見慣れぬ再会1

 千紫万紅はイマーシブ型と呼ばれるMMORPGの中でも早期にサービスを開始した部類に入る。

 没入感と一体感を高めるため、専用のヘルメットを装着することによって主に視覚と聴覚で仮想世界の中に入り込んでいるように演出するイマーシブ技術。

 一〇年前、それがどれだけゲーム業界にインパクトを与えるか不透明であり、多くの会社が既存タイトルの一部にその技術を導入して様子見を図っていたところ、千紫万紅は例外的に潤沢な資金と大規模な人数を投入されて鳴り物入りでサービスを開始した。

 開発を担当したのはひと昔前に業界を席巻したがそれ以降はいまいちパッとしない老舗企業で、千紫万紅の発表直後は「これが遺作になっちゃうね」「宝くじに全力出しても当たらねえぞ」などと揶揄の声が目立ったが、結果的に千紫万紅は賭けに勝った。

 イマーシブ型という新しいジャンルの中で初めてといっていいほど本格的なタイトルだったことも追い風となり、イマーシブ型という言葉を世間に根づかせるほどの人気となった。ついでに低空飛行を続けていた株価も上がった。

 しかし、栄枯盛衰は世の常。

隆盛と陳腐化は表裏一体。

 早期に成功するということは後発の洗練されたタイトルに脅かされることであり、長く続けば続くほどUIやデザインにある種の古くささは拭えなくなってくる。

 そして千紫万紅が世に出てちょうど一〇年、ついにサービス終了とそれに伴う最後の大規模イベントが告知された。


    ●


 サービス最終日の千紫万紅の世界は過去最大級の盛り上がりを見せていた。

 二年前の最後の大型アップデート以来のログイン制限もかかったほどで、全盛期の賑わいを見るかのようだった。


 サービス終了に伴う大規模イベントの内容は極限までシンプルだった。

 人間種vs異形種。

 千紫万紅の世界に巨大隕石が急接近し、生き残れるのは人間種か異形種のどちらかだけ――という設定である。もちろん巨大隕石というのはサービス終了の言い換えにすぎない。

 隕石の衝突の被害は無差別ではないのか、なぜどちらかの種族しか生き残れないのか、地下シェルターの人数制限でもあるのか、というツッコミがすぐに思い浮かぶが、そこは運営からの告知を読んでもよく分からない。たとえるなら諸般の事情から急に話を畳む必要が出てきた連載漫画のような、強引に押しきった感じが漂っている。

 このようなイベントが開催されることになったのは、プレイヤーが人間種と異形種でおおよそ半分に分かれていることに運営が目をつけたからだと思われた。

 千紫万紅ではゲーム開始直後に自分が操作するキャラの種族を選ぶ。

 人間種としては、いわゆるオーソドックスなヒトであるメルク、長い耳を持つエルフっぽいエリン、ずんぐりとして小柄なドワーフっぽいドゥリンなど。

 異形種としては、地面を這いずるスライム、蛇の頭を持つラミア、歩く度に地響きのエフェクトを起こすことができる巨体のアウルベアなど。

 もちろんマルト――相墨晋也が選んだ赤鬼も異形種に属する。

 親しみやすさとしては人間種のほうがあるが、異形種は翼による飛行、地面の潜行など独特の操作感を持つものが多く、人気は二分されていた。


 人間種と異形種が混在したパーティや一門――いわゆるギルドを組むのも自由であり、ペナルティは一切ない。

 しかし、最後のイベントは人間種vs異形種であり、各一門には「イベント開始二日前までに人間種と異形種どちらに所属するか選んでください。選ばない場合は一門を強制的に解散し、全員野良として参加することになります」とのお達しが運営から届いた。

 マルトたちの一門〈ゲノンゲン図書館〉は大多数のメンバーが異形種ということもあり、あっさりと異形種側につくことに決まった。ちなみに、異形種が多いのは設立当初に「悪の図書館」「叡智を守る邪悪」というコンセプトを掲げていたからだが、本拠地のデザインを任せるために迎え入れたプレイヤーが人間種だったために骨抜きになったというどうでもいい経緯がある。

 こうして〈ゲノンゲン図書館〉は異形種側につくことにしたはいいものの、問題となったのは本拠地の立地だった。


 千紫万紅というゲームにおいて、人間種と異形種という違いを意識することは実はあまりない。

 先述のように混合パーティを組んでも支障はないし、種族の変更も比較的簡単にできる。

 ゲーム開始直後のオープニングでは「太陽の眷属である人間種」と「夜月の眷属である異形種」という設定が語られ、ゲーム内の勢力バランスがどちらかに傾くと昼が長くなったり夜が長くなったりし、それに伴って能力値ボーナスが発生するという陣地取りのような要素もあったのだが、あまり好評ではなかったのか、ひっそりと消えた。最終イベントは忘れ去られていたその設定を引っ張ってきたものといえる。

 千紫万紅内ではもちろんプレイヤー同士の争いも頻繁に起きていたが、それは狩り場争いからせいぜい一門同士のレアアイテムを巡っての抗争といったものだった。今回の最終イベントは規模が違う。数少ない種族の違いを意識させるイベントということもあり、最後のお祭り騒ぎにはぴったりだとプレイヤーには概ね好意的に受け止められていた。

 そんなわくわくした準備期間の中で懸念点もあった。

 千紫万紅では、各一門はフィールドに本拠地を構えることができる。既存の街や施設など禁止区域はあるが、他の一門の本拠地から一定程度離れてさえいれば、どこに本拠地を構えようと基本的に自由である。

 それまで種族同士の対立という概念がなかったため、人間種の一門の拠点が多くあるところに異形種の一門の拠点がぽつりとある、あるいはその逆、という状況は珍しくなかった。

 マルトが所属する〈ゲノンゲン図書館〉も、フィールドを俯瞰すればまさに周りを人間種の本拠地に囲まれたところにあった。

 これまで全く気にしたことのないその立地が最後の最後に重要な意味を持つことになったのである。

 周りの人間種の一門は最終イベント開始と同時に肩慣らしとして〈ゲノンゲン図書館〉に攻め込んでくるのではないかと懸念された。

 そして実際そのとおりになった。

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