第7話 特殊作戦

 私は平民のしがない中年だ。かつては特殊作戦の指揮をとり、自らも戦場に立って数々の武勲を立ててきた。だが今では出世の道も閉ざされて国防総省で閑職に回されて日々を無為に過ごしている。だが後悔はしていない。亜人種の部下たちのために恩給をヒューマンと差別なく貰えるように貴族しかいない上層部に嘆願した結果がこれだとしてもだ。軍人として、組織人としては間違っていたとしても人として間違ったつもりは毛頭ない。そう思っていた。そんな日々に皇帝崩御の知らせが入り帝国は動揺に包まれた。それだけではない。新たな皇帝が立ってさらに帝国に衝撃を与えた。新たなる皇帝は母親がエルフのハーフエルフだという。ヒューマン至上主義のこの国で亜人種の皇帝が即位したことに私はひどく驚いた。そして心のどこかで期待もした。だがその皇帝はどうしようもない暗君のようだ。最初に発した命令は国民人気も高いルドゥーテ皇女殿下に第一皇子のウィリアム殿下を殺害させることだった。それに飽き足らず本来ならば荘厳な陵墓を建立して弔うべき先帝陛下の亡骸を後宮で燃やしてしまったという。皇族たちも後宮から追い出されて今や何を考えているのか引きこもり政務を放棄しているという。政府も軍部も動揺しており、かつての仲間からは第二皇子を擁立するクーデターの誘いがきている。私は岐路に立たされていた。そんなときだった。宮殿から名指しで呼び出しを喰らった。まさかクーデターの誘いを受けたことをもう察知されたのかと思い、私は狼狽えた。だが同時にこれはチャンスだと思った。もしも暗君であるならばその場で刺し違えてでも殺し帝国を守ろう。私はそう決意した。かつて海軍に志願したときの様に私は使命感に燃え盛った。


「ジルセウ・ターロック大佐。表を上げろ」


 黒の大礼服と国章が刻まれた制帽を被る新皇帝が私の目の前にいる。玉座に悠然と座る姿には覇者としての威風があった。びりびりと背中が震えるようなプレッシャーを感じる。


「皇帝陛下。どのようなご用件で私のような閑職の軍人などをわざわざ宮殿まで呼んだのでしょうか?」


 皇帝は肘掛に腕をおいて頬杖をついている。それが酷く様になっているのはエルフの血を引く絶世の美丈夫だからだろう。女性ならばくらりとしそうな紫の瞳の視線は鋭い。その鋭さには嘘が全く通用しないように思えた。


「汝の人となりは聞いている。今日は汝に勅を与えるために呼んだ」


「そうですか。なるほど。太子密建で即位しただけのことはあるのですね。すでに私の企みなどお見通しなのですね」


 私は詰襟を外して懐から銃を抜き、それを床に捨てた。皇帝はそれを見ても微動だにしない。やはり只者ではない。噂など当てにはならない。このお方は暗君などでない。


「命じられれば腹も切ります。毒だって仰ぎます。火にかけられても構いません。陛下を弑い奉ることを企てた報いはいくらでも受けます。如何様にもお裁きくださいませ」


 私はこの人には敵わないと悟った。私は床に額をこすりつけて


「そうか。ならば朕は汝に勅を下す。ジルセウ・ターロックに中将の位を与え、統合参謀本部議長に任命する」


 思わず顔を上げてしまった。制服組トップの統合参謀本部議長に任命?この人は自分を殺しに来た者にそのような重職に置こうというのか?!


「汝の軍功はよく知っている。そして部下のために貴族に楯突いたこともな。汝こそ真の武人。帝国は汝の力を望んでいる」


「ですが私は陛下を殺そうと」


「よい。そんなのには慣れている」


 慣れている。私はそれを聞いて愕然とした。確かに皇族同士の暗闘はよく聞いている。このお方はまだ若い身でありながらもきっとなんども暗殺の危機を乗り越えてきたのだ。


「陛下!ですが!私は自分のことを恥じるばかりです!陛下にそのような勅を下される資格などありません!」


「気にするな。もう決めたことだ。覆ることはない。任務に励め。下がってよい」


 陛下は言葉を翻すことはしなかった。自らを殺しに来た者でさえも帝国に必要であるならば、その憎悪さえも飲み込んで力とし利用できる大きな器の持ち主なのだ!!私は深く深く礼をしてから言われたとおりに玉座の間を後にした。私はこの新たなる皇帝のためにこの身を捧げるそう神に誓った。




















 あのおっさんなに?めっちゃこえええええええええ!?玉座の間に一人残った僕は内心心臓バクバクだった。


「え?大丈夫?僕のこと殺しに来るようなやつがリストアップされてるとかルドゥーテのリスト大丈夫なの?」


 ルドゥーテに人を見る目はもしかしたらないのではないだろうか?よくよく考えたらスペンサーじゃなくて僕の傍にいる時点でなかったのは確定だった。今更な事実に戦慄を隠せない。


