第35話 29 悪夢のハッピーバースデートゥME!


『殿下、シークヴァルド殿下がお会いしたいと仰られています。もしご都合が良ければ、明後日は午後一番にこちらにいらしていただいてもよろしいですか?』


 近頃、日常タスクの一つに仲間入りした医務室への散歩をした際、窓越しにクライブにそう話かけられた。それが一昨日のこと。

 兄からの誘いとなれば、私に断るという選択肢はない。

 兄からはどうやら好意的に見てもらっているようだし、あわよくば猫に会えるかもしれないと思えば、危険ではあるけれど嫌という感情はない。


(……でも気は重い)


 いつもは午後の勉強がなければ図書室を覗いてから、医務室まで散歩する。その為、医務室に行くのはお茶の時間か夕方に近いことが多い。

 でもわざわざクライブがああ言ったということは、午後の時間をがっつり拘束されるということが予想される。一応、言われた通りにまだ日の高いうちに医務室に向かっているけれど、足取りは重くゆっくりになる。


「アル、大丈夫か? 顔色悪いぞ。今日はやめた方がいいんじゃないか」

「大丈夫だよ。近頃は関係も良好だし、そんなに心配することはないと思うからね」


 いつもは別の護衛が付くけれど、今日は午後の訓練に出向くセインと一緒に向かっていた。隣を歩くセインに気遣われたけれど、今日やめたとしても後回しになるだけだから意味がない。ゆっくり首を横に振る。


(でも何の用なんだろう……クライブがちょっと複雑そうな顔してたのが気になる。問題事じゃないといいのだけど)


 そして、クライブといえば。

 約束通り、セインを扱くのは現在休止中らしい。ただ「今度抜き打ち審査をする予定です」と言われている。先にそう言ってくれるだけ、良しと思うしかない。

 そんな風に、あれからクライブは訓練中に私が医務室にいるのを見つけると、大抵話しかけてくる。あまりにもよく話しかけてくるので、周りに親しいと思われたら困る、と言ったこともある。


『ご安心ください。僕が殿下に話しかけることは、ただの監視だと思われていますから』


 そうにこやかに言われてしまい、その後も話しかけるのをやめる気配がない。

 本人に監視であることを言ってもいいの? というか、監視と言われて何を安心すればいいの!?

 そう思いはしたものの、私の行動が兄に筒抜けなのは今更だから、「……そうですか」としか言えなかった。むしろ正直に監視だと言ってくれただけ、誠実?なのかもしれない。

 しかし、医務室ならメル爺も同じ部屋にいるから話しかけられないと思っていただけに、これは大きな誤算だった。

 メル爺も睨みはきかせてくれているけれど、私の立場では兄の側近の近衛につれない態度を取ることも出来ない。おかげで近頃では、ちょっとした世間話なんかをする羽目になっている。

 ただメル爺がいる手前、おかしなことをされる心配はない。図書室で二人きりの状態で遭遇するよりはマシである。


(クライブも普通に話す分には、人当たりのいい爽やかなお兄さんって感じなのだけど。私に対してはちょっと意地が悪いところもあるけど)


 第一皇子の乳兄弟という立場であり、近衛騎士でもあり、乙女ゲームの攻略者に抜擢されるぐらいだから、よく考えればそれも当たり前のことかもしれない。

 クライブルートの最後はアレとしても、途中までは普通に爽やかな騎士様ルートだったわけだし。

 敵対していなければ、普通の……というより、世間が羨むエリート街道爆走中のハイスペックイケメンだ。ゲームの知識に加えてファーストインパクトが強烈すぎて、爽やかなクライブを受け入れることを脳が拒否しているだけで。

 しかし近頃のクライブの態度を見ている限りでは、多少の歩み寄りはしてもいいのかもしれない? という感じにはなってきている。

 これだからイケメンは怖い。中身を知らなければ、優しげな整った顔立ちに微笑まれると、うっかり騙されそうになる。

 狂犬な部分を身をもって知っているから、完全に警戒を解くのは無理だけど。


「あまり無理するなよ」

「わかってる。そういうセインも、無理はしなくていいから。このところ毎日デリックの相手お疲れ様」

「……ほんとになんなんだ、あいつ……」


 近頃セインは、クライブの弟であるデリックに懐かれているらしい。

 デリックの名前を出せば、セインはうんざりとした顔で空を仰いだ。

 私達と街で遭遇するまでは、デリックはセインによく食って掛かっていたという。けれどその後は多分クライブの説教もあって、恐ろしいほど静かにしていたはずだ。

 それが近頃では、セイン相手に仲良しアピールが激しいらしい。おかげでセインが見るからに辟易している。

 かくいう私も先日、医務室にいたときにデリックに会う機会があった。

 というより、たぶん私の顔を見に来たのだと思う。セイン曰く、医務室へ行く口実を作るためにわざわざ転んで擦り傷まで作っていたらしい。

 この時点で、真面目なのか馬鹿なのか、ちょっと読めない。

 問題のデリックは私の顔を見るなり、いきなり目の前に片膝を着いた。あまりに唐突過ぎて、驚いて飛び退くところだった。

 いくら騎士見習いで王族相手とはいえ、膝を着いて挨拶をする必要はない。せいぜい公式の謁見の場でするぐらいだ。たとえば廊下ですれ違う時でも、脇に控えて通り過ぎるまで頭を下げるだけでいい。

 実際、医務室に治療にやってきた騎士たちは私の姿を見ても深々と一礼するだけ。


(それが、なぜあんな状況に……?)


 これまでセインを敵視していて、あのクライブを妄信しているらしいデリックのことだから、第一皇子派なのは間違いない。だから睨まれるとか、不信感たっぷりに窺われるというのなら、理解できた。

 でもやたらキラキラした目を向けられた。この時、私は脳内でクライブの胸倉を掴んで揺さぶった。

 デリックのことはクライブが対処をしておくと言ったから任せていたけど、どうしてこんなキラキラした目で見られる羽目になってるの!? 説教して、私に近寄らないようにしてくれたんじゃないの!?

 私の予想と正反対に、デリックはなぜか尊敬の色を滲ませて私を見上げてくる。

 目の前でそんな顔と行動を取られて、真っ向から無視するというのはさすがに性格が悪すぎる。

 ちょっと間抜けだけど、「はじめまして」と声を掛けるしかなかった。言外に、おまえには一度も会ったことなどない、という意味を含めて。

 しかしそれに堪えた様子もなく、デリックは零れんばかりの笑顔を向けてきた。


『お目にかかれて光栄です、アルフェンルート殿下。ランス伯が第二子、デリック・ランスと申します。不肖の兄、クライブ・ランスの弟となります。以後お見知りおきください。殿下の侍従であらせられます、セイン・エインズワース卿にはいつも大変よくしていただいております』


 そう言われて、意味がわからなかった。

 セインとは仲が悪かったと聞いている。だけどこの態度を見ると、セインとは無二の親友です、と言わんばかり。

 疑問は浮かぶけど、体面上、「二人は仲が悪いのでは?」などと言えるわけもない。


『そうでしたか。私の方こそ、貴方の兄君には世話になっています。良ければ、これからもセインと仲良くしてあげてください』


 社交辞令でそう言うしかない。

 向こうも社交辞令なことは当然理解していたはずだけど、私がそう言ったときのキラッキラッした曇りのない笑顔といったら……。

 クライブとは違って吊り目気味の緑の瞳を三日月形に細め、完全に社交辞令を真に受けて、『はい! こちらこそよろしくお願い致します!』と元気に返事をされてしまった。

 意味がわからない。

 そしてそれ以来、セインにくっついて回っているらしい。

 ごめん、セイン。ほんとごめん。私もそんなことになるなんて、欠片も思わなかった。

 第二皇子派ならともかく、第一皇子派のデリックが私にすり寄ったところで何の利点もないというのに。何がしたいのかさっぱりわからない。

 とりあえずこの件は、誰の人目もないときにクライブに問い質そうと思って保留中である。


(今日あたり聞けるかもしれないけど)


