見慣れぬ再会6

 マルトとウスズミはケムゴンたちの案内で近くの穴ぐらに移動した。

 樹々と岩の間にひっそりとたたずむような穴ぐらで、入ってみれば意外と中は広いが、人の手が加えられた形跡はない。粗末なたいまつがところどころに置かれているだけだ。

(ケムゴンってもうちょい文化的な種族だったような……)

 マルトの考えを察したのか、

「お恥ずかしい話ですが、人間どもに追いやられてしまいまして」

 と先ほどのリーダーケムゴン――族長というらしい――が言った。

 彼は他のケムゴンと違って頭上にとんがり帽子をちょこんと乗せているのでビジュアル的にも特別な個体だと分かりやすい。

 直接手にとって確かめたわけではないが、そのとんがり帽子はどうやらソーサリーハットという千紫万紅の装備のようだった。「見習い咒術士ならば誰もがかぶる定め」というフレーバーテキストのとおり、後衛職を選んだプレイヤーは低レベルのうちにほぼ確実にお世話になる頭防具だ。MPと咒力に多少のボーナスが付与され、装備可能な種族も多く、使い勝手の良い印象がある。

「群れの数も半分ほどになってしまって……」

 族長が肩を落としながら言う。

 マルトが通されたのは穴ぐらの中で最も広い空間だが、そこから枝分かれしたスペースが幾つかあり、やや小さめのケムゴンたちが物珍しそうにこちらをうかがっている。先ほど遭遇した個体が成人した戦闘部隊だとすれば、彼らは非戦闘員の子どもたちといったところだろう。彼らも含めれば、現在、穴ぐらにいるケムゴンは三〇体ほどになる。

 ちなみに、ウスズミは彼らの間をパタパタと走りまわって「ぱぱさまだよー」とマルトのことを紹介している。

 人間に追いやられた、という族長の言葉がマルトは気になった。もちろん千紫万紅にも人間種とモンスターの対立はあったが、それはゲームにお約束の構図ともいうべきものだった。先ほど族長が語ったのは、それとは少し違う気がする。

 だが、矢継ぎ早に質問したい気持ちをぐっとこらえ、マルトは背筋を伸ばして頭を下げた。

「なにはともあれ、まずはウスズミを保護してくれたことに礼を言う」

 本当なら初対面の相手とは無難な敬語で話したいところだったが、ここに至るまでの道中でケムゴンから「そんな丁寧に話されると居心地が悪い」という意味のことを言われていた。

 うっかり忘れそうになるが、いまの自分の姿は筋骨隆々とした赤鬼だ。健康診断に不安を抱えるわがままボディをくたびれたスーツに押し込んでいた現実の相墨晋也とは相手に与える印象が一八〇度違う。この世界では赤鬼が丁重な口調で話すのはかえって不気味なのかもしれない、とマルトは社会人としての違和感を飲み込むことにした。

「あの子は私にとって非常に大切な存在だから、えー、あなたたちにとても深く感謝している」

 敬語を使わないことを意識した結果、外国語を直訳したような不自然さが出てしまったが、ケムゴンの長老は気にした様子を見せなかった。

「子を思う親の気持ちは誰も同じ。お二人が再会できてほんとうによかったのですじゃ」

 ふむふむ、とマルトは心の中でうなずいた。ケムゴンたちは最初マルト――赤鬼のことを警戒していて、それが解けたのはウスズミがマルトのことを父として慕っている様子を見せたからだ。つまり、いまの和やかなムードはウスズミとマルトの親子関係に立脚している。もしマルトが単独でケムゴンの群れに遭遇していたら、決していまのような状況にならなかっただろう。

「嬢ちゃんとは二日ほど前に遭遇したのですじゃ。最初に嬢ちゃんから咒術を撃たれかけたときはチビりかけたもんですじゃが」

「……それはほんとうに大変だったでしょ、だろうな」

 一二〇レベルのウスズミの咒術にケムゴンが耐えられるとは思えない。

(あるいは……このケムゴンは強い? 千紫万紅と何もかも同じと即断すべきではない、か?)

 マルトは目の前のケムゴンの長をじっくりと眺めた。正直ケムゴンの個体の違いなど分からないので、ソーサリーハットをかぶってくれているのは区別する上で非常に助かる。

 ここまで聞いたところでは、ソーサリーハットはこのケムゴンの群れの長に代々受け継がれるもので、長=一番の実力者という認識で間違いないようだ。

 どのぐらいの強さなのか気になるが、まさか腕比べするわけにもいかない。万が一マルトより強かったら藪蛇がすぎる。ケムゴンたちがマルトという赤鬼に対して抱いている(らしい)良い意味での畏れも地に落ちるだろう。

 相墨晋也の生きていた世界では肉体的な強さやそれに付随する面子を気にする場面は限定的だったが、ここではそうも言っていられない理由があった。

 道中ケムゴンに聞いたところでは、この世界は人間種にだいぶ有利な状況らしい。住みやすい地域はほとんど人間種が占領し、魔種は急峻な山奥や僻地に追いやられている。個体としての強さは魔種のほうが平均的に優れているのだが、もし大々的に攻めても人間種の圧倒的な数の多さにやがて追い返されるのは目に見えているため、一定程度の知能を持つ魔種は縄張りを守ることに腐心しているという。

 しかも、人間種は現状に満足していない。大国は魔種の生息する領域に熱意をもって侵攻し、年々じわじわと成果をあげている。ケムゴンたちが今回住処を奪われたのもその侵攻のせいであるという。

 そんな人間種有利な状況では赤鬼であるマルトはうかつに動けない。「見かけは赤鬼だけど中身は人間なんです」などという言葉を真剣に聞いてもらえるとは思えない。真っ先に人里を目指さなかったマルトの判断は――単に臆病だっただけだが――結果的に正しかったことになる。

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