「ま、いっか。僕を殺したがってる奴なんて腐るほどいるし、ちゃんと仕事してくれるならかまわないけどね」


 とりあえず軍部の人事の刷新は出来た。貴族からは猛反発来るだろうけど、それはヤーノシュに押しつけておこう。だって苦情とか陳情とかまともに聞いたら絶対に心にダメージ食らうよね。そういう仕事は勘弁願いたい。とりまテントに帰って昼寝しよう。僕は玉座の間を後にした。











 統合参謀本部議長になってすぐに私は軍部の掌握に勤しんだ。貴族派の将校の首を飛ばし、亜人種や平民でも優秀な者の登用を急いだ。陛下から秘書室経由で特殊作戦の遂行を命じられていた。この作戦は先帝陛下の弔い合戦だ。皇帝陛下は私にそのような大任をお与えくださったのだ。確実に成功させてみせる!





【帝都新聞】


~帝国政府実力行使宣言?!~


帝国政府はメガラ王国政府に対して、先帝陛下の暗殺犯を引き渡さない場合、実力を行使し犯人を帝国の手で捕縛すると通告しました。

帝国政府報道官は取材に対して実力の行使とは何なのかを一切語らずノーコメントを貫いております。

政府関係筋によるとメガラ王国近海にて帝国軍が大規模な軍事演習を行うのではないかとのことです。

専門家は新皇帝によるハッタリであるという厳しい見方を示しています。

新皇帝は外戚がエルフであることから権力基盤が弱く何もできないのであろうというのが列強諸国の外務省による分析です。

臣民からは先帝陛下の仇を討てない新皇帝陛下の弱腰を批判する声が日々高まっております。










 そしてその日はやってきた。僕は国防総省の作戦指揮所でコーヒーを啜っていた。隣にはやけにニコニコしたターロック中将が立っている。


『こちらエコー1。配置についた 。ターゲットが近づいてきている。指示を』


「了解エコー1。皇帝陛下。これよりターゲット捕縛作戦を開始いたします」


「うん。よきにはからえ」


「エコー1!状況開始!」


『了解!これより交戦に入る』


 指揮所のモニターには帝国がメガラ王国に潜入させた海軍の特殊部隊、その隊員たちのつけているボディカメラの映像が映されている。暗視ゴーグル越しの映像は緑がかっていて見えにくいが道路を走る馬車の姿が映されていた。護衛には鎧を纏った騎士たちがついている。父さんを殺したテロリストが乗せられて護送されていると情報を軍部の諜報部隊が掴んでいた。そしてモニターから発砲音が聞こえた。あっという間に護衛の騎士たちは斃れていった。残った強そうな騎士もすぐにうちの海軍の特殊部隊員に斬り捨てられて死んだ。そしてうちの兵士たちは馬車を取り囲んで中から犯人と思わしき人物を引きずり出す。


『写真と照合。間違いなくターゲットだ。ジャックポット!繰り返すジャックポット作戦目標達成!』


「「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」」


 作戦指揮所の男たちははしゃいでいた。作戦成功に歓喜の声を上げている。


「殿方はこういうやんちゃが本当に好きなのですわね。かわいいこと」


 僕の隣の椅子に座るルドゥーテはしょうがないものを見るような目で指揮所の男たちを見ていた。そこにはまあ母性とか慈愛とかそんな感情も無きにしも非ずだったのかもしれない。


『これよりエコーチームはターゲットを連れて海岸向かう』


「了解だエコーチーム。任務ご苦労。潜水艦を待機させている。潜行して帰投せよ」


『了解。恩賜のビールをキンキンに冷やしておけ』


 現場の兵士たちに損耗はない。僕はほっとした。そしてなによりも暗殺犯の回収に成功した。


「やりましたね皇帝陛下。国際法的には間違いなく主権侵害ですが、これで帝国のメンツは立ちます。なによりも暗殺犯のバックに誰がいるのか調査もできることも美味しい。最初に聞いたときは戸惑いましたが。さすがは陛下です」


 ヤーノシュも楽しそうに笑っている。他国に潜入してターゲットを拉致してくる。間違いなく主権侵害だが、こっちは皇帝が殺されているのだ。これくらい荒っぽいことやっても許されるだろう。そして僕の政治的業績が立ったのが大きい。権力はまだ盤石とはいえないが、軍部にはこれで大きな影響力が出せるようになるだろう。


「ヤーノシュあとは任せる。恩賜のビールってやつをエコーチームに皆さんに届けておいてくれ」


「了解いたしました陛下。ごゆっくりお休みくださいませ」


 僕はルドゥーテと共に指揮所を出て国防総省を後にして後宮へと帰ったのだった。


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