 そんなことを考えているうちに、医務室へと辿り着いてしまった。

 いつも中庭を通り、訓練場が見える庭に面した外の扉から医務室へと入ることにしている。だけど今日は既に扉前でクライブが待ち構えていた。

 気づかれないように細く息を吐き出し、セインを先に訓練場へと送り出す。密かに覚悟を決めると、クライブの前へと歩み寄った。


「こんにちは、クライブ。待たせてしまいましたか?」

「いいえ、殿下。こちらこそご無理を申し上げてすみません」


 そう言って、にこりと人好きのする笑顔を向けられる。

 近頃はこうしてよく朗らかに微笑まれる。偏見で何かを企んでいるようにも見えるし、素直に受け取れば純粋に好意的にも見える。


「殿下……僕が笑いかける度に怪訝そうな顔をするのはやめていただけませんか」

「元々私はこういう顔です」

「言い訳するにしても、もう少し尤もらしい言い訳を考えていただきたいです」


 うっかり感情が顔に出てしまったのを指摘されて慌てて表情を引き締めた。クライブは呆れたように溜息を吐く。

 こういう会話が出来る程度には、打ち解けたのだと思う。あまり認めたくはないけれど。

 行く前に念の為にメル爺に一声掛ければ、クライブは案の定メル爺に釘を刺されていた。けれど思ったよりずっと真摯に頷いている。

 とりあえずメル爺に言っておけば安心感はあるので、クライブに促されるままに先日と同じ道を歩き出した。


「ところで、殿下。先日のポテトチップスの調理法公開ですが、おかげさまで騎士達が大喜びしていますよ。彼らに代わってお礼を言います」


 その話を持ち出されて、自然と顔が曇った。

 先日兄とクライブに贈ったポテトチップスは、どうやら今王宮内の騎士たちの間で大流行しているらしい。

 いや、喜んでくれたことはいい。おいしいよね、ポテトチップス。わかる。わかるよ。

 でもなぜか私が発案者みたいな扱いだけはいただけない。

 おかげで近頃医務室に来る騎士たちが私の顔を見るなり、「これがあのポテトチップスの」だの「ポテトチップス……」だの、私の名前がポテトチップスみたいな状態になっている。


(目立ちたくないのに、どうしてこうなった)


 噂の出どころは間違いなく兄とクライブだと思うと恨みたくもなるけど、美味しいものは広めたくなるという気持ちを想定しなかった私にも責任はある。


「噂は聞いています。私は兄様に材料と調理法を伝えただけですから、皆が食べられるように取り計らってくださった兄様にその御礼は伝えてください」

 

 溜息は混じりにそう言えば、クライブが「あまり嬉しくなさそうですね」と苦笑いをする。


「私はたまたま調理法を知っていたと言うだけで、私がすごいわけではありませんから」

「殿下は謙虚ですね。いっそ自分で考えたと言ってしまっても、誰もわからなかったでしょうに」

「そんな嘘を吐いたところで、罪悪感しか残りません。皆が美味しく食べられるようになっただけで十分です」


 身に過ぎた賞賛など、居た堪れなくなるだけである。

 ムッとして睨みあげれば、なぜかクライブが甘い目をして私を見ている。……ように見えて、思わず一歩距離を取った。なんなの。怖いのだけど。

 そんな私を見て、不意にクライブが真剣な顔をした。


「殿下。ずっとお聞きしたかったことがあるのですが」

「はい?」

「シークヴァルド殿下が甘いものが苦手だと、いつ知ったのですか?」

「……え?」


 指摘されて、言われた言葉を理解すると同時に、急速に血の気が引いていくような感覚に襲われた。

 こちらの真意を見逃すまいとしているように見える緑の瞳から、目が逸らせない。


(しまっ……たっ。これ、ゲームの知識だった!)


