第14話
キュッキュと聞き慣れた音が耳につく。体育館にこもる熱気が、あまり好きになれなかった。青春なんて嘘くさいものを煮詰めたかのようで。
はあ、と
ワイフォン――今では誰もが持つ多機能電話だ――の画面には、たくさんの通知。どれも彼女からのものだ。「おはよう」「いい天気だね」「今日も朝練?」「がんばってね」「少しでも会えないかな」「せめて話せないかな」と朝から執拗でうんざりさせられる。顔は好みだったのに。とんだ詐欺だ。
「おい、なる――」
呼ばれる前に、昌明はワイフォンをポケットに突っ込んだ。無造作に転がっていたバスケットボールを拾い、カゴの中へ放ってやる。
ちらと見れば、注意しようとしていた男子生徒が気まずげに離れていく。他の一年も片づけに忙しなく動き回っている最中だ。
「やっぱ鳴瀬君ってかっこいいよね」
ふいに飛び込んできた言葉は目立って浮かれていた。体育館の入り口で女子がキャイキャイと固まっている。
「背も高くて、バスケもできるなんてさぁ」
「わかるー。顔もキリッとしててカッコいいし」
「でも、ちょっと怖そうじゃん?」
「そこがイイんじゃん」
「そうそう。ちょっと意地悪そうっていうか、昌明になら意地悪されたいみたいな」
「ドエムじゃん」
「壁ドンとか似合いそうじゃん」
「やばいそれーっ」
大体いつも見学に来ているメンバーだ。五人いるが、誰が誰か似通った格好で分からない。ポンポンと会話が飛んでいくので誰が何を言ったのかも分からなかった。じゃんじゃん何を言っているのか。
片づけようとしていたボールを一つ抱えたまま、昌明はフラリと彼女たちの元へ寄った。
「なーに話してんの」
「ぎゃっ」
「ぎゃって。女の子らしい声、出るだろもっと?」
「ビックリしたー! もー! 言わないでよ恥ずかしいー!」
「恥ずかしがってるのも可愛いけどな」
「いやあああやばすぎー!」
「落ち着けミーコ。つーか昌明お疲れ~!」
「どーも」
「汗すごいね?」
「やべ、臭い? 嫌われちゃうかな」
「あはは、やだぁ。そんなことないよー」
けたけたと甲高い笑い声。直接話してもみんな似たり寄ったりだ。ある意味感心しそうになる。
「おい鳴瀬」
先ほどとはまた別の男子が背後から声を掛けてくる。じとりと湿度の高い声だった。片づけを促した彼は言葉少なに離れていく。
何あれ、と彼女の一人が不満そうに声を上げた。
「感じ悪い~」
「鳴瀬君ごめんね、邪魔しちゃった?」
「ああ、大丈夫。もう片づけだけだし。いつも応援ありがとな」
ニコリと笑いかければ、女子がまたキャアキャアと高い声を上げる。
昌明はもう一度だけ口角を上げてやり――ふと、離れたところにもう一人、女子が立っていることに気づいた。
丁度物陰になるところだ。目立たない。しかしピンと伸びた背筋が妙に印象的だった。そのせいだろう。染めたことのなさそうな真っ直ぐな黒髪も、凛とした眼差しも、一見生真面目そうで面白くも何ともないのに、不思議と彼女にはしっくりくる。化粧っ気はない。むしろ無造作にも見える。だが、整った顔立ちがそれを許してしまう。
初めて見る顔だった。初めて見るのに、何度も来ている目の前の子たちより鮮烈だった。
こちらを見ることなく、彼女は背を向けてしまう。
「あ……」
「じゃあ鳴瀬君、またね!」
「放課後も見に来るから!」
「あ、ああ。サンキュ」
昌明を遮った五人がわぁわぁと駆けていく。あっさりと彼女もそこに紛れてしまった。
――タイミングが悪い。
ワイフォンが震えたが、見る気にはなれなかった。くるりと振り返る。片づけはほぼ終わっている。みんな更衣室へ向かうところだ。
ふむ、と意味のない頷きを一つ。
昌明は目の前をちょろちょろしている背中めがけてボールをぶん投げた。
「あいた!?」
「よお、シュウ」
「ナル! オレの背中はゴールじゃねえぞ!?」
「悪い悪い、手が滑ったわ。あと小さくて見えなかった」
「そっちがデケーだけですケド!?」
ぷんすこと分かりやすい、そしてわざとらしい怒り方をしながらシュウ――
いつもやかましい彼は、存在感は大きいものの、バスケ部の中では身長が低い部類だ。昌明とも十センチは違う。普段ヘラヘラと笑っている彼がムキになるものだから、昌明はしばしばネタにしてしまう。
昌明は彼の肩に腕を回した。そのままずんずん更衣室へ向かっていく。身長差のせいで秀が引きずられそうになっているが構わない。
「うおぉ? なになにどしたん?」
「ちょっとシュウに聞きてぇんだけど」
「ちょっとだけよーん」
「キメェ」
「人に頼む態度じゃねぇ!」
「さっき応援してた女子いたろ」
「清々しい無視!」
「その中で初めての子いたろ」
「浅葱さん?」
あっさり出てきた名前に舌を巻く。
秀という男はなぜかやたらと顔が広い。だから昌明もこうして声を掛けたのだけれど。そうでなければ、わざわざ声など掛けなかったけれど。
「浅葱っつーの?」
「そーそー。
「へえ」
更衣室にたどり着くや否や、昌明は乱暴に秀を解放した。反動で「ぎゃお!?」と秀からけったいな声が上がる。先にいた部員が何事かとこちらを見てくる。
ケラケラと笑いながら昌明はロッカーを開けた。さっさと着替えを済ませ、顔を見ないままに手を振ってやる。
「サンキュー、シュウ」
「お礼を言う態度じゃねぇ!」
声は大きいが、語調は案外軽い。いじられ慣れているからなのだろう。だから最後まで顔を見ず、昌明は更衣室の戸を閉めた。
――そして。
「大丈夫か? シュウ」
「鳴瀬の奴勝手だよなぁ」
「女子とイチャイチャばっかしてよ。それでいて先輩たちが見てる前じゃやんねーんだぜ」
「シュウもガツンと言ってやれよ、迷惑だって」
聞こえているとも知らないで、秀を囲んでいるのであろう部員たちが次々と文句を口にする。
(僻みは醜いったらねーな)
はあ、と何度目かの溜め息と共に昌明は歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます