第二章 皇族の闇
第10話 夜食
新たなる後宮が発足した。それに伴い僕はルドゥーテに後宮の宮殿内に住むように指示された。後宮内部はあんまりいい思い出がない。僕の新しい私室は無駄に豪華な内装とさらに無駄にエロティックな天蓋のついたベットがある。歴代皇帝の居室だそうだ。
「ここで父さんが寝てたのか…まるでラブホテルみたいだな。行ったことないけど」
思春期男子らしく僕だってそういうことに興味はあった。分不相応だけどカノジョが出来たら行ってみたいなってことだって考えてた。もっとも身分がアレ過ぎでカノジョなんて出来る気がしなかったが。それが気がついたらハーレムの主である。
「確かこのボタンで女の子が呼べるんだよな」
ベットについてる内線を使えば後宮内の皇妃候補たちの私室やメイドたちの寮へと繋がるそうだ。それを使えばいつでもデリバリー!やっぱり後宮ってキャバクラ兼風俗なんじゃないだろうか?試しにファーガルのところにイタ電してみることにした。
「もしもし」
『なんだ暴君。私はお前の夜伽はしても心までは渡したりはしない!』
「ピザ一枚プリーズ。チーズましましで!」
がちゃんと音が聞こえて電話が切れた。僕は肩を竦める。ジョークの通じない女の子は苦手だ。
「はぁ。困ったもんだなぁ。僕まだ童貞なのになぁ」
昼にメイドたちの名刺は受け取っていた。そこには彼女たちに繋がる内線番号が書かれている。露骨にアピールされてどうしたらいいのかわかんない。
「僕の理想は隣に住んでいるエッチなお姉さんに悪戯されて挑発されてそのまま流れで初体験だったのに…」
もしくは同級生と付き合って親のいない間に僕の部屋で初体験とかでもいい。そんな普通の幸せが欲しかった。
「どれももう叶わないんだよなぁ」
もういい。もう寝よう。僕は布団を被って眠りについた。
久しぶりにまともな布団で寝たから寝坊した。でも誰にも叱られることはない。だって僕朕皇帝だもん!というのはあれで、今日は休日である。僕は久しぶりに戻った後宮内を探索してみることにした。
「ふん!ふん!ふん!」
後宮の庭でファーガルが大剣を素振りしていた。周りには凛々しい彼女を憧れの目で見る彼女付きの女官たちがいた。
「女子高の王子様みたいだな。やっぱりルドゥーテのリスト間違ってない?」
僕は確信をさらに深める。廊下を歩く途中メイドたちとすれ違った。皆仕事を止めて僕に向かって深くお辞儀をする。適当に手を振ってあしらう。そして僕は図書室にやってきた。ここには歴代皇帝が何をやってきたのかの記録などが遺されている。僕は勉強をしようと思った。本を漁って机に持っていく途中だった。本棚の掃除をしているメイドが一人いた。長い脚立に座って埃を落している。彼女からは長い尻尾が生えていた。だけど頭から獣耳は生えていなかった。シーミアン。猿系の亜人のようだ。ヒューマンに一番よく似ている亜人種だが、その身体能力と容姿はヒューマンの完全な上位互換だ。違うの尻尾があるかないだけ。
「るんるんるーん♪」
シーミアンのメイドは可愛らしい鼻唄を歌っていた。灰色がかった茶髪と同じ色の瞳は綺麗だった。そして容姿もまたとても美しい。というかここのメイドたちみんな美人で可愛いんだよね。選定を行ったルドゥーテは間違いなく面食いである。彼女は掃除に夢中で僕がいることに気がついていない。彼女は少し腰を浮かして本棚の奥の方に乾いたぞうきんを持った手を伸ばした。すると僕の方から見てお尻の方のスカートが少し浮いた。あれ?これって…。僕は音を立てないようにじりじりとメイドさんの傍に寄っていく。そして彼女の後ろ側に立つと可愛らしいパンツが見えていた。ピンクのフルバックで質素なデザインだけど、それでも滾るものはあった。時たま左右にお尻が揺れる様はたまらない。
「あれ?視線?こっちなら私の担当だから他所でいいですよーってええ?!」
「あ。やべ」
振り向いたメイドさんと視線があった。彼女は慌ててスカートを抑えた。その拍子に脚立から落ちた。
「危ない!ってありゃ?」
受け止めようと両手を広げたのだが、彼女は空中で一回転して本棚を蹴って器用に脚立に戻ったのだった。すごい運動神経だ。
「あ、ああの。そそんぉの!」
「えーっとお仕事ご苦労さま」
「は、はい。ありがとうございます」
彼女は脚立から降りてきて僕に向かって深くお辞儀をする。
「皇帝陛下がおられるとは気づかずはしたないものを見せてしまい大変申し訳ありませんでした」
「いやべつに。よきにはからえ」
何を言ってるんだろう僕は。こういう時世間のテレビアニメとかマンガなら女の子からぐーぱんされても文句は言えないだろうに。パンチラ見ても許されるなんて皇帝の権力ってすごい。
「そ、それでは私は仕事に戻りますので…」
「あ、はい。どうぞどうぞ」
彼女は脚立を持って別の本棚に行ってしまった。おかしいな他のメイドさんならここで名刺を差し出して自己紹介してくるんだけどなぁ。変わった子だな。そして僕は机に戻った。
皇帝の辛いところはなにか一人でお風呂に入れないところだ。
