姉ちゃんはマジで心配だよ

まさかミケ猫

姉ちゃんはマジで心配だよ

 中三の夏休みも間近にせまったある日。

 私は高校受験に向けて「この夏が勝負だぞ」と気合を入れていたんだけど、そこに弟の蒼太そうたが頼み事をしてきた。なんだなんだと話を聞いてみれば、その内容は想像以上にどうしようもないものだった。


朱音あかねちゃんの家に行くんだよね。頼むよ、姉さん。これをコンセントのところに挿してくるだけで良いんだ」


 そう差し出されたのは、一見何の変哲もない電源タップだった。コンセントの差込口を三つに増やせるタイプのやつで、百円ショップとかでも売ってる普通のものだ。


 でも、これをわざわざ女の子の部屋に仕掛けたいってことは、だ。


「カメラでも仕込んであるの? 盗撮は普通に犯罪だから、そういうのはやめなよ」

「そんなことしないよ! 姉さんは僕を何だと思ってるんだ」


 いやぁ、そうは言うけどさ。これがただの電源タップなわけないよね。絶対なんか仕込んでるじゃん。


「カメラじゃないなら何?」

「盗聴器だけど」

「ねぇ、サイコパスなの? なんでそんな、自分は何も悪いことはしてませんって顔してそんなこと言えるの? え、普通に犯罪じゃん。こわっ」


 蒼太はキョトンとしたまま首を傾げるけど、そんな純粋な顔してても女の子の部屋に盗聴器をしかけようなんて絶対ダメだからな。反省しろ。


「姉さんは誤解してるよ。日本の法律では、盗聴行為だけでは別に犯罪にはならないんだ。警察だって探偵だって普通にやってることだからね」

「そうなの?」

「そうだよ。僕は犯罪利用なんか絶対にしない。得た音声や情報なんかはあくまで個人利用の範囲に留めることを約束する。流出させたり悪用したりは絶対にしないから」


 そうかぁ、それならいいか――とはならないぞ。このやろう。


 蒼太が朱音ちゃんを好きなのは分かってる。というか、朱音ちゃんも蒼太を好きだって知ってる。なにせ両方から相談を受けてるからね……まぁ、それを私という第三者が暴露するのは青春ルール違反だから黙ってるしかないけど。

 だからさぁ、どっちかが普通に正攻法で気持ちを伝えれば、順当にハッピーな青春が始まるんだよ。それなのに、どうして、その一歩を、完全に間違った方向に踏み出すんだよぉぉぉ!


「あああぁぁぁぁぁ」

「姉ちゃん? え、何。急に頭抱えて」

「キョトンとするなぁぁぁ!」


 あー、もう。

 姉ちゃんはお前の将来がマジで心配だよ。


  ◆


 二つ年下の蒼太は昔から本当にぼんやりボーイだったから、姉としてはずっと心配していた。


 常にボーッと自分の世界に入り込んでいて、よく黙り込んで考えごとをしているし、人の話を聞いていないことも少なくない。

 そんな感じだったから日常生活をまともに送れるのか心配してたんだけど、意外なことに勉強はめっちゃできるし、友達付き合いも普通だった。


 そんな蒼太が少しだけ変わったのは、中学一年生になってからだ。


「蒼太。なんか最近頑張ってるじゃん」

「そう? 前と変わらないけど」


 そうは言うけどね。入学前は「部活は文化系でのんびりかなぁ」なんて言っていたのに、今はなぜか男子テニス部に入って毎日汗だくになってるし。


「もしかして恋でもした?」

「え…………なんで?」

「おや。へぇぇぇ。なるほどねぇ」


 真っ赤になる蒼太はどこか新鮮に感じた。

 なんというか、これまでフワフワと夢の世界に暮らしていた弟が、ようやく現実世界に足をついたような、そんな感じ。正直ちょっとホッとしたんだよ。


「――ふむふむ、月地つきじ 朱音ちゃんね」

「やめて……恥ずかしくて死んじゃう」

「大丈夫。恥ずかしさで人間は死なん」


 朱音ちゃんは私の所属している女子テニス部に新入部員として入ってきた子で、私もよく知っていた。さては蒼太がテニスを始めたのも、それが理由だな。

 ちなみに朱音ちゃんもなかなかのぼんやりガールで、どうして運動部に入ったんだろうってくらい運動音痴なんだけど、周りの目をあんまり気にせずマイペースに練習している。私はつい微笑ましく見ちゃうんだよね。なんか雰囲気が蒼太に似ててさ。