 第一皇子がヒロインに合わせて無理に甘い物を食べるシーンがあって、そこで大きく好感度が下がったので覚えていたのだ。

 たまに今と過去の記憶が混濁するせいで、うっかり口にしてしまったらしいと気づいて掌に嫌な汗が滲む。

 勿論、ここでゲームの知識で、なんて言えない。たとえ仲が良くなってから聞かれたとしても、言っても理解されない類のものだ。


「兄様の顔が、甘い物は苦手そうに見えたので……苦手じゃないのですか?」

「確かにあまり好まれませんが。顔、なのですか?」

「ただの偏見ですが、たとえば私の侍女のメリッサのような、甘い顔立ちの女の子を見ると甘い物を好みそうに見えませんか?」

「……言われてみれば、女性は特に甘い物を好みますよね」 

「でしょう? それで兄様が甘い物を食べて幸せそうにしている姿は、想像できなかったので。勝手に苦手なのだと思い込んでいました」


 ものすごく苦しい、馬鹿みたいな言い訳だった。クライブも怪訝そうな顔をしている。当然だろう。そんな理由で納得するわけがないと自分でもわかる。

 わかるけど、これ以上の言い訳が思いつかない。


「ですが殿下。その理屈で言えば、たとえば陛下も甘い物が苦手そうに見えるということでしょうか」

「陛下、ですか……?」


 陛下というのは、王である。つまり私の父親である。

 急に出てきた名前に動揺したものの、その顔を思い浮かべようとして眉根を寄せた。


(……顔、思い出せない)


 自分の父親とはいえ、会うのは年に1、2度。それも短時間の挨拶のみ。加えて高貴な身分の相手の顔は普通、まじまじと見るものではない。私は軽んじられているのかまじまじと見られることもあるけれど、本来は失礼に当たる。

 相手は父である前に王だから、まっすぐ見つめることなどほんの数瞬。ちゃんと目が合ったことすらあっただろうかと思えるレベル。


(それに、私は疎んじられているから)


 父は第一皇子である兄を擁護している。最愛の妻の、たった一人の息子だ。当然だと思う。

 父にとって私の存在は、邪魔なだけだ。厄介者でしかない。

 そうとわかっていたから、特にちゃんと顔を合わせることなんて出来なかった。

 だってたとえば目が合って、他人を見るよりも冷たい目を向けられたら? 疎ましげに顔を歪められたら?

 そう思ったら、まっすぐに顔を見ることなんて怖くて出来なかった。考えただけで身も心も竦んでしまう。だから王を前にするといつも小さくなって、極力視界に入らないようにしていた。疎まれていることはわかっていても、それを目の当たりにする勇気はなかった。

 ……本来は味方であるはずの実母の第二王妃に至っては、一度も目が合ったことすらなかったから、余計に。


「シークヴァルド殿下は母君似とはいえ、系統で言えば陛下もシークヴァルド殿下と同じでしょう」


 私の内心の狼狽には気づかなかったのか、クライブがそう問いかけてくる。

 言われてみれば、冷たい印象はあった。先入観のせいかもしれないけれど、甘い顔立ちではないのは確かである。いつも下の方しか見ていなかったから、緩やかに波打つ長い豪奢な金髪と、その身を覆う荘厳な白いローブばかり覚えている。


「言われてみれば、そうですね。甘い物は苦手そうに見えます」


 適当に話を合わせてやんわりと微笑めば、クライブが苦笑いをした。


「ですが、陛下はああ見えて甘い物が大好物です」

「! そう、なのですか」


 思いもよらず父の嗜好を知ってしまって、目を瞠った。

 しかも他人から知らされて初めて父の嗜好を知ると言う情けなさに動揺しつつも、玉座に悠然と座る父の姿からは甘い物が好物などと想像できなくて息を呑んだ。


「全然、そう見えないです。人は見かけによらないのですね」

「味覚は顔で決まらないとわかっていただけてよかったです」

「ごめんなさい。今後は気をつけようと思います」


 どうやら私の馬鹿みたいな言い訳を、クライブは本当に馬鹿みたいな思い込みだと思ってくれたらしい。

 ほっと胸を撫で下ろして、苦く笑う。


(よかった……! でも本当に情報の扱いには気をつけないと、うっかりじゃ済まされない)


 そんな会話をしているうちに、兄の離宮の前へと辿り着いていた。

 以前と同じように家令に出迎えられ、またも兄の私室へと通される。応接間がないわけではないと思うのに。


「来たか、アルフェ」

「こんにちは、兄様。御用があると伺ったのですが、どういった御用件でしたか?」


 手招かれるままに、恐れ多いと思いながらもソファは一つしかないため、先日同様に兄の隣に腰を下ろす。緊張はするけれど、すぐに猫が寄ってきて当然のように膝に座るので顔が綻んだ。


