逃げ出そうとしている。


 しかし、腰の抜けた者や逃げ惑う人の多さに身動きが取れず、パニックになっている。


「新魔王に『脅威となる者は消せ』と言われている。全員脅威でしたってことにして、皆仲良く我が始末してやろう。まずは、我の正体に気づいたお前からだ。さて、お前はどれぐらい出血しても意識を保っていられるかなー。楽しみだ」


 指の関節を鳴らしながら近づいてくる鬼族は、人間にとって恐怖でしかない。

 しかし、ログマは顔色一つ変えず、鬼族を指差した。


「終わりました。これが証拠です」


「はぁ? 何言って、えっ……我の体が……消えて……。なんで? 嫌だ! 消えたくない! 血を、もっと我に血を見せろぉぉぉ!」


 突然鬼族が発光し、徐々にその体は薄くなっていった。

 そして、最終的には光の粒子となって消えてしまった。

 

「な、何をしたんだ?」

 その場の全員が驚愕する中、村長が質問する。

 

「これが、使命と共に神から賜った能力、【神の選別】です。俺は、大衆に悪だと判断された者を跡形もなく消滅させることができます。こんな能力、神から与えられる以外で、普通の人間が持てるようなものではないでしょう。故に証拠となります。村長、必ずや新魔王を倒しますので、俺を勇者として認めてください」


「……まずい、本物じゃ。明らかに勇者じゃ……。し、しかし、認めるわけにはいかん……」

 村長が苦々しい表情をし、微かな声で呟いた。

 

「すみません村長、聞き取れませんでした。もう一度お願いします」


「い、いくら悪しき魔物とはいえ、消してしまうのはよくないな。善人を助け、悪をも改心させてこそ本物の勇者だ。そんなことでは、ワシは認められんなー」


「お言葉ですが村長。鬼族の残虐性は、種族の根底からに由来するものです。改心という概念はありません。それに、たとえ改心したとしても、失った家族を持つ被害者の心は癒えません。悪を浄化し、あの世で神から裁きを受けるべきなのです」


「……ぐぬぬ。し、しかし、このような場で戦うなど皆を巻き込んでしまうでは――」


「――【神の選別】は、戦闘をしないので被害は起きません。それに多くの人々に悪者の末路を見せることで、今後の抑止力ともなります」


「そこまで考えて……。では、剣を抜くことも神から導かれたのか?」


「いえ……それは、剣を抜けば多くの支援を受けられるとの触れ込みが……」

 口籠るログマを見て、村長は目を輝かせ、口元を歪める嫌な笑いを浮かべた。 


「なるほどのぅ! やはり金か。どんなに凄かろうと、その能力では金を稼ぐのも難しかろう。勇者となれば、多くの国から支援される。それが目的じゃな」


「た、確かに長旅となるため、多少の支援をいただく必要はあります。しかし、決してそれが目的ではなく、あくまでも世界平和のために――」


「そんなの建前じゃ。あーあ、結局金か、卑しいのぅ。浅ましい、強欲、がめつい、金の亡者。何が神に選ばれたじゃ! この電波系守銭奴!」


「だから、俺は天命を受けて――」


「――まあ、いくらお主が言っても、結局剣は抜けておらぬからなー。認めるわけには――」


「――セイヤァッ!」


 突如ホールドの掛け声と共に、ビシッという破裂音が辺りに響いた。


 音の方に目をやると、ホールドがロープを剣の柄に巻き付け、そのロープを肩に担ぎ、剣に背を向けて引っ張っていた。

 その姿は、ロープを使用し、剣に背負い投げをしようとしているように見える。


「な、何をしておる? ホールド君」


「俺は、鬼族を一撃で倒したそいつに感激している。そいつは……いや、カズンは絶対に勇者になるべき男だ。剣が抜けないせいで認められないのなら、俺が抜けるギリギリまで引っ張り出してやる。セイヤァッ!」


「コラ、やめんか!」


 村長が必死に止めようとしているが、体格差がありすぎて注意するのが精一杯のようだ。

 ……というか、こういう場合はブラザーじゃないのか? なんでカズン【いとこ】なんだよ。


 そんな考えがログマの頭を過ったが、今はどうでもいい。

 それよりも剣を抜くことが先決だ。

 

 ログマは剣の前に立ち、両手で柄を握った。


「さぁカズン、そろそろだ。剣を引き抜いてくれ!」

「や、やめろぉぉぉ! 抜かないでくれぇぇぇ!」


 村長の絶叫を背に受け、ログマは思いっきり剣を引っ張った。

 そして、見事剣を引き抜いた。


「ぬ、抜けたっ!」

「流石だぜ、カズン」


 ログマは自身が勇者だと周囲に示すため、剣を天高く掲げた。


「おおっ、抜けたー」

「勇者様だ。勇者様が遂に現れたぞ」

 剣が抜けたことで、会場がワッと盛り上がる。


 これで新魔王軍の恐怖から解放される。人々は心の底から安堵した。

 しかし、そんな和やかな雰囲気を崩す疑問が投げられた。


「……ん? なんかあの剣、おかしくないか?」

 そう言われ、ログマも剣を見る。


「これは……?」

 剣は確かにおかしかった。

 

 なんと、埋まっていたはずの刀身部分がほとんどなかったのだ。

 