 そんなわけで、私は弟の初恋を根掘り葉掘り聞き出すことにしたわけだ。


「たまたま係が一緒になって」

「ほう、それで?」

「その……朱音ちゃんは会話のペースがすごくゆっくりで、僕がボーッとしててものんびり待ってくれてるし、むしろ朱音ちゃんもボーッとしてるし……そうやってポツポツ話してたら、好きだなぁって」


 なるほどね。めっちゃ相性いいじゃん。一緒にいて楽しいってのは、恋人になるならめっちゃ大事だと思うよ。まぁ、姉ちゃんは彼氏とかいたことないけどな。


  ◆


 それからしばらくして、テニス部の練習終わりに、朱音ちゃんが私に話しかけてきた。


「あの……日村先輩。ちょっと相談したいことが」


 朱音ちゃんはあまり運動が得意ではなくて、既に練習メニューも他の新入部員とは別になっていた。てっきりそれに関する相談かなぁと思っていたんだけど。


「日村先輩って蒼太くんのお姉さんですよね」

「うん。そうだけど。蒼太から聞いたの?」

「はい。その……お姉さんがテニスをしてて格好いいって話を聞いて……それで私も、テニスを始めようと」


 そうしてモジモジする朱音ちゃんを見て、私は内心でガッツポーズをしていた。よかったな蒼太、これは脈アリだと思うぞ。あと、褒めてくれてありがとな。


「それで、写真を……」

「写真?」

「蒼太くんの写真を持ってたら、いただきたいなぁなんて思って、ですね……ごめんなさい、気持ち悪いですよね。その」


 おっと? 姉ちゃんはラブコメの波動を強く感じているぞ。これはこれは。


「もしかして……蒼太のこと、好き?」

「はわわわわわ」

「その慌てかたする子、現実にいるんだ……いいよ。蒼太の写真送るから、連絡先を教えてよ。最近撮ったのでいいかな?」

「昔のも欲しいです!」


 そんな感じで、私は朱音ちゃんに蒼太の写真を横流しすることになった。

 正直、こんな状況なら二人はすぐに付き合い始めるだろうと思ってたんだけど、どうやら私の見立ては甘かったらしい。


 一ヶ月後、二人から別々に「給食のプリンをあげたら喜んでくれたよ」「給食のプリンをくれて嬉しかったです」という報告を聞き、私は膝から崩れ落ちた。何も進んでねえ……!


  ◆


 そんなこんなで二人の全く進展しない恋愛模様に「あああぁぁぁぁぁぁ」と発狂しかけていたところで、夏休み前に蒼太から「盗聴器しかけてきて」とお願いされてしまったのである。


――姉ちゃんな、お前の将来がマジで心配だよ。


 さて、今日は休日だけど、朱音ちゃんから何やら相談があるということで家にお呼ばれされていた。

 学年は違うけど、最近はずいぶん仲良くなったからね。将来の義妹かもしれないと思うと、正直ちょっと楽しい。ふふふ。


「日村先輩。どうぞこちらへ」

「うん、お邪魔します」


 私をわざわざ呼び出すということは、おそらく朱音ちゃんの恋バナを聞けるということだろう。これは蒼太との仲が大きく進展するんじゃないかな。ワクワク。


 そうして、彼女の部屋に到着すると。


「誰かを部屋に招くのは久しぶりなので、ちょっとドキドキしますね」


 部屋の壁や天井にベタベタと貼られた……膨大な数の蒼太の写真。どうやって入手したんだと一瞬考えてから、入手ルートに気がつく。これ私が送ったやつじゃんね。


「あの。本当は隙間なく貼りたかったんですけど、今後も写真は増えていく一方だと思うので、あえてスペースを空けてあるんです。厳選の基準はですね――」


 そうじゃない。厳選基準それじゃないんだ、私が気になっているのは。

 どうして蒼太の写真がこんなにベタベタと貼られているのか――いや、理由は分かりきってるけど。うーん。これは進展するとかしないとか、もはやそういう次元の話ではないぞ。


