第51話

 翌日、また、秀の姿はなかった。

 クラスは彼の話題で持ちきりだ。


「なんか、がっかりだわー」

「完全に騙されてたよな」

「まあでも、奈良相手ならちょっとヤケ起こしたくなるのもわかる」

「男ってサイテー!」

「莉緒ちゃんかわいそう……」

「それでもまだツブヤイッター更新してんだぜ」

「あー見た見た。通りすがりの女採点してんの」

「何それ信じらんない。クズじゃん」


 ――裕樹はきつく口を閉じた。

 幸いというべきか、裕樹は仲のいい友達もいない。同意を求められることもない。

 休み時間、裕樹は担任の先生を呼び止めた。


「先生」

「ん、何だ石井か」

「有馬君は今日も休みですけど、何かあったんですか」

「あー……あいつか……いや、何かというかな……」

「言いにくいことなんですか?」

「いやまあ……個人情報だのなんだの、うるさいご時世だからな。必要があればもちろん先生から言うんだが」

「……」


 どうも歯切れが悪い。話にならない。進まない。

 裕樹は諦めた。次に向かう。

 教室の隅で複数の女子と話している――。


「あの……鳴瀬君」

「……何だよ」


 低い、不機嫌丸出しの声。顔をしかめられ、裕樹は怯む。

 思えば、秀抜きで昌明と話したことなんてなかったのではないか。


「もうすぐ昼休みも終わるだろ。席戻っとけよ」

「ごめん、少しだけ。……昨日、有馬君のこと見たって言ってたよね」

「あ?」


 眉間のシワが一層深くなる。

 彼は舌打ちした。女子に「また後でな」と告げヒラヒラと手を振る。

 不満そうな女子は、しかし、文句は言ってこなかった。「何あれ」と言いながら離れていく。

 ――なんだか申し訳ない。


「で。見てたら何だよ」

「教えてほしいんだ。その……何て病院だったのかな。もしかしたら、今日もそこにいるのかもしれないし……」

「面倒くせえ」

「そ、そこを何とか」

「何で俺がお前にそんなこと教えなきゃなんねーんだ」

「有馬君と話したいんだよ!」


 思ったより大きな声が出た。裕樹はハッと口をつぐむ。

 教室を見回すが、誰も気にしていないようだった。裕樹の存在感のなさの成せる技だろうか。

 ぎゅ、と拳を握る。


「今、有馬君の周り、すごく嫌な空気じゃないか……。でも、僕は信じられないよ。こんなの……上手く言えないけど、おかしいと思う。僕が会って話したからって何も変わらないとは思うけど……それでも、せめて直接話したいんだ」


 自分にできることなんて、ないかもしれない。

 それでも、このままは嫌だった。

 だから、せめて。

 せめて。


「……會央かいおう病院」

「ありがとう!」

 裕樹はワイフォンを取り出した。忘れない内にメモだ。ついでに病院の場所を確認しておく。行ったことのない病院だった。


「って……ここ、精神病院……? あ、でも有馬君が通院してるわけじゃないんだっけ……? あれ? 鳴瀬君は何で」

「俺んち、ずっと医者の家系なんだよ。それも精神科。その関係で色々な」

「へえ……」

「だから言うの面倒くさかったんだよ。くそが」

「ご、ごめん。でも、ありがとう」


 礼を述べたところでチャイムが鳴った。裕樹はいそいそと席に戻る。振り返ると、昌明は眠そうにあくびをしていた。

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