「こんにちは、ロシアン。今日も可愛いですね」


 驚かさないようにそっと囁くように話しかけて、掌で柔らかい毛並みを撫でる。ベルベットのような手触りが心地よくて頰が緩みそう。

 これだけで、ここに来た甲斐があるとすら思える。


「先日、アルフェは14歳になっただろう?」

「はい」


 唐突に兄にそう切り出され、驚いたものの頷いた。

 時間が経てば当然ながら自分も年を取るわけで、夏も間近というつい先日、とうとう14歳になってしまった。

 個人的にはあまり喜ばしくはないけれど、一応はおめでたい話である。

 ただこの国では王族だからといって、おおっぴらに誕生日を祝う風習はない。今でこそ一夫一婦制だけど、一夫多婦制の時は子供なんてたくさんいたのだ。全員祝っていたらキリがないので、年の初めにまとめておめでとう、という扱いをする。

 誕生日に祝うことも一応あるけれど、あくまでも極親しい人とこじんまりと贈り物を交わす程度だ。私はこれまで兄の誕生日を祝ったことはなかったし、逆に祝われたこともなかった。

 だからそんなことを言い出されて小首を傾げた。誕生日だから、なんでしょう。


「誕生祝いに、渡したいものがあってな」

「! それは、お気遣いありがとうございます」


 息を呑んで、驚きすぎて猫を撫でる手が止まってしまった。

 誕生日を祝うのは、本当にごく親しい人だけだ。たとえば親友、恋人、そして家族。

 自分の存在が認められたようで、胸の奥がジワリと熱くなる。お祝いを貰えることが嬉しいというより、自分が生まれてきたことを祝ってもらえると言うのが、本当に嬉しい。

 泣きそうになる顔を必死に取り繕って、笑って見せた。だってこんな時に泣くなんて、勿体ない。

 ――けれど猫を膝から退けられ、クライブが複雑そうな顔で持ってきた箱を開けた瞬間、私の笑顔は凍り付いた。


「にい、さま……これは?」


 まじまじと箱の中身を見入り、ゴクリと息を呑む。問いかけた声は擦れて、震えた。

 だって、震えるしかないでしょう。


(どういうことなの!)


「これを着ていれば、大抵の場所は許可なく通れる。城の外へだって簡単に出入りが可能だ。嫌かもしれないが、こんな服を着ているのがアルフェだと疑われることもまずない」

「それはそうでしょうけれど……っ」


 中に入っていたのは、服一式だった。それも城内でよく見かける、見覚えのある制服。

 この城の制服には、ある一定のルールがある。

 たとえば王に仕えるものの制服は、服の襟や袖口にラインが1本。第一王位継承者である兄に仕えるものは、ラインが2本。そして王妃と第二以降の王位継承者等の王族は、ラインが3本入る。それ以外はラインは入っていない。

 たとえばクライブの今着ている近衛服の襟と袖口には2本ライン。私の侍女のメリッサの侍女服は、袖口にラインが3本。

 箱の中に入っていた服には、ラインが2本入っていた。兄に仕える者であることを証明されているわけだから、大抵の場所は通れる最強の優れもの。

 ただ、問題は。


「さすがにアルフェの体格で近衛と言い張るには無理があるからな。大丈夫、問題なく似合うだろう」

「似合う、と、言われましても」


 慄いて声が震える。

 恐る恐る兄に視線を向ければ、とても優しい目で私を見ていた。そこには善意しか見えない。


(本当の本気で、言っているの? 冗談や嫌がらせではなく……!?)


「クライブを付けるから、今日はそれを着て街で羽を伸ばしてくるといい」


 それが誕生日祝いだと言われて、クライブを付けると言うのは嬉しくないけど、内容的には何よりも嬉しい心遣いではあった。

 ただし……問題は、その服だ。

 城の門をフリーパスで通れて、私だと絶対にバレない。当然だろう。コレでバレるわけがない。バレて堪るか。


(なんっで、侍女のドレスなの!?)


 ――とんだ悪夢の到来だった。


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