 なお、厳選基準に「カメラ目線の写真」って項目があるため、今もめちゃくちゃ視線を感じている。正直まったく落ち着かない。


「とりあえず、ちょっと場所を変えようか」

「どうしてですか?」

「あのね。弟の写真に囲まれてのんびりできるほど、私はメンタル強者じゃないんだよ。さすがに辛い」


 そうして、私はリビングへと案内してもらう。

 いやぁ……あの部屋で過ごすのは普通に無理。お笑い番組の罰ゲー厶でも、もう少し手心を加えてくれるぞ。


「すみません、私の配慮が足りませんでした」

「うん……プライベート空間は自由にしていいと思うけど、人に見せるにはちょっと強烈すぎるかもね。ずっとあの部屋で過ごしてるの?」

「家にいる時はほとんど」


 メンタル大丈夫? 私はまだ心臓がバクバクしてるよ。

 朱音ちゃんはけっこうヤバい子かもと思ったけど、そういや蒼太も盗聴器とか言い出すやつだったわ。どっちもどっち。ある意味お似合いだ。


 お茶とケーキを出してもらって、しばらく和やかに談笑する。朱音ちゃんの会話はやっぱりのんびりなんだけど、私は蒼太で鍛えられてるからね。ふふん、年季が違うのだよ。


「それで……先輩にひとつお願いがあって」

「うん。どうしたの?」

「あの、その……これを蒼太くんの部屋に設置していただけないかなぁと」


 そうして、朱音ちゃんは何やら電源タップのようなものを取り出した。なるほど……そーゆーことね、完全に理解した。


「盗聴器?」

「ち、違いますよ! 私、そんなことしません」


 いやぁ、そうは言うけどさ。これがただの電源タップなわけないよね。絶対なんか仕込んでるじゃん。


「盗聴器じゃないなら何?」

「カメラですが」

「ねぇ、君らはどうしてそうなの? なんでそんな、何が悪いかサッパリ分かりませんって顔してそんなこと言えるの? 盗撮は犯罪だよ?」


 朱音ちゃんはポカーンとしたまま首を傾げるけど、そんな純朴そうな顔してても隠しカメラをしかけるなんて絶対ダメだからね。


「先輩は誤解してますよ。日本の法律では、隠し撮りそのものは別に犯罪ではないんです。ほら、防犯カメラだって色々な場所にあるじゃないですか」

「そうなの?」

「そうですよ。私は犯罪利用なんか絶対にしません。得た映像や情報なんかはあくまで個人利用の範囲に留めることをお約束します。流出させたり悪用したりは絶対にしません」


 そうかぁ、それならいいか――とはならないぞ。


 分かんないけど、たぶんストーキング目的の盗撮とかはアウトなんじゃないの? 調べたこともないからよく知らないけど……というか、この二人ナチュラルにそういう法律とか把握してるの怖すぎないか。


 うーん、とりあえず。


「よし。じゃあ、交換条件ね」


 そうして、私は蒼太から押しつけられた電源タップ型盗聴器を鞄から取り出す。


「何も聞かずに、この電源タップを朱音ちゃんの部屋に設置してほしい。その代わり、朱音ちゃんの電源タップもちゃんと蒼太の部屋に設置するよ。それでどう?」


 そうすれば、さすがの二人も盗聴&盗撮によってお互いの気持ちに気づくだろうからね。遅々として進まない関係もさすがに変わるはず。

 そもそも私は高校受験に全力を注がなきゃいけない身分なんだから、二人のゆっくり恋愛に付き合っている暇はないんだよ。はよくっつけ。


  ◆


 夏休みに入って、蒼太はよくどこかに出かけるようになった。後になって聞いてみると、朱音ちゃんとショッピングモールに行ったとか、朱音ちゃんと海で遊んだとか、そういう話が出てくる。

 よかった、ちゃんと青春してるなぁ。なんて少し安心しながら、夕食の冷やし中華を堪能していると、蒼太がポツリと言う。


「不思議なんだよなぁ」

「何が?」


 私の問いかけに、蒼太はうーんと唸る。


「僕がスマホで海水浴場のページを眺めてたりするとさぁ。朱音ちゃんが『明日は海に行こうかな』とか言うんだよ。それで海に行くと、本当に彼女と出くわしたりするんだよね……世の中、不思議なこともあるなぁと思って」


 待って。ちょっと待とうか。

 え、君らまだお互いに盗聴と盗撮してること気づいてないの? なんで? 何をどうやったら気づかずに生活していられるの? どういうこと?


 で、話を聞いてみるとね。朱音ちゃんは独り言が少ないんだけど、たまに「最高」とか「しゅきぃ」とか「カッコいい」とか呟くんだって。で、蒼太はそれをヘッドフォンで聴きながら、夏休みの宿題とかを片付けているらしい。


「あああぁぁぁぁぁ!」

「姉さん? え、何。どうしたの」


 私は割り切れない気持ちを食欲に変換して、冷やし中華をおかわりした。食わずにやってられるかぁ!

 とにかくさぁ、姉ちゃんは二人の将来がすごく心配だよ。マジで。

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