「陛下。かゆいところはありますか」
「てっぺんから右ちょっとくらいのところ」
「かしこまりました」
体にうっすいタオルを巻いたメイドさんたちが僕の身体を洗っている。皇帝は自分で体を洗ったりしないそうだ。さらに大昔だとおトイレのお世話もメイドさんにやらせてたとか。さすがに父さんがそれは廃止させたそうだけども。女の子のしっとりとして柔らかな指であちらこちらを撫でられるのは心地いいけど同時にイケナイ気分になりそうで困る。
「お兄様。下の方に血をいっぱい流してもよろしいのですよ」
「やめて妹にそんなこと言われる兄の気持ちを慮って」
ルドゥーテは広い湯船につかりながらメイドたちにマッサージされている。贅沢極まりない。湯船には様々な花が浮いており、高級な香料の匂いがふわりと漂っている。体を洗い終わった僕は湯船につかる。メイドさんたちは僕の左右に侍り体を揉んでいる。
「世のブルジョア共はこんなぜいたくをしていたのか。革命の日は近いな」
「旧大陸の方で流行っている資本平等主義者の真似事ですか?あんなものは少し考えれば実現不可能だとわかる子供の夢想ですわよ」
「そういう夢想に縋る状況がまずいってことの方が問題だと思うよ。食うや食わずなら夢想を胸に革命に一か八かをかける気持ちはよくわかる」
「お兄様…テントのホームレス生活で感覚がバグってしまわれたのですね。憐れな」
なんか本気で可哀そうなやつを見るような目で見られている。僕は皇族だけど金銭感覚とかは貧民並みだ。革命思想に共感する気持ちはよくわかる。
「出来ればお兄様には早く皇帝として奢侈を愉しむ余裕を取り戻していただかないと困りますわ。わたくしたちがこうやって多くの物を消費するからこそ臣民に金が回るのです。贅沢こそが国力の基礎ですわ」
「であるか」
その感覚も理解はするが納得はできない。断絶はいつだって僕らのすぐそばにあるのだ。そう。この世界は断絶だらけだ。皇帝という地位だってきっと…。
真夜中僕はお腹が減って起きてしまった。さすがにこの時間にメイドさんを起こすのは憚れるので、僕は一人で厨房に向かった。そして冷蔵庫を一人ニヤニヤしながら漁った。
「へへへ。ハムじゃねぇか。贅沢なもん食ってやがるぜ!もらっちゃおうっと」
そして僕がハムを片手に立ち上がった時だった。
「誰?!そこにいるのは誰なの?!」
女の子の声が聞こえた。手に懐中電灯を持っている。その光は僕を眩しく照らしている。
「男の侵入者?!ん?皇帝陛下?!ええ!?」
そこにいたのは昼にみたシーミアンのメイドさんだった。
「あ、どうも」
「あの。何をなさっているのですか皇帝陛下」
「お腹減ったから冷蔵庫を漁りに来た」
「そんなメイドを呼びつければお夜食くらいいくらでもご用意いたしますのに」
それが出来るほど神経太くないんだよね。根が貧乏人なので。それにしてもお腹減った。僕のお腹はさっきからぐぅっと鳴っている。
「あの。残り物で良ければすぐにお料理をお出しできますが」
「いいの?!」
「はい。もちろんです。では少しお待ちください」
彼女は厨房の電灯をつけて冷蔵庫からお鍋を取り出す。それをそのままコンロにかける。すると何とも言えない香ばしい匂いが漂ってくる。そしてコンロの火を止めて器に盛った何かを僕に差し出した。
「どうぞ召し上がってください」
彼女は笑顔を浮かべていた。それはとてもとても綺麗だった。だけど。その手にある器に盛られた料理は…。どこからどう見ても…。闇鍋だった…。
(・ω・)
(;´・ω・)
(´・ω・`)
(´゚д゚`)
(;´Д`)
(ノД`)・゜・。
「皇帝陛下。どうかしましたか?」
「い、いやなんでもないよ。あはは!いただきます!」
こんな美人さんが出してくれた料理に手をつけないほど男捨てたつもりはない。僕は恐る恐るそれを口につける。
ああ、父さん、母さんが見える…?
いや。見えない!
美味い!
「なにこれ美味いんだけど!」
「フェイジョアータっていうお豆の煮込み料理です」
「塩味が利いていてご飯にすさまじく合う!そして豆の香ばしさと肉の旨みが殴り合うように暴力的な美味しさになっているじゃないか!すごい!」
「お口に合ったようで何よりです」
闇鍋にしか見えないけど滅茶苦茶うまかった。僕はそれを完食しておかわりもした。
「満足に御座る」
「お粗末様です」
「いやあ美味しかった。君には感謝しかないよ。そうえば名前聞いてなかったね。なんていうの?」
「私はシャンタル・カルモナと申します」
彼女は恭しくお辞儀をしながら自己紹介した。でもやっぱり他のメイドさんと違って名刺を出してこなかった。なんかそれが面白いって思えた。シャンタルね。僕の中にその名前ははっきりと刻まれた。
その時の僕はエルミアの忠告をすっかり忘れていた。それがのちにとんでもないトラブルを舞い込むことになるとは思っていなかったのだ。
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