「ナ、ナントイウコトダ―。乱暴に扱うから、勇者の剣が折れてしまったー」

 村長が不自然なぐらいの棒読みで言った。

 

 剣が折れるなんて大問題のはずだが、村長はまるで知っていたかのように動揺が少ない。

 

「折れただって! それならオイラが打ち直してやるぜ。勇者様の剣を打てるってのは、職人として腕が鳴るなー」

「なら、俺の土魔法で剣先を探そう。刺さっていた箇所の地面を分解すれば、折れた刀身もすぐに見つかるさ」

 大きなハンマーを持った二人組の鍛冶屋が解決策を提示してくれた。


 ……えっ、地面の分解とかできるの? それなら勇者以外も剣抜けるじゃん。

 そうログマが考えている間に、二人は土魔法を使って、剣が刺さっていた地面を分解した。

 しかし、折れた先の刀身が見当たらない。

 

 この場の何名かは、何となくそんな気はしていただろう。

 あの挙動不審な様子を見れば、何かやましいことがあるのだと察するには十分だ。


 事情を知っているであろう人物の方に自然と視線が集まる。


「村長、どういうことですか?」

 ログマは真っ青な顔をした村長に問いかけた。


 村長はキョロキョロと目を泳がせていたが、全員から注目されていて逃げられないと判断したのか、重い口を開き説明し始めた。


「……この村は、この勇者の剣があることが誇りじゃ。観光の柱とており、グッズも販売しておる。それに、この剣があるからこそ、かつて勇者が救った村や国から支援も受けておるのだ。剣がなくなっては、これらすべてが途絶えてしまう。……村民の生活のため、ワシは剣を抜かせるわけにはいかなかった。たとえ、新魔王軍が暴れようとも……。この剣がなくても……誰かが新魔王を倒し、新たな勇者になってくれる。そう信じておった」


「それで、魔法で強化してまで抜けないようにしていたのか……」

「村長……。村のためにそこまで……」

 村思いな村長の行動に、周囲の人々は感動している。


「じゃが、ワシは間違っておった。村のためとはいえ、すまなかったログマ君よ。今日からはお主が勇者だ。この村の……いや、この世界の平和を取り戻してくれ」


 村長は真剣な表情で、ログマへと手を差し出した。


「はい! 必ずや新魔王を打倒して見せます」

 二人は固い握手をした。


「それと、これはお返しします」

 そう言って、ログマは村長へ勇者の剣を渡した。


「よ、良いのか? この剣は、すでに抜いたお主のものなんだぞ」


「『剣はあくまで、勇者の素質を測る指標みたいなもの。剣を使わぬのも、また一興』……ですよね。それは過去の勇者が持っていたものです。俺は俺の方法で新魔王と戦います」


「そうか……、ありがとう……」


「なあカズン、俺も一緒に行くぜ。近接戦闘しかできない俺は、役に立てねえ場面も多いかもしれねえ。でも、話し相手ぐらいにはなるからよ」


「ありがとうホールド。心強いよ」


「では、勇者たちよ! 頼んだぞー!」


 お辞儀をする者、手を振る者、踊る者。村人総出で、盛大に二人を送り出してくれている。


 さあ、出発だ。

 ……しかし、ログマにはどうしても引っかかっていることがあった。

 

「すみません村長、最後にこれだけ聞いてもいいですか?」


「どうした勇者よ。なんでも聞いてくれ」


 上機嫌な村長に対し、ログマは気になっていたことを聞いてみた。

「どうして剣を地面に埋めたんですか? それに折れた刀身はどこに? あれですか、【先の勇者から預かった時には、既に激しい戦闘で折れていて】みたいな?」


「あー、それかー。それのぅ……」

 村長は少し恥ずかしそうに頭をかいた。


「かつての勇者が魔王を倒してこの村に立ち寄った日、大宴会があってのう。好意で勇者の剣を貸してもらったワシは、『ワシが勇者じゃー』とか言って、調子に乗って剣を振り回した。そしたら、岩に当たってボキッと折れてしまってな……。まずいと思い、咄嗟に土魔法で地面に刺してごまかした。勇者に『【この刺した剣が抜けたら、次の勇者になる】という試練的な感じにしましょう』と伝えたら、酔った勇者も『なんか英雄っぽくていいっすね』とか言ってくれてな。まあ、ログマ君も剣を使わんし、今となっては笑い話――」


「――あんたが悪いじゃねぇか!」


 ログマがツッコむと同時に、村長はホールドによって背負い投げされた。




 こうして、ログマとホールドの二人は新魔王討伐の旅に出かけた。

 しかし、ログマの能力を恐れた新魔王軍はすぐに戦意を失った。


 対面した際、新魔王でさえも強がってはいたものの腰が引けていた。

 

 そんな新魔王にホールドが華麗な一本背負いを決め、腕挫十字固でギブアップを取り、二度と悪さをしないと誓わせた。


 こうして二人の英雄のおかげで、再び世界に平和が訪れた。


 ちなみに村長は、『二人の英雄はワシが見出した』と言って回り、観光業により一層力を入れた。さらに、後世のため勇者育成道場も開いたという。


 村は、それなりに儲かっているらしい。

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【短編】: 神に選ばれた【チートスキル】持ちなのに、勇者として認められない!? 笹丸慶司 @sasamarukeiji

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