第57話

 昌明、友香、途中で追いついた紗希は裕樹の家に来ることになった。拒否権なんてなかった。裕樹はまごついたまま招き入れるしかない。いかんせん豪華すぎるメンバーだ。主に顔面偏差値的な意味で。裕樹は顔面偏差値の高い人間が苦手で仕方ない。

 その点だけで言えば秀もむしろ「あちら側」なのだが……。


「有馬君の場合、突き抜けた懐っこさが目立つからなぁ……」

「あ? なんか言ったか?」

「い、いいえ何もっ」

「それにしても狭いわね。パソコンとかゴチャゴチャしてるし。もうちょっと片づけなさいよね」

「すまないな。邪魔するぞ」

「……」


 みんなガヤガヤと勝手に入って腰を落ち着けだす。家族がみんな出かけているタイミングで助かった。いたからといって害があるわけではないが、こんなメンバーを「友人」として招いたら腰を抜かすだろう。何せ石井家はみんな平凡なのだ。


「一応確認しておきたいんだけど……みんなは有馬君の、その……味方? なの?」

「そりゃそうよ!」

「そう捉えてもらっても構わない」

「……鳴瀬君も?」

「何で俺だけ再確認だようぜえ」

「いや、だって」


 いちいち不機嫌にならないでほしい。とびきりの美少女二人がいるのだから、いつものように紳士然とした猫をかぶっていてほしい。


「鳴瀬君は、有馬君のバッシュ……」

「ああ? やったのは俺じゃねえよ。俺は持ってきてやっただけ」

「そうだな。それは信じていいと思うぞ。鳴瀬は案外、バスケの道具は大事にするだろう」

「いや別にそんなイイコちゃんじゃねーけど……弁償するハメになったら高いし馬鹿くさいじゃねーか」


 フォローした友香に複雑そうな顔で昌明は肩をすくめる。計算高いところがかえって説得力があった。


「それにああやって見せつけてやんねーと、シュウも帰んねーだろ。あいつあれで負けず嫌いなとこあるし」


 それとなく退避させてあげたということだろうか。

 はあ、と裕樹は曖昧に声を上げた。


「だいたいね! 秀君があんな奴に手を出すはずないでしょっ!」


 ダン! と紗希が身を乗り出す。ちゃぶ台に足を乗せないでほしい。可憐な見た目が台無しだ。


「私にすらなびかないのに、あんな芋っぽい子になびくもんですか! デマにも程があるわよ!」


 ダン、ダン。勢いが増す。友香が自分のお茶を避難させるように啜った。


「それに委員長の奴、ビミョーにキャラ被ってんのよ!」

「それは私怨が入ってないかな……?」

「私怨でも何でも関係ないわ。だから分かるの。あいつは腹に一つも二つも抱えてるわっ」


 ずいぶんと熱弁だった。裕樹は苦笑する。ある意味こちらも説得力があるような。


「……でも、ビックリした。二人とも有馬君が色々やられてても、何も反応してなかったし……」

「そりゃ石井、お前が下手なだけだ」


 びしり。眉間に指を突きつけられる。容赦なくグリグリされる。


「あんな空気で大っぴらに庇ってみろよ。自分が顰蹙買うだけに決まってんだろ」


 昌明は腕を組んでふんぞり返る。紗希も「まあ、そうね」と肩をすくめた。友香は黙って眉根を寄せるだけだ。


「もっと賢く生きろよ」

「でも!」


 裕樹はうつむく。確かに昌明の言うことは正しく合理的かもしれない。現に裕樹は、窮地に陥った。

 でも。


「誰も声を上げなかったら、いつ、何が有馬君に届くんだよ……!」


 敵ばかりだったあの場で。笑って何かを諦めてしまっている彼に対して。

 直接声を上げなければ、どうして伝わるだろうか。


「いや……あの場にあいついなかったし、どのみち届かないだろ」

「えええ!? いやっ、まあ……そ、そうかもしれないけど、でももっと気持ち的な問題っていうか! とにかく味方がいるって分かるだけでも少しは気持ちも晴れるっていうか……!」

「何にせよ味方がほしいな」


 友香がマイペースに切り込む。冷静だ。


「向こうの目的はよく分からないが、秀を陥れたいのは確かだろう。話に聞くとか弱い立場を利用して、男子生徒のみならず女生徒も味方につけているようだ。この人数では心もとない」

「相手が奈良莉央じゃなあ……なんつーか、地味は地味だけど堅実に仕事こなすタイプだし、さりげないフォローができるからケッコー男子の間でもいい意味で『悪くない』って評判なんだよな」

「そのポジションが絶妙すぎて女子ウケも悪くなかったしね……面倒くさい雑務とか積極的に引き受けてくれてたし」

「その点、秀は良くも悪くも目立っていたし、ネットでの炎上が不利に働いている、か」

「……どうでもいいけど、浅葱さんって有馬君のこと名前で呼んでたんだ」

「ああ。何でもいいと言うから」

「へえ~。へえ~? 俺やっぱ参加すんのやめよっかな」

「あらやだみみっちい男ね」

「見栄しか張れないぶりっこには言われたくねーな」

「何ですって?」

「何だよ」

「お茶のおかわりをいただいてもいいか」


 ――だめかもしれない。団結力がまるでない。

 溜息をつく。お茶を持ってこようと腰を浮かせ――ふと思い当たった。


「学校の関係じゃなくてもいいなら、一応絶対的な味方には何人か心当たりはあるよ。……妖怪だけど」


 コン姉と呼ばれていた今野珠美。テンさんと呼ばれていた普天間孝徳。彼らは絶対的な秀の味方だろう。それから座敷童のシキも秀に懐いていたはずだ。


「ああ。それならサッキーも呼べるわね」

「まあ……妖怪大戦争を仕掛けるわけじゃないから、どこまで役に立てるかは分からないけど……」

「いいじゃないか。石井も言っていただろう。味方がいるという事実、それを知るだけでも心はきっと強くなれる」

「……そう、だね」


 ――そうだ。

 やれることは、まだあるはずだ。

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