第34話

 横から伸びてきた箸が、唐揚げを突き刺す。哀れな唐揚げは、無情にも裕樹の目の前から消えていく。

 遠慮なく唐揚げを頬張った昌明が、顔をしかめた。


「いまいちだな。しょっぺえ」

「勝手に奪って随分な……」

「あ?」

「何でもありません」

「ナル、祐樹君をいじめんなっての」

「素直な感想だろうが。シュウの卵焼きも寄越せ」

「貴重なタンパク質ですぅー交換じゃないとやですぅー」

「うっぜ」

「あっ、くそ! 言った側から!」


 裕樹の両端がやたらと賑やかだ。慣れない心地に、裕樹は溜息をつく。クラスメイトの視線も気になる。秀も昌明もいちいち存在が目立つのだ。裕樹と違って。


「にしても俺も見たかったわ、その美女とやら。シュウ、紹介しろよ」

「ナルにはしたくねぇな……」

「何だと」

「ひっはふはひょ」

「お昼くらいもう少し静かに食べようよ……」


 たしなめると、昌明が鼻で笑った。箸をびしりと突きつけてくる。


「大体な、石井、お前もお前だぜ」

「な、何が」

「姫川にいいように振り回されてよ」

「うぐっ……」


 痛いところを突かれ、目を逸らす。

 しかし昌明に容赦などない。


「あんなの、ぶりっこで裏があるって分かるもんだろうが。関わったら面倒くせえことになるのは目に見えてたろ」

「そ、そんなの……」


 裕樹は納得する。あの女好きが紗希に声も掛けなかったのはそういうことか。


「ああ、童貞には難しかったか」

「鳴瀬君!」

「ナールー」

「何だよシュウ。お前まで石井の肩持つのか?」

「言いながら卵焼き取ってくなっての!」


 二人の攻防に、横目で見ていたのだろう、クラスメイトがクスクス笑っている。その中には紗希もいた。数人と席を固めてお昼を食べている彼女は、その友人たちと楽しそうに話している。

 裕樹は縮こまりながら白米を口に突っ込んだ。何だかあまり味がしない。


「僕は別に……困ってるなら、僕ができることをしたかっただけで……」

「それで利用されてちゃな」

「ナルめ! 隙あり!」

「あ、そのウインナーめっちゃ辛いぜ」

「マジかよ。うわ辛っ、かっら!」


 大袈裟な秀の悲鳴に、周りから「何やってんだよシュウ」「秀~大丈夫~?」と声が飛んでくる。

 それにヒラヒラと手を振り、パックのイチゴミルクを流し込んだ秀は、大きく息をついた。ヘラリと笑う。


「まあでも、祐樹君のおかげで片付いたようなもんすよ。終わり良ければ全て良しってな」

「僕は何もできちゃいないけど……」

「謙遜しなさんな。それに、オレに相談してくれたのも嬉しかったし?」

「……有馬君も人がいいね」

「それほどでも~」

「オイコラ、俺をのけ者にすんなよ」

「ナルは構ってちゃんかよ」

「あん?」

「あだだだ。頭は、頭はおやめになって」


 頭を鷲掴みにされた秀がふざけた悲鳴を上げる。どう足掻いてもやかましい二人だ。

 裕樹は何度目かの溜息をつき、ワイフォンに目を落とした。サッキーのコメント欄が賑わっている。その中には、恐らく紗希のであろうコメントもあって。しかも、他のどのコメントよりも楽しげなもので。


(女の子って分かんないな……)


 裕樹は残りの唐揚げを口の中に放り込んだ。

 口の中は確かに少しだけ、しょっぱかった。

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