夏の幻影

たまご納豆

夏の幻影

暑さが本格的になったお盆の季節、由香は家の縁側でぼんやりと外を眺めていた。セミの声が響く中、母親は仕事で忙しく、父親を幼い頃に亡くした由香は少し孤独を感じていた。


そんな時だった。家の前の田んぼ道を見慣れない少年が歩いているのを見つけた。白いシャツに短パン姿の少年は少し影のように儚い雰囲気を漂わせていた。


「こんにちは。どこから来たの?」


思わず声をかけた由香に少年は優しく微笑んだ。「こんにちは。少し遠くから来たんだ。君は?」


「私は由香。父方の祖父母の家に来てるの。でも、ひとりで退屈してたの」


「じゃあ、一緒に遊ばない?」少年の提案に由香は嬉しそうに頷いた。


その日から、由香と少年は毎日一緒に過ごすようになった。


1.川でのひととき


次の日、二人は近くの川へ出かけた。少年は川の流れを見て、まるで久しぶりに見るように懐かしそうな表情を浮かべた。


「由香、魚が見えるよ。捕まえてみる?」


「うん、やってみたい!」


少年の指示に従い、由香は夢中になって水の中を覗き込み、手で小さな魚を掴もうとした。最初はうまくいかなかったが、少年は優しく手を添えて教えてくれた。


「こうやって静かに手を動かして…ほら!」


小さな魚が由香の手の中で跳ねた瞬間、由香は大きな声で笑った。


「すごい!捕まえたよ!」


少年も笑顔を浮かべ、「やったね」と言った。その笑顔が、どこか懐かしく感じられたが、由香は深く考えなかった。


2.お祭りの夜


お盆の夜、近くの神社で祭りが行われることを知った二人は、一緒に出かけることにした。夜空に浮かぶ提灯の明かりに照らされる中、由香と少年は様々な出店を巡った。


「射的、やってみようか?」少年が提案すると、由香は挑戦することにした。


由香が銃を手に取り狙いを定めるが、なかなかうまくいかない。少年はそっと後ろから由香に手を添えて、「こうやって、狙いを定めて…」と教えてくれた。二人の手が重なり、由香は一瞬、胸がドキドキした。狙いを定めて撃つと、見事に景品が倒れた。


「やった!」由香が喜ぶと、少年は「さすがだね」と微笑んだ。


祭りの最後には、夜空を彩る花火が打ち上げられた。二人は肩を並べて夜空に咲く大輪の花を見つめた。


「花火って、儚くて美しいね」と少年が呟く。


「うん、すぐに消えちゃうけど、その瞬間が一番綺麗だよね」と由香は答えたが、その言葉に含まれた深い意味には気づかなかった。


3.お盆の終わりと別れ


お盆の最終日、二人は再び川に向かった。今回は手持ち花火を持って静かな川辺で一緒に花火を楽しんだ。線香花火がじっとりと燃え尽きていく様子を二人で黙って見つめていた。


「僕、明日には帰らなきゃいけないんだ」と少年が静かに言った。


「えっ、もう帰るの?まだ一緒にいたいのに…」由香は驚き、そして少し寂しくなった。


少年は微笑んだが、その笑顔には少しの哀愁が混じっていた。「僕ももっと一緒にいたいけど、仕方ないんだ。ありがとう、由香。君と過ごした時間は、本当に楽しかったよ」


由香は何か言いたかったが、言葉が見つからなかった。ただ、少年の言葉が心に深く響いた。


4.真実の発見


翌朝、由香が目覚めたとき、少年はどこにもいなかった。まるで夢だったかのように、跡形もなく消えていた。


その日、由香は祖父母の家にある古いアルバムを何気なく開いた。そこで、目に留まった一枚の写真。白いシャツに短パン姿の少年が、笑顔で写っていた。


「これ…おじいちゃん?」


写真の裏に書かれた日付は、祖父がまだ学生だった頃のものだった。由香はその瞬間、全てを理解した。あの夏の少年は、亡くなった父の父、つまり自分の祖父だったのだ。


「あの日々は、おじいちゃんだったんだ…」


由香の胸に温かい感情が広がった。亡き父親との繋がりを感じさせる祖父との夏の日々は、由香にとってかけがえのない思い出となった。


「ありがとう、おじいちゃん。また、会えるといいな」


その後も、由香はお盆が来るたびに縁側であの夏の日々を思い出すようになった。


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