夏休み(7)
夜空に光の花が咲いた。
僕と玉木さん、それに彼女の弟たちは、並んでその光景を見上げていた。
目映い光が辺りを色とりどりに照らし、心地いい轟音が僕たちの胸に響いた。
思えば、こんなに間近で花火を観るのは初めてだった。
「来ないんじゃなかったの?」
と、玉木さんがふいに言った。
彼女は僕に背を向ける格好で立っていた。見慣れた眺めだった。
「家に居ても心が安まらないから」
と、僕は答えた。安まらない理由がいくつかあることは、もちろん伏せて。
僕たちがいる場所からはウォータースライダーの上にある特等席が見えた。
そこには白川さんと丸谷君が座っているはずだった。
そう思って見ていると、寄り添い合う二人の姿が目に浮かぶようだった。
「ホント、いい場所取れたね。ユリカも喜んでたよ」
こちらの胸の内を見透かされた気がして、僕は息を呑んだ。
「本人からのお礼じゃなくて悪いけど」
「別にいいよ。そんなのは」
パラパラと音を立てながら、散った火の粉が空に消えていった。
「ユリカとはさ」
と、玉木さんは言った。
「小学校からずっと同じクラスなんだ。家も近いし、親同士も仲良くて。お互いの家に泊まることもしょっちゅうだし」
僕は黙って聞いていた。
「あの子、可愛いのに引っ込み思案で。男子の間でいつも人気あって、色んな人に告白されたりしたのに『二人きりになるの恥ずかしい』って、ずっと断って」
これまでより一際大きな花火が開いた。
「だけど、丸谷君には一目惚れして」
周りの観客たちからにわかに歓声が上がった。拍手も聞こえた。
「本人はそのことに全然気付いてなくて。でも、話を聞けば聞くほど『この子、丸谷君のことめちゃくちゃ好きだな』っていうのが伝わってきて」
玉木さんの言葉が途切れた。
その間も、1000発用意されているという花火は休むことなく咲き続けた。
「嬉しかったんだよ」
玉木さんはフェンスを掴んだ。
「本当に、素直に嬉しかった。あの子が普通に誰かを好きになってくれたのが。しかもそれが、ちゃんと上手くいって、誰もが認める最強の美男美女カップルになったんだから。傍で見てるだけでもう嬉しかったよ」
花火の青い光に照らされた玉木さんの手は、光の加減かもしれないけれど、震えているようにも見えた。
僕は再びウォータースライダーの方を見た。
花火に照らされ、櫓の三角屋根が明滅していた。
いつからなのだろう、と疑問が湧いた。
一週間前——八月十日に、僕に席の確保を頼んできた時、彼女は今と同じ気持ちだったのだろうか。
あるいは、あの時はまだ、何かしらの希望を胸に抱えていたのだろうか。
答えは知りようがない。
考えても無駄だ。
少なくとも、目の前には教室で見るよりも小さく感じられる玉木さんの背中があった。
「玉木さ——」
「箱崎」
僕の言葉を叩き落とすようなタイミングで、玉木さんが言った。
「打ち上げ花火も球だよね」
聞きたくなかった言葉が聞こえた。
僕がここへ来た理由であり、僕が最も恐れていたものでもある言葉が。
彼女は依然としてこちらに背を向けたままだった。
だけど、どんな顔をしているかはわかる気がした。
僕は息を呑み、それから言った。
「花火の構造って、結構複雑だと思うよ」
声の震えを抑えられた自信はない。
「玉木さんが思ってる十倍ぐらいは」
言いながら、「無駄だ」と呟く自分の声が聞こえてきた。
彼女が完璧に球体の構造を理解しておく必要はない。
「まあこんなもんだろ」とイメージできさえすれば操れるのだ。
それが僕の左目だろうと。
火の点いた打ち上げ花火だろうと。
玉木さんが再びフェンスに寄りかかった。
「動かさないよ」
そう言った彼女の後ろ姿を、僕は見つめた。
「……心配しなくても、箱崎が思ってるようなことにはならないよ」
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